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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第3章
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06 そうなるといいと思って

「俺はさ、正直言って、変な力を使ったって実感はあんまないんだ」

 風読みの司はそんなふうに言った。

「何か知らんけど、できると思ったらできた、ってな感じで」

 どうにもあっけらかんとしたものである。

「適当なこと言うんじゃねえ、とか思うかもしんないけど」

「そうでもないさ」

 エイルは特にフォローのつもりもなくそう言った。「よく判んないけどできたんだもん」という類の、ラニタリスの台詞に嘘がないことは知っている。魔物と比して納得したなどと知れれば、目前の少年からは反論がきそうであるが。

「それにしたってこんな答えじゃ、何の参考にもなんないんじゃねえの」

「もう少し、いいか」

 エイルが問えばティルドは肩をすくめた。どうぞ、と言うことだろう。

「風具に何かあれば、お前にも影響があったと思うか」

「何だって?」

 意味が判らない、とばかりに少年は聞き返す。

「何かって、何だよ」

「たとえば」

 呪いがかかれば――というような話は、たとえにしては具体的、それとも曖昧すぎた。

「欠ける、とか」

「さあなあ」

 ティルドは唇を曲げた。

「判んねえよ。冠は欠けたりしなかったんだし」

 もっともな台詞である。

「あ、でも耳飾りは壊れた」

「何?」

「リエスはそれで、困ったんだ」

 それはエイルの知らない名だが、耳飾りの司とやらであろうと推測できた。

「どう、困った」

「声が出せなく、なっちまってさ」

「何だって?『困った』どころじゃないだろう、そんな」

 エイルは口を開けた。口が利けなくなる? それほど、風具と司のつながりは大きいのか。

「司をちゃんと継げれば問題なかっただろうって話。あいつは半端な状態にあるときに耳飾りをなくしちまったからさ、そのせいらしい」

「風具が壊れたことで、司がそんな羽目に」

 首飾りが損傷を受ければ、ラニタリスも何らかの影響を受けるということか。

 「壊す」という選択肢はこれまで考えたことがなかったが、「壊せば呪いが解ける絵」となっても採りにくいものになる。

「いや、壊れたことでそうなったっつー訳じゃなくて、壊れてたから半端な状態でとまっちまったらしい。正直、よく判んねえけど」

 説明するティルドもしっかり把握しているとは言えないようだった。少年は首をひねりながら言い、エイルは確定しない事項に考え込んだ。

「だが少なくとも、風具と司は密接なつながりがあるってことだよな」

「まあ、それはそうなんじゃねえの」

 顔をしかめながらティルドは言った。

「それで、その耳飾りの司は、いま」

「魔術薬飲んで、どうにかしてる」

「治らないのか」

「どうかな。治ったかも」

 ティルドはどこか不安そうだった。

「そうなるといいと思って、風具を眠らせたってのも……あるんだ」

 訥々と少年は言った。エイルはローデンの言葉を思い出す。ティルドは、ある少女に起きた不具合を是正するためにその力を眠らせたのだと。

「風具が全部、眠った訳じゃないらしいな」

「そんな話までしたのか、ローデン様」

 ティルドは少し驚いたようだった。

そう(アレイス)。首飾りの司だけが、断ってきた。人のもんを勝手にいじくるなって訳だ」

「司、だと思うか」

 エイルは慎重に問うた。

「何が」

「ローデン術師が言うには、それは首飾りの司だか継承者だかって」

「ああ、どっちかまでは判んなかった。でも継承者なら、風具を持ってればいずれ風司になるんだし、同じだよ」

「持ってれば」

 エイルは繰り返す。

「持っていなければ、司にはならないのか」

「どうかな。時間はかかっても、いつかはなるんじゃねえの」

 それはエイルのほしい明確な答えではなかったが、ティルドは何かをごまかしている訳ではなく、彼に判る範囲で話をしているようだった。

「何でんなこと気にすんだ?――まさか」

 ティルドの目が細められ、エイルはどきりとする。

「あんたが、継承者なんじゃ」

違う(デレス)

 「持っているんじゃ」と訊かれなかったことに安堵して、エイルはきっぱりと言った。嘘をつこうと思えば彼はそれなりに上手につけるが、つかないで済むに越したことはない。もっともいまの状態は、口先でごまかしているようなものではあったが。

「もし俺がそれなら、お前に何か訊かなくてももうちょっと判ってるんじゃないか」

 エイルはそう言った。

「かもな」

 納得したか、少年は肩をすくめてうなずいた。

「司と風具は結びついている。風具に何かあれば、司に大きな影響を与える」

 エイルは呟くように、聞いた話をまとめた。

「関わりをなくすには?」

「なくそうと思ってなくせるんなら、俺はとうにやってたね」

 ティルドは鼻を鳴らした。

「力を眠らせても、俺はまだあれの司らしい。妙なこと言うと思われるかもしれないけど」

 少年は咳払いなどして続けた。

「冠なんて、モノなんだぜ? なのに俺、何だかあれが何か考えたり、俺を見たり、判断をしたりしてるような気がすることがあった。話しかけるみたいに、しちまったり」

 判ると言うようにエイルはうなずいた。それは彼にも覚えのあることである。――翡翠という石に対して。

「でも、さっき『眠ってろ』って言って、冠が了承したみたいに思ったあとは、そういうふうに感じない。つながりはなくなった。俺はそう思うんだけど、ローデン様に言わせれば、眠らせただけってことは終わってないってことだってさ」

 嫌そうに言うと少年は厄除けの印を切る。エイルは少し笑った。

「何だよ。おかしいかよ」

「いや、思い出したことがあるだけだ」

 青年はそう言った。

「以前にも言ったかな。お前みたいなガキをひとり知ってたって」

 出会ったばかりの頃、エイルはティルドに、少年だった頃の自身を見たように思った。いま、それと同じ感覚が訪れていた。「そうであること」を無意味に否定して、背を向ければそれがなくなるかと思っていた駆け出し魔術師の顔が、風読みの司の言動とかぶった。

「ガキって言うな」

 ティルドはそこに反発した。エイルは謝罪の仕草をする。

「悪かった。ただ」

 言いかけてエイルは言葉をとめた。

「何だよ」

 先を促すようにティルドが言う。エイルは首を振って、何でもない、と言った。

 いずれ判る――などと、エイル自身が幾度ももらった言葉を発するには、自分にはまだ成長が足りないように、思った。

「忙しいとこ、すまなかったな」

「もういいのか」

 何が訊きたかったんだ、と少年は首をひねった。

「ああ、もうひとつだけ」

 立ち上がったエイルはふと思って口にした。

「継承者が司になったことは、どうやって判る?」

「どうって」

 ティルドは考えるようにした。

「力を使えれば、風司ってことでいいんじゃないか」

「成程ね」

 ローデン術師はそれを「美しくなる音色で人の心に安らぎを与える力」と推測していた。ラニタリスはあの首飾りを鳴らせるのだろうか。

(試してみる、訳にもいかないかな)

(安らぎどころか、またあの呪いに発動されちゃかなわない)

 そっと首を振るエイルをティルドはじっと見るようだった。

「あんた」

「時間を有難うよ。もしかしたらまた、会うかもな」

「……まあ、いいけど」

 何か言おうとしてやめた少年は、頭をかいた。

「んじゃ、ユファスによろしく」

「ああ、伝えるよ」

 そう言えば、アーレイドに帰ってきているはずの友人にまだ会っていなかったな、とエイルは思い出した。

「それじゃ、また」

 何気なくエイルの口から出た言葉は、別にどうということもない挨拶である。ティルドも同じように返し、彼らはそのまま分かれた。

 いまのは、取りようによっては再会の約束(・・・・・)になるな、とエイルが考えついたのは、いかにも魔術師的思考であった。


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