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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第3章
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05 若き近衛兵

 風具。

 以前からその言葉を聞いてはいたけれど、それが何であるのか、何を意味するのかはさっぱりだった。

 友人兄弟は〈風読みの冠〉なるものを探しに旅に出た。エイルは彼らを手伝いたいと思ったが、オルエンの「宿題」に追われてろくに彼らの役に立てなかった。

 実際のところは獄界神官、「神術師」たちにについて協会へ報告したことによってたいそうな役に立っているのだが、いまひとつエイルには実感がない。

 ムール兄弟は目的のものを見つけてそれぞれの街へと帰り、その件は万事めでたしかと思えば、そうでもないのだ。

 〈風謡いの首飾り〉。

 エイルの持つそれだけが、冠を中心とした風司たちの輪から外れていた。

 〈ドーレンの輪っか〉にたとえれば、首飾りのところで輪がねじれている。青年魔術師はそれを知っているが、このねじれがどうやったら直るものかは判らない。

 もし判る者がいるとすれば、それは。

(ううん)

 エイルは迷った。

(何つーか、気が引けるってのかな)

 「終わった」と思っていることを蒸し返される腹立たしさは重々に知っている。だがここは、確認しておかなければならないところだ。

 迷った末、エイルはローデン魔術師に頼みごとをした。ローデンはわずかに片眉を上げたが、すぐに応じてくれた。

 その面会(・・)の申し入れに応じてやってきたのは、年の頃十七、八歳の近衛兵(コレキア)だった。

 まだ少年と言える若さ、それとも――当人が聞けば烈火のごとく怒ろうが――あどけなさを残しながら、大人になろうという段階にある年齢特有の不安定さを持っている若者。

 エイルは半年ほど前に、このティルド・ムール少年とまみえていたが、幼さ、子供っぽさばかりが目立っていたあのときに比べると、つらい旅路は少年を成長させたように見えた。

 それとも、それは単に、エディスン近衛兵(コレキア)の青と銀の制服が醸し出す効果的演出(・・・・・)のためであったかもしれないが。

「何だ。ほんとにあんただったのか」

 黒茶の髪をした若き近衛兵は驚いたように目をしばたたいた。

「確かに『アーレイドのエイル』って聞いたけどさ、伝言が間違って伝わってでもきたんかと」

「間違ってないよ。久しぶりだな、ティルド」

 友人――と言うよりは友人の弟、との感が強いが――に挨拶をしてから、青年魔術師はさてどうしようかと考えた。

 風具。風司。

 エイルにはいまひとつよく判らない。魔術的な理屈で予想がつくところもあるが、それをして「判った」とはどうにも言えないものがあった。

 ウェンズによれば、ティルドはいちばんそれについて知っている人間だそうだ。だが同時に、何も把握はしていないと、ローデンなどは言うだろう。

 彼らの旅路についてはいずれユファスから聞こうと思っていたものの、現実にはそんな心と時間の余裕がないままで今日までやってきた。

 あの力をラニタリス、または〈風謡いの首飾り〉に向けて放ってきたのはティルドである。少なくとも宮廷魔術師はそう言った。

「あー、気に入らない話なことは承知だが、いくつか聞きたいことがあるんだ」

「何だよ」

 仏頂面で少年は言った。

「風具の力について知りたいんだ、なんて言い出したらぶちのめすからな」

 案の定、である。エイルは苦笑いをした。

「生憎とずばりそれだ。ぶちのめされたくはないけどな」

「何だよ」

 少年はまた言った。

「あんたは魔術師にしちゃまともな感じがすると思ったのに、やっぱそういう奴なのか」

 胡乱そうな目つきでティルドはエイルを見る。

「言っとくけど、その力がほしいとか思っても無駄だからな。あれらはもう眠りについた。どうしても必要ってことになれば目ぇ覚ますかもしんねえけど、あんたの希望がそれを呼び覚ますほどとは思えないね」

「待てよ、俺はそんなつもりじゃない」

 畳みかけるようにティルドは言い、エイルは両手を上げた。

「不思議な力がほしいとかって訳じゃないんだ」

「じゃあ、何だよ」

 ティルドは三度(みたび)言う。

「勉学のため、とでも?」

 疑うような声である。だがこれは当然とも言えよう。少年の兄であるユファスとは数年来の友人となっているものの、このティルドとは半年ほど前に少し言葉を交わしただけだ。「兄の友人」と「胡散臭い魔術師」を組み合わせた結果、「兄は胡散臭い魔術師に騙されている」という結論を採ったっておかしくない。

「まあ、参考のため、だ」

 疑いを解く材料にはならない返答だが、ほかに言い様がなくてエイルはそう言った。

「参考っていったい」

「風司と風具」

 これ以上問いつめられないうちに、とばかりにエイルはティルドの言葉に自身の台詞をかぶせた。

「それらの関係、つながり。ティルド、お前は冠の司だかだそうだが」

「――何で知ってんだ、そんな話」

 警戒はほとんど最大級にまで強められた。まずかったかな、とエイルは思う。

「ローデン術師に聞いたんだよ」

「ローデン様?」

 しかしその名に目をぱちくりとした瞬間、いまにも牙を剥いてうなり出しそうだったティルド少年の様子はぐっと和らいだ。疑いを解いたというよりは、拍子抜けしたとでもいった感じだろうか。

「何だ。ローデン様が話したのか。なら、最初から言えよ。そしたら何か知ってても別に」

 エイルは少し意外に思った。この少年の反応は魔術師嫌いのそれなのに、宮廷魔術師ローデンのことは信用しているようだ。

 先に会ったローデンを思い出せば、ティルドにはずいぶんと手厳しそうだった。だがもしかしたらそれは逆に、可愛がっている証拠であるのかもしれないとエイルは思い――眉をひそめそうになった。

 もしかしたら、〈塔〉あたりに言わせると、自分とオルエンはそんな感じなのではなかろうか、などと思ってしまったためである。

「つながりったってなあ」

 ティルドは考えるように言った。

「その関係ごと、眠らせちまったんだし」

「眠らせる前はどうだった」

「どうったって」

 真新しい近衛服に身を包んだ少年は、とても難題を与えられたというように顔をしかめていた。


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