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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第3章
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04 数奇なる

「気になるならばもう一度はっきりと言っておこうか。エディスン王家に限らない、私個人としてもそれに興味はない。フェルデラは、どうか知らぬが」

「興味はあるね、正直に言えば。けれど、エイル君から奪ってまでとは思わない。余所に持ち出してもかまわないということになったらぜひ見せてもらいたいとは思うけれど、それだけだ」

 本当だよ、と協会長は片目をつむった。そこにごまかしはなさそうで、エイルは息をついた。

「風謡いの司となれば、その技を操れるようになるはずだ。そうなれば力の種別も知れよう。楽しみにしておけ」

「……あんま、楽しくないけどな」

 エイルは乾いた笑い声を立てた。

「呪いによって余所に出せぬということは判っとる。ティルドはそれが欲しいとは言わぬだろうし、風具に関わる件は終わったと考えておる。落ち着くまでは、何も告げずにおくか」

 宮廷魔術師はそんなふうに言い、エイルは何となく安心した。ティルド少年が彼の旅路でどのように成長をし、変化をしたのかエイルは知らなかったが、何にしても「終わったこと」を蒸し返されるのがどんなに腹立たしいことかは知っている。

「いつか、必要だと彼が考えることがあれば、私に尋ねてくることもあるやもしれん。そのときにどう告げるかは、そのときの星次第だ」

 ローデンはエイルを見ながらそう言うと、次にフェルデラ協会長を見た。

「それよりもそちらには、興味を持ちそうな外れ者(ラゲンド)がおるな。綱の先には注意を配っておけよ」

「一術師の行動には責任を持たないと言ったばかりなんだが」

「責任がどうのという事態になるのを避けろと言っている」

「彼を飼っているのは私よりもお前じゃないかな。私は預かっているようなものだ」

「いいだろう。そちらの件に区切りがついたら私のところに寄越せ。縄をきつくしておく」

「……何かやばい術師が、いる訳」

 どこか不穏な雰囲気を感じ取って、エイルは問うた。フェルデラが肩をすくめる。

「ちょっとした変わり者がいるというところだ。でも大丈夫、ローデン導師がそれはしっかりきっちりと手綱を握ってるから」

「握らせたのはどこのどいつだ」

 そのやりとりからは、そうしなければならないくらい問題のある魔術師がいるのだと考えられたが、不安は感じなかった。と言うのも、それは協会長と宮廷魔術師の間だけで通じる冗談か何かのようだったからだ。

「エイル君は呪いを解く気でいるのだね」

 フェルデラが言った。エイルはうなずく。

「どうやって?」

「判るもんか。でも、どうにかしなけりゃと思ってる」

 正直に青年は答えた。ふむ、と協会長は顎に手を当てる。

「ひとつ、助言をしよう」

 フェルデラは指を一本立て、ローデンは顔をしかめた。

「おい、何を言い出すつもりだ、フェルデラ。馬鹿なことは言うなよ」

「判っているようだね、エイファム。でも言わなければならないこともある。いいかい、エイル術師。強い力を打ち消すには、もっと強い力を与えること。これはひとつの方法だ」

「……もっと強い呪いをかけろ、とでも?」

 胡乱そうにエイルは言った。意味が判らない。

「近いけれど、少し違う。君は知っているかな、この世には、人間の生きる世界とは異なる――」

フェルデラ(・・・・・)

 ローデンが声を出した。エイルはぎくりとする。その声は静かだったが、言いしれぬ迫力があった。

「言うな」

「何故だい。彼には参考になるよ」

 宮廷魔術師の一語にははっきりとした禁止が込められていたが、協会長は露ほども気にかけずに問い返した。

「言えば縛られる。お前も、その若者も、私もだ。第一、呪いを打ち消すためにそれよりも禍々しい力を与えて、どうなる」

「禍々しいだって?」

 相変わらず意味は判らなかったが、エイルは顔をしかめた。

「そんなもん、首飾りに与えたくないね。助言してくれるって気持ちは有難いけど、協会長。俺は闇の力なんてものには頼りたくないよ」

「闇の力」

 繰り返すとフェルデラは少し笑った。

「そうなるのかな。そうかもしれないね。いいだろう、エイル術師。私が間違っていた。そうすれば話は早いかもしれないが、ローデン導師が危惧するように、余計なものを背負い込むことになるかもしれない。時間はかかっても、ほかの方法を見つけた方が君のためかもしれないね」

「『命を賭ける覚悟』なんてしないで済むならその方がいいからな」

 エイルが言ったのはオルエンに言われたことを思い出してであったが、フェルデラは軽く目を見開いた。

「何と、正しい警戒をする。よい師がいるようだね、エイル術師」

「んなもん、いないよ」

 「よい師」はいない、の意である。だがオルエンにそうした評価を下してすっきりするよりも、彼はげんなりした。と言うのも、フェルデラ協会長が示唆した方法が何であれ、同じ覚悟を必要とするのだと判ったからだ。――それ以外に何か、ないものだろうか?

「では、私もローデン導師ももう口は挟まない。蘇り君が君の手伝いをしたがっているから、しばらく彼から協会の仕事を外そう。私としては経緯や結果を知りたいが、彼にそれを命じはしない」

「別に、あんたたちが本当にあれを狙ってるんでなければ、俺としちゃ隠すことなんてないよ。報告を義務づけられたらウェンズには気の毒だなとは思うけど、知られたくないことなんかない」

「そう」

 フェルデラは面白そうに笑った。

「それなら、問題が片づいたあとで話を聞かせてもらう分には全くかまわないと言うことだね。その日を楽しみにするとしよう。そのときは、君も件の首飾りを持って、一緒にきてくれるといいけれど」

「俺にそんな暇があったらな」

 エイルは半ば冗談、半ば本気で言った。するとローデンが笑う。

「数奇なる星は威勢もいいな」

「それはやめてくれよ」

 エイルは顔をしかめた。

「何がだ」

「星もだけど、それより数奇なる(・・・・)ってやつ」

「私がそう言わなかったところで事実は消えぬぞ」

 〈星読み〉の術師は言い、エイルは苦い笑いを浮かべた。

「さて、警戒は不要だった、ということでいいかな、エイル術師?」

 結論、とばかりにフェルデラがにっこりと言った。少し決まりが悪くなってエイルはもごもごと何が言う。

 王家も魔術師協会も、またローデンとフェルデラ当人も含めて、エディスンは彼と首飾り――彼のラニタリスと首飾りに、何も企みを持っていない。力を発したのはティルドであったが、彼にも攻撃的な意思はない。その話は信じられた。

 むしろ、彼らの方がエイルを警戒したところで何もおかしくないのに、何も制限をつけないと言う。ウェンズが余程、信頼されているのか。

「誤解はなくなった、ということだね。ではけっこう、せっかくいい時期にやってきたのだから、十年に一度の大祭を楽しんでいくといい」

 協会長は協会の外を示すように腕をぐるりと回した。

「そんなつもりできたんじゃ、ないよ」

 エイルは肩をすくめた。

「祭りを楽しめればいいとは思うけど、どうにもまだそんな気分になれなくてね。こっちじゃあれを欲しがってなくても」

 彼はそこで言葉をとめた。

(欲しがってるのも、いる)

 ランティムの方へ下るときはよくよく注意をした。万一にも例の魔術師が見張っていないかと細心の注意を払い、協会に追加料金(・・・・)まで支払って、ほかの魔術が関われぬようにしてもらった。

 向こうはクラーナが指摘したようにエイルに目印をつけたかったはずだが、それは魔除けの力で防がれた。彼は追われてはいない。だが、彼らは追おうとしているだろう。

「どんなことに巻き込まれるかは、判んないんだしさ」

 エイルはいささか不自然だった沈黙をそんな言い方でごまかした。

「まあ、あんたらにおかしな気がないってんなら助かるけど」

 そう言ってからエイルは、大先輩たる術師ふたりの目線を浴びながら肩をすくめた。

「気ばかり張っても仕方がない。たまにはのんびりするといい」

 暗い瞳の魔術師はそんな言い方をした。休めと言われているのだと判った。――いったいどんな星を読まれたものか。

「確かに緊急の用事はないけどな」

 エイルは頭をかいた。

「ひとりで祭り見ても、なあ」

 呟くような声に笑ったのは協会長だ。

「成程、見知らぬ街の祭りなどに興味はない、そんなものに利用法があるとしたら好きな女の子を誘う口実になるかどうか、という辺りかな?」

「なっ何でそうなるん」

 エイルは目をしばたたく。

「ちょっとした一般論のつもりだったんだけど」

 フェルデラは澄まして言った。

「どうやら図星のようだね」

 そんなつもりはない、と青年は苦い顔をしたが、それは年嵩の男ふたりのにやにや笑いに迎えられた。


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