03 どうにかするさ
「へえ」
面白そうに言うのはフェルデラ協会長だ。
「噂の少年に、お前が出し抜かれたと」
「お前にそんなことを言われる筋合いはない。思いもかけなかったことは否定できんが」
「風読みの司? 少年?……いったい、どんなガキなんだよ、いきなり人に喧嘩売ってきた生意気な奴ってのは」
「まさしく生意気なガキだ」
ローデンは皮肉っぽく笑った。
「エイル君、君は彼を知ってるはずだよ。〈風読みの冠〉を取り戻した、有能なるエディスンの少年兵士のこと」
フェルデラに言われたエイルは目をしばたたいた。彼はその話を知っている。
「……まさか、ティルド?」
「何だと。知っているのか」
「コレンズ導師はお前に伝えなかったのかい? 私は報告をもらったけれど……託し忘れたかな」
「忘れただと? また嫌がらせなのか、フェルデラ」
「まさか。嫌がらせならばもう少しはっきりとやるとも」
協会長は平然と言い、宮廷魔術師はうなった。エイルはここの人間関係をいまひとつ読みきれずにいたが、少なくとも手に手を取ってエイルを籠絡するというような心配は要らなさそうに思えた。片方が何かやろうとすればもう片方がとめそうである。
「エイル術師は、ティルド少年の兄上と同じ街の術師だよ。なおかつ、彼の友人でもある。そして何と、業火の神術師たちの根城を協会に知らせた、影の功労者でもあるんだ」
「あれは、偶然」
そのようなことで感心されても意味がない、とエイルは考えたが、またローデンがふんと笑った。
「偶然を引き寄せる力こそ、強き星の真骨頂だ」
「事象は、どんな運命の輪――ローデン導師に言わせれば〈星巡り〉となるようだが、どんな言い方をしても、互いに廻り会いながら絡まり合うもの。貴殿は不思議な流れを引き付ける性質を持っているようだ、エイル術師」
「んなこと、どうでもいいよ」
エイルは手を振った。お断りだと拒絶するより先に、言うべきことがある。
「やったのはティルドだって? どうして、そんな」
「あの少年は、魔術師ならば野心のためでも知識欲のためでも、よだれをたらして欲しがりそうな類稀なる装飾品と力を実に簡単に要らないと言いおる」
「それで、力を昇華させたのか」
協会長が言うと宮廷魔術師は首を振る。説明が続く前にエイルは気づいた。
「眠らせた。そうしようとした」
「そうだ」
ローデンはうなずいた。
「彼と風具探しに関わった司たちもそれを受け入れた。これまで持たずにやってこられたものをいまさら必要としないと言う判断を下した訳だな」
「それって」
エイルは唇を歪めた。
「まるで残りのひとりだけ、強欲みたいだな」
彼らの思う「残りのひとり」、それはつまりエイルである。
未知の力を求めるのは魔術師の性癖みたいなものだとは言え、彼にはそのような気質は――少なくとも、まだ――ないし、欲深だと思われればあまり嬉しくない。
だがふたりの高位の魔術師はそんなふうには思わなかったらしく、エイルの言葉に笑った。
「呪いの話は、知ってるんだろう」
ウェンズはそれを彼らに話しているはずだ。ふたりはうなずいた。
「首飾りの呪いを解くなら、本当はあんたたちみたいなすげえ術師に託した方がいいはずだ。でも」
エイルはローデンを見た。
「あんたやあんたの王様、どちらにとってでもいい。〈風謡いの首飾り〉と言われてるものは必要か?」
その言葉にローデンは考えるようだった。と言ってもそれは「迷う」というのとは違い、エイルが何か企むのか――高位の術師に対して言葉の網を投げかけるような愚かな真似をしたのか、見極めようとするかのようだった。
「ティルドは、首飾りを誰が持っているのか知らない」
ローデンはまずそう言った。
「ただ、自分には要らない能力だというのと、ある少女の身体に起きた不具合を是正するために、風具の力を眠らせようとしただけ。見知らぬ首飾りの司はそれを拒絶したと、私に話をしてきた」
「拒絶……ってほどでもないけど」
エイルが戸惑ったように言うとローデンはうなずいた。
「反発という感じであったと言っていた。敵意は覚えなかったと」
「まあ、そんなもんかな。事情がさっぱりだったんだし」
(――嫌っ)
(あたしの!)
ラニタリスの様子を思い出す。まさしく「反発」だ。
「だがそれはそれぞれの司の意志だ。ティルドが本気でその反発に挑めば判らぬが、彼も戸惑い、それ以上強く力を発することはなかったようだな。四つの風具は眠りについたが、首飾りだけが『起きて』いる」
「ただし、呪いつき」
風具の力とやらを欲していると思われたくなくて、エイルは言った。そのためにエディスンに渡さなかったのだという主張である。判っているというようにローデンはうなずいた。
「よかろう。お前が害意を持たぬ限り、エディスン王家は〈風謡いの首飾り〉を欲しはしない。……フェルデラ」
ローデンは促すように協会長の名を呼び、判ったと言うようにフェルデラもうなずいた。
「エディスン魔術師協会も、同じく。協会として〈風謡いの首飾り〉を求めることは決してない」
その宣言はエイルを安心させると同時に、不安をも呼び起こした。
「それはつまり、一兵士やら一魔術師のことにまでは責任取らんと言う意味だな?」
「友人の弟や君に協力をしている先の彼を疑ってでもいるのかい?」
面白そうに協会長は言った。
「まさか。ティルドやウェンズのことじゃない。ほかの不確定要素さ」
エイルが肩をすくめるとフェルデラは眼鏡の奥からかすかに笑った。
「そうだね、そういうことになる。協会員の希望やら野望やらを取り締まる趣味は協会にはないからね」
「もちろん、宮廷魔術師も兵士たちに対してはろくな権限を持たないな」
「だろうね」
エイルはわずかに息を吐いて言った。
「判ってたよ。大物が放っておいてくれるなら、あとの羽虫はどうにかするさ」
エイルはわざと、大したことではないかのような言い方をした。
羽虫を払うように追い払える。そうしてみせる。
本当にエディスンの兵士や術師について警戒をするという意味ではない。彼の脳裏に浮かぶのは、あの商人と見知らぬ魔術師だ。
「あー、ちなみに」
エイルはこほん、とやった。
「風具には何か力があるってウェンズから聞いてるんだが。〈風謡いの首飾り〉にはどんな力があるんだ?」
ローデンの片眉が上がった。まずかっただろうか、とエイルは思う。継承者だか司だかなら判っていなくてはおかしいことなのだろうか?
「正確には、何とも言えん」
だが宮廷魔術師は何か詰問をしてくることはなく、説明をはじめた。
「司となった者たちも、それぞれの風具を把握していたとは言えないのだ」
「そうなのか」
では、自分が知らなくても「怪しく」はないな、と青年は安堵する。
「ただ、美しく鳴る音色で人の心に安らぎを与える力だろうと、そう推測はしている」
「安らぎ、ねえ」
エイルは正反対のものを押し付けられた訳だが――それは「呪い」の仕業だ。
「推測にすぎん。私が本物を持てば」
「待ったっ」
持たせろと言われるのかと、エイルは制止した。ローデンは口の片端を上げた。
「慌てるな。私が本物を持てば判るというものでもなかろう、と続くのだ」
ローデンは言い、エイルは自身の早とちりに小さく呪いの言葉を吐いた。彼らはそれに手を出さないと言っているのに。自分は警戒のしすぎ、なのだろうか。