04 関係あるとは思えないけど
砂漠では〈塔〉の、協会では導師の助言を受けながらいろいろな書を当たってみたが、成果は芳しくなかった。
その合間にはアーレイドでシュアラに魔術学を教えるという「仕事」もあったし、城下町を訪れて母に顔を見せるという孝行息子ぶりも発揮した。
全くもって、忙しい。
のんびりと過ごすはずだった冬が、大した展開だ。
こうなると料理長トルスが治めるところの下厨房の手伝いにはとても入れず、たまに行っていた近衛隊副隊長イージェンとの剣の訓練にも手が回らない。
エイルは「鳥の化身」だの「風で鳴る首飾り」だのを調べるより、新しい呪いでも学んでオルエンにかけてやりたいと何度思ったか知れないが、どうせ効かないだろうと諦めた。
そうして四苦八苦するうちにどうにか判ったのは、ひとつだけ。ルファードと呼ばれる魔物についてである。
オルエンが言ったようにその生態はほとんど謎だが、他種族の赤子をその身に隠す性質だけが知られている、と言うのだ。
それが、人間には知れぬ「魔物の事情」で、言うなれば契約のように行われることなのか、はたまたルファードが〈子攫い妖怪〉のように魔物の子供を奪うのかは判らない。ただ、ルファードが生息していた場所に、魔物の子が置き去りにされていた例は幾つかあるらしい。
その子供がどうなったか、発見した魔術師――なのだろう――がどうしたのかまでは記録にはなかった。
あの子供についてひとつだけ判っていることがある。
それは、あの子供が〈砂漠の民〉とは繋がらないと言うことだ。
ウーレの集落に赤子を連れていったときにようやく気づいたのだが、子供はまるで、西に生まれた赤子のようだ。つまり、その肌の色は薄い。
それが何を意味するのかは判らなかったが、少なくとも、〈砂漠の民〉の子供がルファード――であったとして――に攫われたのではないということだ。もし、その肌が民たちのように黒かったとしても、鳥になった時点でそんな心配は無用であるのだが。
エイルは、やはり放置しておけばよかったのだろうかと思ったが、そうしていればあの子供はいずれ「飛んでいった」のだろう。いまや、結果は同じだ。少なくともそうだと思うことにした。
鳥に化ける魔物については判らなかった。それとも、人間に化ける、と言うべきなのかもしれなかったが、どちらにしてもその正体は不明だった。
人間を惑わせた魔物が鳥になって飛んでいくという伝承は幾つもあったが、それはあくまでも物語であって、正確な記録とは異なった。
首飾りについても全く掴めなかった。血のような赤い斑点のことも、さっぱりである。
エイルはそれをラスルに倣って〈風謡い〉と呼ぶことにしたが、正確な名称は知らぬのだ。名前があるのかも判らない。第一、魔術の品でもないのだから、魔術師協会の図書室で調べようと言うのは無理があるかもしれない――。
(待てよ)
(つい最近、同じことを思ったような)
彼ははたと思い出した。ユファスの弟ティルドが探していた〈風読みの冠〉。
それについて調べたとき、彼はティルドにそのようなことを言わなかっただろうか。魔術の品でないものの資料は魔術師協会では見つかり難いだろう、というようなことを。
(どっちも「風」か)
(まあ、関係あるとは思えないけど)
北の街エディスンの王の命令でティルドが求める冠と、砂漠の魔物が身につけていた首飾りでは、何の共通点もありそうにない。
(ルファード。砂色の鳥。首飾りに、そうだよな、冠についても調べるって言ったんだっけ)
エイルは頭をかきむしった。どうにも、ひとりでは手が回らない。
(助っ人を捜すかなあ)
彼はそんなふうに思い始めた。
これは言うなれば彼に与えられた「宿題」で、他者の手を借りたと知ればオルエンからは一言二言あるだろう。だが、何か知っていそうな人物に尋ねることは手段のひとつだ。少なくとも他人任せにする訳ではないのだから、叱責される筋合いはない。はずである。
(どこにいるかも判らないけど、もしかしたら知ってそうな奴は、知ってる)
(でもなあ)
エイルはしばし悩んだが、友人の顔を見に行くのは悪いことじゃない、と考えることにした。