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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第2章
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05 踏み出す一歩

 書斎と言えるほどでもない部屋で、まだ開いたことのなかったオルエンの蔵書に手を出している内、うっかりうたた寝をしてしまったらしかった。

 気づけばどうやら朝で、エイルが目覚めたのはラニタリスの羽音のためだ。

「おはよ、いい朝だよ」

 と、「鳥」は言った。エイルは少し目をしばたたいてから――曖昧な笑みを返した。

「おす、元気そうだな。何だ、あれから寝なかったのか」

「ちょっと散歩、行ってきた」

 砂漠のただ中の塔からどこへ散歩に行くと言うのか、一面砂だらけの大砂漠(ロン・ディバルン)しかない訳だが、そこを飛び回って何か面白いのだろうか。エイルは少し不思議に思ったものの特に追及はしなかった。

「そうだ、お前が話すようになったら訊いてみたいことがあったんだっけ」

 エイルはふと思い出したように言った。

「何、何? あたし、何でも答えるよ」

 主に役割を求められることが嬉しいらしく、ラニタリスは羽を羽ばたかせて言った。

「ひとつには。色が変わる理由……は、『判んない』だったよな」

 それには小鳥は落胆したようだった。

「よく判んないの。何となく」

「何となく、か」

 エイルは苦笑いを浮かべた。

「お前の意思でやってんの?『何となく』でもさ」

「自然と変わる。あ、でも、あたしが決めてるのかも。よく判んない」

 どういう種族なのかいまだに不明だが、本能のようなものかもしれない。たとえば、「どうやって二本の足で歩いているのか」と問われたら答えがたいような。

「んじゃ、試してみろ。白くなろうと思えばなれるのかどうか」

「なってほしい? エイル、白が好き?」

「いや、俺の好き嫌いじゃなくて」

 青年が言う間に、小鳥の羽の色は変化した。

「こんな感じ? できるみたい」

 ラニタリスは他人事――または、他鳥事――のように言ったあとでエイルの肩にとまると、羽根を開いたり閉じたりして考えるような風情を見せた。

「でも、落ち着かない。変な感じ」

「そうか、戻っていい」

 許可が出ると、小鳥の色はすうっと灰色になった。「魔術が行われた」という感じはしない。魔術師にしてみれば、それこそ「変な感じ」である。

「それから、何で、子供になると服着てんだ?」

 「判んない」だろうか、と思いながらエイルは問うたが、ラニタリスは不思議そうに瞬きをしてから答えた。

「何でって、当たり前のことじゃない」

「だから、何で」

「エイル、ハダカが好き?」

「阿呆かっ、んなこと言ってないだろうがっ」

 子供の裸に興味はない、いや、そういう問題ではない。それともそういう問題か。この調子で成長して成熟してきたら、彼は少々困ることになるだろう。

「よかった。もし好きだって言われたら、ちょっとたいへんだから」

「たいへんってのは、何が」

「だって、あっちは向こうじゃ重たいから、着替えとかできないもん」

「……意味が」

「判んないの? 何で?」

 返された。エイルは沈黙する。

「まあ、そんたびに服を買わされなくて済むから、いいんだが」

 エイルはそういう結論にしておくことにした。異界だの異層だのという話は、駆け出しにはどうも理解しづらい。

「それから、三つ目。これが重要と言うか、いちばん気になる」

 言うと青年は指を三本立てた指を一本にした。

「オルエン。どこで、見つけた?」

「――判んない」

 また同様の返答である。今度はエイルは納得しなかった。先のふたつに関しても大いに納得した訳ではないのだが。

「判んないってこた、ないだろ。町の名前とかじゃなくていいさ。たとえば、中心部(クェンナル)だとか、北だとか南だとか」

「判んないの。ごめんね、エイル。だってオルエン、それを隠したから」

「隠した」

「二度とも、そう。一度目はオルエンが先に見つけたから、そういうこともあるのかなって思った。二度目は、あたしの方が見つけたのに、判んなくなった。オルエンが、やったんだと思う」

「隠した」

 エイルはまた繰り返した。

「何か後ろ暗いことでも、やってんだな」

 彼は決めつけてそう言った。

「それか、俺に昼寝(・・)を邪魔されたくないってとこかもしんないけどな」

 いつだったか〈塔〉がそんな言い方をしたことを思い出してエイルは言った。

「じゃあ、またオルエン見つけてこいってのはしんどいよな」

「やれってい言われたら、やるよ」

 命令にはシタガウもん、とラニタリス。

「……いや」

 青年魔術師は首を振った。

「やらなくていい」

 小鳥は少し残念そうだったが、エイルはその「命令」は下さないことにした。

 「師匠」がどこでどうしているものやらは知らないが、必要となればやってくるだろう。生憎とそれは「エイルに」必要ではなく、「オルエンに」ということだが、たとえラニタリスがまた老魔術師を見つけることに成功しても、必要性を感じなければ、オルエンは居所を「隠し」、ただラニタリスを帰すだろう。そんな気がした。

「ねえ、アーレイド、行くんでしょ。アニーナに会いたいな」

 不意に元気を取り戻して、ラニタリスが言う。

「駄目」

「何でよー」

「母さんはお前が二歳ばかしだと思ってるの。急にでっかくなったお前を見れば、もしかしたら俺の事情を察してくれるかもしれないけど、妖怪退散、とやられたくはない」

 この場合、「退散」させられるのはラニタリスではなくエイルである。理不尽だ。

「そういうものなんだって説明すればいいじゃない」

「そうもいかないの。魔術師だの魔物だの、普通、人間は、引くの」

「ふうん」

 何だか納得いかないようである。

「それじゃどこ行くの?」

「協会だよ。お前はついてこない方がいいだろうな」

 使い魔を連れて協会に行く術師など見たことがない。ましてや人外である。

 実際のところを言えば、魔術師協会には稀にだが人外が訪れることがある。裏に凶暴さを持っていたとしてもそれを隠しおおせるくらいには知性ある生き物で、魔術に関する道具や薬を買っていったり、何を調べるのか図書室を利用したり、場合によっては導師と知り合いで、それを訪れたりする。

 気をつけて見れば魔術師には魔族が見分けられるが、通常は、そのような気を払って相手を見ることはしない。高位の術師には一目瞭然であっても、たいていの術師は普通の人間と思うか、魔力とは少し異なる特殊な波動の力を持つ、やはり人間だと思う。

 エイルは街なかで人外を目にしたことなどないと思っているが、それは「思っている」だけなのかもしれない。彼には判らない。

(それを言ったら、オルエンだって人外かもしんないけどな)

 当人は否定したが、実際はどうだか知れない。そもそも、普通の人間は他人の身体を使って動いたりしないものだ。

「まあ協会はいいかな。行くなら早く、行こ? あたしあの街、好き」

 機嫌がよさそうでけっこうなことだ、などと思いながらエイルは取り散らかしたままの本や書きものを片づけ、階下へ向かった。

「あー……食うもん、ねえな」

 朝飯になりそうなものが何もない。もちろん、昼飯になりそうなものも。

「きのー、何食ったっけ、なー……」

 思い返すと腹が鳴った。そう言えば、昼前にちょうど最後の一回分となった携帯食糧を口にしたあとはランティム城で香辛料の効いた茶を飲んだきりだ。固形物は昼以降、口に入れていない。

 エイルは気づいてしまった空腹をまぎらわせるために水を立て続けに数杯分飲むと、水を桶に汲み、顔を洗った。

「疲れているようだな」

「いや。あんなとこで寝ちまったのと、腹が減ってるだけさ。疲れは感じない」

 〈塔〉の言葉にエイルはひらひらと手を振った。

「アーレイドに行ってくる」

「導師に話をしに行くのか」

そう(アレイス)

 エイルは、どうと言うこともないようにうなずいた。

「それとラニの服。あ、やっぱ東国の、大きさ調整できそうなものの方がいいかな」

「あれは西では目立つだろう」

「まあな。でもそんときは鳥になってりゃいいんだし」

「それなら最初から服など要らないのではないか」

「ひどーい、鳥だけだったらあたし、半分よ。〈塔〉は自分が西半分とかでもいい訳っ?」

「よくはないようだ」

「半分、か」

 鳥か人間――の形――かどちらかなのではなく、どちらでもあると言うのはラニタリス自身の言だったが、エイルは何となく判るように思った。「どちらでもある」ことなら少しばかり経験があるのだ。エイルとしては、その半分は要らなかったのだが。

「まずは飯、食いに行こう」

 過去に思いを馳せることはやめて、エイルは現実的なことを口にした。ラニタリスがはいはいと挙手をする。

「あたしもー」

「お前は別に要らないだろ」

「でも、食べてみたい」

「仕方ないな。それじゃ服が先か」

 エイルはそう言うと腕を差し出した。小鳥はちょこんとそこにとまる。

「おし。それじゃ行くぞ」

 そう言って彼は塔の階段を最上階へと昇っていった。

 踏み出す一歩一歩は、新たなるもののようだった。

 自覚を持ち出した、魔術師としての。


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