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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第2章
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03 否定しなくなってきた

「呪いだけじゃない。商人と魔術師についても」

「それは、何だ」

「……それがさ」

 シーヴには隠したことだが〈塔〉にそうする必要はない。エイルは、商人クエティスが〈風謡いの首飾り〉――エイルが持っているそれを熱望していること、エイルを「砂漠の術師」と呼び、それを持っていると確信していたこと、そして魔術師がついていること、術を投げられて意識を失ったことまで正直に語った。話をすることで、改めて整理がつく。

「何だかわたわたしてて、このことについてじっくり考える時間がなかったんだけど」

 エイルは椅子を引くと座り込んで卓に肘をついた。

「あんなふうに、いきなり背後から首に縄かけるみたいな真似する術師は、かなりやばいよな。……やっぱシーヴを帰してきて、よかった」

 それは本音であったが、少しばかり苦いものも混ざった。〈塔〉は忌々しくも敏感にそれを聞き取る。

「シーヴと何か、あったか」

「何かあったって訳じゃない。俺が一方的に言っただけ」

 エイルは肩をすくめた。

「『お前には関係ない』『口を挟むな』『俺はもうランティムには行かない』とね」

「何と」

 〈塔〉は驚いたようだった。

「もう、彼と顔を合わせぬ気なのか」

「はじめは、もうこの件に関わらせたくない、それだけだった。でもさ、言ったことも本当なんだ」

 エイルは自身の言葉を思い返した。

「俺が気儘にランティムを訪れてあいつと話し、そして好きにアーレイドへでもここへでも、帰る。あいつが町のために捨てた自由ってやつを俺は持ってて、たぶん、持ち続ける。あいつは変に妬んだり悪感情を抱いたりはしないと思うけど、それでも」

「妬みそうになる自分を叱責はするだろうな」

そう(アレイス)

 王子の友人はうなずいた。

「俺はあいつの旅心を刺激する。あいつの決意を揺るがせる。一度、こうして旅に出たせいで却って、な」

 エイルは口の端を上げた。〈塔〉はそうは言わなかったが、それは寂しげな笑みに見えただろう。

「あいつのために、俺はもう、顔を出さない方がいいんだ」

「――お前の決めることだ」

 〈塔〉はそうとだけ言った。

「私ももう彼とは会えぬのか」

「会いたがってたもんな、悪ぃ」

 エイルは何となく謝った。

「シーヴに会わないの? もう?」

 不意にラニタリスが声を出した。

「その、つもりだ」

 苦いものを覚えながら、エイルは答えた。

「俺たちは、二年前にアーレイドで分かれたあと、会うことなんてないはずだったんだ。俺はそう思って、ファドック様からもらった短剣をあいつにやった。再会したのは、砂神の導きだか悪戯だかで」

 そこでエイルは言葉を切る。

「……今度も、何か渡せりゃよかったな。リック師の、魔除けとか」

「駄目っ」

 突然の反論にエイルは目をしばたたいた。

「何だって?」

「それってあれでしょ、翡翠(ヴィエル)。そんなもの持たせるから、あたしがシーヴを見つけられなかったのよ」

「……何だって?」

 エイルは繰り返した。

『お前は、魔物か?』

 冗談めかしたシーヴの言葉が脳裏に蘇った。

『魔除けの翡翠を手放した途端、現れるとは――』

「失礼しちゃうわ。ああいうの身につけられたらあたしの目、だんぜん悪くなっちゃうんだから。あ、でもエイルはそれもっててもへいき。エイルだからかな」

 それは「主である」という意味にも取れれば「翡翠と相性がいい」という意味にも取れた。だがそのことよりも、エイルは少し愕然とする。

 忘れていたつもりはない。だが、「変身」以外に実感はなかった。

 これは、魔物だ。

 魔除けが(・・・・)効くのだ(・・・・)

「どうかした?」

「……いや」

 エイルは首を振った。

 魔物であろうと何であろうと、彼はこれを拾った。拾ってしまった。いまさらそれを忌避する権利は、ない。そのつもりも。

「お前があいつを見つけられなくたって、別にもう、何の問題もないけどな」

 彼はそんなことを言った。それは、ラニタリスの主張への返答であると同時に、彼自身が受け入れていることを示すものでもあった。

 魔物の主であること。

 そして、友と離れたこと。

「シーヴがこなくたってさ」

 何を言おうと思った訳でもなく、何となくエイルは口を開いた。

「ラニもいるんだし、寂しかないだろ」

 呼ばれたラニタリスは顔を上げると、にこっとした。〈塔〉に向かって笑んだつもりらしい。

 「可愛らしい」と表現されるであろうその笑顔は、まるで無邪気な子供。

 だが、魔物だ。

 怖ろしいとか、ぞっとするとかいう気分にはならない。なるべきなのかもしれないが、エイルは不思議とそれを感じなかった。

 彼は、受け入れていた。

 或いは、選んでいた。

「……まあ、誰かがくるとしたら」

 エイルは呟くように言った。

「ウェンズなんかは、有り得るかもな」

「エディスンの術師だな」

「そう。少なくともまだ、『ここまでご案内』には抵抗があるんだけどさ、あいつだったら……いいかな、とも、思う」

 顔の片方に生々しい傷跡のある、穏やかな魔術師。

「ただ、エディスン協会長のために動いてるっぽいとこもあるから、完全に信頼する訳にもいかないけど」

「その協会長は何か問題なのか」

「それが判らないのさ。あと宮廷魔術師とかも」

 何も居丈高に命じてくる様子はないし、もう少し疑いを捨ててもよいだろうとは思う。だが、首飾りを見せたり渡したり、となるとまた別だ。もしやるならば、スライやダウが先であるし、そもそもこれはあくまでもエイルの「宿題」だ。のっぴきならなくなるまで導師の手は借りない。そう決めている。

 いつだったかラスルの長が言ったように。

 彼はもう、選んでいた。

「スライ師とダウ師の両師にお前のことを話す。彼らはたぶん、俺の意思を尊重してくれるから、こないでほしいと言えばこない。どうしてもって言うなら、まあ、いいかなとも思うけど」

 エイルはそんなふうに言った。

「俺みたいな駆け出しがお前みたいのの主だなんてのは、気に入らない魔術師もいると思う。それに、件の魔術師が何かでかぎつけてこないとも限らない。だから、あんまり話は広めたくはない。だから両師が俺を気にかけてくれるのに甘えて、伝言があれば送ってくれるように頼もうと思ってる」

 エイルは話しながら考えをまとめた。

「決めたのだな」

「大した決断じゃ、ないけどな」

「そうでもないだろう」

 〈塔〉は静かに言った。

「お前は、魔術師たることを否定しなくなってきた」

 その指摘にエイルは黙った。

 彼がこの塔のことを一部の相手を除いてひた隠しにしているのは、「伝説の塔などに興味を持たれて探されては面倒だ」という理由よりも、「伝説の塔に住むなど、いかにも魔術師じみている」からだ。

 彼はとにかく、魔術師であると見られるのが嫌なのだ。嫌であった(・・・・)のだ。〈塔〉はそれを知っていた。

「――少し、休む。それからアーレイドに戻って、スライ師に話をしてくるよ」

 エイルはそれ以上は何も言わず、階段を上がった。〈塔〉もそれ以上は何も言わなかった。

 ラニタリスはぱたぱたと小走りについてくる。

 シーヴといるときはずいぶんと喋っていた子供は、戻ってきてから不思議と、ろくに口を利かなかった。エイルの気分の変化を感じ取ってでもいたのだろうか。

 エイルが寝台に潜り込むと、子供は当然のように同じ布団に入り込んできた。まるで小鳥と言うよりも猫だ、と思いながら、エイルはラニタリスのしたいようにさせた。


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