01 意味はあるだろうか
大砂漠に近しく東国と呼ばれる地域にあるランティムの陽射しは、冬でも十二分に暖かい。暑いと言ってもいいくらいだ。
城を出たエイルは、何度目になるかため息をついて、砂埃の舞う街路を歩いていた。
エイルの宣言に絶句したシーヴを置いて、応接部屋をあとにした。友人が追いかけてくるか、それとも凄い形相で睨んででもいるかと思って一度だけ振り返ったが、シーヴは視線を落としたまま拳を握りしめ、それを振るわせて唇を噛みしめていた。
悪いことを言ったと思う。
シーヴが直視しまいとしていた事実を正面から突きつけた。旅の間に自由を思い出し、領主であることから逃げたいと思いはじめたのだと、そう言った。
そんな指摘をされずとも、シーヴはいずれその思いに自分で整理をつけ、ちゃんと自分の頭と心で彼自身の責任を思い出したはずだ。
なのにエイルはわざわざそれを指摘し、なおかつ言い逃げをしてきた。もうこない、とまで言って。
――関わらせたくないのだ。
偽物屋、だけで充分である。闇組織に東国から手を引かせた、それだけで。
エイルの持つ不思議な首飾りそのものを狙う偽物商人が、魔術師を雇ってエイルを追うなど、シーヴは知らない方がよい。
エイルはまた、息を吐いた。
まるで喧嘩分かれだ。まるで、どころではない。そのものだ。
後味は、よくない。――苦い。
その味に惑わされ、エイルはこのとき、気づいていなかった。
彼はこれまで、友人があのようなことを考えていると思ったことがあっただろうか。 責任を重く考え、自らを律していること、そして気儘に訪れるエイルを羨ましくさえ、思っていること。
エイルがシーヴを見て、そんな思いに気づいたことはあっただろうか?
なかった。
見たのだ。いや、意図的に見ようとしたのではない。見えてしまったのだ。
オルエンが、その力を持っていたときのクラーナが、幾度も彼に説明したこと。見るつもりがなくても、見えるものがあるということ。
魔術師エイルは、友人の心を読んだというのではない。
ただ、見えてしまった。
だが彼はまだそのことに気づいていない。
ピイ、と声がして羽音が右肩に舞い降りた。
「ああ……帰るよ」
返事をしてからエイルははっとなって、呪いの言葉を呟いた。
(いま俺、判ったろ)
(ラニが何て鳴いたか)
たとえば犬だの猫だのと長年を暮らす人間が、「彼らの気持ちが判る」などと言い出すことはある。だが、いまのエイルに伝わったのはそれではない。まるで、魔術師たちの心の声に近く、それよりも自然。
『どうかした?』
小鳥が首を傾げて問う。エイルはじっとそれを見てから、首を振った。
「いや、何でもない。行こうか」
魔力が磨かれたのか、はたまたラニタリスとの結びつきが強くなったのか。どちらも歓迎したくなくても、どちらかだ。
彼は、どのような形であれ、魔術師として成長をしている。嫌だと言い続けることに何か意味はあるだろうか?
本当に嫌ならば、あの首飾りを商人にでもウェンズにでも渡してしまえばよい。そしてアーレイドへ帰って、二度と砂漠にも魔術師協会にも足を踏み入れなければよい。
オルエンのことも〈塔〉のこともラニタリスのことも忘れて。
(――できないな)
エイルは判っていた。
(俺はもう、選んだ)
気に入らないとは思う。これはたぶん、抱え続ける抵抗だ。――生涯?
たとえ、オルエンの言うように魔術師の自覚を持つようになっても、自分はそれを楽しむことはないような気がする。エイルはそんなふうに思った。
あまり嬉しくはない予感だったが、魔術を振るって喜ぶようになるよりはましだ、というような気もした。