05 今日明日じゃないだろうよ
協会から跳ぶ、という自らの提案に、しかしエイルは迷った。
素早く帰すには素晴らしい案だが、エイルはこれまで誰かを伴って移動をしたことはないのである。
協会に張り巡らされている力を使えば失敗することはないはずだが、オルエンの「それは、もう、酷い」失敗の話を――具体的に聞いてはいないが――思い出してしまった。
友人にして王子殿下を危ない目に遭わせる訳にはいかない。
だがエイルの不安をシーヴの方で一蹴した。
「過度な自信は嫌味だがな、慎重すぎるのも考えもんだ。やってみなきゃ、うまくいくもいかないも判らんだろう」
「やってみて『うまくいきませんでした』って訳にいくかよっ」
「はいはいはい、あたしあたし!」
ラニタリスが両手を上げて主張した。
「前に、言ったよねっ。〈塔〉の魔力から守ってあげられるって。おんなじこと、できるよ」
「おお、それでこそ我が名付け子。やってもらおうか」
帰りたくないと言わんばかりであったのに、大した態度の違いである。
「本当にそんなことができるのか?」
エイルが言うと、ラニタリスはきゅっと眉をひそめた。
「ひどーい。エイル、あたしのこと疑うんだ」
「いや、そういう意味じゃないんだが」
「うまくいきませんでした」という訳にいかないのである。
「あたし、できないことをできるなんて言わないよ」
ラニタリスは両手を腰に当てて言った。
それはエイルにも感じられていたことだった。ラニタリスは自身の能力を把握している。〈塔〉がいれば、「主が自身の能力を危ぶむよりもずっと的確に」とでも言うところだろう。
鳥はシーヴを「守る」ことができるかもしれない。しかし、それを信じるとしても解決ではない。ラニタリスという「魔物」を「魔術師協会」に連れていくのは、いかがなものか。
魔術師は、そうでない人間よりはずっと人外に対して寛容だが、魔物を使い魔にしているとなれば必ず興味を持たれるだろう。
タジャスなどはこの件が終われば二度と訪れないかもしれないから、ここの協会で少しばかり注目を浴びてもエイルは別にかまわない。だが、エイルではなくラニタリスの興味を持たれれば。
「ラニは、駄目」
エイルはそう結論を下した。
「少し多めに金を払って、ほかの術師に手伝ってもらう。それなら、確実」
「消極的だな」
シーヴがからかうように言った。エイルは顔をしかめる。
「安全重視だよ。俺がひとりでそういうことをやるのは、もっと自信を持てるようになってから」
「それは、いつだ?」
シーヴが返したのは特に皮肉ではないようだった。
「さあな。少なくとも今日明日じゃないだろうよ」
エイルは肩をすくめた。
「そうだ、金がないんだったな。『近場』からランティムまで、路銀が要ることになるか」
彼は自身の財布を思い出し、少し心許ないなと思った。
「先にアーレイドに行って、また金を取ってくることにする」
「そろそろ貯金が底をつくんじゃないのか」
「うるさいな。貸した分は返してもらう。ただ」
エイルは唇を歪めた。
「俺の危難に飛んできたために協会に支払った分は仕方ない、さっ引く」
「馬鹿を言うな、それは俺が勝手に」
「そうだな、勝手にやった。だから、帰す分は出してもらう。金額がだいぶ違うから、合計して折半だ」
その妥協案にシーヴは巧く反論できないようだった。
エイルが多少ばかり小金を稼いだところで、どうあがいても王子殿下にして伯爵閣下の方が金持ちであるのだが、エイルはそれに甘えることはしたくなかった。下町時代ほどに貧乏であればともかく、使える金が少しはあるのだ。ならば、対等に行きたいところである。
その意地だか誇りだかがシーヴに通じるかどうかは微妙であったが、とにかく王子にそれ以上何か言う隙を与える前に、エイルは踵を返して魔術師協会へとひとり向かった。