03 卑怯な真似はよせ
「この前は半分否定するような感じだったけれど、どうやら立派に使い魔じゃないか?」
面白そうにクラーナが言った。
「私はそういうものを使ったことはありませんね。話には聞きますが……その鳥と意思の疎通を交わすのですか?」
「ええと、それは、その」
エイルはそれぞれの言葉に答えようかと考え、ふるふると首を振った。
「問題は、んなことじゃないっ。こいつはシーヴを見張ってたはずなんだ!」
エイルはラニタリスを手に乗せて顔の正面に連れてきた。
「シーヴはっ。何かあったのかっ」
「――それはむしろ、こっちの台詞なんだが」
かちゃり、と戸が開いた音と同時に聞こえた声に、エイルは目を見開く。
「何でっ、いるんだ、お前が、ここに!」
「そりゃ」
黒い肌をした青年はじろじろと友人を見た。
「誰かさんがご主人様の危機を感じ取ったからさ。取り乱すラニタをどうにかなだめて砂漠の爺さんに協力をさせようとしたが、あれはお前に忠実でな。俺の言うことなんか聞かない。仕方なく、なけなしの銀貨と身分を担保に魔術師協会を利用した。おかげで頭痛がする。無事ならどうにかしろ」
レギスからランティムの途上、このタジャスからはだいぶ南西にいたはずのシーヴは不機嫌な顔でそう言うと、上から下までエイルを眺めた。
「無事の、ようだな」
「ええと」
つまり、ラニタリスはエイルが魔術師の術に意識を閉ざしたことを知ったのだ。
主の危難はその下僕には大問題であるから――〈塔〉はたぶん、別だ――ラニタリスは泡を食い、友人に何かがあったと知った王子殿下も驚いて、こともあろうに苦手とする魔術でタジャスまで跳んできたということだ。
「何があった」
「ええと」
エイルは繰り返し、息を吐いた。
突然姿を現すのならば、それはむしろ魔術師のやることで、魔術師が魔力のない友人にそんな手段で驚かされるというのは大した皮肉である。
「少し、考えをまとめる。ちょっと待ってくれ」
エイルは言い、シーヴは唇を歪めて、それから室内にいるほかの人間に目をやった。
「また会ったな、クラーナ」
「魔術師よりも神出鬼没だね、シーヴ」
まさしくエイルが思ったようなことを思ったらしく、吟遊詩人は笑って言った。
「新顔もいるようだ」
「ウェンズと申します。エディスンの術師です。縁あってエイルと関わりを」
「俺はシーヴ。東国のもんだ。そうだな、俺もたいそうな縁があってこいつと関わりを持ってる」
その説明にクラーナがふっと笑った。エイルはそれを睨む。
「それから」
シーヴは面白そうに鳥を指さした。
「これは、ラニタリス」
「へえ、蒲公英? 可愛い名前だね。よく似合うよ、小鳥くん」
「可愛い」が気に入ったか、ラニタリスはぱたぱたと羽ばたいた。
「これがまた、生意気なお嬢ちゃんでね」
「シーヴ」
余計なことは言うな、とエイルは友人を睨んだ。シーヴは驚いたように目をしばたたいたあと、了解のしるしだろう、にやりとした。
「それで、考えはまとまったのか」
シーヴは話を戻した。
「ああ、その、何と言うか」
いくらか苦しい言い訳しか思いつかなかったが、真実を話す訳にはいかない。エイルは口を開こうとして――。
「けつまずいてすっ転んで意識を失ってたとか出鱈目は言うなよ」
見抜かれ、黙った。
「あーええと」
例のクエティス商人が現れて、雇われた魔術師がエイルに術を行使し、どうやら敵対する形になったようだ、などと言ったら、伯爵閣下のご領地への帰還はますます遅くなるに決まっている。やはり、言えない。
「クラーナ」
その沈黙に、シーヴは吟遊詩人を見た。
「エイルに任せてる」
命令じみた呼びかけに、吟遊詩人は肩をすくめただけだった。シーヴはじろりと詩人を睨んでから、ウェンズの様子を探るようにした。エディスンの魔術師も首を振って口出しをしないことを示す。
黙っていてくれるのは有難いが、困った。
「あー、そうだな」
青年魔術師は咳払いをした。
「お前が、ここからまっすぐ、ランティムへ帰ると約束するなら話してもいい」
エイルは卑怯な持ちかけをした。シーヴの眉がひそめられる。
「何か危険があったんだな」
またも、見抜かれたと言うことになる。いまの言い方は巧くなかった。
「そういうんじゃない。ちょっとした行き違いがあっただけだ」
何とも適当、かつ曖昧な台詞である。当然、シーヴは納得をしない。
「言え。掴んだことはみな話すと誓ったろう」
「あれは」
得たりとエイルはにやりとする。
「お前がランティムに戻ったら、という前提においての話だ」
珍しくもぐっとシーヴは言葉に詰まった。
「そういう理屈かもしれんが、しかし」
「しかし、じゃない。お前はランティムに帰るんだ。俺みたいな、忌々しい魔術師のことなんかは放っておけよ」
にやついてエイルは言った。――勝てる。かもしれない。
「……ふん?」
砂漠の若者は片眉を上げた。
「案の定、魔術が関わる訳だ」
「何?」
「お前がわざわざ、自分を魔術師だと言うなんざ、そう意識する何かがあったに違いないね」
「この野郎」
エイルは舌打ちした。「うっかり転んで意識を失った説」を改良して話を続けるつもりでいたのに。
「大した話じゃない。いいからお前は帰れ。……ウェンズ、協力してくんないか」
エイルは誰かを余所へ跳ばすことなどできないが――自身ですらできないのだから――ウェンズなら可能ではないかと思ったのである。
「私は構いませんが」
「俺が構う」
念のためというところか、シーヴはウェンズから一歩遠ざかった。
「卑怯な真似はよせ。俺に言うべきことはちゃんと言え」
「お前に『言うべきこと』なんてない。これは俺の問題だ」
エイルは心のなかで、謎の魔術師の件にだけ限定して言った。クエティスはランティムの商品を騙って偽物商売をした立派な経歴の持ち主なのだから、シーヴと関わりがないとは言い切れない。それを知ればランティム領主が黙っているはずはないのだ。
「魔術は、絡んでる」
エイルは認めた。全部を否定するのは無理がある。
「だからこそお前には関わらせない。魔術のことは助っ人にウェンズと、経験豊富なるクラーナ、この諸先輩がいりゃ充分だ。お前には魔力なんてない。いいか、俺を案じてくれるなら……お前の心配をさせないでくれないか」
エイルは真摯に言った――と、笑い声がする。
「クラーナ、何がおかしいんだよ?」
エイルが抗議の声を出すと、クラーナは謝罪の仕草をしながら、また笑った。
「クラーナっ」
「ごめんごめん。だっておかしくて」
「だから、何がっ」
エイルは大真面目なのである。笑われてはたまらない。
「だってエイル。君の台詞はまるで、大事な女の子に対して言うような内容なんだもの!」
こらえきれなくなったというように吟遊詩人は吹き出し、エイルは抗議や苦情よりも先にがっくりと肩を落とした。クラーナは自分に味方をしてくれると思ったのに、もしや、王子殿下の去来を真剣に案じているのは自分だけか?
「お前に守ってもらう筋合いはないな、エイル」
シーヴは真顔で言ったが、内心ではクラーナの言葉がエイルの「真剣」を打ち砕いたことににやりとしているに違いない。
「あのなっ、そりゃ俺はお前の兵でも従者でもないけどなっ、引っ張り出した以上は責任ってもんがあって、それを疎かにする気はないんだよっ」
エイルに引っ張り出されたのではないとランティム伯爵は仰せになったが、エイルが魔術を使わなければ簡単に「脱出」はできなかったはずで、レギスにだってたどり着いたものかは判らない。エイルはそう言ってやったが、シーヴはそんなことはどうでもいいと首を振った。
「どうだったかは問題じゃない。どうするか、だ」
「だから、お前は」
「帰る前に話を聞く」
「……聞けば、帰るか」
「内容による」
明らかにエイルの分は悪く、クラーナとウェンズが面白そうに見ていることに気づいて――げんなりした。
味方はいない。