02 惚れられてるね
「判らないことは、とりあえずおいておくとして。大事なのは、クエティスが君を〈風謡いの首飾り〉の持ち主として追っているということ」
クラーナが指を立てた。
「それから、彼には魔術師がついているということ。この二点でしょう」
ウェンズがあとを続ける。エイルはうなずいた。
「俺と首飾りのつながりを知った経路と、魔術師との関わりを調べるべきだな。ラスルは長の禁止を破ったりはしないと思うけど、商人の誘導尋問に気づかないで何か答えてるかもしれない。そう思えばそっちはそれほど不思議じゃないけど」
「何言ってるんです。充分に不思議ですよ。砂漠の魔術師が持っているという話が商人に伝わったからと言って、エイル、あなたが砂漠の術師だと知られる理由にはなりません」
ウェンズの言葉にエイルは目をしばたたいた。
「そうか……それもそうだな」
「君のことを掴めば、クエティスはもっとラスルで根掘り葉掘り聞いただろう。そうなれば長の耳にも入るはずだ。長が君のことは知られていないと考えられた以上、ラスルから君の話は洩れていないと思うよ」
クラーナは言い、エイルはもっともだと思った。
「それじゃ、どこから」
「君が首飾りを持っていると知っているのは? 僕と、このウェンズ術師と」
「シーヴに、ゼレット様。そんぐらいだ」
「彼らが君の危険になるようなことをちらとも洩らすはずはないね」
「あとは……オルエン」
「ううん」
その名にクラーナは唸った。
「そうだね、彼はもちろん、知っているか」
「どなたですか」
「忌々しい『師匠』だよ」
「成程」
「彼は確かにものすごく物好きだけど、君を鍛えるためだからって、わざわざあの商人に手を貸すとはちょっと思えない。それは、彼の気質にはないはずだ」
僕の知る限りはね、と詩人は肩をすくめる。
「それから、あなたを直接知っている訳ではありませんが、フェルデラ協会長とローデン閣下もご存知です」
「ローデンってさっきも出てきたね。誰だい?」
今度はクラーナが問い、エディスンの宮廷魔術師の名だとウェンズが答える。
「しかしもちろん、彼らは何か知りたければまず私を使うはずですから、やはり除外ですね」
「その人たちは信頼できるんだろうね? ウェンズ、君のことはエイルがのんびり寝こけている間」
「悪かったな」
「話をして信用できると思うようになっているけれど」
エイルの一語を無視してクラーナは続け、ウェンズは感謝の仕草をした。
「我が協会長と宮廷魔術師殿のことは、私と同じように信じてくださってけっこうです」
「了解。ひとまずはそうすることにしよう」
「何で知ったか。砂漠に首飾りがあることも、俺が持ってることも。どっちも謎だな」
「振り出しとも言えそうです。商人の目的が判らない」
「判ってるじゃんか」
ウェンズは何を言っているのか、とエイルは首を傾げたが、ウェンズは判りませんと繰り返した。
「首飾りがほしいことは判っていますが、何のために、という意味では進展がない。偽物を作って本物以上の儲けを出している以上、金のためではない。『貴婦人への恋』をよい思い出として大事にしているというのならば、それで偽物商売をするのは矛盾しているようです」
「判ったのは少なくとも、偽物屋の長が禁止しても彼は個人的に首飾りを追うことにしている、ということだね」
「首飾り。言い換えれば、俺を――だな」
「君が持ってる限りは、だろう」
クラーナは指摘したが、エイルは唸る。
「まあ、そうなるけどな。いまさら誰かに託す気にはならないよ」
「私でしたらいつでもお預かりしますよ」
ウェンズは言ったが、その澄ました様子は「やはり狙うのか」といった類の疑念を生み出させることはなく、それどころかエイルはこの冗談――なのだろう――に、にやっとさえしてしまった。
「君はどうせオルエンの宿題をやり遂げるつもりなんだから、あれを手放して忘れてしまえという助言は意味を為さないだろうね」
詩人は芝居がかってため息をつくと首を振ってみせたが、盆を持ったままではあまり決まらなかった。
「建設的に行こう。僕は、首飾りに呪いをもたらした存在について調べる。タジャスを去った魔術師がどこへ行ったのか、探れるものならば探ってみよう」
「では私は来し方を」
ウェンズが言った。
「魔術師ではなく、首飾りの、ですが。クエティスが語った貴婦人の館を探しましょう。それから、彼の雇った魔術師についても」
躊躇いのないウェンズの言葉に、エイルは首を振った。
「後半は、俺がやるよ。そこまで手間かけさせらんないし、魔術師のことはあんたが興味を持った件と直接には関係ないんだしさ」
「間接的にはありますね」
ウェンズは素早く言った。
「それに、いまさらです。向こうは私を知った」
「だからって、手を引けばわざわざ追いかけやしないだろ」
「そうでしょうね。ですが私は、自身の安全のために尻尾を巻くのは好みじゃないんですよ」
さらりと言うウェンズにエイルは少し困り、クラーナは笑った。
「いいんじゃないの。手を借りなよ。オルエンはいないし、いたところで素直に手を貸してくるとも思えない。魔術師の先輩がいるのはいいことだよ」
「そりゃ、まあ、助かるとは思うけど」
「なら決まりです」
ウェンズはエイルとクラーナを見た。
「私はエディスンに戻り、協会長に頼んで、先の術を行使した魔術師についてここの協会に問い合わせてもらいます。どの程度の魔力を持つのか。金で雇われるような輩なのか。そうであれば、それ以上の金を積めばクエティスから離せる。簡単です」
「それじゃ俺は」
エイルは考えるようにしたが、クラーナが片手を上げてそれを制する。
「君は、本道にいていい。つまり、呪いのこと。それからシーヴの問題もあるんだろ」
「……話してないぞ、そのことは」
シーヴの問題、つまりランティムの伯爵閣下が領地に戻らず、いつまでもふらついている問題ということである。
「それくらい、予想はつくよ。彼は、自分の件が片づいたからってさっさと退場するような薄情、或いは扱いが楽な人間じゃない」
「その通り」
エイルは天を仰いだ。
「この件はひた隠しにして、まずはあいつを帰す。俺の優先事項はどうやらそれだな」
「では私はいったんエディスンへ。今後の連絡はどうします、エイル」
「とりあえずアーレイドに投げといてくれ。……考えてることがあっから」
その言葉に何か感じるところでもあったか、ウェンズはエイルを数秒の間じっと見て――判ったと言うようにうなずいた。
その次の瞬間である。
ふっとエイルが振り返るようにしたのは偶然か。
それとも、それこそ「何かを感じ取り」でもしたものか。
冬空に灰と白の混ざったような色合いをした小さな鳥が、窓の外をぱたぱたと羽ばたいているのが目に入った。
エイルは何気なく目についたそれにものすごい勢いで振り返ると凝視した。
「ラっ」
「ラ?」
「いやっ、何でここに!」
そこに滞空する小鳥は、間違いない、ラニタリスだった。羽根の色が変わっていたところで、彼はもう見誤らない。
シーヴはどうしたんだ、との思いが脳裏に浮かんで血の気が引く。鳥はそのまま羽ばたき続け、エイルの左右からクラーナとウェンズがそれを覗き込む――「覗き込んで」いるのはラニタリスの方だろうか?――という形になった。
「何?」
「もしかして、使い魔ですか」
「そう言えば、何か飼ってるって言ってたね」
「ああ……その」
エイルはわずかに息を吐き、寝台から降りると窓に向かい、小さなそれをぎっと開けた。
(鳥のままだぞ! 絶対に変身するな。それから、ウェンズに言葉を聞かれないように気をつけろっ)
まずエイルはそんなふうに釘を刺した。ウェンズを疑うというのでは、いまさら、ない。ただエイルとしては「奇妙な首飾りを持っている」と思われているだけで充分である。「奇妙な塔の主」「奇妙な鳥の主」まで加わるのはご免なのだ。事実では、あるのだが。
ラニタリスはピイ、と鳴くにとどめ、室内に入り込んでくるとぱたぱたと嬉しそうにエイルの肩にとまった。
「へえ」
「なかなか」
「何だよ」
「惚れられてるね、エイル」
「いい加減にしてくれ」
ゼレットに〈塔〉にシーヴに加えてクラーナにまで言われた。勘弁してほしい、と思う。