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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第1章
131/340

01 その辺にしておいたら

 気づくと、少し離れたところにぼんやりと見覚えのない色があった。

 何度か瞬きをすると、それが薄汚れた天井であることが判る。

「エイル」

 声がかけられた。

「静かに。何も言わなくていいです。まず、これを見て」

 にゅっと目前に差し出された銀色の玉。エイルは瞬きをしてそれに焦点を合わせた。ゆらり、ゆらり、と玉は揺れる。

「では、私を見て。――大丈夫、影響はないようですね」

「影響って、何の」

 エイルは寝台から身を起こすと顔の片側に派手な傷跡を持つエディスンの魔術師を眺めた。

「先ほどの術の、です。もしや、何か持っていますか」

「何かって……ああ」

 ウェンズの質問を理解して、エイルはうなずいた。

「魔除けの類なら、上等なやつを」

「どうやらそれのおかげですね。あなたに対して投げられた術は本来の目的を果たさず、歪められた。私も防護はしましたが、先に働いたのはそちらの力だ」

「本来の目的って何」

 エイルはぼんやりする頭を振りながら問うた。

「君に何かしらの強制をするものか、いや、もっと簡素に、君に目印をつけようとしたってところじゃないかな」

 反対側からすっと差し出された盆の上には湯気の立つ陶杯が乗せられており、盆を持つ腕の先を見れば、クラーナの顔があった。

「やられたね。クエティスは、もうとっくに魔術師を雇ってたんだよ。商人がさっきの店にやってきたのは君を見にきたんであって、偶然じゃなかったという訳」

「あいつ……最初から俺のことを知ってたんか」

 エイルは舌打ちをした。

「あれから、何があったんだ」

 礼の仕草をしながら、エイルはクラーナの持ってきた杯を受け取る。温かい香り水がふんわりと鼻腔を刺激し、気持ちを落ち着けた。

「クラーナ殿があなたを助けに動いたので、私は術を投げてきた魔術師を探りました。もっとも向こうはもちろん私の存在を知っていましたから、容易に姿を見せることはしませんでした。追うつもりでいましたが、クエティスに遮られた」

「あいつが? まさか。魔力なんか、ないだろ」

 エイルは驚いて言った。クラーナが笑う。

「魔術師じゃなくたって、魔術師の邪魔はできるよ。けっこう簡単にね」

 そう言うとクラーナは何かを投げつける動きをしてみせた。

「……成程」

「予想外でした」

 ウェンズは謝罪の仕草をした。エイルは首を振る。

「それからクエティスは〈尻を蹴られた(ケルク)の如く〉逃げ去った。追うよりも君が気になったから、その後は知らない」

「気配を探った限りでは見つかりません。それがこの町を出たことを表すのか、魔術師が隠しているためなのかは、何とも」

「気配」

 繰り返してエイルはふと思った。

「なあウェンズ。あんた何でクエティスがこの町にいるって知ったんだ。見も知らない奴は追えないだろ、普通」

 それとも冥界から帰ってきた男は高位の術師でも難しいとされることを可能にでもするのだろうか? そんなことも思ったがウェンズは肩をすくめた。

「ええ、追えません」

 だがウェンズはあっさりと同意した。

「確かに、伝聞で名と職種を知るだけでは、なかなか見つからないでしょうね。ただここは首飾りの伝承が残っている地ですし、こまめに確認をしていました。特に今日はたまたま、知人の術師がきていまして。彼は」

 ふっとウェンズは笑った。

「ローデン閣下に絶対の忠誠を誓わされているので、閣下、及び閣下が許可する限り協会長の、ひいては私の希望には添わないとなりません」

 そこでその「知人の術師」から報せがあったのだ、ということらしい。

 ローデンというのがエディスンの宮廷魔術師の名だというのは記憶にあった。魔術師が魔術師に対し忠誠心を抱くというのはいささか考えづらかったものの、そういうこともあるのだろうとエイルは納得をすることにした。

「んじゃ、この件についてそいつの手って借りれるのか?」

「彼も魔術師の例にもれず、こうしたことには興味を持ちます。首飾りのことも、知れば目にしたいと考えるでしょう」

「わあった。んじゃそいつは避けてくれ」

 これ以上ややこしいことにはしたくないものである。余程信用できる相手でない限り、関係者を増やすのも問題だ。

「あなたを狙った魔術師を追えばクエティスにも行き当たる。痕跡は見つけてありますので、私はそれを探りますよ」

「それにしても、あんな術師がいたとは予想外だったね」

 クラーナが首を振った。エイルは顔をしかめる。

「予想してなかったってんなら、クエティスがああもはっきりと俺を敵視してきたってことさ。いや、それよりも、まさか知られてるはずはないと思った。俺の失態だよ」

「失態とは言えないよ、エイル。彼は知ってるはずがなかったんだから」

「そう思ったよ。でも、知ってたんだろ。だからきたんだと言ったじゃんか」

「いまにして思えば、だろ。結果からはじまりを考えることはできるけれど、逆は難しい。やってみたところで、ただの想像だ」

「んじゃ、はじまりを考えよう」

 エイルは寝台の上にあぐらをかいた。

「あの話を信用するとすれば、あいつはガキの頃から首飾りの存在とその形状を知っていた」

「どこかの家宝だったという話でしたね。そこの使用人だったと。どこの家であるものか、どうにかして調べましょう」

「んなこと、協会でできんのか?」

「どうでしょう。正直に言えば判りません。やったことがありませんから。試しにやってみますよ」

「頼む。生まれだとか商人になった経緯(いきさつ)なんかはどうでもいいが、どうして首飾りの在処を知ったのか、それは気にかかる。本当に、占い(ルクリエ)なんかだったのか」

 エイルは嘆息をした。

「占いを信じるより、タジャスの伝説を信じでもして、それで砂漠に行くようになった……なんて言う方が納得いくけどな」

「どちらにせよ、憧れが理由で砂漠にまで足を踏み入れるというのは行き過ぎにも思えるね。もちろん人の興味、執着なんてどこに行くものか判りやしないけど、詩人が〈失われた(うた)〉を求めるのと違って、砂漠に行くなんて最後の選択肢になりそうなものだ」

 詩人はそんなことを言った。エイルはうなずく。

「そうだな。例の、美しき初恋の思い出もどこまで本当だか。全部が全部、作り話かもしれない」

「嘘はついていなかったようです」

 そう言ったのはウェンズだ。エイルは首を傾げる。

「何でだよ? あの野郎が、あんたたちに負けず劣らず演技達者だったってことは、もう判ってるだろ」

 真摯な顔をして嘘八百。偶然のふりをして集まった三人――エイルとクラーナとウェンズ――が仲間であることも、もしかしたら最初から知っていたのかもしれない。その上で彼らの「芝居」につき合ったのだとしたら、大した芸人(トラント)だ。

「確かに、あの『人の好い商人』と、最後に見せたきつい顔を思い出せば、かなりの役者だと言えましょう。けれど、あの貴婦人について話をしたとき、彼は嘘をついていなかった」

「だから、何でそう思うんだよ。そんなことが判る術なんか、あるのか」

「そのようなところです。どんなに上手に嘘をついても、言霊はちゃんと見て取る。私は、言霊が指摘する揺らぎを見て取る業を使いました」

 ウェンズはそう認めた。そのような術の存在をエイルは知らなかったので、少し驚いた。

「はじめは、私が〈紫檀〉の長の使いだと信じたようでした。いつから疑い、そして気づいたのかは、判然としませんが」

「雇われ魔術師が見破った、のかな」

「そうかもしれません。先手を取っていると信じ込んでいた。迂闊でした」

 ウェンズは反省と謝意を示す仕草をした。エイルは首を振る。

「気づかなきゃならなかったんなら、俺だよ。謝ってもらうことはない」

「いえ、私でしょう。相手はあなたには気づかれぬようにしていても、私に対してはそうではなかったのですから」

「責任の押し付け合いならぬ、奪い合いだね」

 クラーナが少し面白そうに言った。

「反省をしても謝罪をしても、僕らが三人まとめてきれいに騙された事実は消えないんだから、その辺にしておいたら」

 謝り合っても話は進展しない、というのだろう。確かにその通りなのである。

「疑問点は幾つもあるけれど、最大は、いったいどうやってエイルが『首飾りを持つ〈砂漠の術師〉』だと知ったのか、ということかな」

「エイルがいたからあの店にきたのだというようなことを言っていましたね。つまり、会ってから知ったのではない」

「既に知ってた」

 エイルはうなずく。

「商人は首飾りの話のために砂漠へ行ったのか、〈砂漠の民〉の神秘を仕入れに出かけて首飾りに行き合ったのか。どちらにせよ、気になることがあります」

 ウェンズが言った。

「彼が魔物を倒してでも首飾りを手にしようと思うまでに、時間の空白がありますね。先に偽物屋の所行に荷担している。これは、彼が偽物屋という職種、或いは組織を重要に考えているということになります」

「でも、商売抜きで追うと言っただろう」

 指摘したのはクラーナだ。

「クエティスに組織よりも首飾りを優先させるような何かがあったのかな」

「――判らないな」

 エイルはそう言うと息を吐いた。


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