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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第4章
130/340

10 襲撃

「私はそれを手にしようとその場所を訪れ、幾度か交渉を試みました。うまくいくものと思えた矢先、首飾りは忽然と消えました」

 クエティスは何気なく言おうとしていたが、声には悔しさがにじみ出た。

「何者かが既に……持ち去った、あとでして」

「持ち去った」

 面白そうに繰り返したのはウェンズである。

「買っていった、ということではないようですね」

「ええ」

 クエティスはうなずいた。

「何ものかが、まさしく〈口を開けたところで肉を奪る〉ように、私から首飾りを――奪った」

 商人の視線がエイルに向いたような気がした。エイルは瞬時どきりとしたが、考えすぎであったか、クエティスはウェンズの方に顔を向けている。

「そのような事情でして。買い戻せるものならばどうにかしてと思ってはいますが、相手がどこの何者か判らぬままでは」

 方法がない、とクエティスは首を振った。

「それは東方の品と言えますね」

 ウェンズが確認するように言うと、クエティスは顔をしかめた。

「たまたま東方にあるだけで、東の品という訳ではありませんが」

 確かに、あの首飾りのきらびやかさは東国や砂漠の気質とは相容れない。エイルはうなずきそうになって、こらえた。

「東で作られたのではなくとも東方の品です。関わることが認められないとあらば?」

「認められないって何だい」

 面白そうに――恍けて――問うのは吟遊詩人だ。

「商人さんは使用人の息子であってもいまは使用人じゃないのに、どこかにご主人様がいるの」

「そのようなところです」

 クエティスは肩をすくめてそう言うにとどめた。もちろん、闇組織(ダースルス)の長に仕えています、などとは言わないだろう。

「認められないとなれば。私は中心部(クェンナル)に戻るべきですが」

 商人は視線を落とし、次に上げたそのとき。

 答えるべきウェンズでも口を挟んだクラーナでもなく、今度こそまっすぐに――エイルを見た。

「商売抜きで、と言った通り」

 その声は、不意に低くなった。

「このような網で私を絡め取ったと思うな。次は、私が網を用意する」

「何」

 エイルは目をしばたたいた。

「私を迷い羊とでも思ったか? 調理人たちの群れに飛込んだ? 生憎と」

 商人は瞳に力強い色をたたえて、エイルを見据えた。

「それはお前だ、砂漠の術師!(・・・・・・)

 どきり、とした。それは、思いがけぬ呼びかけに対する驚きだけではない。クエティスの言葉を合図としたように、隠されていたものが瞬時に顕現した、そのため。そうと気づいた青年魔術師の鼓動は跳ね上がる。

『エイル!』

 ウェンズの警告の叫びと、何かちかちか(・・・・)する感触がエイルをくるんだのはほぼ同時だった。

「先手を打つつもりが、打たれたな。だがかまわない。私は必ず、あれを手にする!」

 商人の鳶色の瞳がぎらりと光るようだった。

 そこでエイルはようやく、防御の印を切ることを思いつく。

 目の前の男は魔術師ではない。それは間違いない。だが、いま彼に触れていったものについても、同じように間違いようがなかった。

 ほかでもない、このエイルに視線を向け、意識を向け、そして放たれた何か。間違いようがない。

 何者かの、魔力だ!

遅い(・・)!)

 それはエイル自身の叫びだったか、ウェンズの声だったか、はたまた彼の知らぬ誰かの――?

 全身の肌がちくちくと痛んだ。

 目の前を銀色の光の粒が舞う。

 現実が遠ざかる。

 物音が聞こえなくなる。

 世界が、色をなくしていった。

 エイルは突然の襲撃に為す術のないまま、すうっと意識が遠ざかるのを感じていた。

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