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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第1話 砂漠の魔物 第2章
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02 選んでしまっている

「魔物の子供が、ですか? 私に関わると?」

「そうなる。友よ。それから、〈風謡い(・・・)〉」

「〈風謡い〉ですって?」

 エイルは目をしばたたいた。ラスルたちがあの首飾りをそう呼ぶことは知っていたが、それも彼に関わると言うのか?

「あの黄玉のついた首飾りのことですよね」

「宝玉のことは、知らぬ。首飾りのようだという話ではあったが、形状も知らぬ。ただ、歌のような音色を奏でていたものがあるとだけ」

「それも不思議な話なんです」

 エイルは、音を聞いたときに自身に起きた欲望についても、隠すことなく話をした。

「砂漠の民はあの音に邪なものを聞き取って避けようとしたみたいですが、集落のなかで鳴れば、判らない」

「怖ろしい争いを生んだだろう」

 長は静かに言った。

「あなたはラスルを救ってくれた、エイル。感謝を」

「いやっ、俺は何も」

 謙遜ではなく、エイルは言った。実際、彼はただ拾いものをしただけだ。

「真実に首飾りであったか。それはどうしている」

「持ち歩くのは危ない気がしたんで、塔に置いてあります。あのなかなら風も吹かないし、万一鳴ることがあったとしても、〈塔〉があれを欲しがるってことはないでしょう」

 たぶん、と彼は言った。

「エイルよ。サラニタと歌について聞きたがった人間が、あなたのほかにもうひとりいる」

 ふと長はそんなことを言った。

「何ですって?」

「西の地からやってきた商人だ。たまに訪れ、ラスルの作る細工物をひとつふたつ、買っていく」

「本当にいるんですか、そういった商売熱心なのが」

 エイルは少し驚いて言った。話には聞いていたし、嘘だと思っていた訳でもなかったが、実際にいると聞けば仰天した。

 生半可な覚悟では大砂漠(ロン・ディバルン)に足を踏み入れることはできない。〈砂漠の民〉の助けが得られなければ、知識の足りぬ西の人間など、半日と保たずに熱で死んでしまうだろう。

「いるのだ。西の貨幣はこの地では意味を持たぬから商人は戸惑うようだが、それでも、(ラル)と言われるものと引き替えに何かを持っていく」

 長はそんなふうに言った。

 彼ら砂漠の民は砂漠のなかで暮らしを完成させている。隣り合う部族との交易めいたものはあるようだったが滅多にはやらず、部族だけで生きている。

 その財産は共有で、金のように数字で換算するものを持たない。彼らが銀貨に価値を見出すとしたら、それこそ「珍しい細工物」といった程度の意味だ。狡く立ち回れば「安く買い叩ける」ということにもなろうが、興味を持たれなければたとえ金貨を出したところで意味がない。商人にはやりにくかろう。

「彼はサラニタの首飾りに興味を持っていた。手にしてみたいとも言った。砂漠の興深い伝承と思うのであろう。だが、万一にも彼の手にその首飾りが渡ったなら、ラスルと、そして西の地に怖ろしい出来事を生んだはず」

 長は祈るような仕草をした。

「それは避けられた。エイル、あなたの力で」

 エイルは曖昧にうなずいた。あれが西の地に持ち込まれれば、醜い争い、発展して血で血を洗うような事件にならないとも限らない。なりそうな気がする。所有欲の薄いエイルですら、あれが欲しいと感じたのだ。貪欲なものであれば、手にするために何をするか判らない。

 あれはもしかしたら、砂漠に置いておくのが相応しいのかもしれない。エイルはそんなことも思った。

 と言うのも、彼は見たからだ。

 夜の砂上、(ヴィリア・ルー)の光のもとではよく判らなかった。

 塔のなかでじっくりと見直したあの首飾りには、確かに花の柄が描かれていた。何の花かはよく判らない。薬草になるような植物には少しばかり知識があったけれど、それ以外には大して強くない。

 彼をどきりとさせたのは見覚えのない花ではなく、不規則な斑点模様に見えていたものだった。

 赤黒いそれは、まるで返り血だ。

 おそるおそる拭ってみたが、それは描かれた花と同じように、拭って消えることはなかった。一(リア)は、一風変わっているがそうした意匠なのだろうかとも思った。

 しかし赤い斑点は花の一部を隠し、黄玉にまで飛び散っている。装飾品と思えば、少々解せない。

 やはり血痕が乾いてしまったのか、と削り取るように爪を立ててみた。しかし、指で触れてもざらついた感じはなく、黄玉はまるでそれを吸い込んだかのようだった。

 これが、不吉な感じのするものの源か。エイルはそう考えた。だが、その正体は判らない。

 ただ、首飾りの力、赤い斑点の正体が何であれ、人間の欲望を酷く刺激することは事実だ。

「では、その赤子は」

 長は話題をそちらに換えた。エイルはうなずく。

「魔物が変じた存在と言っても、人間の幼子みたいに見える。ひとりにするのはちょっと心配だったんで」

 言いながら、頭をかいた。

「魔術で眠らせて、知り合いの女性に預けてあります。何事もないとは思いますけど、すぐに戻るつもりでいます」

「それがよい」

 長の言葉にエイルはどきりとした。

「危険、でしょうか」

「その女性にとって、と言う意味ならば、否と答えよう」

 エイルは安堵した。彼女に何かあったら――殺される。

「子供には、危険かもしれない。何しろ、赤子だ。何も知らぬ」

「よく……判りませんが」

「私にも判らない、エイル」

 長は言った。

「だが、人間であれ魔物であれ、赤子というのは親から教わるものだ。血に流れる本能というものもあろうが、そればかりを頼りに生きれば、人の間では暮らせぬ」

「……あの」

 エイルは思わず挙手などしそうになったが、それは堪えた。

「長は、あの子供が人の間で暮らすようになると言われるんですか」

「未来は混沌としている」

 ラスルの長は瞳を閉じた。

「続く道は幾重にも。選ぶのは子供。そして、エイル。お前」

「俺は」

 そんなのはご免です――という言葉は飲み込んだ。礼儀を失すると思った訳ではない。長の言葉の通りなのだ。

 エイルは、選んだ。

 彼は、子供を連れて塔に戻ったのである。既に、選んでしまっているのだ。

「できるなら、続く未来が」

 エイルは苦笑した。

俺があの(・・・・)子を育てる(・・・・・)、なんてのじゃないといいと思いますよ」

 長はそれには何も答えなかった。


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