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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第4章

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09 冷たい風が

「ではどこで聞いたか、はよいことにしましょうか」

 魔術師は詩人に同調するように言った。

「ならば、いったいどのような話を聞けば」

 ウェンズはちらりとクラーナとエイルの方を気にするようにしてから続けた。

「あのような土地へ行こうと、思うのです」

「あのような土地って?」

 事情を知るくせに何も知らぬふりで繰り返すクラーナに、エイルは感心するやら呆れるやらである。

「遠く、です」

 商人は曖昧に言い、詩人は追及をやめた。

「いったい、何故?」

 ウェンズが繰り返す。

「それは……」

 クエティスは迷うようだった。

「あまり、言いたくないのですが」

 その顔には苦笑のようなものが浮かんだ。

占い(ルクリエ)を聞きました」

 商人の返答にエイルは口をぽかんと開けた。ウェンズもクラーナも意外そうな顔をしている。

「大の大人が占いなどを信じるなどとは、あまり格好のいい話ではないでしょう?」

 だから言いたくなかったのです、とクエティスは言った。

「へえ、占い」

 興味ありげに言うのは詩人だ。

「信じたって奇妙じゃないよ。あなたは、魔術に偏見を持たないと言っていたじゃない。本当に力のある占い師(ルクリード)は口先だけじゃなくて、ちゃんと人の未来を読むものだから」

「力ある占い師。そうだったのだと思います」

 クエティスはうなずいた。

「私も商売柄、人の嘘を見抜くのは得意です」

 偽物屋だしな、とエイルは思った。騙す側が騙されては笑い話にもならないと言うところだろう。もっとも、騙される側からしてみれば、それは慎重ですねなどと言ってやれるはずもないのだが。

「彼の占い(ルクリエ)は、『力のない』占い師がやるような、どうとでも取れる曖昧な言葉を連ねたてたものではありませんでした。彼は、私が何を探しているのか正確に知り、その在処を指しました。思いもかけぬ場所でありましたが、私の商売に都合のよい場所でもあった」

 売りつけるに都合のいい「神秘の砂漠の伝説」という訳か。シーヴがいなくて実によかった、とエイルは思う。こんな台詞を聞いたらあの王子殿下がいったいどんな行動に出るものか。

「どんな占いをもらったのか聞いてみたいな」

 呑気を装ってクラーナが言った。

「詩人の悪い癖は、ついつい言葉を飾り立ててしまうことなんだ。聴衆には受けるけど、友人には胡乱に思われることも多くて」

 それを聞いた「友人」はついふっと笑った。

「どんなふうに不思議な話をしたら、厳しい目を持って現実を生き抜く商人(トラオン)を納得させられるのか、参考に聞いてみたいもんだ」

 いったい何の参考になると言うのだろう、とエイルは訝った。

「参考にはならないかと思いますが」

 クエティスは、少し苦笑して詩人を見た。

「非常に直接的な言葉でした。私の探すものとその所在を誤解ないような言い方で告げてくれただけです」

 「〈風謡いの首飾り〉は大砂漠(ロン・ディバルン)にある」とでも聞かされたのだろうか? だとしたら確かに直接的だが、はいそうですか有難うございます、と砂漠には出向かないだろう。普通は。

「おかしな話ですね」

 ウェンズは言った。

「それが本当に魔力を持つ占い師であったとしても『誤解のないような言い方』……そうですね、首飾りの外見を事細かに言い当て、かつ、具体的な町の名でも告げたのであれば」

 魔術師はエイルと同じことを考えた様子だったが、浮かんだ疑問は違ったようだった。

「それだけの力を持つ者が、町角で占いなどをやっているというのは考え難い」

「さあ。彼の事情は知りません」

 クエティスは当たり前と言えば当たり前のことを言った。

「ただ、私に道を指し示してくれた。そのことにはいくら感謝してもし足りないと思っています」

 商人は、特に口調を変えた訳ではない。だが、エイルは奇妙な感じを味わった。

 ひゅっと冷たい風が吹いたような気がしたのだ。

 もちろん戸や窓が開けられた訳でもない店のなかに風の精霊は悪戯を仕掛けることなどできない。かと言って、たとえば魔術がもたらすようなものかと言えばそれもまた違った。エイルはもとよりウェンズもそんなことはしていないし、だいたい、魔術が行われれば彼らには判る。エイルが掴み損なったとしても、ウェンズは気づくだろう。

 つまりそれは何者かの魔術ではない。

 それは、魔術と似て非なるもの。

 訪れたときにはそれと判らず、のちに「ではあれがそうだったのだ」と腑に落ちるもの。状況によっては呑気に手を打つこともあれば、唇を噛んで苦い思いを味わうこともある、それはどちらにしても未来のこと。やってきたときには決して判らないもの。

 予感(フェルシー)

 それとも、魔術師なれば、ルクリエ――予知(・・)とでも言うべきだろうか?

 もしもそこまで思い至れば、青年はそんな力などご免だと言ったろうか。それとも、堕落だと呟きながら、それを受け入れたろうか。

 ただ、このときのエイルは「何か嫌な感じがする」と思うだけだ。予感だ予知だと大仰な言葉を使わなくても、勘、の一語で済む。

 だが勘だろうと予知だろうと、掴んだときに動かなければ、掴まなかったのと同じである。

 エイルはこのとき、胸によぎった勘なり予感なりに対して、何も対処をしなかった。


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