07 厄介にもなりそうだ
「この町に『歌を謡う砂漠の魔物』の話を広めたのはツーリー殿です。そして、彼がツーリー殿の代理ならば、話の続きを用意しておいてくれそうなものではありませんか? 物語師ではないと言われましたが、町の者はみな、この商人にそれをも望んでいる。商売上は話をでっち上げてもいいでしょうに、そうしない。――それは」
ウェンズは視線をエイルからクエティスに移した。
「真実を求めているからか、と」
「どういう、意味だ」
クエティスは笑みを捨て、ウェンズを睨むようにした。
「私が〈風謡いの首飾り〉を求めているとでも」
「どうでしょう」
ウェンズは肩をすくめた。
「私は、そんな名称は使いませんでしたよ。ツーリー殿も。ああ、詩人殿は使ったようですが」
ふっとウェンズは笑った。エイルはどきりとする。それは、これまでこの穏やかな魔術師にエイルが見たことのない、嘲弄の色が混ざったものだった。
(何っ、挑戦的な態度取ってんだっ)
エイルの悲鳴めいた声に、ウェンズは答えない。
「使わなくてもその名称を知っているようだな」
商人は計るようにウェンズを見た。
「ええ、この町では有名な伝説ですからね」
平然とウェンズは返す。
「クエティス殿。何故、あなたはそれを探すのですか? あのような飾りものが欲しいだけならば、もう幾つも、作ったのでしょう」
(おいおいおいおいっ)
どう考えても、「偽物屋であることを知っている」というほのめかしである。ほのめかしどころでは済まない。知っていると言ったも同然だ。
「――魔術師、か」
小さくクエティスは言い、ウェンズは肩をすくめた。
「私が何者かは、どうでもいいことです」
魔術師は、商人があまり納得しなさそうな返答をした。
「ただ、何故あなたがそのようなものを追うのか興味があります。――長は望みませんよ」
「何だと」
と言ったのはクエティスだが、エイルだって言いたいくらいである。ウェンズは何を言い出したのだ?
「あなたの長はね、クエティス殿。東から手を引くことにしたんですよ。なのに、あなたはそれを追いかけている。彼は」
(彼女だっ。〈紫檀〉の長は女っ)
「彼女はそれを望まない」
ウェンズは言い繕い、それは不自然ではない程度だったが、エイルは頭を抱えたくなった。つまり、ウェンズは先からのエイルの悲鳴をちゃんと聞いているのに、それをきれいに無視しているのだということが証明されたからだ。
「使いの者か」
「そのようなところです」
そこでクエティスはエイルに目をやった。
「失礼、旦那。私はこちらの彼と話があるので――」
「私は誰がいてもかまいませんよ」
クエティスは立ち上がりかけたが、ウェンズは座ったままで言った。
「それに、詩人殿とも約束をしたのでしょう。あなたが探しているものの話をする、と」
クエティスがクラーナとそう話をしたのはウェンズがやってくる前であったから、これは明らかに「新しくやってきた男は魔術師である」とクエティスに印象づけた。事実ではあるのだが。
「知って、どうする」
「私は何もしません。ただ、知りたがる人間がいます」
話の流れからして、ウェンズを〈紫檀〉の長ダナラーンの使いと思ったであろうクエティスは、ダナラーンが彼の行動について知りたがっていると考えただろう。だがウェンズが言うのはこの場合、エイルのことだ。
「ええと」
エイルは、いま自分がどういう立場にいるのか――いることになっているのか判らなくなって、目をしばたたいた。たまたま吟遊詩人の隣にいた町の若者、という辺りであったはずだが、そのままでいいのだろうか。
「何だかさっぱり事情が飲み込めないが」
半分は事実である。
「俺としちゃ、クエティス。あんたの持ってる話から吟遊詩人がどんな歌を作り出すものか聞いてみたい気はするな」
これもまあ、半分は事実だ。
「どうぞ、ご同席を」
ウェンズはにっこりと笑った。傷跡がないと、けっこういい顔である。別にエイルは、男の顔がよかったからと言って楽しくも何ともないが。
「おや、何だかひとり、増えてるね?」
ここぞというタイミングで吟遊詩人が戻ってきた。ウェンズと連絡でも取り合ったのか、とエイルは疑ったが、クラーナに魔力はない。これは豊富なる経験の為せる業か。
「商人殿の語るお話を聞いてみたいと思ったんですよ」
「それじゃ僕と一緒だ。いいかな、商人さん?」
まるで何も知らないようにクラーナは尋ねる。どうしてこう、誰も彼も演技が達者なものだろうか。芸事に長ける詩人はともかく、魔術師まで。
こうなると、商人も上手な役者と警戒しておかなければならない。どうやら拙いのはエイルだけだ。こんなときはシーヴの舌先三寸が羨ましくもなる。
「――ええ」
クエティスは商売用の笑みを取り戻して言った。
「申し上げたように大した物語にはなりません。それでもよろしければお聞かせしましょう」
商人は覚悟を決めたのかそう言って、三人を順に見回した。
その視線はエイルの上でいちばん長くとどまり――エイルは、自分の正体が不明で不審がられているのだろうと考えた。どうにか立場を明確にしておかないと、あとで面倒なことになるかもしれない。
どうやら話は早く進みそうだったが、厄介にもなりそうだった。
なるとしたらそれはウェンズのせいではないか、とエイルはこっそり魔術師を睨んだが、顔に傷跡のない若者は平然とその視線を受け流していた。