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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第4章
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04 認めざるを得ない

 エイルはクラーナと話を続けながらも時折クエティスの方に視線を向けていた。

 商人はやはり〈紫檀〉の方針変更を知らぬものか、はたまた裏組織を辞めて独立(・・)でもしたものか、「東の商品」を売ることに躊躇いはないようだった。

(〈紫檀〉の契約違反ってことはないだろう)

(そうだったら俺には判る……はずだ。理屈の上では)

 呪いというものはかけっぱなしにもできるが、エイルが〈紫檀〉とその長に施した術は、変化があれば術師に判るように編んだものである。もちろん成功していなくてはならないが、失敗した感じはしなかったから成功しているはずだ。我ながら情けない判断だが。

(となるとやっぱ、知らないのか)

(それとも、本当に東(・・・・)国で仕入(・・・・)れた品(・・・)だとかな)

 エイルはそんなふうに思った。もし偽物屋が本物を扱っていたら、それはそれで笑える話である。

「どうやら一致する符号は多々ある。間違いない、だろうな」

 エイルは友人に視線を戻すと、話題も戻してそう言った。

「長いこと探してた。急に消えた」

 指を折りながらエイルが言えば、クラーナが手を伸ばし、エイルの指をもう一本、折って続けた。

「損得抜きで追うつもりでいる、とも言ったね」

「魔術を使って、な」

 クエティスが魔術師を雇う可能性については既に考えた。だが、偽物屋の望みは本物を世に出したくないということだろうから、本物についても魔術師協会で保管するというような出鱈目を作り出してもいい、そう思ったのだが。

(商売抜き、ときたもんな)

(何でまた)

 所有欲を刺激する、あの歌。クエティスはそれに冒されているのか。そう考えたこともあった。

 だが歌が聞こえなくなれば、エイルは「あれが欲しい」という熱望を感じなくなった。それに、ラスルのところで歌を聞いていないのならば、商人があの呪いを受ける機会はないはずだ。

 エイルは首を振った。

 クエティスがいったいどこで首飾りのことを知り、何のために追っているのか。多少なりとも商人の話を聞いてみなくては判らない。

「僕の心配ごとはね、エイル」

 クラーナの声が青年の思考を遮った。

「どうやってか、誰かさんが追われることにならないかってことなんだけど」

 もちろんエイルの話であろう。当人は目をしばたたいた。

「まさか俺を心配してる訳」

「どうして『まさか』なのさ。当たり前だろ」

「だって」

 エイルは唇を歪めた。

「俺はシーヴじゃないんだけど」

 砂漠の王子殿下の無茶無謀は心配するに値するが、自分は慎重にことを運んでいるのだから、心配される謂われはない。と、少なくとも当人は思った。

「即断で突っ走るかどうかじゃないんだよ。多くの角度から物事を見て、これが最良だという道を選択しても、そうしていれば常に成功するという訳じゃないし絶対安全だという訳でもない」

 クラーナは顔をしかめてそんなことを言った。

魔術師(・・・)。気になるのはそれだ。もし、君を害そうとする存在に魔術で追われたら、君は対抗できるの?」

 エイルは返答に詰まった。クラーナは、たとえエイルが「最良の道」を選択していても、魔術師はそこから彼を引っ張り落とすかもしれないと言ったのだ。

「オルエンがいれば問題ないんだろうけど」

「爺さんには、あんまし、頼りたかない」

「だろうね。だいたい、いないんじゃどうしようもないし、助けてくれと言って素直に助けてくれるとも思えないかな」

「だな」

 オルエンはいったいどこでどうしているものか。気にならなくもないが、いまそれを話題にしてみても仕方がない。

 クエティスが魔術師を雇うとして。エイルはその先を考えた。

 魔術師が、砂漠から消えた首飾りを追いかけるとしたらどのような術を使うだろうか。エイルには具体的な術については見当もつかないが、その行き先が砂漠の塔だと知れたり、意図的に洩らした「とある魔術師が持っている」という情報からどうにかしてエイルに行き着いたりすれば。

「もし特定されりゃ、そんときは……そんときだよ」

 エイルは肩をすくめた。どんなことが起きるか判らない未来を思い煩ってもこれまた仕方がない。

「君の未来に幸あれ、だね」

 楽観的にも取れるエイルの台詞にクラーナは嘆息し、幸運神(ヘルサラク)の印を投げて寄越した。


 クエティスの商売はなかなか繁盛しているようだ。

 店内の客は少なかったが、給仕たちも含めて、ほとんど全員が商人を取り巻きながら彼の「東国の品」を見ている。そうこうするうちに話を聞きつけたか、わざわざ店にやってくる町びとも増えた。

 シーヴがいなくてよかった、とエイルは息を吐いた。もし、たったいまクエティスが商いをしているものが本物の東国の品であったとしても、クエティスはランティムの名を騙った男だ。それがいけしゃあしゃあと東の品で商売することをシーヴがおとなしく見守っているとは思えない。

魔術師(リート)のことだけど」

 ふと、エイルは言った。

「実は、爺さん以外のいい助っ人がいるんだ」

 エイルはにっと笑う。

「頼りになる。何しろ優秀な魔術師なんだから」

 その言葉にクラーナは苦笑めいたものを浮かべた。

「君だって、そうじゃないの」

「最後の名詞の部分だけな」

 エイルには、無闇にへりくだる傾向は少ない。謙遜をして「自分は未熟だ」などと言うのではなく、単なる事実だ。

 自分よりも優秀な者に対して妬みの気持ちなどはたまに湧くこともあったが、ウェンズにそれを覚えることはなく、何かしらで覚えたとしてもあまり引きずらないだろう。

 たとえば元兵士でいまは調理人(テイリー)仲間だと思っていた友人が、少し訓練をしただけで簡単に勘を取り戻してあっさりエイルを敗ったときなどには少しばかり嫉妬めいたものを覚えたけれど、危険かもしれない旅に出る友人兄弟が剣の腕に優れているのは喜ばしいことである、とすぐに考えるようになった。

(そうだ)

(そろそろユファスもアーレイドに帰ってくっかな)

 故郷で友の帰還を迎えられるというのは喜ばしい。正確なところを言うならユファスの生まれはアーレイドではなかったが、第二の故郷と言って差し支えないだろう。

「その助っ人はエディスンの人間で」

 エイルはその話に意識を戻した。

「ウェンズって言う。俺とふたつか三つも変わらないと思うけど」

「魔力と年齢は比例しない」

 クラーナはエイルが言おうとしたことを先取った。エイルはうなずく。

「ちなみに、魔力が発現してからの期間がどれだけあるかも、年齢同様に優秀有能具合とは関係がないよ」

 そう言うと詩人は片目をつむった。

「つまり、駆け出しだからって力がないとは限らない訳」

「それは蹴落としなのか、まさか慰め」

 エイルは顔をしかめて問うた。

「いいや、ただの事実。もし慰めに聞こえたなら」

 詩人は澄まして続けた。

「やっぱり、『俺はこんなの要らなかった』は、減少してきているみたいだね」

「要らなかったよ」

 エイルは答えてから、苦い顔をして続けた。

「でもいまは、要ることもあると、まあ、認めざるを得ない」

 曖昧な言い方にクラーナは笑いかけ――ふと口をつぐんだ。

「どこかへ行く気に……なった?」

「何だって?」

 突然の言葉に意味が判らなくてエイルは瞬きをする。

「覚えてるかな、この前に僕らが、偶然とは思えないと同時に偶然以外の何であるとも言えない再会をしたとき」

 詩人らしいと言おうか、表現が回りくどい。

「僕は言ったよね。君は、意識的にどこかへ行こうとしなければ囚われる、と」

 言われたエイルは唇を歪めた。確かにクラーナはそんな言い方をした。正直に言って、あまり嬉しくない評価だ。

「君はあのとき、レギスかタジャスかという僕が出した意地の悪い選択にちゃんと答えた。そしてそれは最良の結果……かどうかは判らないけれど、少なくとも悪い結果は生まなかった」

「まあ、な」

 シーヴは無事、友人兄弟も無事である。


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