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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第4章
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01 東方の品と神秘をお届けに

 エイルは目を丸くしてその男――「東の商人(トラオン)」を見た。

 それはごく普通の、害のなさそうな中年男に見えた。

 狭めの鍔がある薄黄の帽子を取って店の主人と客たちに挨拶をする姿は、腰が低そうだ。右に左にと身体ごと向き直るために見え隠れする背後には、旅の間に伸びでもしたらしい髪が短い薄茶の尻尾を作っている。大きな背負い袋と、たくさんの小物を内側にぶらさげられる作りの衣服はいかにも「商人」で、物騒なところをひとりで歩いたら盗賊(ガーラ)に目をつけられそうだ。

 体格はそれなりだが、筋肉よりも脂肪が多そうな体型であり、とても大砂漠(ロン・ディバルン)行を繰り返す冒険家には見えなかった。旅をするよりもどこか小さな商店でも構えて、家族とのんびり暮らしている方が似合いそうな。

(別人、なのかな?)

 エイルはふとそう思った。

(こいつはクエティスじゃないとか……いや、ウェンズはクエティスがきてると言ったんだから、もしかしたら〈紫檀〉には何人も「クエティス」がいるとか)

 「クエティス」というのは「東国を担当する者たち」の総称だったりしないか、などとエイルはそんなことを思いついたが、あまりそれは意味のない考えのような気がした。西の人間と見える商人の日に灼けた顔は、旅人の特徴だ。殊に、冬場のビナレスでもその色が抜けていないと言うことは、東国付近をうろついている証にもなった。「旅をしなさそうな顔つきだ」というのは印象に過ぎない。

「東国だって? あんた、ツーリーの仲間か何かかい?」

 「東の商品」に覚えがあったらしい客のひとりが反応をする。

そうです(アレイス)

 商人はにっこりとうなずいた。

「これまで、この町は彼の担当だったのだけれど、ちょっとどこかへ行ってしまってね。今後は私、クエティスがみなさまに東方の品と神秘をお届けに」

 当然と言えば当然のことに、商人はやはりその名を名乗った。

(そりゃそうだよな、こいつがいるって話だから俺はこの町にきたんだし)

 エイルが見ているとクエティスは町の男に向かってさっと一礼をした。それは宮廷風の礼だったが、「本物」を見慣れたエイルから見ると、控えめに言っても少し下手くそだ。

 偽物屋、との言葉が浮かんでエイルは思わず笑いがこみ上げた。宮廷儀礼までも、偽物!

「私は何か可笑しいことを言ったでしょうか、町の方?」

 クエティスはエイルの笑いに気づくと、少し目を見開いてそう言った。タジャスの住人と思われたようだが、それは向こうからしてみれば当然のことだろう。

 だが、その様子は先の礼と同じで、どうにもわざとらしい。芝居がかっている――と言うよりは、口上くさい、とでもいう感じだ。少なくとも「笑われたことに憤慨した」という様子ではなかった。

「東国の神秘など毒にも薬にもならないと仰る? そうやもしれません、ですが」

 言いながらクエティスはエイルの正面にやってきた。担いでいた大きな荷袋を空いた椅子の上に置くとさっとその口を開ける。

 商人はそこに腕を突っ込み、そうかと思うと一(リア)で素早くぱぱっと五つ六つの飾りものを卓の上に並べてみせた。その様子は、まるで上手な手品(トランティエ)のようで、エイルはつい拍手などしそうになった。

「いかがですかな? この辺りではあまり見ない意匠でしょう」

 装身具と言えば、「西」ではきらきらしたものと相場が決まっている。高価な宝石でなくてもいい、ちょっとした屑玉でも硝子玉でもよいし、そういったものがなければ金属で光らせる。そういうのが「きれい」「可愛い」とご婦人方に喜ばれるのだ。

 対してクエティスが出してきたのは、言うなれば地味なものだった。

 合板は木材を思わせる濃い茶で塗られ、その上に色とりどりの花や動物が描かれている。絵だけではない、何かの紋章めいた柄もあった。エイルが見る限りではそこに魔術的な意味合いはないようだったが、シーヴが見れば東国、或いは砂漠の象徴が描かれているとでも見て取るのかもしれない。

「気になるあの子への贈り物に迷ったら、見飽きたものよりこんなふうに一風変わったものの方がいい。却って、印象づけますよ」

「生憎と」

 エイルは商品から商人に視線の先を変え、相手をためつすがめつしながら言った。

「贈り物をしたい相手は、特にいないんでね」

「おや、それは残念」

 商人はやはり芝居めいて肩をすくめた。

「それじゃそちらの詩人さん(セル・フィエテ)はいかがです?」

 脇に置かれている変わった形の鞄を見れば、弦楽器(フラット)と知れた。吟遊詩人というのは、隠し難い職業である。隠す必要は滅多にないだろうが。

「たとえば東の歌を奏でるときに、向こうの留め飾りを肩にでもつけてたら、雰囲気が出るんじゃないですか?」

「僕?」

 水を向けられたクラーナは面白そうな顔をした。

「それはいい案かもしれないね。でもできることなら小道具には頼らないで、自分の声で勝負したいもんだ」

「おお、それだけよいお声をお持ちなら、もちろん、それがお相応しいでしょう。飛んだ失礼を申しましたな」

 クエティスはそんな追従を言うとまた下手くそな礼をした。いや、下手と言うよりは、そういう形で覚えてしまっているのかのようだ。エイルはそんなふうに感じた。

「ツーリーの仲間だってな? 前のときゃ、俺は商品も見れなかったんだ。何か見せてくれや」

 紛う方なきタジャスの町びとがそんなふうに声を出せば、クエティスはにっこりとしてそちらの方を振り向く。エイルとクラーナは客にならないと踏んだのだろう。彼らの前に並べられた品々はまたも手品のように素早く姿を消した。

「魔法みたいだね」

 クラーナが口笛を吹いてそんなことを言うと、聞き咎めたかのように商人は再び振り返った。

「おや、おかしな言いがかりをつけないでくださいよ」

 「魔法を使う」というのは、場合によっては侮辱か、そこまで行かなくても見下すような意味合いになることもあった。しかし言ったクエティスの声音はあくまでも穏やかで、顔はにこにことしている。詩人の「冗談」に「冗談」で返したといった感じだ。クエティスは「人の好い商人」の態度を絵に描いたかのようであった。

「失礼だったかな。『魔術師だ』と侮辱するつもりなんかは、なかったんだけど」

 吟遊詩人は魔術師の隣で全く悪びれずに言いながら謝罪の仕草などした。

「いえいえ」

 クエティスは笑顔を絶やさない。

「魔術は忌まわしいとされることがほとんどですが、本当のことを申し上げると、私はそうは思っていないんですよ。上手に使えば、便利なものだと思いますね」

「――へえ?」

 エイルは片眉を上げる。

「珍しい意見だな。どんなことが便利なんだって?」

 ちょっとした興味を持ったようにエイルは言った。こっそりと心のなかで、便利なのは失せもの探し(・・・・・・)なんかにかい、と問う。

「いろいろです」

 クエティスは肩をすくめた。

「たとえば、商売上騙されないように守りをかけてもらう、なんてこともできますね。私のように旅歩きであれば、街道での魔除けも有用です。或いは、買い手が差し出した宝石が本物か偽物か見分ける必要があるときなどにも」

 〈偽物屋〉がよく言うものだ、とエイルは吹き出しかけたがどうにかこらえた。何か知っているような様子を気取られては、不要な警戒をされる。せっかく、先手を取れているのだ。


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