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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第3章
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11 興味はないかね

 その館は、ずいぶんこぢんまりとしていた。

 ウェレス領南方のカーディルでも領主の館は地味であるが、ここはその上を行く。それとも、下と言うのだろうか。ちょっとした富豪の家だってもう少し大きそうだ。

 門に目をやれば、そこには姿勢のいい兵士が門番をやっているのが見えた。それは町の町憲兵(レドキア)の制服とは違っているようである。専属の兵を持つのだ。ここは南の伯爵の鷹揚さ――或いは、適当具合とは異なり、言うなれば真っ当(・・・)だ。

「こんちは、兵士さん」

 エイルは人当たりのよい笑みを浮かべるように心がけながら門番に声をかけた。

「ここって、タジャス男爵閣下のお屋敷だよな?」

 念のために尋ねる。門番はじとんとエイルを睨んだ。怪しい、という訳だろう。

「そうだが」

「閣下の客人に会いたかったら、どうしたらいい?」

「何だって?」

「吟遊詩人がきてるだろ。彼に会いたいんだ」

 そう言うと、警戒の視線が少し弱まった。

「リーンか」

「そうそう」

 エイルはうなずいて、吟遊詩人の「人当たりのよさ」は彼の倍以上なのだろうなと考えた。助かる。

「いまどきはまだ館のなかだろうが、夕暮れになると酒場へ出て行く。このところ〈杉の家〉亭に通っているようだな。そこで待っていたらいい」

「夕方になると俺も用事があるんだよね」

 エイルは困ったように言った。

「彼の歌を聴こうってんじゃないんだ。そりゃ、聴きたいなとは思うけど」

 クラーナの歌声は吟遊詩人として一級品である。久しぶりに聴きたいことも確かだが――もうちょっとのんびりできるようになってから、とも思う。

「話があるんだよ。友人なんだ」

 そう言うと、兵士の目にはまた警戒が戻った。

「リーンに疑わしいところはないが、詩人の友人だと名乗るものを簡単に城内へ入れる訳には」

「そりゃそうだよな、当たり前だ。俺は城に入れてくれなんて言ってないよ」

 エイルは慌ててそう言った。

「リーンに伝言でもしてもらえればいい。エイルがきたってね。飛んできてくれるはずだ」

 たぶん、と心でつけ加えた。

 兵士は少し迷うようだったが、ちょうどよく通りかかった使用人を捕まえて、エイルの伝言を託した。

 そうなれば、驚いたクラーナが「飛んでくる」まで数(ティム)とかからない。エイルは、兵士に「どうだ、嘘じゃなかっただろう」とばかりににやっとし、悠然と手を振って城の門前から離れた。

「どうしたの、何かあったのかい」

 門から出てきた詩人の第一声は、それであった。

「まだ、何も。言うなれば、これからだよ」

 エイルは肩をすくめ、「東の」商人クエティスがこの町にきているようだ、という話をはじめようとしたが、クラーナは片手を上げてそれを制した。

「長くなるんじゃないのかい。どこかで座ろう」

 まだ寒いし、とも詩人は言い、青年は同意して手近な食事処に舞台を換えることにする。

 〈花咲き屋根〉亭は、昼飯時の混雑を終え、数組の客がゆったりと茶などを飲んでいるところだった。

「以前にここにきてたのは別の〈偽物屋〉らしいけど」

 卓についてエイルは遅めの昼食、クラーナはカラン茶と焼き菓子などと注文し、それらが目の前に並んだところで、エイルは話をはじめた。

「偽物屋だって?」

 クラーナは首を傾げる。そう言えば詩人はその話を途中までしか知らないのであった、と気づいたエイルは概要を説明することにした。

「まあ、この前言ったように俺はレギスへ向かったんだけど」

 シーヴと無事に──正確なところを言えば、かろうじて、どうにか──再会し、〈風謡いの首飾り〉の偽物と出会ったこと。それから〈紫檀〉との約束に、かけた呪い。

「本当に、呪いを?」

 クラーナは少し目を見開いて言った。

「まあ、ね」

 エイルは口の端を上げる。

「危ないことをしたね。シーヴは知らないんだろうけど」

「知らないだろうな」

「オルエンは何て言ってるの」

「オルエンも知らない」

 エイルが言うとクラーナは眉をひそめた。

「シーヴの場合は『呪いはかける方にも危険が伴うと知らない』訳で、オルエンの場合は『俺が何者かに呪いをかけたことを知らない』んだ」

 青年魔術師はそう言った。

「突然、ぱたっと顔見せなくなった。あの爺さんのことだから、野垂れ死んでたりはしないと思うけど」

「ふうん、ちょっと意外だね。彼は君にちょっかい出したくてたまらないだろうに」

 クラーナの言葉にエイルは苦笑した。まさしく、オルエンのやっていることは「指導」と言うよりも「ちょっかい」という雰囲気だ。

「いずれ、ひょっこり顔を出すんじゃないのかな」

「それは疑ってないよ」

 クラーナの台詞にエイルは神妙な顔で厄除けの印を切ってから、にやりとした。

「ふうん、それでここにきていたツーリーという商人と、君たちが追いかけた男はどちらも〈紫檀〉の一員で『偽物屋』。それも例の首飾りを偽造していて、君らは東に手を出さない約束をさせたけれど、首飾りを売ることまではやめさせなかった」

「シーヴがどうでもいいと思ってたからな」

 東国の王子殿下は東国にさえ悪いことが起きなければ、それでいいのである。

「つまり」

 とクラーナは言った。

「〈紫檀〉は偽物を売り続けるために、本物の在処か、または現物をしっかり手にしておきたい。そういうことだね。ただクエティスは変わらず東……砂漠に手を出すつもりでいるようだ、と。手を引くとの長の決断を知らないのか、それとも彼らは呪いなんて気にするのをやめたのか」

「はたまた、単独か」

 エイルはつけ加え、クエティスが以前から首飾りを知っている可能性を話した。

 クラーナは考え込むようにし、エイルは黙って見守った。一(ティム)にもなろうかという沈黙に、さすがにエイルが何か言おうとしたときである。

 店の戸が開いた。

「いらっしゃい」

 主人の声にエイルは何となく新たな客に目を向ける。

 それは風采の上がらない中年男で、どうにも印象が薄かったが、主人に向けて笑んだ顔には、愛想笑いと言われる類にありがちな媚やいやらしいところがなく、特筆すべきところのない顔に不思議な信頼感を覚えさせた。

「こんにちは、ご主人。それに、お客人がた」

 男はそう挨拶をすると、店の主人とエイルらを含めた数名の客たちを見回した。その次の言葉は、エイルの心臓を跳ね上げさせることになる。

「東国の商品に、興味はないかね?」


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