01 新しく生まれたもの
〈塔〉が何か冗談を言ったようだが、大して面白くなかった。
どうして、彼が砂漠から隠し子を抱えて帰ってこなくてはならないのだ!
「人間の子供では、ないようだな」
くだらない冗談ののちに〈塔〉が言ったのはその言葉で、エイルはよくやっているように壁の一点を睨みつけた。
「それが判るんなら、俺の娘じゃないこともはなから承知だろうが」
「もちろん、判っている」
〈塔〉は平然と言った。
「ただ、若者がいきなり二歳かそこらの子供を連れて帰ってくれば、お前の子供かと尋ねるのは礼儀だろう」
「そんな礼儀があるかっ」
オルエンはお前にどういう教育をしたんだ、と続けて言ってやると、私は彼の子供ではない、と返ってくる。
「魔物の子だな。それがサラニタの正体か?」
「違う。いや、そうなのかな。俺じゃ判らない」
エイルは起きた出来事をかいつまんで説明した。
「聞いたことあるか? こんな話」
「ないようだ」
「だろうな」
魔物が死んで灰になるとか、砂漠のそれなら砂に還るとか、そうした話ならば珍しくないし、エイルも見たことがある。だが、成年に見えた死体が子供になって、しかも蘇るというのは、吟遊詩人の素っ頓狂な物語でも聞いたことがない。
「オルエンを待つしかないな。あの爺さんなら何か知ってんだろ」
「そのことだが、主よ」
〈塔〉は申し訳なさそうに言った。
「前の主から伝言がある。当分、ここにはこれぬそうだ」
「何ぃ!?」
エイルは叫んだ。と、彼が危なっかしい手つきで抱えている子供が目を覚ます。
「あ」
泣くかな、と警戒したエイルは、しかし子供がただ目をぱちぱちとさせるだけなので、安堵した。あやし方など知らない。
「どうすりゃいいんだよ、これ」
もう、サラニタも首飾りもへったくれもない。なまものの方が重要だ。
「お前が世話をするしかないだろう」
「何ぃ!?」
エイルはまた叫んだ。
「どうして、俺が」
「それは、私には子を抱く腕はないからだ。嫌ならば、私の外に放り出してくればよい」
「おい、そりゃ酷いんじゃないか」
思わず、エイルは言った。
「だろう?」
〈塔〉は笑いを含んだ声で言った。――何度聞いても、どうやって石造りの塔が笑うのか不思議だ。それを言ったら、喋ること自体、不思議だが。
「それは魔物の子供だ。砂漠の冷気や熱などでは死なぬかもしれないが、それでも主よ、お前はそれを試してみることなどできぬ。だから連れてきたのだろう。ならば世話をするしかないな」
「邪悪な魔物だったらどうすんだ」
エイルは唸るように言った。
「サラニタと言ったな、それはラスルに何も害を与えていなかったのではないのか」
「そうみたいだけど、判らないじゃないか、そんなの」
「なら、どこかの町にでも捨ててくるか?」
「あのなっ。邪悪かもしれないってのに、んなことができるかっ」
人間の子供にしか見えないそれを誰かが育て、それが災いの種になるかもしれない、などという想像は嬉しくない。
「神の使徒ならばそれを見抜けるのではないかな?」
〈塔〉の台詞にエイルは考えるようにした。
「そうか。……神殿」
呟くように言ってから首を振った。
「いや、その前にラスルの長だな。借りた砂漠馬には帰るように指示したけど、馬だけ帰ってきたせいで俺が死んだと思われても困る」
長はそのような勘違いはしないかもしれないが、それにしても結果は告げるべきだし、運がよければ何か話を聞かせてもらえるかもしれない。
腕のなかで子供が身じろいだ。エイルははたとなる。
「連れていく訳にはいかないけど、おいてく訳にもいかないよな。何しろ、お前には腕がないんだし」
エイルは皮肉を込めて言ってやったが、〈塔〉には通じなかったか、それとも、無視をされた。
〈塔〉の主の無事な姿を見て、ラスルたちは喜んでくれたようだった。
「よかった、エイル。長がお前は生きていると言ったから死んだとは思わなかったが、魔物と戦って怪我でもしたのではないかと案じていた」
ナルタはにっこりと笑って彼を迎えた。
「何があったのだ」
「そうだなあ、何があったと言うか何もなかったと言うかたいそうなことがあったと言うか」
青年は頭をかいた。
「まず、長に話をするよ」
それがいい、と砂漠の青年はうなずいた。
「不思議なことがあったようだな」
長の第一声はそれだった。エイルは、長というのはどこまでお見通しなのだろうと思いながらもうなずいた。
「サラニタは、死にました。私が退治したというのではありません」
「判っている。寿命だったのだろう」
「ご存知でいらっしゃるのですね。では、その後に生まれた、生き物のことは」
エイルはそんな言い方をした。死んだ魔物が蘇ったと言うより、あの赤子は新しく生まれたものであるように感じた。と言っても新生児ではないが、そうであれば彼はもっと困っているはずであり――よって、それはいいことだと思うことにした。
「新たなる生命の気配はした。だが、それが何なのかは判らない」
長の言葉に、エイルは起きたことを正直に全て説明した。長はじっとそれを聞く。
「赤子」
「一歳か二歳か……それくらいの人間の子供に見えます。でも、人間じゃない」
〈塔〉の言葉がなくても、エイルはそれを人間の子供だとは思わなかっただろう。魔物の死体から生まれたなどという事実は、首を振ってなかったことにするには、あまりにも重大かつ衝撃的だ。
「そのまま放っておくべきだったのかもしれない。でも」
「よいのだ、エイル」
長はうなずいた。
「それが、お前の関わりだ」