09 魔術師になんか
ダウは結局、〈風謡いの首飾り〉については触れなかった。
本物のことについてもだが、偽物についても何か言おうとして、やめたかのようだ。
それから思わぬ「提案」。
(スライ師かあ)
(オルエンよりはずっと、理解できる言葉を喋ってくれるよなあ)
しかし、それではお願いしますと即答する気分にはならなかった。
魔術師として本当に、真摯に学ぶつもりがあれば、協会の導師につくのがいちばんだ。
エイルがリックに教わったのはわずかひと月かそこらだった。寝食もそこそこに必死で学んだから、通常の課程を教わる「新米術師」に比べれば三月分くらいには相当したかもしれないが、本来ならば初等教育には最低でも半年は必要だと言う。確かにリックは、半端な知識だけを身につけ、なおかつ特殊な状態にあったエイルを案じてくれたことだろう。
だがそれでも、リックはその期間でできることを十二分にやってくれた。
「魔術なんて胡散臭い」としか思っておらず、文字も読めなかった少年を「それなり」に見える魔術師に仕立て上げた。
教わったことは、基礎中の基礎であっても、膨大だ。その基礎がなければ、エイルはいまここにいない。「魔術師として」だけではなく、おそらくは「人間として」も。
そのささやかな基礎の上に、エイルは「不思議な運命」――嫌な言葉である――を重ね、オルエンから教わった「通常では教わらないこと」を重ねてきた。
土台が不安定なことは、知っている。
この礎をしっかりとさせれば――。
(お前の魔力はいまは弱いが、とんでもなく化ける可能性を秘めてるぞ)
スライの言葉が心に蘇る。
たとえば、アーレイド城の下厨房の主トルスに見込みがあると言われたら、エイルは喜ぶだろう。剣の師匠たるファドックや、イージェンに言われても。
だが魔術だけは、抵抗があった。
(そりゃ、俺は魔術師になんかなりたくなかったし)
思考はそこに戻る。少し、情けなくも感じた。
魔術師の自覚を持てとオルエンは言う。
術の行使を怖れていると〈塔〉は言う。
シーヴにすら、一本に絞れと言われた。
ファドックは好きに迷えと言ってくる。
だが、誰の言葉にも惑わされず、エイル自身で決めなくてはならない。
「魔術師であること」は否定しても消えない事実だ。それを伸ばすか、否か。伸ばすならば、このままオルエンに教わるか、スライか。
(あれ)
エイルははたとなった。
(……まずい。俺は、そっちで迷ってるぞ)
魔術師「なんか」でありたくないと言いながら、彼は自分の魔力を伸ばすにはどうすればいいか、それを考えていたことに気づいた。
(いや、まずいってことも、ないのかな)
(俺はそれを選び出してる……の、かも)
それは、どこか腑に落ちる感覚であると同時に、それでもやはり「冗談じゃない」という抵抗をも伴っていた。