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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第3章
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02 商人の名

「いま、長に会えるかな?」

「〈塔〉の主ならいつだって」

 その返答にまたも苦笑した。成程、エイルは彼らにとっての神秘という訳だ。西でならば「魔術師扱い」には苦い顔をするところだが、ここではすんなりと受け入れることができる。やはりエイルにはそうしたことを含めて「東の神秘」だが。

 それからエイルは、ラスルの長に隠すことなく全てを語った。

 この地を訪れたと思われる商人が例の首飾りの偽物を作り、それで儲けようとした話。「東」に手を出すことはやめさせたが、その偽物が本物によく似ていたこと。

「おかしいんです」

 エイルは言った。

「もしやその商人は、〈魔精霊もどき(サラニタ)〉を見たのですか。ラスルの巡回にでも、同行して」

「そのようなことはなかった」

 長は答えた。

「彼はあのときまでに二度、われわれのもとにやってきた。そしてサラニタの話を聞き、興味を持ったようだった」

 偶然か、必然か。

 それは、首飾りの一件がシーヴの追う商人と重なったときに浮かんだ疑問だった。

 偶然、だと思った。偽物屋の求めた神秘と、魔物の身につけた首飾り。偶然と言ってもよいのではないかと思っていた。

 だが、いまとなっては目を閉ざすこともできない。

 偶然、よく似た首飾りが作られることなどあろうか?

 否。

「エイル」

 長の呼びかけにエイルは顔を上げた。

「彼は三度(みたび)、ここへやってきた」

「――えっ?」

 三度(・・)

 長は先に、二度と言った。

「そう。あなたがサラニタと首飾りを去らせたそののち。彼はラスルに三度目の訪問をしたのだ」

 エイルは意外に思って、だが考え直した。

 そうだ、ゼレット伯爵から聞いた話がある。ある日を境に歌が聞かれなくなった、という噂が流れているのだ。それはラスルから情報を得なければ判らない。

「彼は(ラル)ではわれわれを動かせぬと知り、美しい宝飾品をたくさん手にして現れた。サラニタを退治し、身につけている首飾りを自分に売ってほしいと言って」

「そうきたのか」

 エイルは呪いの言葉を吐きかけたが、長の御前だと、自重をした。

「それで、どうしたんです」

「私には彼がまたやってくるような予感があった。それ故、民たちにはエイル、あなたのことを話さないように言い含めてあった」

 長の声音には滅多に聞かれぬものがあった。警戒の響きだ。

「それは、何故です」

「知れば、彼はあなたを探すからだ」

「『魔術師』を追いかけるほど、首飾りを欲しそうでしたか」

 ラスルたちはエイルが魔術師であると知っている。彼のことを説明しようとしたら、その言葉は出てくるはずだ。通常の感覚を持っていれば「魔術師など忌まわしい」と避けるものだが。

 もしや、とエイルは思った。首飾りを目にしなくても、あの音を聞いていたら、それだけであの呪いが発動するのだろうか。

「追うだろう。そう感じられた」

 長はうなずいた。

「だから民たちは、サラニタと歌は消えた、というような話をしただけだ。彼は怒った」

「何か狼藉を働きましたか」

 少し心配になってエイルは問うた。もし、商人が歌を聞いていたことで呪いが発動していれば。そうすれば商人は是が非でもあれを欲し、タジャスの伝説に言うような「血で血を洗う」真似に躊躇いを覚えないかもしれないと。

「初めは、われわれが嘘をついているのではないかと疑ったようだ。だが、真実であることに気づき出すと、われわれに腹を立てても何にもならぬと思ったようだ」

 手にしていた酒杯を投げ捨てるくらいのことはしたが、怒り狂って誰かを傷つけるようなことには至らなかったらしい。もっとも、少しでも理性があれば、民たちの間に屈強な男たちがいることを思い出して馬鹿なことはしないだろう。

「気になるのは、彼がまたくると言ったこと」

「何ですって?」

 エイルは思わず聞き返した。

「だって……首飾りはないと、言うのに?」

「どこへ行ったか、探ると」

「どうやって」

 呟くように言ってエイルははっとなった。

「――魔術師(リート)か」

 商人自身はまず魔術師ではないだろう。だが、失せもの探し、それも「砂漠から消えた不思議な首飾り」を探すために魔術師を雇うことは有り得る。

「でも、何で。そんなに欲しいんだ」

 〈紫檀〉が「東に手を出さない」という約束をしたことをまだ知らないのかもしれない。偽物屋の役に立つと思って必死でいるのか。それとも、やはり、呪い。

「長、そいつは例の歌にどんな反応をしていました」

 聞いた途端、熱烈に欲しがった様子があったなら当たり(レグル)だと思っていいかもしれない。

「彼は聞いていない」

「へっ?」

 エイルはいささかみっともない声を出した。

「彼はサラニタの歌を聞いていない。われわれから話を聞いただけだ」

「んな」

 それは少しばかり不自然だ、とエイルは思った。

 ラスルの長が嘘をつくとは思わない。だいたい、そんな嘘に意味はない。

 ならば商人は首飾りの歌を聞いていないのだ。ならば、何故。

 噂を流すところまではいいだろう。「砂漠の神秘」の安売り、それとも不当な高値を付ける行為だ。その偽物を作る、というのも〈紫檀〉はそうやって儲けているのだから、不思議な話ではない。

 だが、宝飾品と引き替えにラスルに魔物を退治させようとまで。いや、その前に。

「聞いていないのにどうして欲しがる理由は、現状じゃ判らない。問題は、見てもいないのに、どうしてそっくりに作れるかってことなんだ」

 エイルの思考はそこに戻った。

「長、私は例の首飾りを本物と偽物、両方見ています。よく似てる。本物を知っていなければ、あの偽物は作れないと思います」

「彼は、ラスルとともにサラニタには会っていない」

「ええ、長はそう仰った。疑いやしません。商人は単独で、サラニタに会えたと思いますか?」

「正確な地点を探し当てることは困難であろう。また過去の二度を思えば、その時間もなかったように思う。サラニタの歌が聞こえたのは、彼が帰ったあとだった」

「それなら」

 何故。どうやって。

「その商人は、ラスルから話を聞くよりも前に、首飾りについて詳しく知っていたってこと、か?」

 エイルは考えついたことをそのまま口にした。長はうなずく。

「そうとも取れる」

 長は思い出そうとするように目を閉じ、少ししてから開くと言った。

「首飾り。そう、彼ははっきりと『首飾り』だと言った。われわれは『首飾りのようなもの』だと言っただけなのに」

「何か、知っていたと」

「そうかもしれぬ」

 長はわずかにうなずいたあと、首を振った。

「そうでは、ないやも」

「長、あとひとつだけ」

 エイルはゆっくりと言った。

「その商人の名は、判りますか」

 エイルの心のどこかには「そうでなければいい」という思いが、あっただろうか。だが生憎と、そうもいかない。いや、彼自身、その答えを知っていた。

「クエティスと、名乗った」

 エイルはきゅっと目を閉じた。それはまるで、神託のように聞こえた。

 シーヴの治めるランティムに、偽物騒動を持ち込んだ男。ランティム領主リャカラーダを動かした男。その旅人の名と同じである。

 その可能性は考えていた。そんな偶然があるだろうかと思い、もしそうであれば不思議な運命の絡まりだ、などと。

 偶然などではない。 

 続く。まだ。

(本物と偽物を結び合わせた男)

(商人クエティス)

 何となくぞくりとした。

 この熱砂の土地で、覚えた寒気。

 予感(フェルシー)と呼ばれるものを明瞭に見て取るのは、いまだエイル青年の得意ではなかった。


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