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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第3章
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01 今日は、何があるの?

 〈便りなきは順調のしるし〉とは言うが、やはり気になって仕方がないのは、砂漠の王子殿下のご所業である。

 ラニタリスが〈塔〉と言葉を交わす、そう言って悪ければ何らかの呼応をすることが可能なのは明らかだった。エイルは〈塔〉を経由して子供、または小鳥から連絡がないかと気を張り、やはり自分がついていくべきだったろうかと何度も後悔した。

 と言ってもそれは深刻な心配と言うのではなく、「大丈夫だと思うが少しだけ気になる」「大丈夫だ。と思いたい」くらいの軽い危惧だ。シーヴは魔術的な要素にこそいささか弱いが、それ以外はたいていのことを平気で切り抜ける。

 要するに、本気で心配などすれば馬鹿を見るのだ。

 そう思っているのに、気になる。

 つまりそれは王子殿下の身の安全よりも――本当に、素直に帰途をたどっているものか、という不安だ。

 たとえば、久しぶりにランティム、シャムレイを通り越してウーレの民ところまで行こうなどとは思っていないか。いや、それならばまだよい。レ=ザラがいるのにミンのもとへ行くのか、などとシーヴに詰め寄るのは意味がなく――シーヴとミン、「リャカラーダ」とレ=ザラ、及びミンとその夫ラグの間には、エイルには口を挟めぬ奇妙に安定した関係があるからだ――ミンがしばらくぶりにシーヴに会えれば喜ぶだろうから、それも悪くないだろうな、と思ってしまうところもある。

 ただ、思い浮かぶ不安。

 それは、シーヴがウーレの民ではなく、ラスルの民のもとに行こうとするのではないか、ということだ。

(あいつは好奇心を放っておけない気質だし、妙に律儀なところもある)

 自分の問題が解決したのだから次はエイルの問題を解決すべきだ、という考えを捨てていないのではあるまいか。

(ありそうだ)

(ものすごく、ありそうだ)

 ありそうどころではない。考えつくと、シーヴがそうしようとしているに違いないという確信が湧いてきた。考えてみれば、あれ以上ごね(・・)ずにエイルに背を向けたのは、そういう魂胆があったからだ。

 〈塔〉からラニタリスに声をかけさせることはできるだろうか。難しそうだ。〈塔〉の持っている力は通常の魔力とは違うから、誰にでも彼にでも声を投げられる訳ではない。その力と関わるのは、〈塔〉が主と認めたオルエンとエイルだけである。

 そして、魔術師同士がやる〈心の声〉のようには、言葉を交わし合える訳でもない。

 オルエンはどうだか知らないが、少なくともエイルはそうだ。大河に近い砂漠の街からでも、遙か西のアーレイドからでも「帰るから力貸せ」と言えば――厳密には「言う」訳でもない――〈塔〉の手――もちろん、比喩だ――が添えられる、といった感じである。何か言葉を交わしている訳ではないのだ。

 となると、エイルの選択肢は限られてくる。

 その一。こともあろうにシーヴを信用して、放っておく。

 その二。正直なところ、信用はできないがあと回し。ウェンズやクラーナの協力を得て首飾りの呪いについて調べる。

 その三。すぐさま砂漠に戻って〈塔〉と相談、シーヴは無理でもラニタリスの気配を探れないかと言って、砂漠の王子様が無茶をしていればとめる。

(ええい)

(三番目しかないじゃないか、ちくしょう)

 大砂漠(ロン・ディバルン)はシーヴの庭だ。ラスルが住むのは彼が馴染むウーレの土地よりもだいぶ北方だが、砂漠の危険という点においての心配は必要ない。

 ただ、エイルは気づいたことがある。

 シーヴも、気づいたのではないか。

 首飾りの噂を振りまいた偽物屋。ラスルから首飾りを買いたがった商人。その男は、首飾りを決して手にしていない。目にはしたかもしれないが、少々考えにくい。

 だのに何故、あれだけ精巧な偽物を作れたのか。

 エイルはその商人の足取りをウェンズに追ってもらうことにしていた。彼にはティルドたちをエディスンに送り届けるという仕事があるはずだから、そのあとか、合間でかまわないと言っておいた。エイルがわざわざ言わなくても、ウェンズは上手に優先順位をつけるだろうとは思ったが。

 一方でシーヴのつける優先順位は、エイルの希望と大幅に異なる。

 エイルとしてはもちろん、おとなしくランティムに戻って伯爵業に勤しんでもらいたい。

 そしてシーヴとしては、それよりもラスルと首飾り、気づいていれば「偽物屋」ではなく、「その商人」を追うだろう。

 ではエイルは、シーヴをとめるためにはどうすべきか。言葉で言って聞く男なら、初めから苦労はしない。必要なのは、口先の魔術師ですらぐうの音も出ない「お前の協力は要らん」という証拠だ。

(それには……ラスルんとこと、レギスと、それから)

(俺はひとりだってのに!)

 ウェンズの協力がしみじみと有難い。この上、商人までをも追えるものか!

(まずは)

 エイルは考えた。

(ラスルだ。シーヴがそこに行く理由から潰す)

 いちばん早いのは〈塔〉に戻ってからラスルの集落付近へ移動すること。当たり前だ。だが、今日の大きな〈移動〉はもう三度目になる。

 〈移動〉術のやり方は術師によって差異が大きく、実際の距離が無関係である者もいれば、大いに関わる者もいる。エイルは後者で、協会や〈塔〉の助力を得ても遠方への〈移動〉は負担だ。「少し疲れる」くらいであれば気合いで頑張りたいところだが、魔術師は過剰に魔力を使うと「意識を失う」という段階に行ってしまう。一往復くらいならばアーレイドと行き来しても問題はないのだが、さすがに今日は動きすぎだ。

 砂漠でぶっ倒れるよりは、少し時間が押しても舟や徒歩を使った方がいいだろうと判断した彼は、ピラータの協会からラスルの住む場所に近い東国の町まで跳ぶ。それから渡し守を探して、軽装を案じられながらも大河を渡った。

 手間だ。だが、安全策を採ったつもりでいた。

 もしかしたら長距離の移動術を繰り返しても何でもないかもしれない。彼は日々、魔力の使い方を覚えているところだ。

 だが、どこかではそうした成長を怖れていたのだろうか。

 「立派な魔術師」になど、なりたくなくて。

「エイル!」

 やがてラスルの集落にたどり着けば、彼を認めた砂漠の民が挨拶をしてきた。

「今日は、何があるの?」

 まだ子供と言えるような少年がひとり、エイルに向かって走ってくるとそう言った。

「何が、って?」

 どういうことだ、とエイルが首をひねれば、子供はにこにことした。

「だって、エイルがくるときはいつも、不思議なことがある」

「……そうか?」

 言われて考えてみれば、確かにこのところ、ラスルたち付近での「事件」が連発していた。〈魔精霊もどき〉の消滅に、「不思議な小鳥」の啓示による西の人間の救助、ということだろう。これは偶然ではなく、どちらもエイルの仕業だ。そう気づいた彼は苦笑した。

「今日は何もないよ。……たぶんな」

「そう」

 子供は少し落胆したようだった。西では砂漠が神秘だが、砂漠を日常にする者たちはほかに不思議を求めるのだろう。


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