12 どういう方向に進むものか
威勢のいい声にエイルは思わず笑みをもらした。
「――って、まじなのかよっ」
「だから、まじだってば」
続く声にはよく聞き覚えがある。
「そんなに急がなくたっていいんじゃないのか」
「急いでるつもりはないんだけど。お前たちにお迎えがきたいま、お前たちだって発つだろう。僕がいつまでも残っていたって仕方ない」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
「あ、判った。ティルド、お兄さんと離れるのが寂しいんだ」
「違えよ馬鹿」
「何よその言い方、しっつれーねっ」
そのあとしばらく少年と、エイルには覚えのない少女の声で微笑ましい言い合いが続き、少年の兄が苦笑しながらふたりをとめるのが聞こえた。
「手紙でも送るよ、以前と同じようにね。そうだなあ、もしヴェル殿下がアーレイドに来訪されるなんてことがあったら、お前もこれるかな?」
「――それは、ヴェルにくっついて? あんまり楽しい考えじゃないけど」
「それいいなあ、あたしも行きたい」
「あのなあ」
そこはどうにもいい雰囲気、いいバランスが保たれていて、エイルはそこに闖入することを躊躇った。
どうやら、友人兄弟は確かに無事だ。暗い目をして仇たる魔術師を追った少年にも、どうやら――喧嘩友だちであろうと――女友だちができたようだ。
ならばそれでいい。
何も彼が顔を出して、これまでどうしていただの、無事で安心しただの言うのは野暮だろう。
「いいんですか? 彼らに会うつもりだったのでは」
扉の前で踵を返したエイルを見て、ウェンズが首を傾げる。
「何つーか、さあ」
青年魔術師は頭をかいた。
「俺はさ、知った顔してとうとうと訳の判らんことを述べる、とある爺術師に腹が立って仕方がない訳よ」
「はあ」
「それが、いまこの瞬間、爺の気持ちが判ったような気になって、すごく落ち込んでるところなんだ」
「成程」
「判るのか?」
自分でもよく判らない説明をしたというのにウェンズは納得したようで、エイルは片眉を上げた。
「何となく、ですけれど。魔術の力、編まれた網目の裏を見る者にとって、表を歩く者の行動はときに頼りなく、ときに歯がゆい。私などはそうそう裏まで見通してしまうことは滅多にないのですけれど」
ウェンズはすっと北方に目を向けた。
「エディスンの宮廷魔術師であるお方は星読みの力をお持ちです。定めを読む者は定めに手を出したくなる。けれどそうあってはならないと、自らに制約を課します。その禁を破れば均衡が崩れますから」
「判るような、判らんような」
今度はエイルが首を傾げた。ウェンズはじっと彼を見た。
「判らないのですか?」
「……何が」
エイルは目をしばたたいた。
「つまりエイル、あなたは、あなた自身の『腹の立つ』師匠殿や、我が宮廷魔術師閣下が持つような感覚と同じものを感じ取ったのだ、ということです」
これには、エイルは吹き出した。
「冗談きついって。褒める、それともけなすにも程があるって。俺は駆け出し」
「そうかもしれません。けれど今後はどうでしょうね。誰だって初めは駆け出しです」
ウェンズはそう言った。
「あなたは不思議なものを秘めていると思いますが、いったい、どういう方向に進むものか」
星読みの術師にならば読めますでしょうか、とウェンズは呟くように言い、エイルは盛大に厄除けの印を切った。