11 頼みたいことがある
「完璧にとは言えませんが、業火の神術師たちと火の魔女の件にはけりがつきました。風具も持つべき者が持っている。首飾りを除いて」
「持つべき者?」
エイルは眉をひそめた。所有者が決まっているとでも言うのだろうか。
「あれは持ち手を選ぶ道具なのです、エイル術師。魔法の道具ではなく、意思や魂といった類がある訳ではありませんが」
エイルは少し笑いそうになった。意思や魂といった類がある「モノ」など、どこかの塔だけで充分である。
「それでも、風具は持ち手を選ぶ。そうでない者が持っていても問題はありません。ただの装飾品であるだけ。しかし真の所有者、〈風司〉と呼ばれる存在が持てば、力を発揮します」
「力」
エイルはまた繰り返した。
「それじゃ、あの首飾りには例の呪い以外にも妙な力があるってか」
「何とも言えません。その『呪い』が力なのかもしれない。その辺りはティルド殿に伺っておかなければなりませんが」
「ティルド?」
思いがけない名前にエイルは驚いた。
「何で、あいつがそんなこと判るんだ?」
「彼をご存知なのですか?」
「ちょっと。行き合った。ってか、あいつの兄貴は俺の友人」
「ユファス殿が。そうでしたか」
ウェンズは感心したような顔をした。
「驚きました、エイル殿。あなたは」
「待った」
思わずエイルは片手を上げた。
「『術師』はまあ、しょうがねえと思うこともある。でも『殿』はやめてくれないか。くすぐったいから」
そう言うとウェンズは笑った。
「判りました、エイル。それではあなたは、この件に思ったより深く関わっているのですね」
「どうかな」
エイルは肩をすくめた。
「偶然だと言い張りたいよ」
クラーナはオルエンの影響に気をつけろと言ったが、「口調が似る」以外の影響はご免被りたい。もちろん、口調が似るのもご免被りたいのだが。
「ティルド殿はいま、この世でいちばん〈風具〉を知る人間となっていますよ」
「何で、また」
エイルは首をひねった。彼の知っているティルド・ムールは、少し剣を使えるくらいの直情少年で、〈風読みの冠〉を探すことを目的とはしていたが、それについてはエイルと同じくらい何も知らなかった。
「話せば長くなりますが」
「そっか。じゃあそれはいずれユファスにでも聞くさ」
エイルはそう言うにとどめた。
思い返してみれば、ティルドを「中心」だと言ったのは彼だった。おそらく、少年自身は「中心」であることを喜んでいないだろう。かつてエイル少年がそうだったように。
そうなればティルド少年も、したり顔で話題にされることも根掘り葉掘り聞かれることも、ティルドはあまり楽しいと思うまい。必要であれば兄の方に尋ねよう、と考えたのだ。
「確信がある訳ではありませんが、所有欲を悪戯に刺激するというような力が風具の本来の力とも思えませんでした。あなたの言うように、本来のものとは別、或いはねじ曲がってでもいるのであれば」
ウェンズは話を首飾りの呪いに戻した。
「本来の力が何なのかを調べたい、と?」
「そうです」
「何のために?」
「危険性を排除するため。あとは」
ウェンズは少し笑った。
「信じていただけなくても、純粋な知的好奇心」
「疑う訳じゃないけどさ」
エイルは頭をかいた。
「俺は警戒しすぎるってことはない立場にいるんでね。悪いけど」
それは「疑っている」と同義のような気がして、エイルはつい謝った。
「でも、申し出は魅力的だな」
そこは正直に言った。ろくに知識のないエイルが情報のなさそうなアーレイドで調べるより、風具というものを知っているウェンズが情報のありそうなエディスンで調べる方が、何らかの文献に行き当たる可能性は高い。
「それから魔術のお手伝いもできます。何か術を行使する必要があれば、あなたよりも私の方が成功するでしょう」
これはエイルの力を見下したものでも、ウェンズが尊大なのでもなく、単なる事実だった。「駆け出し魔術師」はそれをよく理解していたから、腹を立てることはない。
「そんな必要があるかは、判んないけどな」
「ないかも、判りませんでしょう」
「道理だ」
ウェンズの指摘にエイルはにやりとした。
「悪くないと思う。あんたのことは信用できる、とまで言うにはまだ判らんところもあるけど、少なくとも信用してみたいと思える」
その言葉にウェンズは軽く頭を下げた。
「ただ、もう少しだけ考えさせてくれ」
「もちろんです。即答を求めるつもりはありません。あなたの状況にあれば警戒をしすぎて悪いことはない、その考えに賛同できます」
そう言うとウェンズは考えるようにした。
「私はあと数日ほど、ここにとどまる予定です。ひとりの体調を公正に見る必要があるもので」
「公正に、って何だい」
奇妙な言い方に思えてエイルが問えば、ウェンズは肩をすくめた。
「どこからどう見てもちっとも大丈夫ではないのに、自分は大丈夫だと言い張る怪我人がいるんですよ」
「へえ」
エイルはその言葉に何となく、かつて〈守護者〉と呼んだふたりの――困った――男を思い出した。そこからヴェルフレスト王子の言った〈守り手〉を連想したが、かの〈ラスルの英雄〉は王子の護衛をしているのだからエディスンにいるはずだ。おそらくエイルの知らない誰かなのだろうと思った。
「あなたのお心が決まれば、いつでも。それから……そうですね」
ウェンズはいったん視線を落とし、小さくうなずくと顔を上げた。
「これは、お渡ししておきます」
言って彼が取り出したのは、白い細月の形をした首飾りであった。エイルはどきりとする。
〈風謡いの首飾り〉。
いや、違う。その偽物だ。本物は、砂漠の塔で眠りについている。
「いいのかよ」
エイルはその偽物とウェンズを見比べながら言った。
「俺はあんたの協力、或いは偵察を呑んでないんだけど」
「つまり、偵察だと思われないためですよ。あなたが欲するものを協力の条件に掲げたと取られたくない」
ウェンズはそう答えた。エイルは少し迷い、ゆるゆるとそれに手を伸ばす。
白い半月。飾られた黄玉と、見知らぬ花。
──よく似ている。
「感心なんか、したかないが」
エイルは呟くように言った。
「偽物屋なんてもんが成り立つだけはあるな。そっくりだよ」
彼はそれを認めた。それくらいの情報なら渡してもいいことにした。
「ってことは、こいつの話を偽物屋に持ってった商人は実際に首飾りを見た、のか?」
待てよ、と彼は引っかかった。
ラスルの民はサラニタ――ラニタリスではなく〈砂漠の魔物〉――を目撃していたが、「首飾りのようなものを身につけている」くらいの話しかしなかった。これだけ精巧に再現できるほど形状を知っていたならばエイルにも言ったはずだ。だいたい、手にしてよく眺めでもしなければ黄玉や花の意匠など判らないだろう。
(手にした……商人が?)
彼ははたとなった。
(まさか。手にしたってんなら持ってくだろう。偽物作るんなら本物が手本にあった方がいいに決まってる)
(それに)
(もし、どうやってか首飾りを手にしてて、どうしてか放置したのなら)
(何で――これにはあの赤黒い斑点がないんだ?)
「エイル?」
呼びかけられてエイルは、うつむくようにしていた顔を上げた。青年は考えて、ゆっくりと口を開く。
「ウェンズ。……あんた、人探しは得意かい」
エイルはエディスンの術師に視線を合わせた。
「少なくとも俺よりは上手いだろうな。――頼みたいことがある」
「それは」
ウェンズは慎重に言った。
「協力させていただけるということですか」
「まあ、そうなるかな」
曖昧にエイルは言った。
「何か考えでも浮かんだのですか?」
「本物じゃなくて偽物の話で悪いんだが、もしかしたら」
エイルはこの先を言いたくないとでもいうように口をすぼめて、しかし続けた。
「ちゃんと絡み合うかもしれないんだ」