10 どんな協力をしてくれるって?
「別に、誓いを立てた訳じゃない。魔術で縛られてる訳でも。いつだって、俺はこの面倒ごとを導師にでもあんたにでも、放り投げられる。でもできないんだ。そうすることを選んだから」
「判るようです」
ウェンズはそんなふうに言うとうなずいた。
「お話したように私は一度、死に近づきました。それはこの業火の神官の件に関わったためです。それ故、私はこの件に戻らなくても罰せられることはないどころか、協会からは補償金だって出たでしょう。けれど」
エディスンの魔術師は少し笑むようにした。
「私も、選んだんですよ」
その言葉には重みがあって、エイルはしばし黙った。
命を賭す覚悟。
青年の内に蘇る、師匠の言葉。
エイルはそれを避けようとしている。普通で考えれば、当然だ。そんなものを賭けずに済むに越したことはない。だが、この男はそれを賭けたのか。
「どうしたら信じていただけますか」
少し困ったような声が、彼の思いを現在の問題に引き戻した。エイルは肩をすくめてみせる。
「無害なツラして『何も企んでなんかいません』なんて言い出す奴は怪しいってのが、俺がこれまでの経験で培った知識だけど」
エイルは頭をかいた。
「困ったことに、あんたはそうじゃないという気がするんだよな」
そう言うとウェンズは笑った。
「だけど、あんたのギディラスについては判らない。噂の宮廷魔術師閣下もだ。言っとくけど、『ではお会いして疑惑を捨ててください』なんてのは困るぜ」
高位の術師に面と向かい、相手がエイルを思うままにしようと考えれば、彼には為す術がないのだ。
こんな状況でもなければ、そんな警戒はしない。凄腕の戦士と相向かうからと言って、いきなり斬られる心配をしないのと同じだ。
だがいまはそうもいかない。不思議な首飾り。呪い。〈風具〉と言われるそれとエディスンの関わり。エディスン王に忠誠を誓う宮廷魔術師に、未知の力に魅力を覚える魔術師協会長? 冗談ではない。
「でも、あなたは例の偽物を手にするためにわざわざここへ私を訪ねたのではないのですか? あなたの方こそ協力を求めているとも取れるのですが」
「まあ、そうなんだけど」
エイルは認めた。
「あんまりそれにふらついてほしくないんだ。魔力なんかないことは判ってる。ただ、それを街に出さない約束をして」
ふっとウェンズは笑った。その笑いに嫌な感じはなかったが、自分の言動を笑われたかと思えばエイルは少しかちんときた。
「何か、おかしいかよ」
「ええ」
ウェンズは謝罪の仕草をしながらまた笑った。
「その言葉だと、あなたは本物も偽物も抱え込むつもりだということになるからです」
「そ」
エイルは返答に詰まった。
「そんなつもり、ないんだけど」
本物に関しては呪いのために塔から出せず、スライに助力を頼めないのは主にラニタリスの存在ゆえだ。一方で偽物はと言えば、偽物屋〈紫檀〉を王子殿下のご希望通り東に寄せないための決めごと、或いは小細工。
そのふたつは彼のなかで別件だ。その小道具が〈風謡いの首飾り〉とその偽物だというのは奇妙な偶然にすぎないのに。
(まさかとは思うが、弟子よ)
(本気で、偶然などと考えているのではなかろうな?)
オルエンの声が聞こえるようだ。エイルは天を仰いだ。
「俺としちゃたまたまだと言いたいけど、そう言っても納得してもらえないんだろうなあ」
「あなたと相向かえば、あなたが何か……そうですね、首飾りの力を手にしようとか、そうした野心を持っているとは思いません」
「そりゃどうも」
「野心がない」聞きようによっては「向上心がない」という台詞だが、「研鑽しろ」と言われるよりはずっといい。
「フェルデラ協会長やローデン術師――宮廷魔術師殿も、私の言葉を信用してくださいます。ですからあなたを見張れとか、首飾りを奪えという命令はやってこない。むしろ、協力をしたいのならとことんやるよう、言われるでしょう」
「協力」
本当に協力してもらえるならば、有難い。エイルに調べられることはもうあらかた調べたし、あとはクラーナの情報待ち。吟遊詩人が何か掴んできたとしても、それで何か打開するとも限らないし、そうなれば残りは「命を賭す覚悟」だ。
急いで呪いを解く必要がなければそのような覚悟を決めなくてもいいようだが、いずれは解くつもりで、それでいて将来にもやはりそれしか方法がなければ、いまかあとかということで結局は同じ。
いまでもあとでも、呪いを解くには覚悟がいる。それは確実だった。何とも忌々しいことに、あの爺様魔術師は、エイルを脅す目的であんな大仰なことを言いはしないからである。
「参考までに、どんな協力をしてくれるって?」
受け入れた訳ではない、と主張しながらエイルは言った。
「そうですね。まずは『偽物』の提供」
「……協会長が欲しがってるんじゃ、ないのか」
「『欲しがっている』のとは違います。見てみたい、どんなものか知りたい、という程度ですね。あなたに求められたので渡したと言えば、皮肉のひとつくらいは言われるでしょうが、怒りを買ったり咎められたりはしません」
「ふうん」
エイルは計るようにウェンズを見た。本当だろうか。ウェンズは、嘘をついていないかもしれない、つまり、本当にそう思っているのかもしれない。だがその協会長とやらについてはエイルは判らないのだ。
「それから、地道な作業ですが文献の検証。エディスンには風具があるのですから、それに関する記録もある。あなたがアーレイドで調べたよりも何かが判る可能性は高い」
「まあ、そりゃ道理だ」
「そして、呪いの発祥について。風具に最初から呪いがかけられていたとは思えませんから」
「ああ、確かにそうなんだ。とある顔見知りの爺魔術師は、あれを精霊師の作ったものだと言って、その神秘に比べたら呪いなんておまけだと言いやがった」
「ケルエト」
ウェンズは目をしばたたいた。
「成程。では、そのためにリグリスが惹かれたのやもしれませんね」
「それって、業火の司祭だっだよな? 何か関係あるのか」
「ええ、彼は精霊師でした。ただし、風ではなく火ですが」
「ふうん」
では、コルストの町が冷気から守られていたというのは、その術によるのか。エイルはそんな推測した。
「そう言や、スライ師もそんなこと言ってたな」
精霊師が夢見の術師でどうとか言う話をエイルは思い出したが、自分にはあまり関係がなさそうだとも思った。