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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第3話 偽物商人 第2章
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09 決意を持って口に出せば

 顔の片側に派手な傷跡のある若い術師は、エイルの姿を認めると少し驚いた顔をして、それから少し引きつったような笑いを見せた。それは傷跡のためにそう見えるだけで、無理矢理に笑顔を作ったということではないようだ。

「エイル術師。驚きました」

 コルストにある一軒だけの小さな宿屋、その一室でウェンズは素直にそう言った。

「先日は、我が王子殿下のご案内をどうも有難うございます」

「別にそんな礼はいいけどさ」

 丁寧に頭を下げられたエイルは少し慌てて手を振った。

「何つーか、ヴェルを砂漠に放り出したのは俺の」

 師匠とは言いたくない。

「ほんのちょっとした、顔見知りだったもんで」

「ではその方に感謝ですね」

「……放り出したんだってば」

「結果として、あなたから私に連絡がくる。〈風謡いの首飾り〉を持っているあなたから」

「――ちょっと待てよ」

 すぐにエイルが望む話題になった。だが、彼はウェンズをとどめた。

 望む話題とは少し、違う。彼が望むのは「偽物」の話であり、ウェンズが言うのは「本物」の方だ。

「まさか、やっぱり『あれ』が欲しいなんてことは」

「言いませんよ、ご安心を」

 ウェンズはエイルの警戒を見て取って、すぐに答えた。

「ただ、我が協会長(ギディラス)はその行く末を気にしているのです。不思議な道具と、呪い」

「俺だって、気になるよ」

 エイルが思わずといった調子で言うと、ウェンズは笑った。

「そうですね、私もです。ですから」

 ウェンズはすっと姿勢を正した。

「協力させてはいただけませんか、エイル術師」

「……何?」

「以前に申し上げました。できれば、呪いについて調査をご協力したいと。あのときはこの」

 言いながらウェンズは宿屋の外の方を指し示した。

「件の終わりが見えませんでしたから。過日、私が神殿(クラキル)にいたのもギディラスの指示でして」

「それじゃ今度は、俺につけってのがギディラスの指示かい?」

 エイルが言うとウェンズは少し困ったような顔をした。

「そう命じられてはいません」

「でもエディスン協会長は首飾りに興味があるんだろ? 偽物なのにわざわざあんたが持っていくことになってるって話は聞いた」

ええ(アレイス)。もしや、ここを訪れたのはそのためですか?」

「まあ、な」

 エイルは曖昧に言った。

「これがどの程度本物を模しているのか判りませんが……ちょうどいい、あなたに尋ねておきますよ」

 言いながらウェンズは腕にかけていた袋を探った。

「待ったっ」

 思わずエイルは制止をかける。ウェンズは素直に動きをとめた。

「何ですか?」

「あのさ、俺としてはあれを外に出す訳にはいかないと思ってる訳」

「判っていますよ。こちら側でも了承したことです」

「で、そっちの協会長の望みは何。それが本物に似てるかどうか知って、どうしようってのさ」

 まさか偽物を作る(・・・・・)訳でもあるまいに、とエイルは思った。それに、その協会長とやらの目的が判らないのに、うっかり「似ている」とか「似ていない」とか教えるのはまずい、かも、しれない。

「単なる確認です、エイル術師。何かお疑いなのでしたら……困りましたね」

 ウェンズは本当に困ったように見えた。

「エディスン王家も、エディスン協会も、あなたから首飾りを奪うつもりはありませんよ。ただ、魔術でも解けない呪いというものに、そうですね」

 若者は少し笑った。

「興味がある。それだけです。あなたの言った通りですけれど、そんなところでしょう」

 その返答にエイルはうなった。エイルが「協会長が興味がある」と言ったのは、何らかの裏の含みを持っているのではないか、という意味だ。おそらく、ウェンズはちゃんとエイルの言ったことを理解している。だというのに、「単なる知的好奇心」だとの返答にとどめた。これは素直な返答なのか、はたまた何か裏が?

「うちの協会長(ギディラス)はですね」

 どう説明をしようかというようにウェンズは顎に手を当てた。

「魔術以外のもの、ほかなる力(・・・・・)に興味があるんです。神術師の一件に首を突っ込んだのは、宮廷魔術師からの依頼もありますが、彼自身の希望でもあった」

 エイルは胡乱そうにウェンズを見る。「首飾りの不思議な呪いに興味がある」それは、どう考えても「それを見せろ」「寄越せ」につながりそうだった。

 エイルよりいくつか年上ほどのこの魔術師は、初めに抱いた印象――傷痕のために「悪そうに」見える――から比べるとずっとよさそうな奴だと思えるし、エディスンの王子を託して大丈夫だと思えたが、首飾りと呪いの話はまた別だ。

「ウェンズ」

 エイルは敬称を外して相手を呼んだ。

「首飾りは渡さないよ。あんたにもあんたの協会長にも、そちらの宮廷魔術師様にもね」

 エイルははっきりと言った。その明確な宣言は、砂漠の民の砂神(ロールー)への誓い同然だった。

 言葉の力は強い。

 オルエンは繰り返しエイルにそれを説き、かつては判らなかったが、いまは亡きリック導師が言っていたのもそういうことだったのだといまは理解できる。言霊はいつでも彼らの口から出るものに細心の注意を向けていて、機会あらば憑こうとするのだ。

 だがもちろん、それを怖れて何も話さない訳にはいかない。

 それに――()の解釈も可能なのだ。

 言霊は、迂濶に発せられた言葉を守らせようと発言者を縛るが、決意を持って口に出せばその制約、制限、運命を(・・・)歪める力(・・・・)が助けになることだってある!

 エイルは、敢えて口にしたのだ。首飾りは渡さない、と。言霊は彼に力を与えるだろう。

 いまのエイルをオルエンが見ればどう思うのか。考えなしで馬鹿だ、先走るなと苦い顔で言うか、それとも、成長したと、思うだろうか?

「判っています。いいんですよ、それでかまいません。どうしたら企みなどではないとご納得いただけるのか」

 ウェンズはエイルの台詞に誓いの決意を聞き取り、少し戸惑うようだった。

「俺にはさ、信頼できる魔術師の知り合いだっている。スライ師のことは知ってるだろ」

「ええ、この件でやり取りを」

「俺は彼にも首飾りを託すことができない。本当は、そうしちまえば楽だ。簡単だ。面倒事は俺の手を離れて万々歳。だけど」

「できない」

 ウェンズはエイルの言葉を先取った。エイルはうなずく。


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