03 何かする?
晴れて問題解決、である。
このところになく、エイルはすっきりした気分になった。
「ようやくひとつ、片がついた」
エイルはそう言うと肩の凝りをほぐすかのように首を回した。
「さて、帰るぞ」
「そうしよう」
シーヴの返答に思わずエイルはまじまじと友人を見た。
「何だ」
「素直じゃないか」
「それがおかしいか? 俺は遊びたくてここまできた訳じゃない」
「よく言う」
エイルは呆れた。ランティム伯爵閣下が本気で偽物屋の所在を突き止め、東から手を引かせようとしたことを疑ってはいない。だが、シーヴ青年に遊びたい気持ちが皆無だったとは、とても思えない。
「そう言うな。たまには、いいだろう」
「いい訳があるか。ほら、さっさと支度しろ」
「判った判った」
シーヴは笑いながら荷を担ぎ、ふと、動きをとめた。
「どうかしたのか」
「言いにくいんだが」
「何だよ」
「やはりお前に金を借りなくちゃならん」
言いながら王子は銀貨の入っているらしい袋を振った。寂しい音がする。
「宝石を換金しようと思っていたんだが」
「全部ハレサに渡したのか」
エイルは笑った。
「お前なら返ってこない心配はないし、いいよ、帰途の費用は俺が立て替えて……と」
言いながらエイルは、自身の財布も心許ないことを思い出した。
「ラニの服を買ってやったりしてたから、俺もあんまり持ってないな。仕方ない。いったん塔に戻る。少しは銀貨が置いてあるから、持ってくるよ」
「〈塔〉か」
シーヴは顎に手を当てた。
「久しぶりに会ってみたいもんだな。『会う』と言うのかどうかよく判らんが」
「きたいのか? お前、あいつの移動術のせいで三日は目ぇ回してたんだろ? やめとけよ」
「楽しくない話をしてくれるじゃないか」
「事実だろう」
かつてシーヴ青年は、単独で〈塔〉に投げられ、ミロンの民に拾われて昏々と眠り続けた経験があるらしい。〈塔〉にそれを指摘したところ、あれは巧くなかったと反省などしていたが、それから技術を上げたとも思えない。そんな機会はなかった訳だし、第一あの力はどうにも特殊で、魔術師以外には受け入れ難いだろう。
「だが、こうなったら例のものも見てみたいと思うな」
「例の……って、馬鹿、見せるかっ」
友の言うのは〈風謡いの首飾り〉のことに決まっている!
「ケチ臭いことを言うな」
「もったいつけてる訳じゃない。俺はもう一度最初から説明し直さないといけないのか?」
「それじゃ俺は指摘をしてやろう。いまは鳴らない、つまり呪いは発動しないと言っていたはずだと」
「どうやって鳴るのかは判らないんだ。いつ、目ぇ覚ますか」
「オルエンと〈塔〉と、もしかしたらラニタと、ついでにお前の魔力に囲まれた品がそうそう悪さは働けないさ」
「ついでで悪かったな」
釣られるように言って息を吐いた。
「いつか、無事に呪いが解けたら見せてやるよ」
「無事に」
シーヴはじとんとエイルを見る。
「やっぱり」
「何だよ」
「危険なんだな」
「は?……ああ、『無事に』って言ったからか? そんなの別に、普通の言い方だろ」
「嘘をつくな。ごまかそうとしても無駄だ」
「ごまかすつもりじゃない。ただ」
エイルは言葉をとめた。
「急いで解くのであれば、少しばかり危険な真似をする必要も、あるかも」
オルエンをして「命を落とす覚悟が要る」と言わせた行為が何であれ、「少しばかり」とは言えなさそうだ。だが余計なことを言えば、伯爵様は領土に戻らないと仰い出すかもしれない。エイルは嘘に少し真実を混ぜて説明した。
「でも、エディスンの王子殿下は首飾りを欲しがる様子じゃなかった」
エイルは砂漠で出会った王子ヴェルフレストを思い出しながら言った。
「彼は、どこかの町でどこかの若いのから『首飾りはとある魔術師が持っている』と聞いていた訳だが」
じろりと「どこかの」東の若者を見るが、平然としたものだ。嘆息してエイルは続ける。
「俺が持っていると見事に当たり籤を引き当てた。でも、寄越せとは一度も」
「そりゃあ、どこかの賢い若者が、首飾りを探すなと言ってやったからだよ」
シーヴは言ったが、いまのは冗談だと言うようにすぐに手を振った。
「彼の役割じゃないと知ったんだろう。砂漠の民がミ=サスとする男だ、愚鈍じゃない」
「十二分に鋭かったよ」
エイルは唇を歪めた。
「とにかく、ヴェルが要求してこない以上は急ぐ理由はないんだ。クラーナも協力してくれてるし、危険があるとしてもあと回し」
「あるとしても」
「ないよ」
「本当か」
「たぶん」
「はっきりしろ」
「ない」
「信じられん」
「あのなあ」
あると言えば案じるくせに、ないと言えば信じないのか。
「どう言えと言うんだ」
「本当のことを言えばいいだけだ」
「あのな」
エイルはまた言ってまた嘆息した。
「ゼレット様にもファドック様にもクラーナにも言ったけどな。危険は、たぶん、ない。彼らに言わなかったことは……これはほとんどが俺の希望で、何か根拠のある予測ですらないってこと」
「――ふん?」
シーヴは顎を反らした。
「それなら、俺の番だな」
「……何が」
「お前は俺に手を貸した。だから次は俺の」
「要らんっ」
エイルはそれを遮る。
「どうしてもというなら、お前がおとなしく帰ってそのままおとなしくしててくれるのがいちばんの手助けだ」
「そうはいくか」
「やめろ。レ=ザラ様のことを考えろ」
「それを言われると、心が痛いが」
どこまで本気だか、とエイルは思った。シーヴは間違いなく奥方を大事にしている。妊娠中のレ=ザラを置いて町を出るという決断は、本当に心から「町のため」を思ってであったはずだ。だが、「次は俺の番」などと言い出すのは――いくらか、かつての放浪癖が蘇っているのではないか?
「何だ、その目は。心配してるんだと言うのに」
「俺を口実に使うなってんだ。だいたいお前は」
いつものように説教でもしてやろうとエイルは指を一本立てた。と、叫び声が出る。
「うおっ!?」
その悲鳴は、背後から青年に――その足に――しがみついたラニタリスに膝裏を折られたためである。
「エイル! 帰る? あたし、何かする?」
「あー」
青年魔術師半端な声を上げた。
「どうすっかね」
「あたし、〈搭〉にシーヴ連れてこうか?」
その提案にエイルは吹き出し、シーヴは声を上げて笑った。
「背に乗せてでもくれるのか」
からかうように王子が言えば、子供はむっとした顔をする。
「乗せらる訳、ないでしょっ」
「『乗せられる』」
小さな手でラニタリスはぴしっとシーヴを指差し、エイルは訂正を入れる。
「乗せられる、訳ないでしょ。あたしが言うのはね、セル・シーヴ。あたしならあんたを〈塔〉の爺さんの、しろーとに厳しい魔法から守ってあげらるって言ってんのさ」
「『あげられる』」
今度はシーヴが――面白そうに――訂正を入れ、エイルは天を仰いだ。
言い出したこともシーヴに力を与えそうで困りものだが、それよりも嘆きたいのはこちらだった。
「ラニ、お前……頼むから、それ以上は母さんの口調を真似ないでくれ」