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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第1話 砂漠の魔物 第1章
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01 新たなる伝説

 冬と言っても、アーレイドの街の気候は厳しいにほど遠い。

 その日も空は好天で、友人兄弟の旅立ちを祝福しているかのようだった。

 だが青年魔術師、アーレイド王女の魔術学の師にして下厨房の助っ人、この街に生まれ育ち、とんでもない運命のおかげでいまは大砂漠(ロン・ディバルン)に建つ石の塔を(おも)たる住みかとしているエイルが笑みを浮かべていられたのは、その日の朝までであった。

 自称師匠のオルエン――実際、彼は魔術師(リート)というものになって以来、オルエンに教わったことは数えきれぬほどだったが、どうにも師であるとは思いたくない――が奇妙な話を彼に寄越したからだ。

 オルエンは「いい話がある」と言って彼を引っ張っていった。そのため、エイルは友人の見送りもそこそこに賑やかな店を離れ、大通りを離れたところにある寂れた、と言って悪ければ、こぢんまりとした朝の食事処に河岸を換えた、或いは換えさせられたところである。

「それで」

 エイルはむっつりと言った。

「どの辺りが『いい話』だってのさ」

「判らぬのか?」

 オルエンは、情けない、というように首を振った。

「新たなる伝説を探る好機だろうに」

「俺はもう、伝説は充分だよ。やりたきゃあんたが勝手にやればいいだろ」

「情けない」

 白金髪の魔術師は、今度は声に出して言った。

「そんなふうに育てた覚えはないぞ」

「あんたに育てられた覚えはないっ」

「そうか?」

 オルエンは、美しい顔を――もったいなくも――片頬を上げて歪めると、腕を伸ばしてエイルの頭を押さえた。

「ここに詰め込んでやった魔術の知識、その大半が私から教わったものでないと言えるのか?」

「教えてくださいと言った覚えもない」

 エイルは茶色い頭をふるふると振ってオルエンの手から逃れた。

「可愛くないことだ」

「そいつは有難いね」

 青年が言ってやると、自称師匠は救いがたいと嘆息した。


 果てのなき広大なる世界、フォアライア。

 南方に位置するファランシア大陸の西半分、ビナレス地方は冬を迎えようとしている。

 アーレイドは温暖な気候の街であるが、南方に行けばそろそろ雪の季節だ。エイルは、一、二年前に雪路を旅したことを思い出した。あれはあまり、何度もやりたいことではない。

 彼が訪れる回数を減らせば南方の誰かは文句を言うだろうが、かまわないことにした。真冬に訪れて、さぞや寒かっただろうなどと抱き締められるのはご遠慮申し上げたいのである。

 しばらくは東と西を行ったりきたりの生活になりそうだ。

 オルエンを満足させるのは気に入らないが、魔術の勉強はなかなか面白かったから、冬の間はそれに勤しんでもいい。旅に出た友人兄弟に協力して、彼らが探す〈風読みの冠〉なる装身具について調べながら日々を送ろう。

 そんなふうに思っていたのに、いきなり、こんな話が降ってくるとは。

「だいたい、何だよ魔物って」

 エイルは胡乱そうに言った。

「あんたの魔力で、ミロンを脅かしてた砂漠の魔物は消えたんだろ」

「消えた訳ではない、奥地に移動させただけだ。あれらも生きているのだからな、簡単に命を奪っておしまいというのは乱暴だ」

「意外に慈悲があるんだな」

 本当に意外そうにエイルが言うと、オルエンは眉をひそめた。

「失敬なことを言うな。私は心優しいのだぞ。それにあれらは魔物と言うよりはただの獣、野生の砂虫の類でな、この話とは違う」

 ファランシア大陸は南から流れる大河で東西をほぼ二分されていた。人間が通常に生活できるのは西方のビナレス地方のみで、東方のファランシア地方はその全てが砂漠だった。

 そこは大砂漠(ロン・ディバルン)と呼ばれ、ビナレスに生きる者たちはそこを何もない不毛の地であると言い、まともな感性の持ち主ならば足を踏み入れることなど考えもしない場所だった。

 だがそのような場所でも暮らす人間はいる。

 〈砂漠の民〉と言われる人々がそれで、彼らは幾つもの部族に分かれて独特の文化を持っていた。砂地を愛し、砂風に親しみ、〈砂神〉ロールーを崇める彼らは生ける伝説のような存在とされ、ビナレスで彼らのことを知る者はあまりいない。

 ファランシアにごく近い場所、大河のすぐ西──ビナレス地方の東端であることから、その付近は「東国」と呼ばれた──の街町でもその「伝説」扱いはさほど変わらず、実在を知ってはいるけれど自分たちの暮らしとは関わりのない奇妙な存在、というところだ。

 近頃、その大砂漠(ロン・ディバルン)に不思議な魔物が出ると言う。

 オルエンが持ってきたのはそんな話だった。


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