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押し付け

俺は昨日と同じ時間に起きて同じ時間に家を出た。



そして同じ場所にたどり着く。


「おはようございます」


「おはよう。環君」


『嶋宮書店』に入ると久井さんが挨拶をしてくれた。この人、俺が来た時にはもう仕事始めてるんだよな...早すぎだろ。



そんなことを思いながらバックヤードに下がり準備をする。

準備中、店長に話しかけられた。


「おはよう。環君」


「おはようございます。店長」


軽くそう返すと店長は言葉を続けた。


「...環君。久井さんと仲良くしてあげてね」


「?はい」


あまり店長の発言の真意が理解できなかったがすぐに教えてくれた。


「久井さん、学校では本当の自分を隠してるみたいなんだよね。だから本当の自分で話せる相手なんて居ないんだ」


...そんなことを俺に伝えて店長は何を期待しているのだろう。そんなこと言われたって俺にはどうすることも出来ない。


「バイトの時の久井さん、言葉が悪いかもしれないけど少し地味に見えるでしょ?」


まぁ、それは否定しない。


「学校じゃ全然違うんだ。派手な格好でメガネも外して言葉遣いも違う」


そうなのか?でもなんで店長がそんなこと知ってるんだ?


「この前久井さんが学校の友達とこの店の前の道で話してた所をたまたま見たんだよ」


俺の疑問を見透かしたかのように店長がそう言ってきた。


「...そうなんですか」


そう当たり障りのない言葉を返すのが精一杯だった。なんて言うのが正解だったんだよ。


「...仲良くしてあげてね」


店長はもう一度そう言うと俺に背中を向けて先程までしていた作業を再開した。俺もバックヤードから出て店頭に並んだ。


「...」


今さっきあんな話を聞いたばかりの俺に久井さんに声をかけるような度胸はなかった。


「...ねぇ、環君」


どうしたものかと思っていた俺に久井さんが話しかけてきた。


「ど、どうかしましたか?」


少しだけ動揺してしまった。


「私、昨日バイトしてる理由は一人で暮らすためだって言ったでしょ?」


「はい」


その話はもう聞いた。


「実はまだあるんだよね」


...


「私、純粋に本が好きなの。だからここで働いてる」


だから聞いてないって。どうしてこの人は聞いてもいないことを話すのだろうか?


「そうなんですね」


やはり俺は面白みもない返事を返すことしか出来ない。


「うん。だから環君も本が好きでここに働きに来たのかなと思って」


どうして私はこんな理由で働いているからあなたもそうなの?という考えに至るんだ?そんなの自分の考えを相手に押し付けているだけだ。


「いえ、ちが...」


そこまで言いかけて店長の言葉を思い出した。


「久井さんと仲良くしてあげてね」


ここで否定してしまうのは簡単だ。でもそれをしたせいで関係が悪くなってここで働けなくなってしまったら?それは困る。だから俺は久井さんに合わせることにした。


「そうなんですよ。本が好きでここのバイトを選んだんです」


全くそんなことないがこれで何も波風立たないのならいいだろう。


「やっぱり!環君も本が好きだったんだ...」


やっぱり、ね。どうしてそこまで単純な頭になれるんだ?もし俺が違うと言っていたらどんな反応をしていたんだ?なんだか気持ち悪いな...


「そ、そうなんですよ」


俺の今の笑顔は酷くぎこちないものだろう。そう自覚出来てしまうほどに引きつった笑顔を浮かべているはずだ。



それでも久井さんは目をキラキラと輝かせていた。奈那さんや真希さんとは違う心からの笑顔。でもその笑顔は酷く歪んだものに見えた。



-------------------------------------------------------

「はぁ」


一人の少女が買い物をして家に帰っていた。それは休日、日曜日の昼過ぎ。それだけ聞けばなんてこと無いただの一日。


「私、どこで間違えちゃったんだろう」


独り言を零しながら歩いている少女は下を向いていた。落ち込んだ気分と同期するように。ふと顔を上げる。そして当たりを見渡す。その行動自体に意味はなかった。理由を聞いても彼女は答えられないだろう。そんな行動に意味を与えたのはある光景だった。


「え?ま、愛斗?」


彼女は最愛の人の名前を呼ぶ。その声は誰にも届かない。自然と口から零れた声だった。無意識。それが正しい表現だろう。それほど彼女は目の前の光景にのめり込んでいた。



愛してやまない彼が古びた本屋でレジに並んでいた。知らない女の子と。それが彼女の心に黒い霧を少しだけもたらした。


「バイト、してたんだ。私、そんなの知らなかった」


彼女は自分にその事実が伝えられていないことに不安を覚えたらしい。


「愛斗の隣の人、誰だろう」


食い入るように目を細めて彼の隣の笑顔で話している女の人に目を向ける。メガネをかけていてとても地味な女の人。


「...愛斗も笑ってる」


最近全く見ることの無くなった彼の笑顔。それがあの女の人に向けられている。


「...............」


とても黒くて醜い感情が彼女の心を支配していく。


「愛斗...」

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