人生売却制度
少し先からは雰囲気がガラッと変化し、路地のような街並みから生活感があり薄汚く汚れている場所へと変わっている。街とこの場所とでは軽く仕切りが設置されており、区切られている。活気は無くホームレスのような人間が多く居た。その様相はスラムに似ている。建物も錆びた金属のような物で作られた物が大半だ。
最初に居た商店街らしき場所には全くと言って良いほど人間の姿が無かったが、ここには沢山人間がいる。彼らの中にはフラフラとした歩き方をする者に座り込んでいる者も居た。そして、人間だけでなく他の動物の姿も目に入る。
縞模様の入ったシマウマ、斑点の模様のヒョウらしき姿もちらほら見える。動物の顔や体を持っているがいずれも二足歩行であり、服を着ている。だが、彼らもここの住人のようであったが、この場所を荒らしているようにも見えた。
小道の奥では痩せ細った一人の男性が、動物たちに囲まれ蹴りを入れられていた。
「お前が盗んだ分の金を払え、遊びもタダじゃねーんだよ。使えば払う、それが道理ってもんだろ?」
囲んでいる一人が倒れてボロボロになった男の胸ぐらをつかんだ。
「けっ獣風情がよぅ……なんで俺が……てめぇら低層階級に……金を出さなきゃならねーんだあ!」
男の言葉は極端な抑揚でハッキリとしない。お酒を飲んでるような感じであった。
「おぉー人間?様は怖いねぇー。けどな、ここに居る以上てめぇも同レベルだよ」
そう言うと拳で男を殴りつけて金を奪う。
「ほら、行くよ」
「あ、はい……」
(人間が動物たちに虐げられてるのか? いや、でも動物たちに向かって低層階級って言ってたし……)
「さっきみたいなのに絡んだらロクでも無いことになるよ」
まあ確かに、それは分かる。ああいった野蛮なのはスルーが一番だ。無駄に首を突っ込んでも困るのはこっちだ。学校でも、社会でも。
「説明しておくと、ここは低層階級が住む居住区。金を失くした奴、信頼を失くした奴、外から入って来た奴、そして落ちぶれた奴。そいつらが国から支援を受けて辛うじて仕事と娯楽と生活を与えられてる場所、動物のたまり場よ。人間も含めてね」
こんな場所に居たとして国は支援してくれるというのが驚きだ。こういった場所は最初に見捨てられそうな物だが。
「ストラモニウムさん。人間って動物と違って知能高いって聞きますけど……ここではそんなことは無いんですかね」
ストラモニウムはこちらをじっくりと眺めてから小さくため息をつく。何を聞いてるんだと言わんばかりに。
「警戒してた私が馬鹿みたい……もっとフランクに喋ってくれていいわ、そっちの方が慣れてるから。あと……ストラでいいわ。」
「あっ……わかり……わかった」
警戒されてたのかと少し考えたが、よくよく考えてみたら当然のことだ。相手にしてみれば知らない男と一緒にいるわけだ。当然警戒もするだろう。自分だって警戒する。
「それで、人の知能の話だったわね」
通り過ぎる建物を見ていたストラの視線は隣を歩くクロヌシへと向けられた。
「知能で言えば虫と人類種が同等、その下に移民の動物共。一応そう聞いてるわ」
含みのあるいい方だった。
「一応?」
「ここに居る以上、会話さえできれば知能の差は誤差なのよ。ここに居る連中は皆等しく〈知性なし〉に区別される肉体労働階級よ。皆、国から配給されるローダナムを頼りに生きてる」
肉体労働階級って、虫のほうが肉体労働に向いてそうだけど。アリとか、ハチとか……。でも、肉体労働が低い階級の仕事なのは何処の世界でも変わらないんだな。現代日本まで来ると以外にも給料が良かったりするから一概にそうとも言えないんだけど。
「因みにローダナムって何?」
「ああ、お酒みたいなもんよ」
(国が酒配ってるのか。なんか意外だな、わざわざ嗜好品までくれるんだ。ローダナム、美味しいんだろうか)
「おっと!」
地面にあった段差に足を持っていかれた。道を作っているブロックが古くなり、ブッロクの角が頭を出すように突き出ていたのだ。見てなかったら誰でも躓くだろう。
「クロ……あなた、意外とどんくさいのね。」
ストラはクロヌシと言いかけて少し周囲を確認してからあなた呼びに変えた。
「どんくさくて悪かったね」
しばらく道なりに歩く。ストラの進む先に見えるのは突き当たりにある一つの家であった。
「付いた、ここが私の家よ」
そこは家と言うにはみすぼらしく、板で作られた壁にある隙間はチラホラとこちらを覗いているかのようで、かなりの月日が経過しているせいなのか変形している箇所もある。そしてストラの家の周囲は空き家だ。そこに生活感は存在せず、手入れもされていない寧ろ資材として使われている様子で。この辺りには住人が居ないことを物語っている。
「あ……あ……」
中からは微かに音が聞こえて来た。うめき声のようにも聞こえたが、隙間から入る風の音と言われても違和感はないだろう。
「中に誰か居るの……?」
「ああ、おじさんがね。広くないけど外よりはまだマシよ」
ストラはクロヌシを小さな家の中に誘うように手を動かした。
中に入ると一匹の蚊のような生き物が大きな体で長い足を折り畳むように横になっていた。腕は一本のみでその他の部位は切り取られて包帯が巻かれている。蚊のような外見であるが蛾のようでもあった。
(さっき見た蚊より大きめだし……蚊らしさがちょっと無いな。似てるけどガガンボとかかな?)
「この方が、おじさん……?」
クロヌシは少しクビを傾げながら覗き込むようにしてストラに聞く。
「そう……今は寝てるみたいだから気にしなくていいわ。まぁ、見てわかるだろうけど血筋的な関係はないわ」
まぁ、明らかに似ていない。だが、街には人の形をした虫たちも居たが、ストラの父は人の形ではない。蚊に近いが、単に巨大化している訳では無いようだった。
「ちょっと話をしない?」
ストラは肩にかけた荷物を部屋の端に置くと。まるで親しい友人に昔話をするようにクロヌシへ声をかけた。そして彼女の指は外を指していた。
ストラとは会ってまだ、時間が浅い。クロヌシにしてみれば親しみを持ちやすい容姿に声であるが、彼女にとっては親しみすら持てない時間のはずだった。加えて、一歩間違えばどちらかが死ぬような戦いまでした。あまりに気を許し過ぎている。だが、不思議と騙そうとしているようには見えなかった。
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外に出るとすぐ横に段になったブロックのような細長い石があり、ストラがその上に腰をおろし、それに続いてクロヌシもその隣に座った。
「私はね、おじさんに助けてもらったの。もう四年くらい前のこと」
ストラから自然と出た五年という単語はクロヌシの記憶を撫で、時の流れを認識させた。
「四年か……」
(長い月日だ、僕がパーティーの皆と会って過ごした時間の半分もある。思えば、そんなに長い間〈レクイエム〉をプレイしてたんだな)
「四年前に爆発事故があってね。建物が崩れて下敷きにされたの。その時助けてくれたのがおじさん。おじさんは私の親代わりみたいな物なのよ」
「じゃあ本当の親は何処に……?」
「それは、わからない。私は四年前の事故より前の記憶が無いの……貴方と同じでね。おじさんが言うには頭に強い衝撃を受けたせいらしい」
「後遺症が無かったのはまさに奇跡だそうよ。まぁ不幸中の幸いってやつかな?」
記憶がないなんてベタな嘘をついてしまったな。まさか本当に記憶を無くした人が居るとは思わなかった。
「だから、ちょっとクロヌシに同情しちゃったの……でも、記憶がないってのは嘘なんじゃない? だってあまりにも淡々としてるもの」
心臓が強く波打ち、クロヌシの体を軽く揺らす。
(やべ、バレた)
「そんなに身構え無くて良いわ、きっと獣国から来たんでしょう?……それなら『竜王共和国』の内情を知らなくてもおかしくないわ」
ここは竜王共和国という場所なのかここは。
王と共和。それは由緒正しき血筋が支配するそれと、国民が代表を選び統治するもの、それぞれ相容れない筈の名前がついていた。
「内情っていうのは?」
クロヌシが問いかけるとストラはおじさんへと顔を向ける。
「そうね……この国は虫が支配をしてる。でも、私達人間は何も出来ない。細々と生きて行くしか無い。最近は闇商人から薬を買う人も珍しくない」
闇商人に薬、良い単語には聞こえない。それらが並ぶときに起こる事は大抵一つだ。麻薬。だが、薬は薬だ。体の異常から解放する為の物か、心の苦しみから一瞬だけ解放するかの違いだ。最悪なことに傷ついた心を手軽に治そうとする僅かな出来心で後者を選ぶ物は少なくない。
「でも、その先は地獄。ここまで来る間にも居たでしょう? きっと貧乏人ほど騙しやすいんだろうね。私にはおじさんが居たから道を踏み外さなかっただけ、一人だったら……きっと……」
「そんな……」
惨たらしい話だ。
「だから貴方も気を付けてねって話!」
急に元気を出したストラに驚いたが、その明るさは惰眠ちゃんを思い出す。
「行く当てないんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「だったらここで暮らすなんてのはどう? あまり綺麗な場所じゃないかも知れないけど、他よりはきっといい場所よ」
そうだ、僕には暮らす場所がない。そして見聞きした限りここは虫社会だ。こんな場所で一人でやっていけるだろうか。自分の魔術が通用するかどうかなんてものはわからない。いや、通用するかどうかの問題ではない。生きるためには居場所が必要だ。サバイバルなんてしたことがないなら尚更。僕はここで生きるための術を知らない。
「それは有難い。でも……なんでストラはそこまで親切にしてくれるんだ?」
同情だけで人助けは出来ない。善意だけの人助けは余裕がある者のみに許された特権だ。余裕がない者が人助けをするときは必ず裏に打算がある。ないならそれは死を望んでいるときだけだろう。
「これを言ってしまうと君の善意に失礼かも知れないが言わせて欲しい。君のおじさんがこんな状態で僕を住まわせる余裕なんてあるの? 勿論生活の手伝いはしたい、でも僕はこの場所を何も知らないし、人付き合いも上手くない。それでも……本当に良いの?」
きっとここで暮らすなら〈レクイエム〉の魔術に奇跡、いわゆる魔法が役に立つ場所はあるだろう。だが、何しろ知識がない。赤子同然の僕のおもりをしながら生活を送っていけるのか?
「そんな話……あまりにも僕に都合が良すぎるよ」
困った時に解決策が直ぐに見つかるなんて、これは僕にあまりにも都合が良い話だ。ストラにしてみればおじさんの、世話をしながら僕という居候を家に入れるような物だ。世の中上手い話には必ず裏がある。ストラは何故そんな提案をしたんだ。
「ああ、そりゃダメ……だよね。でも、そんな貴方だから頼みたいの! もう私にには時間が無いのよ」
「時間? 何言って……」
「ゴホッ! ゴホッ!」
横になり倒れていたストラのおじさんが咳を上げて体を起こす。この咳をしているのが人であったなら相当に具合が悪いのだろう。咳の後には喉を切るようなグゥと低い音を鳴らしている。
体を起こす様子は何処か慌てているようで、細い一本の腕でなんとか体を動かそうともがいてるようだった。
「おじさん!!」
ストラは慌てておじさんの元へ駆け寄りおじさんの体を起こすのを手伝った。
「ストラ! お前まさかお前使ったのか!」
おじさんの声は枯れており、無理やりにでも声を出そうとしていることがわかった。
(使った? 使ったってなんだ? まさか薬!? いや、薬は使って無いってさっき言ってたじゃないか)
「うん、だって、おじさんの腕を売って生きていくのはもう……嫌だから……」
ストラの声は震えていた。手にも震えが現れており、彼女の涙はに一つ二つと彼女の手に落ちた。それは降り積もった雪が溶け出すような、手で掬った砂が指の間から抜け落ちていく様を見ているようなそんな涙だった。
「もう一本しかないじゃない! それを売ったらおじさんは何も出来なくなっちゃう。腕売ったら次は足? その次は……? おじさんの体を切る身にもなってよ。私がいつもどれだけ悲しいのか、辛いのか。私にはおじさんが生きていてくれなきゃダメなのだから……」
「それでもお前! ゴホッ! ゴホッ!」
さっきより強い咳がおじさんを襲った。
その時だった。
「あー。あー。お取り込み中のところ失礼、失礼」
丸々と太ったような人が現れた。
のっぺりとした顔に頭から生える長いアホ毛が一歩歩くごとに多少の上下を見せる。そして気持ちの悪い笑みを浮かべて入り口から顔を出す。体はずっしりと大きく、口がデカい。そして人の形をした二本の腕にバラの花のように黒く鋭いトゲが無数に生える。
(誰だ!? 人…………じゃないな)
意識外から現れた謎の存在に杖を強く握りしめた。
「ストラ…………知り合い?」
ストラからの返答はない。それどころか、石になったように動かない。だだ、この男を視界に入れないように避けているようにも見える。
「あー君がストラモニウムだねぇー?」
手に持つ紙の資料を見た後にストラを上から下舐め回すようにジロジロと見つめる。
「良かったねー査定の結果『S判定』だ~」
低くて鈍い声で訳のわからないことをソイツは言った。
「やった…………やったよおじさん! これでもう、お金には困らないよ!」
震える喉を押さえつけるような声をだし、少しばかりの握りこぶしを作って体を揺らす。
「ストラ! ゴホッ! ゴホッ!」
無理に声を出すおじさんの声をストラは聞き入れず丸々とした男の方へと歩み寄っていく。
訳がわからない、査定? S判定? 一体彼らは何を言っているんだ。おじさんの反応はハッキリ言って異常だ。今、彼女はとんでもないことに巻き込まれかけている。クロヌシの直感がそう言っていた
「ストラ! …………これは一体何なんだ? 何を…………するつもりなの?」
ストラはこちらを振り返ると涙袋に手を当てて涙を拭き取った。
「制度を使って査定をしてもらったの…………そしたらS判定、こんな人生でもちょっと良いことあったよ…………」
「制度? 人生? さっきから…………何の…………話?」
クロヌシは脳裏にうっすらと浮かぶ予想に心臓の鼓動を増幅させた。ドクリドクリと、波立てた血液の振動が手足まではっきりとわかる。
まるで息を止めているかのような苦しさに終止符を打つかのように、頭の中を走る不安が言葉にして現れた。
(これじゃ、まるで…………今から死にに行くみたいじゃないか…………)
頭に現れた異常といえる予想を肯定するかのように、ストラは口を動かし言葉を綴り始めた。
「ああ、そっかそりゃ知らないよね…………これは人生売却制度、お金を貰って自殺できる制度のことだよ」




