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少女ストラ・モニウム

「はっ!」

 少女が声を上げながら目を覚ました。悪夢を見ていたかのような声をあげて。だが、悪夢を見ていたにしては汗をかいておらず、服は乾いたままだった。

「あ、起きた?」

 そう声をかけられた少女は無言で警戒態勢をとった。

「あれ……人間?? 蟲者(インセクター)でもない……」

 クロヌシの顔をじっくりと見てから少女は警戒態勢を解き、自身の手足と周囲をキョロキョロと見渡してこう言った。

 

(やっぱり声まで惰眠ちゃんと全く一緒だ、ここまでの偶然は起こり得ない。それこそ奇跡(・・)でも起こらない限りは)


「惰眠ちゃん、僕のこと、わかる?」

 クロヌシの知らない単語を並べた彼女に最初に問うべき質問を投げかける。

 クロヌシの発言に少女は首をかしげ、眉をひそめた。

「は? だみん……? あなた誰?」

「一応聞くけど……からかってる?」

「何と間違えてるか知らないけど、牢獄じゃないってことは警察に私を売った訳じゃないのね」

 少女の目線は鋭くクロヌシを刺すように見つめた。

「それで何のつもり? 私がこの店から出るのでも待ってたわけ? あなたを襲ったっていうのに私を殺しもし無いし、拘束もしてないなんて何をして欲しいわけ?」


 少女の目線はいっそう鋭いものとなり、クロヌシを睨みつけた。

 明らかに疑っている目だ。

 ここでこれを言うのもどうかと思うが言わないことには始まらない。 

「僕はクロヌシ……君の仲間だよ」

 記憶を失っているとするならば、会話ができるだけまだ希望がある。だが、ここまでの会話から薄っすらと予想ができる。だが、それはあまりにも可能性が低く感じられた。

(しまった飛躍し過ぎだ。いきなりこれじゃ不審者だ。質問の答えにもなってねー)

「また救世主……」 

「救世主?」

 予想外の単語により聞き返してしまった。


「はぁ……」

 少女は頭をかき、深いため息をついた。

「どいつもこいつもクロヌシ、クロヌシ! バカの一つ覚えもいい加減にしてよ!! インペリアルにすら一度も勝ったことないのになんでわからないの? 竜王様に勝てるわけないでしょ! 私は今で満足してるの! いったいどれだけ私たちの立場を落とせば済むのよ!! 救世主の名を語ってもやることはいつも迷惑行為! もう……やめてよ……」

 彼女の言葉には感情が乗り、最初の機械的で冷たい様子とはかけ離れていた。

 (つづ)った言葉には、彼女の思いを、過去を、感情をクロヌシへ感じさせるのには十分なものだった。

「あんたらのせいで私がどれだけ……」

 言葉を連ねる彼女にクロヌシも上から言葉を重ねる。

「ちょっとまってくれ、何の話をしてるんだ?」

 少女の顔には戸惑いがあり、クロヌシを睨む視線が緩んでいた。

 少女の言うことに心当たりは全くない。だから、これだけは絶対に聞かなくてはいけない。 確かめなくてはいけない。


「まず、君の名前は?」

 基本的なことだ。けれど、最も重要なことだ。

「ストラ・モニウム……それが私の名前」

 ストラ・モニウムは迷いなく、躊躇なく断言した。

(本当に別人!? どんな確率だ)

「お願いします、どうかもう辞めて下さい……お願いします」 

 ストラ・モニウムの態度は一変し、へりくだり、自らの頭を下げた。

「申し訳ないが――」

 またしても、最後まで言えなかった。ストラ・モニウムが近寄りクロヌシの袖を引っ張り始めたのだ。

「おじさんの医療費がもう足り無いんです! これ以上……これ以上……」

「ひ、人違いだー! きっとお互い別人と間違えてる!」


 ストラ・モニウムが袖を放したため、少し後ろへとよろけた。

「え? でも…………クロヌシって」

 キョトンとした顔をクロヌシに向けた。

「僕の名前はクロヌシで合ってる」

「じゃあ――」

 ストラ・モニウムが何か言いたげであったがここは続ける。

「だけど! 君の考えてるクロヌシとはたぶん別人だ。僕はさっきこの街に来たばかりでまだ何にもしてない」 

「そう、だったの…………だから…………」 

 ストラ・モニウムの顔はうつむいていた。


「は! そうだ! 私どれくらい眠ってたの!?」

 思い出したかのように声を上げた。

 いきなり強気になったり、弱気になったり情緒が極端だ。惰眠ちゃんならと反応を考えたが惰眠ちゃんも結構やかましいタイプだったことを思い出す。

「えっと、五分? くらい……」

 伝えるより先にストラ・モニウムは表情を変えていた。

「まずい、逃げるわよ」 

 何か重要な用事かと思ったが、それ以前の問題だ。

 なんせ殺しをしているのだから、このまま同じ場所に居続けるのは危険過ぎるだろう。これが現実であるというならなおさら。

「忘れてた……」

 そうは言っても行く宛がない。

「あなたも付いて来なさい! 拒否すれば、あなたをこれで消し飛ばす! これは脅し!」

 ストラ・モニウムは服の間からチラリと結晶のような物をスラリと取り出してクロヌシに見せた。

「クリスタル?」

(確かに無理に壊せばダメージをくらうけど……でも、このクリスタルじゃ誰も殺せない気がするけど……)

 クリスタルは透き通っている方が純度が高い。だが、ストラ・モニウムの見せたクリスタルは不透明であり、明らかに純度が低かった。


「わかった、付いていくよ。聞きたいこともあるしね」

 ストラ・モニウムとの会話から彼女が惰眠ちゃんである可能性は低い。

 だが、なにか別人では無いような、そんな気がしてしまった。


 裏口からこっそりと抜け出し、クロヌシが通ったところと違う道を歩いて行く。虫達に見つからないようにこっそりと。

「えーと、ストラ・モニウムさんはあそこで何をしてたんですか? それに……これ……」

 別人だと強く意識し始めた為に口調が固くなった。

 

 ストラ・モニウムの後ろを歩くクロヌシの目は彼女が背負っている荷物を映していた。布に包まれているが、これは蚊の腕だ。さっき殺されていた蚊の腕。それをナイフで切って持ってきたのだ。 

「これは……いえ、あなたに教える必要はない」

 ストラ・モニウムがはぐらかしたせいで静寂が訪れ、二人の足音だけになった。

 何も無いってことはないだろう。一応ここの住民のようだった。でも流れている血は人の物にしてはサラサラ過ぎており水のようだった、それに鉄っぽい臭いだけで生臭いわけではなかったからだ。

 もしもそんな匂いまで付いていたら吐いていたかもしれない。

 グラスのような物が机にあったため、きっと元はグラスに入っていた液体なのだろう。

(てかよく考えたら今、犯罪者と居るんじゃないか? やっぱり逃げたほうが……いや、でも……あそこで色々触っちゃったし、指紋とかDNA鑑定とか……ここどう見ても中世だしそんなの無いか……てかまずこの体はゲームキャラのままだし……DNAとかあるのか?)

「それとあなた……えっと名前は?」

「えっ? クロヌシです……」

「殺すわよ? 本当の名前よ」


 初対面の人物の名前なんてよく忘れるから仕方がないだろう。なんて思っていたら不意を突かれた。殺すという脅し付きで。

(クロヌシは救世主の名前だなんて言ってたな……ここは本名を言うべきか? でも……今の僕は……)


「えっと……本名がクロヌシなんですよ……」

 ストラ・モニウムの顔は何処か悲しそうで目線を反らしてこう言った。

「救世主の名前を押し付けられるなんて……きっと辛い人生を送ってきたのね……さっきは色々言って悪かったわね」

 また、言った。さっきからずっと疑問だった何故僕の名前が救世主なのか。

「ストラ・モニウムさん、さっきから言ってる救世主ってなんなんですか?」

「はぁ!??」

 怒号が飛んできて顔を背けた。

 ストラ・モニウムも大声がよくないという自覚はあるらしく、次に出した声は小さくなっていた。

「よくその名前で知らず生きて来れたわね。クロヌシっていうのは童話に出てくる救世主の名前よ」

「童話?」 

 呆れた表情を浮かべつつストラ・モニウムは説明を続けた。

「大昔、大きな戦争があった。そして多くの生命が失われて虫も人も絶滅の危機にあった。そこに現れたのが救世主クロヌシ。クロヌシは雷を落とし、海を割り、空を落とした。人を救い、虫を救った英雄であり、平和の均衡が崩れたとき再び現れる。と聞いてるわ……」


 なんだか凄い大英雄として語られているなと思ったが、あまりにセルフイメージとかけ離れたことをしているため名前は同じでも全く別人だということを実感させる。

「でも……私は信じてない。救世主というなら本物が最初に来るべきよ。きっと偶像でハリボテの救世主よクロヌシは。もし居ても、怠惰で、臆病で、他人任せの何もしないクソ野郎ね」


 散々な評価だ。さっきの救世話と違いすぎてる。

 自分のことでは無いと分かっていても重なる部分があって単純に刺さる。

 加えて惰眠ちゃんの声でこれを言われるのはなお刺さる。

「あぁ……」

 でも、これだけ酷評されるのは彼女にとって迷惑な存在であることは間違いないんだろう。

「気になってたんですけど……その言い方だと偽物が出回ってるみたいに聞こえるんですが、それは……」

「そうよ、歴史上何人も。今もどうせいっぱい居るわ」

「マジか……」

 自分で言うのもあれだけど、クロヌシ……そんなにいい名前かぁ? 


「あなた本当に何も知らないのね」

「いや、実は……記憶が無くて……」

 勿論そんなことはない、だがこの場所を知るにはこれが手っ取り早くて、都合が良い。

(流石に怪しまれるかな……?)

「それでここまで何も知らないのね……なるほど……なるほどね……」

 ストラは一度斜め上を向いた後に視線を落とした。

 何か思い当たるところがあるかのように。

 するとストラの足がピタリと止まり、クロヌシも足を止める。

「ここからは目立つ行動はしないで……記憶が無いならなおさらね」


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