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永遠の安息を2


「これは……酷い状態だ……教会に持っていこうにもワシの足では移動している間に死んでしまう……」

 ストラの呼吸は酷く、足からの出血もある。

 片手のみである為ストラの拘束を解くことに時間を使ってしまう。

「急がなくては……」

 ジーンは自分の手にある杖をそっと置き、腰に付けた袋からクリスタルを取り出した。

 ストラの横にクリスタルを置いて杖に持ち替える。


______________________________



「こっそり助け出すのが最善ですけど……正直どうなるかわかりません。もしあのキリギリスと戦いになることがあれば、ストラを連れて逃げて下さい。僕が時間を稼ぎます」

 彼の申し出を断ることはできなかった。人間が蟲者(インセクター)と戦うという時点で相当の危険がある。余裕があったなら断っていた。だが、ジーン自身がエスピアと戦えば――いや、戦いにすらならないだろうということを身をもって知った。一方的な蹂躙をされて終わりだということは火を見るより明らかだった。ここは、任せる以外に選択肢は存在しない。

 

「それであれば……もし、ストラに何かあった場合は私が治療しよう。これでも、元々は神に仕えていた身だ、奇跡の一つくらい起こしてみせる」

 クロヌシは少し目線を下に落とし、少しの間、何も無い場所をキョロキョロと見た。そして、顔を上げてジーンへと視線を戻した。

「だったら……これを使って下さい」 

 クロヌシは自分の持つ杖をジーンの前に突き出した。差し出された杖は大きな木の根に見たこともないほど透明なクリスタルが包まれており、渦巻いた絵の書かれたコインのようなものが縛り付けられていた。

「これは触媒です。奇跡と魔術どっちも使えるので使って下さい」

 その瞳には活気があり、少し前まで額にあったシワは無い。だが、何が彼を突き動かしているかはわからない。

「だが、クロヌシくんは……。いや、感謝するよ」

 どうやって戦うというのだろう。神に祈って力を貰うことも簡単ではない。触媒も何も無い状態ではなおさらだ。彼は他に武器を持っているようにも見えない。はっきり言って自殺行為に近い。


「大丈夫です。勝算はあります、ある程度賭けにはなりますけどね……」

 さっきまで活気を纏っていたクロヌシの勢いが少しだけ無くなった。

「一つ、聞いてもいいかい? なぜ、そこまでしてくれるんだ?」

 そう問いかける彼の口角は少しだけ上がり、迷っているような間も無くこう言った。

「ストラさんが……僕の大好きな人にとても似ているから……ただ、それだけです。でも、今の僕には十分過ぎる理由なんです」



______________________________



「まさか、再び祈ることになろうとはな……」

 身勝手であることは百も承知だ。それでも、慈悲深い主は許してくれるのだろうか。

「主よどうか祈りをお聞き届けください……」

 クロヌシから借り受けた杖に温かい光が灯り、その光はゆっくりと緻密な円形を象っていく。魔法陣と呼ばれるものだ。

(信仰心などとっくの昔に捨てたと思っていた。神を裏切ったワシであっても……まだ、あわれみをくださるのですね)

 魔法陣が完成するとストラの傷へ温かい光が流れ込んでいった。

  

______________________________


(くっそ! 浅い。壁が割った衝撃で威力が下がっちまったのか!) 

 蹴りを入れ、男を飛ばした。エスピアだったが、余韻に浸る間もなく何かに襲われた。

「ぐあ!!」

(何だこのネバネバは!!)

 正体不明のネバネバで泡立った液体がエスピアの左半身を襲った。

「くっそ! 取れねぇ……」

 男は直ぐに体勢を立て直し、何事も無かったかのようにひょろりとしている。

「はぁ……ダメだ……杖がないと発動までの時間が長すぎる。やっぱりこういうところは都合よく変わってないか……」

 手で服に付いた汚れを払いつつ何かぶつぶつと独り言を呟いている。だがその大半はエスピアには理解できない専門用語らしきものが多い。

「てめぇ!! 何シやがった!」

「何って…ただの移動阻害魔法だよ……残念ながらダメージは無いけどね」

「魔法だのダメージだの、馬鹿げたことぬかしやがって! おとぎ話の中だけにしとけ!」

 だいたいこの質量は何処からやってきたんだ。さっきまで何も無かった筈だ。クソ……触覚にもかかって気持ちわりぃ。腕にある鼓膜にもかかって音も右しか聞こえねぇ。これが無害そうで助かったぜ。毒や酸なら危なかった。

(体は……少し鈍いが全然動く……やはり俺はラッキーだ)


「クロヌシ!! 受け取って!!」

 男の後方、役所の方向から声が聞こえてくる。声のトーンは高く、女性のものだ。役所に今日居た女性は二人だけ、一人はインペリアル直属の片割れ。奴らはもう帰ってしまった。もう一人は教会に持っていくレベルの大怪我だ、喋れるような状況ではない。だが、確実に後者の声だった。

「なに!?? 何故動ける!」

 遠目でハッキリとは見えないが、自分が潰したはずの肩の厚みが元に戻っているように見える。

 ストラは男へと向かって何かを投げた。細長く、先が太めの棒のような物。まさにそれは杖のような物を。

 

 クロヌシと、そう呼ばれた男は放物線を描くように飛んできた杖を華麗に手に取った。

「おい、おい……まさかホントに聖職者だったとはな……さっきまでのは時間稼ぎだったって訳か……」

(こりゃやべーな。遠距離は明らかに不利、かと言って近づいても殴られたら距離ができる)

「おとぎ話の救世主ってか……? バカもこじらせると困ったもんだぜ……」

 エスピアの額から一滴の汗が流れ落ちた。

「遊びは終わりだ。手加減はもう要らないな」

(手加減だと……? 遊んでたって言うのか? ……この俺で? 違う! 今考えるのはそうじゃねぇ! どの道コイツを殺さなきゃ俺に道はねぇんだ!!) 

 クロヌシが先に動いた。

〈指向音〉(バックサウンド)」 

 杖の正面に素早く直径三◯センチ程の小さな青い円が現れた。魔法陣、そう呼ばれるものだが、見たことの無い色をしていた。

 魔法陣は薙ぎ払うように杖で斬りつけられると、初めから存在しなかったように無くなった。そして杖を持つ手を右手に持ち替えた。

(なんだ!? 何をやってる!)

 一瞬、攻撃かと思い回避姿勢をとったが何も起こらない。光の槍も飛んでいない。

(このネバネバのせいで感覚鈍ってるのか? わからねぇ!) 

 クロヌシが走り出した。エスピアの方向をめがけて。

(そうか! 武器強化の奇跡か! チャンス! 距離の有利を捨てやがった! 警戒すべきは杖! 奴の攻撃をかわしてカウンターを入れてやる! こい!!!)

 エスピアはゴクリと息を呑み、杖へと警戒を向けた。

 クロヌシとエスピアとの距離が半分程度にまで縮まった。

 そのとき、クロヌシは杖をぐるりと回転させて、太い部分を下に持った。肩を引くように杖を下げると、左手は顔の前へと伸ばしている。そして、大きく左足を突き出し踏み込むと――――杖を投げた。


「は!?」

 投げ飛ばされた杖はエスピアへ当たる軌道ではなかった。エスピアの左側へ通り過ぎる軌道であり、すこぶる早い訳でも無かった。だが、一番に警戒すべき杖が槍の如く投げ飛ばされたのだ。目を奪われざる負えなかった。

 ネバネバのかかった左半身を守るように、数歩右へとよろけた――よろけてしまった。

 瞬く間に、とてつもない音圧の金属音がエスピアを襲った。

(――ッ!??)

 目眩がするほどの大きな音だった。何かが発射されたような、爆発するような音だった。

 クロヌシの来る方向から聞こえている筈だか自分からもその音が聞こえているような錯覚に陥る。

(なんだ!? まずい! とにかくまずい!)

 とっさに防御姿勢をとった。後ろへのバックジャンプ。

 そして敵の方へ意識を向けるとそこには地面に落ちる杖と、奥には崩れかけの青い魔方陣その二つだけだった。

(杖? 奴はどこだ!?)

 エスピアの頭にふと、ある可能性が浮かんだ。


(まさか!!)

 空中でありながら、後ろを向くために首をネジり後ろをろうとした矢先、かかとが何かに引っ掛かり――いや、蹴りつけられて背中から倒れ込む。

「│黒杭ブラックスパイク

 何かを唱える声が聞こえた。そして、その男の姿がエスピアの目に映った。

(大丈夫だ! 奴の攻撃手段は拳だけ! それさえ……)

 しかし、何かが違った。男は細長い何かを手にもっていた。まるで杭ような何かを。

 振りかぶると、それは黒く、青白く輝く月へと乗りその黒さを強調した。

 ドスンと鈍い音が響く。

 杭はエスピアの厚い胸部を貫き、深く地面へ突き刺さる。

 エスピアの口からは赤い血液がドッと溢れ出し、こぼれ出す。体を動かそうとも、出所の分からない痺れが体の制御を奪っていた。かろうじて動かすことのできたのは口だけだった。

「杖が攻撃手段じゃ……ねぇのかよ……」

「杖で殴る訳ないじゃん、触媒なんだから」 

 そう言うと男は痺れて動けないエスピアの手首を手の甲側から踏みつけた。エスピアの肩が少しだけ浮き、その状態で固定される。クロヌシが杭へと手をかざすと、直径一メートル程度の黄金の魔方陣がそこへ現れた。

(聖職者の癖に、騙し手ばっか使いやがって……クソが……そりゃあ、あまりにも)

「けっ……邪道もいいとこだぜ」

 弱々しく舐めるような声に男からは独り言のような声が口から漏れた。

「知ってるよ。そんなこと」

 静かな夜の森を照らすようにある温かい光が一瞬強く輝くと、ズドンという地響きが静かな森を駆け巡る。

 そして森はようやく元の静けさを取り戻すのだった。



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