ふむ、自由か。
やあ、諸君。私だ。怪人アンサーだ。知識探求は順調だが、前回の知識探求における若干の消化不良感は否めない。不明瞭ということが分かったのは素晴らしいことだが、結局正体に関してなどの詳細情報は得られなかったからな。それに、折角凶暴な奴に挑もうと思ったにも関わらず、彼もしくは彼女は平和的。肩透かしを食った気分だった。
ということで、今回はもっと凶暴性に関して期待できる奴に会おうと、某県某市のとある街中のゴミ捨て場近くに来た。私の今回の探求対象はゴミ捨て場から始まる一連の話に関わるという少々面白い特徴を持っている。まあ、だからといってこのゴミ捨て場に出現するかと言われればそれは分からないが、無駄足を踏むことも知識探求においては決して無意味ではない。ということで、第4回の対象者は『メリーさん』だ。
※ ※ ※
メリーさんは人形の怪異だ。とある少女が引っ越しの際、メリーと名付けられた古い西洋人形をやむを得ず捨てたところから話が始まる。メリーさんはその少女を恨み、その日の夜にさとるくんの如く電話を掛けながらどんどん少女に近付いていくのだ。
「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場の前にいるの。」
「私、メリーさん。今、コンビニの前にいるの。」
「私、メリーさん。今、あなたの家の前にいるの。」
そしてとうとう家の前についた段階で、元メリーさんの持ち主である少女は恐怖に耐えきれず電話線を抜きドアを開けるが、そこには誰もいない。ホッと息を吐いたところで電話が鳴り、それに出ると、
「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの。」
と言われ、話は終わる。余韻を残す定番の終わり方だが、私はこれが気に食わない。そこまでしたのならば少女をどうしたのか。始末したのか、あるいは仲直りしたのか、それとも仲直りをしたふりをして寝首を掻く機会を伺ったのか。このあたりのことをぜひとも当人に聞いてみたいところだ。尚、メリーさんはとてもサディスティックな性格の持ち主である。近寄るさまを連絡して恐怖度をどんどん上昇させ、最後には後ろに回り込む。この性格をサディスティックと言わずしてなんというのか。また、ドジっ子とかツンデレなどの情報もあるが、これはあまり信用ならない。
「まあ、今回は秘密兵器も持って来ているからな。しばらく待っても気配がなかったら、使うとしようか。」
私はゴミ捨て場を眺めながら、しばらく待機した。
※ ※ ※
「やはり、そう簡単には出ない、か。」
3時間ほどその場で待機したが、動き出す人形などは見られなかった。ということで、私は秘密兵器を取り出す。それは、古い西洋人形だ。
「よし、君の名前はメリーだ。そして、残念ながら君を引っ越し先に連れていくことはできない。」
私は人形に話しかけると、その人形をゴミ捨て場に安置した。近くには携帯電話も1つ。
「あとは夜になるのを待つだけだ。」
マッチポンプではあるが、メリーさんを出現させる為には致し方ない。また、私が近くにいるとあの人形がメリーさん化しない可能性もある為、しばらく離れる必要がある。少しばかり面倒ではあるが、これも知識探求の為。もたついている暇も愚痴をこぼしている暇も四の五の言っている暇もない。私はさっさとその場から離れ、双眼鏡で人形を視認できるギリギリの位置からゴミ捨て場を観察することにした。
※ ※ ※
「残念、外れだ。では、今から行く。」
ゴミ捨て場がギリギリ見える位置で待機し始めてからしばらく経過した。その間に知識が欲しい者が2人電話を掛けてきたので、それぞれ真摯に対応しながらも鬼畜な最終質問を投げかけ、体の一部を回収して時間を潰していたが、なかなか日が暮れない。これは完全にミス、どうせなら日の短い冬にやればよかったと思うが、もはや後の祭りだ。
――プルルルル、プルルルル
おや、また電話だ。また知識を求めるものか、と思って電話に出ると、
『いくら私と会いたいからって、何の罪もないお人形さんを捨てるのは感心しないわね。』
と女性の声がした。慌てて双眼鏡でゴミ捨て場を見ると、私が安置した西洋人形に黒い靄が纏わりついている。そしてその手には、携帯電話が握られていた。
「その人形は捨てた訳ではなく、メリーという名前を付け、もし私が引っ越しした場合は連れていけないということを説明し、ゴミ捨て場に安置しただけだ。そんなことより、まだ日は暮れていないぞ。出てきていいのか?」
『いつ出るかは私の勝手よ。私を都市伝説たらしめている根幹は『電話を掛けながら近付く』っていう設定なんだから。』
「それは私の甥と同じだな。」
話しながらも私はゴミ捨て場の人形を双眼鏡越しに凝視し、その一挙手一投足までもを見逃さないように注意する。人形は少し歩くと、
『私、メリーさん。今、ゴミ捨て場の前にいるの。』
とお決まりの台詞。
「見えている。それ以外に言うことはないのか?」
『こう言うのが私に定めれらた役割なんだから付き合ってよ。』
「付き合ってもそちらの三言目が完全に無駄になるからお断りだ。無駄もまた知識を得る上での要素にはなりえる。だが、君が私の家の前に行ったところで私は外出中だから、完全に無駄だ。君だってわざわざ私の家の前まで行って、そこから私の後ろに来るのにどれだけ時間がかかることか……人形の足で夜が明ける前までに戻ってくるのは難しいだろう。」
『だったら……』
「先に言うぞ。私は君に会って知識を深めることが目的だが、だからといって君の都合に付き合う気もない。君が私の家の前に行こうが行くまいが、私は君の移動に合わせて移動したりはしないからな。そもそも、その携帯電話を媒体とし、それを介して君を今すぐ目の前に持ってくることだって、私には容易いのだから。」
私の対応にゴミ捨て場前の西洋人形は肩を落とした。しかし、すぐに元の姿勢に戻ると、こちらに歩いて近付いてくる。人形の足なので遅いことこの上ないし、相当な距離離れているからその分時間がかかりそうだ。見ていてイライラするが、ここは我慢すべきだろう。
『私、メリーさん。今……ええっと、電信柱の前にいるの。』
「無理に状況を報告しなくてもいい。そんなことを言って無駄に体力を消耗している暇があるなら、さっさとこっちまで歩いて来てほしいものだ。」
『そう思うなら迎えに来てくれたっていいんじゃないの? 見えてるんでしょう?』
「自らの設定を守れ。最初に『電話を掛けながら近付くのが自らを都市伝説たらしめる根幹』などと豪語した以上、途中経過はさておきその設定を否定するべきではないだろう。」
『むううー……ケチ!』
「ケチで結構だ。知識探求の為ならいくら罵倒されようとも痛くも痒くもない。」
『くううー……アホ! バカ! 鈍感! 人でなし!』
「実質人ではないから人でなしというのはただの真実だ。もう少し捻りの効いた罵倒くらいできないのかね。」
『マヌケ! ノータリン!』
単純な言葉を並べて罵倒するメリーさん。完全に駄々っ子だ。メリーさんは暫く単語で私を罵倒し続けたが、その全てを柳に風と受け流す。すると、もう言葉が思いつかなくなったのか、無駄だと悟ったのか、それとも単に疲れたのかは分からないが、彼女は罵るのを止め、素直にこちらに向かってきた。そして、私の後ろに回り込むと、
『……私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの。』
と締めの台詞。これでようやく本題に入ることができる。
「もう言葉が聞こえる距離だから電話を使う必要はないぞ。その携帯電話は君の身体に対して大きすぎるだろう。」
「じゃあ、お言葉に甘えるわ。」
後ろからガラケーを畳む音が聞こえる。私はそれを後ろを向かないように注意しつつ回収。メリーさんがいる段階で後ろを向くのも禁忌に当たるからな。
「それはそうと、全知全能たる怪人アンサーともあろう御方が人形が動くだけ、っていうテンプレ且つありふれた怪異である私を呼び出した理由は何かしら?」
「最初に行ったとおり、知識探求だ。君の特徴として、【ストーリーがある】という点があるだろう? だが、あんな中途半端なところで終わられてしまっては消化不良も甚だしい。ということで、その後の展開を君に聞きたいのさ。」
「あー、つまりアンサーさんは私が私の捨て主をどうしたか聞きたい、ってことでいい?」
「その通りだ。」
「アンサーさんはちゃんと私のこと調査してる? その続きが存在する話だってあるじゃない。あの子が後ろを振り向いて私に始末された、って続きがあるものもあるでしょ?」
「あれは続きが後で付け加えられただけだ。それでいいならこんなしち面倒臭い行為をしてまで君を呼び出したりしない。私はあの話の続きを君の口から聞きたいのだよ。」
これは本心だ。そもそも前回の探求対象であったくねくねでも私を待たせるのは2時間ほどだった。だが、今回は5時間も待たされたのだ。さらに近付いてくるのも異様に遅く、ほとんど聞き流していたが罵倒もされた。これはもう、あの話の続きをを何としても語ってもらわなければ気が済まない。「いつ出るか分からない都市伝説を選んでるおじさんが悪いんじゃない?」とどこからか聞こえたさとるくんの声は無視する。
「私の口から、ねえ……そんなこと言われても、私はあの後別に何もしてないから、あまり言えることはないわよ。」
「ほう? 始末するでも仲直りするでもなく、か?」
「ええ。あの子が私を捨てる理由が私を嫌いになったとか古くなったからとかじゃなくて仕方なく、っていうのは分かってたし、別に何か手を下す必要はないかな、って感じたのよ。捨てられたときはあの子を恨んだけど、それでも燃やされたりするよりはマシだわ。怯えたあの子を見たら溜飲も下がったし、姿を見られる前にさっさと退散。もうあの子の持ち物じゃないから、いつまでもあの子の家に留まるのは迷惑だろうしね。」
「成程、呪いの人形にしては良識派だな。はっきり言って、サクッと始末するか、そうでなくても形式上の仲直りだけして寝てるところを襲ってその死体を眺めながらほくそ笑むような輩かと期待していたのだが……」
「私のイメージが下がるような期待を勝手に寄せないで欲しいんだけど? 折角壁に埋まったりオートロックが開けられなかったり、いろんな演出してドジっ子とかツンデレとかいろいろ属性つけて努力して、やっと最近「実は可愛いのでは?」とか思ってもらえるようになったんだから。」
メリーさんは露骨に不機嫌そうな声を出した。ドジっ子やらツンデレやらといった彼女が自分で無理やり付け足した属性はあるようだが、実際はそこまで天然でも馬鹿でもないようだ。
「君は今でも可愛いと思ってもらいたいのか?」
「当たり前じゃない。それが人形の本分だもの。私は呪いの人形だけど、それ以前にただのメリーっていう人形なのよ。」
「ならば、主が欲しいかね?」
「それはどっちでもいいわ。また捨てられるかもしれない、っていうのは常に不安としてあるし、ここまで悪名が広まった私を拾ってくれる人もいないでしょう。」
「私ならそのくらいは構わないがな。」
「アンサーさんが持ち主になるのだけは願い下げ。そんなことになったら絶対徹底的に私のこと調べ倒すでしょ。それこそ解剖でも何でもして。」
「失礼な。せいぜいかくれんぼに付き合ってもらうくらいだ。」
「あのおぞましい降霊かくれんぼに使われたら最後には燃やされるじゃない! やっぱりアンサーさんに拾われるのだけは絶対に嫌ね。」
「だが、君が嫌でも君が今取り憑いているその人形は私の物だぞ。捨てたのではなくゴミ捨て場に安置しただけだからな。」
「私の本体はこのお人形さんじゃなくて黒い靄の方だからね? 先に言っておくけど、このまま拾って移動を制限したりしないで。お願いだから。」
「ならば、最後に1つ質問させてもらおう。これに答えてくれれば無闇に手出しはしない。」
「何?」
「君は、君のストーリーに更なる結末が付く場合、どんなものを望む?」
「……正直、どうでもいいわね。私があの子を始末するのでも、仲直りするのでも、何なら返り討ちにされるのでも。私のストーリー自体はあの子の後ろで完結しているから、その後はどうしようと考える人の自由よ。どうなったって既に完結している私には益も害もないし。じゃあ、私はこれで失礼するわ!」
その声と共に私の背後にあった気配は急速に薄まり、消え去った。私は溜息を1つつくと、私の後ろで動かなくなった西洋人形を拾い上げた。
「まあ、結局よく分からなかったが、無収穫ではないから良しとするか。」
……メリーさんの結末は【自由】だ。
都市伝説ファイル
No.007 【メリーさん】
禁忌:人形を捨てる
捨てられた人形が捨て主を恨むことによって変化する、呪いの西洋人形。夜に電話を掛けながら捨て主に近付き、捨て主にドアを開けるように仕向けてドアが開いた瞬間後ろに回り込む。都市伝説ではおなじみの「電話を使用する」行為を最初に行った存在。あらゆる場所に電話することができ、固定電話、携帯電話はもとより公衆電話、電話線が抜かれている電話、圏外で電波が届かないはずの電話にすら電話を掛けてくる。固有のストーリーがあり、捨て主に対し「あなたの後ろにいるの。」と言った段階で終わるのが本来のストーリーだが、その後に捨て主を始末した、捨て主と仲直りした、捨て主が壁を後ろにして座っていたため壁に埋まってしまいそのまま消滅した、などの様々なオチがつけられている。