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ほお、不明瞭だな。

 やあ、諸君。私だ。怪人アンサーだ。私の知識探求も場数を踏んできたので、そろそろ少しばかり凶暴な奴にも会いに行こうかと思って、某県某市のとある田んぼの近くまできた。諸君は『さとるくん』や『口裂け女』みたいに比較的温和な奴らの情報の方が知りたいかもしれないが、まあ、今の私の探求対象ではないから我慢してくれたまえ。

 今回の相手は完全に正体不明の輩だ。私とて全容はおろか、その情報の一端すら掴めていない。しかし、この全知全能たる私にある程度の苦労をさせても正体をばれさせないとなったら、これはもう知的好奇心及び探求心の疼きは止められない。ということで、第3回の対象者は『くねくね』だ。


              ※  ※  ※


 さて、まずはくねくねの捜索から始めなければならない。くねくねは普通に生活しているだけではまず発見できない上、さとるくんや私のように呼び出す儀式がある訳でもなければ、口裂け女のようにこちらに声をかけてくれる訳でもない。ついでに言語や言語らしきものを発するかどうかも分からず、さらに言えば凝視さえできない。どうせすぐに分かることだから暴露するが、くねくねの正体を知ったものは発狂してしまうのだ。まあ、私は怪人アンサー、即ち人間ではないので発狂することはないだろう。だが、進んで禁忌を犯す気もない。ということで、今回は助っ人を呼んでみた。


「そういう訳で、僕を連れてきた、っていうこと?」

「そうだ。私はくねくねの近くに寄ることはできないし、もし発音機能を搭載していないタイプの都市伝説だった場合、私の知識探求に支障をきたすだろう? それは私にとっても、この場の提供者にとっても、また情報の発信先にとっても不愉快な事象だからな。」

「相変わらずおじさんは都市伝説の禁忌に対して頑固だよね。心を読ませるなら僕じゃなくたっていいと思うんだけど。」

「10円で呼び出せる甥っ子が心を読めるのだから、利用しない手はないさ。」


 助っ人というのはさとるくんだ。さとるくんはさとりという妖怪でもあり、視界に入ったものの心を寸分たがわず読み取ることができる。仮にくねくねが発音機能を搭載していなくとも、さとるくんがいれば万事解決だ。くねくねが出現し次第、私が質問してその瞬間にさとるくんに心を読んでもらえばいい。その間私はくねくねとさとるくんの両者を視界に入れてはならないという条件があるが、その程度どうってことはない。


「で、くねくねが出現するまでずっとここで待機するの? とんでもなく暇じゃない? 今日出るかは分からないんだし。」

「そのうち出るさ。それに、焦っても良質な知識が得られるとは限らない。じっくり待って得た知識の方が達成感を得られるというものさ。」

「そういうものかなぁ……僕はおじさんみたいに知識欲がある訳じゃないし、わざわざ僕を呼び出してまで都市伝説情報聞きたがるような奇特な人もいないだろうから、サクッと済ませたいんだけど。」


 私と同じような性質を持っているが、さとるくんは面倒なことや無駄なことが嫌いだ。私は知識に磨きをかけるという目的の為ならば手段が面倒だろうが無駄だろうが構わないのだが、さとるくんはそうはいかない。答えが分かっている質問をされるのは無駄だからと言って怒ってしまうし、そもそも呼び出されることも嫌いだからな。


「こんな暑い中ずっと待機とか勘弁してほしいんだけど……」

「どうせそのうち出てくるさ。」


 私はさとるくんを宥めすかしながら、くねくねの出現を待った。


              ※  ※  ※


「ん?」


 2時間ほど暇をつぶしながら待っていると、突然風が吹いた。涼やかなものではなく、どこか生温かい、それでいて肌に纏わりつくような、気味の悪いものだ。


「やっと前兆が出たな。さとるくん、そろそろ出るぞ。」


 さとるくんに周囲を見るように促し、私も田んぼに目を向ける。すると、かなり遠くの方に白いナニカが見えた。洗濯物を着た案山子が動いているような感じだな。


「やっとお出まし? どうせ出るならもっと早く出てくれたっていいのにさ……」


 ブツブツ言いながらもさとるくんはくねくねの心を読もうとした。しかし……


「あれ、おかしいな。もう一回……あれ、やっぱりできない。」

「どうした? 心が読めないのか?」

「うーん、読めないって言うと語弊があるかな。正確に言うなら、読めてはいるんだけど、何も感じ取れない。つまり、あの生物かすらよく分からない物体は何も考えていないんだよ。」

「ふむ……だが生物は何も考えずに動くことはできないはずだぞ。」

「でも、心を読むこと自体は成功しているし、くねくねが生き物ってことは確定って考えていいと思うよ。けど……」


 さとるくんは釈然としないようだ。それは私も同様。さとるくんに心を読めない訳がないのだ。火種が爆ぜるだの暴風が吹いて枝が揺れるだのといった物理法則や自然現象の予測はできないが、心を読むことにかけてはさとるくんの右に出るものなどほとんどいないと思っていいのだから。


「……あ、読めてきた。『ああ、こちらに視線を感じる……』だって。あとは、『……らを……て……けな……をそ……て……わなけ……ば……』途切れ途切れでよく分からないな。」

「少し距離が遠すぎるか?」

「それもあるかも。いつも心を読むときはその人の後ろにいるからね。」

「こういう時は我々が人間でないというのは良い方に働くな。万が一くねくねの正体を知っても発狂せずに済む。」

「そうだね。じゃあ、もうちょっと近くに行こう。この生ぬるい雰囲気、気持ち悪いし。」


 さとるくんと共にくねくねの居る方へ歩を進めるが、幸いくねくねは逃げるような素振りを見せることなく、未だに踊り狂っている。改めて見ると、新種の案山子のようにも見える。


「『ああ、なぜ近付いてくるのだろう……私を見てはならない……何とか警告をしなければ……』だって。正体を知ったものは発狂する、っていう自らを都市伝説たらしめる根幹は理解してるみたいだよ。」

「しかし、その心の声から察すると、くねくねは自ら進んで人を発狂させたい訳ではないようだな。私のように性根が腐ってねじ曲がっていて、人を狂わせることを楽しんで下卑た笑いを零すような奴を想像していたから、少し意外だな。」

「なんでそんな奴だと思ってるのさ……そもそも正体さえ知らなければただ変な動きしてるだけの無害な物体だよね。いや、思考があるから生物なんだろうけど。」

「問答無用で発狂させる時点でかなり危険だ。質問に答えられれば危害を加えない私や、後ろを向かなければ無害なさとるくんより遥かに危ないだろう。特に直近で出現されたりしたら……」

「その論理で行くと一番危険なの、ダントツでおじさんだけどね。1万5000秒後とか、10秒で分かる訳ないじゃん。そもそもおじさんの質問なんて、大体答えさせる気がないんだから。……あ、またなんか考えてる……えっと、『ああ、言い争っている……このままどこかへ行ってくれないだろうか……』だって。やっぱり自分の正体を僕たちが知ってしまうのが怖いのかもね。」

「まあ、ここでどれだけ話しても推測の域を出ないな。思い切って話しかけてみるか。さとるくんは彼もしくは彼女の心を読んで通訳してくれたまえ。」


 私は決心すると、努めてくねくねの方を見ないようにしながら話しかけた。


「私は怪人アンサー。人間ではないから君の正体を知っても発狂することはない。安心したまえ。こちらのさとるくんも同じく人間ではない。」

「『怪人アンサー……あの全知全能の存在として有名な……』」

「おお、私のことを知っているのならば都合がいい。少しばかり君に聞きたいことがあってね。」

「『私が答えられなくとも、電話を通していないから私の身体を奪うことはできないが……』」

「私は君の体の一部が欲しいのではない。単純にくねくねに関する知識を探求したいだけなのだよ。」

「『それならば……』」

「よし、では聞こう。君はよく踊っているそうだが、ダンスが好きなのかい?」

「『これをすべきと思うからしている。特に好きとか嫌いとか、そういったことは考えていない。』」

「ふむ。では次だ。君は発声器官やそれに類する某かの器官を持っているかね?」

「『それは私にも分からない。だが恐らくはないだろう。あったら私の正体を人間が知る前にこちらを見るなと警告している。』」

「ということは、君は自ら進んで人間に危害を加える気はない、とそういう解釈で違いないか?」

「『無論。』」


 くねくねのこの答えに私は少々落胆した。折角こんな辺鄙な田舎町まで来て何時間も待ってようやく出てきた凶暴な奴だと思ったら、まさかこんなに平和的だったとは……


「そもそも正体不明のくねくねなんか探求対象に選ぶからこうなるんだよ。もっと凶暴性はっきりしてる都市伝説なんかいっぱいあるんだから、凶暴なのに会いたいならそっち調べればいいのに。」

「サラッと私の心まで読んで回答するのはやめてくれないか?」


 私はさとるくんに一応の注意をすると、くねくねに質問を続ける。


「くねくねよ、君は正体を知られたくないのか?」

「『発狂されないのなら正体を知られるくらい、構わない。』」

「では発狂しない私が問おう。くねくねよ、君の正体は何なんだ?」

「『……怪人アンサー氏に問われてこう答えるのは申し訳ないが、それは私にも分からない。私には何も分からないのだ。私がなぜ踊るのか、私の正体を知ったものがなぜ発狂するのか、私は何者なのか、全て不明なのだ。あらゆる知識を持つ怪人アンサー氏には分からない悩みだろうが……』」


 くねくねは苦悶するように一層激しく踊り狂い始めた。しかし、何もかも不明、それは……


「素晴らしい。」

「『皮肉か、それとも同情か?』」

「どちらでもない。単純な称賛さ。だってそうだろう? 君は『自分が何も分かっていない』ということを『理解している』のだから。かのソクラテスも言った『無知の知』を君は持っている。それは素晴らしい事ではないかね? 全知全能であるが故、私は『無知の知』を得ることができない。君が羨ましいよ。」

「『羨ましい、か。まさか何も分かっていない私を羨ましがって貰えるとは……気分がすっきりした。すまない、アンサー氏。あなたの質問には何も正確な答えを返せていないというのに、私の悩んでいた最大の問題を解決して頂いて……』」

「いや、構わんさ。こちらとしても十分な知識の収穫があった。邪魔をして悪かったな。好きなだけ踊ってくれ。縁があったら、また会おう。」


 私はそう言い残すと、くねくねに背を向けた。


              ※  ※  ※


「結局、僕が来た意味って通訳だったんだね。」

「始めにそう言っただろう。さとるくんがいなければ何の知識も得られなかったのだから、感謝しているよ。」

「感謝するなら、報酬は弾んでほしいんだけど。」

「それはできない相談だ。さとるくんは【10円で呼び出せる】という存在だからな。」

「はあ……まあいいけどさ。でも結局、くねくねについて深いことは何も分からなかったじゃん。それでいいの?」

「何を言っているんだね、さとるくん。素晴らしい事が分かったじゃないか。」


 くねくねはあるゆる点について、【不明瞭】だ。

都市伝説ファイル


No.006 【くねくね】

禁忌:正体を知る

 田んぼや畑に出現する、完全に正体不明の存在。白くて細長いものがくねくねと動いているように見えることから「くねくね」と名が付いた。2002年頃から存在が噂されるようになった。遠くから見ている分には何の問題もないが、望遠鏡や双眼鏡で拡大視したり、近寄って見たりすることによってくねくねの正体を知ってしまった場合、正体を知った者は発狂する。出現の前兆として生温かい風が吹くことが特徴として挙げられるが、それ以外は一切不明。

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