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はあ、お綺麗なことだ。

 やあ、諸君。私だ。怪人アンサーだ。私は今、三軒茶屋に来ている。ここでとある都市伝説と待ち合わせをしているのだ。はっきり言ってこの都市伝説はあまり得意ではないのだが、今回はそちらから会いたいと言われてしまったのでな。彼女の話によると、「初の純日本産都市伝説である自分に声をかけないのはいかがなものか云々」とのことだったが……何を言っているかよく意味が分からなかった。ここは都市伝説を紹介する場ではなく、私の知識探求の為に作られた場なのだ。いくら同種の大先輩(自称)でも、私の探求対象に入っていなかったのだから、自重して欲しい。

 まあ、とはいえ完全に興味がないわけではないし、いずれは会いに行く予定だったから予定が早まっただけだと考えておこう。ということで、第2回の対象者は『口裂け女』だ。


              ※  ※  ※


 口裂け女から指定された待ち合わせ場所は三軒茶屋駅前。こんな真昼間から人目に着くところに出てきて大丈夫なのか少し不安になるが、ここを指定したのは彼女の方なので例え彼女の正体がバレようがどうなろうが私の知ったことではないな。


「……しかし、遅いな。呼び出しておいて遅刻するなど言語道断だ。」


 彼女から指定された時間からもう30分も経っている。私は1時間前から待っているというのに、来ないというのは失礼極まりないのではないだろうか。


「ま、そうカッカしねえで下せえ。姐さんもそろそろ来ると思うんで。」


 突然背後から声をかけられた。そちらに振り向くと、そこにいたのは人の顔をした犬。


「君から話しかけるとは珍しいな、人面犬。だがこれでも私は多忙な身でね、ペットの戯言に付き合っている暇はないのだよ。放っておいてくれ。」

「ほっといてくれ、は俺の台詞ですぜ、怪人アンサーの兄貴。」

「私は君の兄貴になった覚えはない。そんなことを言っている暇があるなら、約束を守れない飼い主を連れてきてくれ。」

「生憎と、姐さん御用達の巨大マスクとべっこう飴を切らしてましてね。それを購入してから行くから、俺に間を繋いどいてくれ、と。」


 成程、遅刻が避けられないと分かって、一応は都市伝説の範疇に入るこいつに伝言と対応を任せたのか。だが、いくら高速で走れる人面犬でも岐阜からここまでは時間がかかっただろうに。動物愛護団体に訴えられても文句を言えないレベルだ。


「ってことで、場を繋ぎたいんですが、何かありません? アンサーの兄貴。」

「私は兄貴ではない。それに君のことで知らないことも残念ながらないのでね。私から君に言うことはない。」

「この場を繋がねえと俺が怒られるんすけど……」

「文句なら君の飼い主に言いたまえ。私はそもそも君の飼い主に会いに来たのであって、君が来ることは想定外なのだから。」


 人面犬について全く興味関心がないと言えばそれは嘘になるが、それでも人面犬について知らないことなどほぼ無いということは純然たる事実である。


「ところでアンサーの兄貴、ポマードをつけてます?」

「口裂け女に会うのにポマードをつけるバカがどこにいる。ふざけるのも大概にしておくのが身の為だぞ。犬の身体を奪うことはできないとタカを括っているのかもしれないが、首から上は人間と同じであるお前から1つ部位をもぎ取ることくらい朝飯前だ。目でも鼻でも耳でも口でも、頭部全体でもな。私に舐めた口をきいたことに対するペナルティとして、ここでやってもいいんだぞ?」


 私が怒気を発しながら携帯電話を取り出しディスプレイを人面犬に向けると、奴はぶるっと身を震わせた。どうやら怯えているようだ。それを見て私の溜飲が少し下がる。と、その時。


「ねえ、私、綺麗?」


 お決まりの台詞が背後から聞こえた。振り向くと、そこにはこの暑い季節であるにも関わらず赤いコートにパンタロン、そしてバカでかいマスクをつけた長身の女が1人。


「君の外見は普通だ。」

「なあんだ、つまんないの。『綺麗』って言ったところで、私がアンサーさんを殺す訳ないんだから言ってくれたって良いのに。」


 そう言いながら女性は少しマスクを外す。その口は耳まで裂けていた。


「わざわざこんなところまで来てくれてありがとう、アンサーさん。」

「君こそ、岐阜からこんなところまで、よくバレずに来れたものだな。この季節にそんなクソ暑い格好をしていたら、変人と思われて職務質問されてもおかしくないだろう。」

「愛車に乗ってきたから問題ないわ。やっぱり外出は赤いセリ○に限るわね。」


 口裂け女は鎌を取り出し、くるくると回している。どこぞの大道芸人のようだ。


「そんなことよりアンサーさん、本当のところどうなの? 私は綺麗? 綺麗じゃない?」

「先に言っておくぞ。私は社交辞令は使わない。そして君の外見は、普通だ。それ以上ではないが、それ以下でもない。」

「……アンサーさん、この鎌が見えていないの? 今すぐ首を刈り取ることもできるのよ?」


 口裂け女が鎌を構える。だが、私の能力を知った上でそんなことを言っているのだろうか? 


「その前に君の頭部以外全ての部位をもぎ取ることだって、私には容易い。どちらが早いか、試してみるか?」


 私は口裂け女から距離を取ると、彼女にスマートフォンのディスプレイを向け、そう告げる。一触即発の状況。と、そこで、


「姐さん、落ち着いて下せえ。ほら、べっこう飴ですぜ。」


 と人面犬が割り込んできた。スーパーの袋を背中に乗せている。その中には彼女の大好物であるべっこう飴が入っていた。彼女は鎌をしまうと、ニコニコしながらべっこう飴を口に放り込む。


「……今回は不問にするけど、次言ったら容赦しないからね。」

「はいはい、綺麗なことだ。」


 私は嫌味っぽく言ってみるが、口裂け女はどこ吹く風。べっこう飴がある場合、彼女の前にある事象の全ては塵芥にも劣る存在へと昇華されてしまうのだ。これが私が彼女をあまり得意としない理由でもある。ペースを崩されかねないからな。


「さて、それはそうと口裂け女。君は私に何か聞きたいことでもあるのではないか?」

「そうね。ないって訳じゃないわ。最近、都市伝説界のセンターアイドルたる私の知名度が下がってるような気がして……その理由、アンサーさんなら知っているんじゃないかと思って。」


 成程、存外まともなことだ。確かに口裂け女という名前自体は相当有名だが、それ以外の情報はイマイチ知られていないな。


「問われたならば答えよう。私にも詳しい理由は分からないが、都市伝説ブームそのものが下火になってきているのが原因の1つだと考えられる。どうやら、もう都市伝説は時代遅れのものになってきているようだ。そのうちブームが再燃しないとは言い切れないが。」

「原因の1つ、ってことは他にも考えられるの?」

「ああ。単純に君のインパクトが薄いことが原因だろう。初めての超常現象的な事物であり、対抗馬が皆無だった頃は口が裂けていて鎌を持って追いかけ回す、というだけで恐怖を与え、人目を惹くことができた。だが、今は君よりずっとオカルティックで理解不能な都市伝説がバンバン量産されている。そいつらに比べたら君など所詮、整形手術に失敗したショタコン女としか見られないのだよ。」


 さすがにこれは言い過ぎかもしれないが、実際私を含む現代の都市伝説と比べたら、1978年産出の口裂け女のインパクトは薄いだろう。


「言い方キツくない?」

「私は質問者がどんなに愚かで無知で蒙昧で無教養であっても、嘘を吐いたり間違った回答をすることはない。君の耳にはキツいかもしれないが、これもまた事実の一端だろう。受け入れるがいいさ。」

「……もの凄く失礼なことを言われた気がするけど、まあいいわ。じゃあ、もう1つ質問。都市伝説は人に信じてもらえないと存在意義が薄れていって、いずれは消えてしまうわ。どうにかして普及させる方法はないかしら?」


 この質問に私は呆れた。今私たちがしているこの行動こそが普及活動にもなると理解していないとは……思わず可哀想な人を見る目になってしまう。


「ハア、問われたならば答えよう。私が知識探求すること、それが普及させる道の1つだな。」

「何でアンサーさんの知識欲を満たすことが都市伝説の普及になるのよ?」

「私はとある人物からこの場を借りて知識を探求しているのだよ。故に、私はその人物に私たちの会話内容などを我々の常識が及ばない埒外から観察する許可を代償として支払っている。」

「だから何?」

「この場を提供した人物は、我々のやり取りを多方面へ発信する、と言っていた。つまり、私が知識欲に従って都市伝説の探求をすればするだけ、都市伝説の普及になるのさ。」


 正直、この場を提供した人物の情報発信能力にそこまで過分な期待は寄せていないが、それでもさとるくんのことはそれなりの人数が理解してくれただろう。つまり、これを繰り返せば繰り返すだけ、都市伝説を広めることが可能となるのではないだろうか。


「……何か釈然としないんだけど。」

「ならば昔と同じように、岐阜県の小学生を襲う化け物として認知度を上げればいいじゃないか。君なら防犯ブザーを鳴らされたって余裕で逃げ切れるだろう?」

「それが一番嫌なのよ! 何で都市伝説界を牽引してきたこの私が不審者扱いを……」

「実際不審者なのだ、仕方ないと受け入れろ。それと、もう質問がないなら代償は取らないから岐阜に帰ってくれ。」

「え……って、もうこんな時間? ヤバい、これから三鷹に行って、それから家に帰って鎌の手入れしないといけないのに……じゃあ、私帰る! また今度、機会があったら会いましょう、アンサーさん!」


 口裂け女はそう言うや否や、猛ダッシュして消えていった。


「また俺は置いてきぼりっすね。まあ、慣れてるんすけど。セ○カに追いつくのは大変っすよ……」

「それはもう、頑張れとしか言えないな。高速で走れる自分の身体能力の高さを恨め。」


 私がそう声をかけると、人面犬はハアと一度溜息を吐き、


「ま、それもそうっすね。んじゃ、自分もこれで。姐さんの我が儘に付き合ってくれてあざっした。」


 と軽く頭を下げると猛スピードで口裂け女が消えていった方向へと去っていった。


「今回は体よく使われたような気がするが、まあいい。得られた知識がないわけではないからな。」


 私は、最後に得られた収穫に思わず笑みを零した。


 ……口裂け女に変わって挨拶や礼をこなす人面犬の姿勢は、口裂け女の顔よりもずっと【綺麗】だ。

都市伝説ファイル


No.004 【口裂け女】

禁忌:質問に対して「綺麗」と回答する

   質問に対して「綺麗ではない」と回答する

 初の純日本産都市伝説。鎌などの刃物を隠し持っており、口が耳まで裂けている。赤いセリ○を愛車としている。初の目撃例は1978年12月の岐阜県八百津町、その後岐阜県下に広がり、名古屋に波及、全国へと至った。赤いコートに白いパンタロン、赤いハイヒール姿でマスクをつけ、夕暮れの通学路で子供に「私、綺麗?」と聞く。「綺麗」と答えた相手にはマスクを取って耳まで裂けた口を見せつけ、「これでも?」と聞き、コートの下から刃物を取り出して追いかける。相手を捕まえると、刃物で口を裂いて殺害する。「綺麗ではない」と答えた相手にはマスクを取ることなく、刃物で殺害する。100mを5秒で走ることができるほど足が速い為、答えずに逃げることは不可能。べっこう飴やチュッパチャッ○スが好物なので、それを与えて夢中になっている間に逃げることも可能。韓国に「青マスクの男」という彼氏がいる。三姉妹である、数字では3が好き、三鷹や三軒茶屋など「三」が付く場所に出没する等、3に関連がある。「ポマード」と3回唱えることで撃退できる。また、名字が「田中」の人物は襲われない。



No.005 【人面犬】

禁忌:話しかける

 口裂け女と同時期に流行した、人の顔を持つ犬。口裂け女のペットといわれる。ゴミ捨て場のゴミなどを漁り、声をかけられると「ほっといてくれ」と返事をする。その返事を聞いてしまったものは気絶する、若しくは死ぬといわれる。足がとんでもなく速く、最高速度は時速100kmを超えるともいわれる。高速道路で自動車を追い抜き、振り向いて人間の顔でニヤリと笑い、運転手をパニック状態にして事故を起こさせる等の事例がある。

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