ほったらかしの世界
この教室に、私に話しかけてくる人は誰もいない。
シカト……無視っていうわけでもなく、誰も私のことが見えないのだから。
私は、幽霊だから。
そんな私だけど、最近ひとつの悩みを抱えている。それも、人間関係の。
もう死んでしまって、誰にも見えないのだからそんな悩みなど抱えるはずはなかったのに……。
今、教室の端っこのほうで生徒たちを眺めている私を、ちらっと見た人がいた。
そう、彼のことだ。名前は佐上 佑介。高校二年。部活はテニス部。結構うまい。
どうやら、彼は私のことが見えるらしい。
それだけだったら、まだよかった。
彼は見えるだけでなく、私の声を聞き、その手で触れることもできる。というのだ。
「はあ」
おもわず、ため息をつく。
人間関係で悩みたくなかったから死んだのに、これじゃあ、意味がなかったじゃないか。
でも、さすがに他の人と話をできないのは退屈になってきていて、要するに彼と話してみたいと思っている。
また後悔するに決まっているのに……。そんな風に思ってしまう私に腹が立ってくる。
私は、ちょうど近くにあった彼の机の椅子を蹴飛ばす。
もちろん、幽霊である私の足は当たらず、すり抜けた。
……なんだか、さらにいらだってきたような気がする。
「おい」
怒りのあまり唇をぎりぎりと噛んでいると、彼がすぐそばに立っていた。
私のほうを向いて、携帯電話を耳に当てている。
うまくやったものだ。こうすれば何もないところに向かって話しかけているような変な人には見えなくなる。
「どうかしたのかよ」
「あんたのせいよ」
彼は困った顔をしていた。当たり前だ。八つ当たりなんだから、何の事だかわかるはずがない。
ざまあみろ。そのまま困らせてやる。
「じゃあね。私、屋上で寝てるから」
「おいっ、ちょっと待っ!」
彼の声を無視して、私は天井をすり抜けて上へと昇っていく。こういうとき、幽霊って本当に便利だなぁ、って思う。
学校の自縛霊だから、ここを出ていけないのを別にすれば。
すぐに屋上には着く。
授業をサボりに来ている生徒はいない。そんな奴が来てたら私がぶっ飛ばす。とはいえ、こんな体じゃ何もできないのだけど。
さあ、寝ようかな。
幽霊には睡眠は必要ないんだけど、眠ることはできる。
私はお昼寝が好きだからよく寝るのだけど、特にこの場所で寝るのが好きだった。
というか、ほかに眠る場所なんかないのだけど。
教室は教師の声がうるさいし、空き教室はほこりっぽい。幽霊でも、ほこりが目の前をとんでいるのが見えていたらいやだ。
それに、この場所は気持ちいい。
いつものように、ちょっとだけ浮かんで大の字になって目をつぶる。
グラウンドから体育の授業を受けている生徒の声が聞こえてくる。さっき見たところ、今日はバスケットボールだったはず。
あ、笛の音。誰かがシュートを決めたのかな? それとも、ファール?
気になるけど、目をあける気にはならない。この状態が心地よかった。
「おい、寝てるのかよ」
目を覚ますと、すぐ下に佐上がいた。
って、スカートの中見えるじゃん。
「見ねえよ」
慌ててスカートをおさえると、彼が言った。
それはそれで負けた気がする。
とりあえず、グーで脳天を叩いてやった。
「なにすんだよ!」
「見てないとも限らないじゃない」
適当な理由をつけると、納得したようなしてないような微妙な表情で黙った。
「ってか、なんでこんなとこにいるのよ」
「…………朝のことが気になったんだよ。授業もまともに頭に入らないからな。仕方なくだよ」
いつもはなるべく私のことを避けているくせに、今日に限ってなぜだか私にかかわってくる。
ムカつく!
「痛っ、なんで蹴るんだよ!」
「うるさい! 黙って蹴られてろ!」
「朝から何をそんなにいらついてんだよ!」
「そんなこと、あんたに関係ないでしょっ!」
ほんの少しだけ宙に浮かぶと、顔面めがけて回し蹴りを放つ。
しかし、佐上はその手で私の足をつかんでしまった。
「関係あるんだろ。俺と出会ってからだ。お前がそんな風な顔をするようになったのは」
「くっ……うるさい!」
もう片方の足で佐上の顎を蹴る。
佐上はのけぞって倒れた。
「私にしゃべらないでよ。疲れたのよ、人の相手をするのは。私は一人で生きるんだから!」
「いや、もう死んでるし……」
「うるさいっ!」
間違えたのよ!
「いや、お前が人間関係に弱いってことはわかってるけどさ」
「…………」
「なんか、気になるんだよな。放っておけないというか……」
蹴っておいた。そんなに頼りないか!
「……っ。いちいち蹴るなよ!」
「いちいち文句言うな!」
「理不尽だ」
佐上がうなだれるのを見て、私は逃げる。
まったく、いちいちかまわないでほしかった。私の相手をするのなんてつらいだけだろう。
「でもさ、楽しくなっちゃったんだよな。そんなお前と話すことも」
「はい?」
え、何それ。っと、あっ!
あまりの驚きにバランスを崩してしまい、地面。といっても、屋上の床なんだけどそこにみじめに落ちてしまった。
「え、それ何?」
「あ、いやだから、友達になってもいいなって」
「なってもいい?」
「なってほしい」
なんだ? こいつ。幽霊と友達になってほしい?
「ほら、隣に座れよ。なんか話そうぜ」
「まだ返事してないんだけど」
「授業サボったから暇なんだ」
「聞いてないし。まあ、いいよ」
佐上の隣に座る。肩に触れるその感触が妙に安心した。
「少しくらいなら付き合ってあげるよ」
「ほったらかしの島」のCMを見ていたら思い浮かびました。
ただ、内容はまったくのオリジナルなので、映画とは何の関係もありません。




