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竜宮の井戸  作者: 蔭西三郎(kagerin)
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第9話・海女小屋体験


 

 あくる朝は快晴の青空だった。


「海女だー 今日は、海女小屋でアワビを食べるのだー」

一晩寝たら、清美はすっかり元の元気者に戻っていた。


「そうだね、今回の旅で一番贅沢な日だね」

清美につられて、琴代もなんだか元気が出て来た。


「よーし、アワビ食うぞ! エビ食うぞ!」



申し込んだ海女小屋体験は、昔の海女小屋を再現した小屋でもてなしを受けるものだった。

海女経験者の話と囲炉裏で焼く海産物が目玉で、昼食を兼ねた催しだ。

琴代たちは二人なので、他に一組の家族連れ三人と同席だ。土日だともう少し多くの人数が入るようだが、今日は平日なので予約客は少なかった。



「皆様、今日はようこそお出でになりました。ここは、私たち往年の海女と話などしながら、海の幸を召し上がって頂く体験で御座います。どんぞ、宜しく」


 相手をしてくれる人は、まだ現役だが年配の海女さんの二人だった。消防団の男達が推した敬子さんと、もう少し若い真智子さんと言って、二人共子供の頃から海女をやっている大ベテランだった。

特に敬子さんは八十を超えてまだ現役の最年長レベルの海女だった。


「今、囲炉裏の準備を致しますので、その間展示物を御覧なっていて下さい」


小屋の中の壁には、海女たちの仕事風景を写した写真が多数飾られている。海女が使う道具の展示と説明書きがなされていて、それらを一通り見るだけで海女の仕事のおおよそが分かる様になっていた。

琴代と清美は、家族の後についてそれらを順番に廻り見終えると、並べられた長椅子に座った。


「まんず、海女について何か質問はありますか?」

最年長海女の敬子さんが聞いてくる。


「海女にはどうやったらなれるのですか。私でもなれますか?」

と、清美がとりあえず定番とも言える質問をした。


「海女になるのは、地元の漁協に加入して会費を払わなければならねえだ。あとは、体力勝負だで。長時間潜るで体温を奪われるだ。だからぁ、皮下脂肪の厚い女子が有利だ。あんたなら、充分やってゆけっぺ」

たっぷりとした脂肪の持ち主の真智子さんが、清美を見て太鼓判を押した。


真智子さん・敬子さんとも横幅のある分厚い皮下脂肪の持ち主だ。だが、普通の肥満者のようにぷよぷよでは無い。がっしりした固い脂肪の鎧に覆われている感じがする体だ。



「皮下脂肪の厚さって、やだぁー。私、それなら結構自信あるよ。でも海女って儲かるの?」

「儲かるも儲からんのも自分の腕次第だよ。昔は一日で五十万ほども稼いだ海女もいたそうな」

と、言って真智子さんは、歌を歌い出した。


志摩のアネラは、長持いらん。ノミとサワラの桶ひとつ。

 愛しあの人、食わすのは、サワラに入れたサザエとオンビ。

 ノミで起こしてサワラに入れる。これが二人の糧となる。


 愛しあの人、家で待つ。据膳上げ膳、極楽暮らし。

 あなたの仕事は、よさりのカズキ。それがあなたの大しごと。

 深く潜ったあなたのノミが、私のオンビをこじ開ける



「やめなさい。お子さんもおるのよ」

と、敬子さんが、真智子さんの膝を叩いて歌を止めた。


「ご免なさいね。民謡ってどうしてもそう言う風になるのよ」

と、敬子さんが目をまん丸くして驚いている清美や家族連れの母親に謝った。


「はっはっはっは、民謡とはそう言うものです。すぐに男女の下ネタ話になります。気にはしていません」

と、家族連れの少し年の離れたような父親が笑って言った。


「とにかく、男一人養えないようなら志摩の女では無いと言われているでな。海女は、やりがいがある仕事だぞな」

「愛する男を養う・・・・それって格好いいな」

と、清美はすっかり乗り気になっていた。



「ところで、海女の伝説の三本柱という話を聞きましたが、海女の仕事で何か不思議な経験をしたことがありますか?」

 琴代は、そんな会話に構わずに自分の聞きたい事を聞く。これが何かに興味を持ったときの琴代だ。聞くだけでは無くて、手帳を用意してメモをとる気満々だ。


「そっだなあ。薄気味悪い海の底に潜るだで、不思議な話は日常茶飯事だな・・」


「例えばどんな事ですか?」


 真智子さんは、皆の顔を見渡して、一度頷いてから話し始めた。


「今あなたの言った三本柱のひとつだが、トモカズキと言うのがあるだ」

 皆は手を止めて敬子さんの話を聞く体勢になった。二人も一度聞いた話しだが、注目した。


「海に五メートルも潜ると薄暗くなる。そんな暗い海中でふと横を見ると、傍に自分とよく似た海女がいる。その海女は、もっと深いところに沢山アワビがいると誘ってくる。手をとってくるとも言う。だがのう、それについていっては息が耐えて死んでしまうのじゃ。それは人では無い、海の魔物だと言われている」


「ひやー」

と、清美が変な声を出した。


「その時にはどうするのですか?」

「うん。その時には、頭の手拭いに手を当てて、まじないを唱えるのじゃ」

真智子さんは自分の手拭いを見せてくれた。そこには、紺の糸で星と格子の形を作っていた。


「それは、お土産もの屋さんで見ました。五角形がセーマン、格子がドーマンと言うのですね」

 お土産コーナーでもその模様があるハンカチが売ってあった。いずれも魔除けの印だと説明があった。


「そうじゃ。海女はこの印が前に来るように、頭を包んでカズキをするのじゃよ」

 真智子さんは、それで頭を包んで見せてくれた。


「まじないは、なんと唱えるのですか?」

「それは、人それぞれじゃ。おらは、「おみけ様、私を守ってくだせえ」と言うだよ」


「私もそう言うわ。いつもおみけ様のお守りを持っているから」

と、敬子さんは、胸元からお守り袋を取りだして見せてくれた。それはやはり五角形のマークが付いていた。


「おみけ様とは御食媛神社の事ですね。そこは海女さんの信仰が深いのですね」

 御食媛神社は、この町の高台にあって町全体から見上げる事が出来た。初めて来た人にもすぐに認知される場所にある神社だった。



「海女だけではないのよ。この辺りの人は皆、おみけ様を信仰しているわ。」


「お土産もの屋さんでは、セーマンは阿部清明、ドーマンは芦屋道満と関わりがあると書いていましたが、御食媛神社とも関わりがあるのですか?」


「それは観光用のフレーズよ。御食媛神社はなんでも日本でも最も古い神社の一つだと聞いているわ。平安時代の阿部清明などより遥かに古いのよ。地元の人は恐れ多くてとても行けないが、おみけ様の神域には石積みの古代の五角形の祭壇があるというよ」


「五角形、それがお守りのマークになったのですね」

「そうでねえかな。詳しい事はあたしらには解らねえが・・」

 敬子さんは話をしながら、クーラーから黒い物を取りだした。


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