第17話・竜宮城?
上方にポッカリとした丸く明るい空間が見えた。二人は、その丸い空間を目指して真っ直ぐに上がって行った。
顔が水面から出た。
そこは石垣に囲まれた池のような丸い空間だった。苔むした石垣がぐるりと廻りを囲んでいた。石垣の上には緑の草が生い茂っていた。
(ここは、どこなの・・・)
「階段があるわー」
隣から、ふいに清美の声が聞こえた。好奇心旺盛な清美の顔を確認すると、少しホッとした。
清美が示す方向をみると、石垣の一角がくびれて細くなっている。その奥には、確かにこちらに降りてくる石段が見えた。その石段の先は水の中に沈んでいた。
二人はそちらに泳いだ。すぐに足先に石段が触れた。体を起こして足に体重を掛ける。石段は少しヌルヌルしているが、しっかりと体重を支えてくれた。
石段を上がって行くにつれて、廻りの風景が広がって行く。清美と手を繋いだままだ。
そこは美しい緑の草原と森に包まれた空間だった。草原には、様々な木々が葉を付け、色とりどりの花を咲かしていた。ドーム状の空は、コバルトブルーにぼんやりと光り、柔らかい明るさで空間を満たしていた。二人は回りを見渡してその夢の様な空間を眺めた。
階段を上がった所の両脇には、白衣の娘たちが立っていた。その白い着物は、二人が身につけている海女装束とほとんど同じ物だった。娘達は井戸から上がった二人に、白い手拭いを渡した。
「ありがとう」
と言って受け取った二人は、手拭いで顔を拭った。その手拭いは夢の様な触り心地でいつまでも触れていたい感触だった。
だが、既に顔は水に濡れていなかった。それどころか、海に潜った髪も着物さえも乾いていた。
「!」
二人は同時にそれに気付いて、目を丸くして見合った。そして顔を戻した二人に娘達微笑みを返した。
二人の居る場所から、緑の草原の上に平行した二本の花の列が伸びていた。それが道を表わしているのだろう。道は井戸を一周してあちらこちらへと花の列を延ばしていた。その美しさは、まさに夢幻の世界だった。
草原を囲むように、少し離れた所に白い壁が続いている。そこに開けられた扉が見え、花の列の一つは、緩やかに曲がってその扉に続いていた。
「ここが竜宮城ね」
と、思わず廻りの光景に見とれていた琴代は呟いた。
「いよいよ、琴代の世界に入ってきたわ・・」
琴代の呟きに清美が答えた。
しかし、彼女も夢幻の美しい光景に目を奪われていた。咲き誇る花々や草や木々は、今までに見たことの無い種類だった。音はしない。動くものは、色鮮やかに花々を飛びまわる蝶々だけしか見えなかった。
「行くよ」
と、どちらとなく言うと、二人は、門に向かって歩き始めた。
「トモカズキが、あたしだと分った時には驚いたわ」
清美の目には、トモカズキが自分だと見えていたのだ。
「私には、自分に見えたよ」
「そう言う事か・・しっかし、ここ、現実離れしているね」
「竜宮城だもん」
「そうだよね。だとしたら、私たちが元の世界に帰れたとしても、何百年も過ぎているのかなあ・・」
「うん。九人の海女もそうなったのかもね。でもそれを今考えてもしかたがないわ」
その言葉で、琴代が無敵の不思議ハンターになっている事を知って、清美は勇気が湧いた。
「だよね。こうなればなるようになれだね。さあ、鯛やヒラメの踊りを見に行きましょう」
門の中には、四人の娘達が待っていた。
門と言ってもそれは空間がポッカリと空いたシャッターか大きなドアと表現出来るものだった。SF映画に見た宇宙船の大きな扉といえば、的を射ているだろう。空間を遮る壁は何か薄い物で出来ていて草原を大きく取り巻いていた。
二人は彼女達に囲まれて、門の中に入った。
そこは、街だった。草原を取り巻くように曲がって延びる道の両側には、商店が建ち並んでいた。その商店の間には路地が延びて、その小道沿いにも建物が建ち並んでいた。
だが、商店や路地にも渦高く埃が落ちていて、長い間人の往来がなかった事を示していた。おとぎ話の様に、魚たちが空中を泳ぎ回っているという事もなかった。
「誰もいないね・・」
「うん。こうなると逆に寂しいね・・」
「あのう、此所に人がいたのはどのくらい前ですか?」
と、琴代が横にいる案内の少女に聞いた。
だが、少女は首を傾げて、口に手を当てた。
「話してはいけないのかな・・」と、清美が言うと、
「違うわ。彼女たちは、きっと知らないのよ」
琴代の言葉に、少女は頷いた。
「それに多分、口が聞けない」
「えぇ、そうなの?」
少女たちは、大きく頷いた。
「ちょっと、見て行きましょう」
と言って、琴代は商店の一つに入って行った。それを案内の少女は特に止めようとはしなかった。
そこは「カゴ屋」だった。大小様々なカゴが陳列してあった。
「へえー、見たことが無い形の物もあるわね」
カゴは基本・円形だったが、丸い物、細長い物、途中がくびれた物、その中には模様のような物が、複雑に組み合わされた見慣れぬ形の物もあった。
清美は風化したそれが、壊れるかも知れない、と思いながらそっと触れてみた。ところが意に反してそれはしっかりとした手応えがあった。
「これ、今でも使えるよ」
「ほんとだ!」
清美の声に、傍のカゴを手にした琴代が言った。
「材料は、蔦みたいな植物ね。これって、いったい放置されてどのくらい経っているのかしら?」
と、琴代が少女の方を見て言った。だが、少女は困ったように首を傾げるだけだった。
路地を鋏んで隣の店は、すぐに解る瀬戸物屋だった。おなじみの皿やお椀が並んでいた。見ていて安心出来る光景だ。だが、店の奥に入った琴代が立ち竦んだのが分った。
「どうしたの? 琴代」
「うん、須恵器みたいなのがあって・・」
「ほんとだ。まるで博物館みたいだね」
そこには、綺麗な曲線を描く青みがかった素焼きの土器が並んでいた。完成度は高い、高い技術の陶工が作ったのだろう。
「これ、きっと今でも売れるよ」
幾つかの商店を覗き見して進んだ。布や紙から様々な生活用品を扱っていただろう商店があった。中には、ナイフや包丁などの刃物、鋤や鍬・鎌など農業で使う道具も置いてあった。
「ここでは、生活に必要な物が何でも揃いそう・・」
「大勢の人たちが暮らしていたのね。その人達は、何処に言ったのだろう?」
二人は顔を見合わせて首を傾げた。いずれにせよ、遠い昔の事には違いない。