第14話・不思議の神社
「チュル・チュル・チュル」
と、清美の携帯電話が鳴った。
「佐々木のお爺さん」と、表示を見て言って電話を取った。
県立図書館で会った老人だった。昔のメモを探して何か分ったら電話をくれると言っていたのだ。
― 阿部のお嬢さんかね?
「そうです。佐々木さん、何か分りましたか?」
― ああ、大した事では無いかもしれんがな。あの時、蜂の巣を突いたような騒ぎになった理由がおおよそ解ったよ。
「ちょっと待ってください」
と言って、清美は佐々木の声がスピーカーから出るように設定した。
「それで、どういう理由なの?」
― 行方不明になった海女の中に、住民にとって大事な娘がいたのだよ。
「大事な娘?」
― そうだよ。もともとその地域は、神社の門前町として発達したらしい。神社はとても古い古社で、地域の信仰を一手に集めている。その神社の巫女が消えた娘の一人だったのだよ。
御食媛神社が地域の信仰を集めている話は、敬子さんや民宿のおかみさんに聞いて知っていた。
「巫女さんが行方不明者に混じっていたのですか?」
― はい、その神社の巫女は、代々海女の仕事もするという伝統があるらしいのです。
「あっ、それは、大神みつ子さんですね」
と、清美が記事のコピーを見て言った。大神という名前は、いかにも神職にふさわしい名前だ。
「光子お婆さん・・」
と、琴代が呟いた。
「でも巫女さん一人で、それ程の騒ぎになったのですか?」
と、清美は素朴な疑問を持った。
― そう思うのも無理はないが、その神社の代表は巫女なのですよ。行ってみれば解りますが、周辺住民の圧倒的な信仰を集めています。
清美の頭の中に、民宿の女将さんが言った「ここらで一番偉い人」と言うフレーズが蘇って来た。
「と言う事は、住民たちの信仰の中心である巫女さんがいなくなったのですね。それで住民は大騒ぎになった。その後、信仰の中心の巫女さんが居なくなった神社はどうなったのですか?」
― うん、私もそれが気になって神社に行ってみたのだよ。ところが、代わりの巫女がいて、行事は滞りなく行なわれていましたよ。
「代わりの巫女・・」
それならば、そんなに大騒ぎをしなくても・・と、琴代は思った。
― とにかく、その神社はとてもデリケートで神聖な所なのだよ。よそ者には解らない不思議なところと言って良い。無闇に近付かない方が良いと思いますよ。
と、言って佐々木老人は電話を切った。
「不思議なところか・・」
近づくなと言われて引っ込んでいる清美では無い。琴代はそれに輪をかけて、不思議な所に行く気持ちが強い。
「取りあえずまだ明るいし、不思議な所の探索に行ってみない?」
「御食媛神社ね。賛成!」
琴代の目がキラリと輝いて、元の不思議ハンターに戻ったことを示していた。
「あままちど」からゴサイの間は、参拝者が絶えない。と聞いていただけに、夕方のこの時間でも疎らではあるが、人々が参道を上がっていた。
緩やかな坂道を少し登ると、石造りの大きな鳥居があった。そこから参道は石畳になり五十メートルほど先にも鳥居が立っていた。
そこまでゆくと、参道脇に祠があって、振り返ると湊の様子がよく見えた。
さらに参道は曲がって登り、道端のところどころには小さな祠や石仏が立っている。
何度か曲がった先に、こんどは木で出来た鳥居があった。そこからは、上に向かって真っ直ぐに石段が延びている。
石段の脇には一定間隔を置いて、石灯籠が立てられてほのかな灯りが点っていた。その辺りは、森の中なのでもう薄暮が訪れていた。
木製の鳥居の傍には一段と大きな灯籠があり、そこには「御食姫神社」と彫られていた。
「ここでは、媛が姫になっているね」
「うん、きっとこの灯籠は作った時代が新しいのだわ。媛と姫は、意味は同じだけど巫女のいる神社では、なんか違うって気がするわ・・」
「なぜ?」
「だって、媛という字は巫女をイメージ出来るけれど、姫は単純に良い所のお嬢様って感じがする」
「なるほどね。会社の社長だとしたら、自分の才能で勝ち取ったトップエリートと親の七光りでなった二世のお坊ちゃまってイメージね」
「ふふ、そうね。そういう感じね」
石段は急で視界は全く効かない。一番上に古い山門が立っているのが解るだけだ。
石段の後半になると、登るのにつれて山門の荘厳な彫刻が徐々に姿を現してきた。それを見て神聖な気を感じた二人は、無言のうちに門の下で深く礼をして境内に入った。
神社の境内は、大きな木が立ち並んで森のようになっていた。左手に手水舍があり右側には社務所がある。社務所の奥には、献納された酒樽が何段にも積まれて並んでいる。その間に広い道が真っ直ぐ奥に延びていた。
二人は手水舍で身を清めてから、豪勢に積まれた酒樽を見上げた。この神社に縁がある銘柄だそうだ。その横にある小道を回り込んでみると、じきに池があった。
森の中にあるある丸い池だった。
ほぼまん丸で、その端っこが長く細く延びて、くるりと回って池に入る石段になっていた。
「これは・・・」
と、呟いた琴代が池を見回して、足早に岸辺を確かめ始めた。
池を一周して戻ってきた琴代は、スマホを使ってしきりに何かを調べている。その琴代の目が輝いているのを清美は見た。
琴代が何かを発見したのは間違いが無かった。
そのまま琴代は、調べるのに熱中していた。こうなると待つより仕方が無い事を長年の付き合いである清美は承知していた。
「何か見つけたの?」
と、ようやく調べ物が一段落した様子の琴代にそっと聞いてみた。
「この池、清美は不思議だと思わない?」
「うん、思う。池に降りる石段があるにしては凄く濁っているし、何か形が変なような・・」
水面に森の木々を映す丸い池は白く濁っているのだ。底どころか浅い段も白く濁って見えない。池の水は、神前に供するのはもちろん飲用や洗濯にさえも、とても使えないと思ったのだ。
「そう、私もそう思って調べてみたの。すると、年中濁っているらしいの」
「じゃあ、石段は水を汲むためでは無いのね」
「そうとは限らないと思うわ。消防の為の水かも知れないしね。それよりも、この形よ」
「うん」
「これは、神社で良く使われている巴紋の形なの」
そう言われると、清美の頭の中にも、延びて曲がった三つの形の紋が浮かんだ。確かにその紋に似ている。いや、もうその紋を模して作ったとしか思えなくなった。
「神社によくある紋は、これが三つ円状に並んだもので、三つ巴と言うのだけれど、実は九鬼家の紋も三つ巴なのよ」
「九鬼家って・・」
意外な話に清美は戸惑った。神社から海賊大名の九鬼家の話になるとは思わなかったのだ。
「でも、それは不思議でも何でも無いわ。海の神でもあるここを海賊が信仰するのは当たり前だし、それに九鬼家は熊野権現の別当の一族だそうよ。ここの神社と縁が合ってもおかしくないと思うわ」
「御食媛神社と海賊大名が親戚なの?」
「そうであってもおかしく無いわ。それに、九鬼家が水軍で使うもう一つの紋が七曜紋なの」
「しちよう紋?」
「そう。七曜とは、火星・水星・木星・金星・土星の惑星と、月と太陽を意味しているの。一週間の曜日と同じよ。絵で表わすと真ん中の丸を取り囲むように六個の丸がある紋よ」
と、琴代は手の平に、指で絵を描いて見せた。
「ああ、それなら見た事あるわ。それが何なの?」
清美には、琴代の言おうとする事が分らない。
「九鬼家の話の中に、「アゴ郡七人衆」というのがあるの。この地域の相差・国府・甲賀・波切・青山・佐治・浜島の地頭衆の事よ。地域に勢力を持った彼らが船でゴサイの参詣に上がって来たとしたらどう?」
「それって、七本鮫の話ね!」
「単なる憶測だけどね」
「ううん、あたしもそう思うわ。荒くれの海賊を凶暴な鮫に例えるのは分りやすいわ」
「それに、或いは六本鮫とも言われると書いてあったでしょう。アゴ郡七人衆は実は二郡を従えている者がいて六人だったの」
「郡が七つで頭は六人だったのね。それであんな書き方していたのね」
「私の想像に過ぎないけどね」
清美の頭の中に、祭り用に派手に飾り付けた海賊船が六・七隻、ゴサイの参詣に来る様子が浮かんだ。それは、極めて目を惹く光景だったに違いない。
「それにしても、濁った池は珍しいね・・」
「本当、何か意味が隠されているのかも知れないわね」
大きな木が並ぶ森は、小道を行くとすぐに広い境内に通じた。