第12話・嫌な予感
「琴代さんは、海女だった頃の血が反応したのかもしれないね・・」
と、帰りの船の中で敬子さんが言った。
「えっ、それは私の先祖が海女だったって事ですか?」
「うん、海女は最も古い女の仕事だと言われているのよ。だから遠い昔の琴代さんの先祖が、海女だったとしてもおかしくないのよ」
「そういえば・・・・・」
琴代は、急に潜れた時の事を思いだした。
「何、琴代。何か思い出したの?」
「うん、潜れるようになる前に、身体の中を何か痺れるものが走り抜ける気がしたの・・」
「へえー それは何というの、不思議少女的には?」
「うーん、・・・失っていた感覚が蘇ると言う感じかな」
「やっぱり、琴代の先祖には海女さんがいたのだ。それにしても、私は才能無いのかな・・・」
と珍しく清美は落ち込む様子を見せた。
「そんな事はないですよ。琴代さんが特別なだけで、清美さんも才能がある。私らは子供の頃からやって来ているので何とかなっているが、清美さんも初日に潜って獲物を獲ることが出来たのです。それは、大変な事ですよ」
「ほんとう! うれしいー」
と、たちまち元気を取り戻す清美。
「それに、厳しい自然を相手にする海女は、何よりもその明るさが大事なのです。そういえば、よね子さんも明るくて清美さんにそっくりの性格と体型でした・・・」
と、最後は呟く様に敬子さんは言った。
「えっ、よね子さんって?」
思わず清美は聞き返した。
「うん、あの事件で行方不明になった私の親戚の海女よ」
と、二人が昔の事件を調べている事を知っている敬子さんが言った。
「ああ、確かにそんな話を昨日されていましたね。私達も記事を見て何か気になっていたのは、それかも。実はあたしのお婆ちゃんも米子なの。その海女のよね子さんは、当時確か十八才でしたね。今生きているとすれば何歳になるのかなあ・・」
行方不明になった海女は、十八才が三人に、二十才が一人だったと覚えていた。
「よね子さんは、私より三つ年上ですよ。生きているとすれば、八十三才くらいかな・・」
「偶然ね。祖母もそれくらい。そのよね子さんの姓は何と言うの?」
清美や琴代は記事に載っていた姓名までは覚えていなかった。もっともその記事はコピーして車に乗せてあるので、陸にもどれば解る。
「斉藤ですよ。斉藤よね子。明るくて屈託が無くて、兄弟の面倒をよくみる人じゃった・・・・」
「うちの祖母は阿部です。まあ、よねこって珍しい名前ではないものね」
と、いささかガックリした清美。
「結婚してから姓が変わった筈よ。清美は、おばあちゃんの元の姓を知っているの?」
「ううん、結婚する前の姓は知らないわ。聞いたこともない」
「そうね、私も祖母の旧姓までは知らないものね。でも京都と志摩では、位置的にかなり違うわね」
と、琴代。
「そうじゃのう。ここらで都会に出て行くとすれば、津か名古屋じゃ。関西は大阪かのう。京都はとても遠い異世界のような気がするのう」
と、船頭の黒沢さんが言う。
「いなくなったのは、よね子さんの同級生二人とその姉様ですよ。皆同じ組の娘たちですよ」
と、敬子さんは昔を思い出す眼差しでいった。
地元では、海女小屋の事を組という。家の近い地縁や血縁に寄って所属する組分けがされるという。
船を下りる前から、琴代の様子がおかしくなっていた。
最初は船酔いをしたのかと思ったがそうでは無いらしい。
暗い表情で、何事か考えているのだ。長い付き合いの清美には、琴代が何か悪い事を想像しているのだと、見てすぐに解る状態だ。
こういう時は、琴代の考えがまとまるまでしばらく放置しておくのが良いのだが、今日の様子は尋常では無かった。とても放置できる状態では無かった。
「琴代、一体どうしたの。何か解ったの?」
と、たまりかねた清美は琴代の顔を覗き込んで聞いた。
「うん」
「何?」
「なんでこんな簡単なことに気付かなかったのかな。お婆ちゃんと同じ名前で同じくらいの年・・」
「ああ、消えた海女の一人ね。よね子さんという。でも姓と地域が違うって話だったね」
「米子お婆ちゃんの事だけではないの。三人は同級生でもう一人はその一人の姉だって・・」
「琴代、何を言いたいの?」
「清美は、私のお婆さんの名前を知っている?」
「琴代のお婆さんは、もう亡くなっていたから知らないよ」
「じゃあ、比奈子のお婆さんは?」
「えっと、比奈子のお婆さんは・・・光子さんだ」
「山形のお婆さんは?」
「太陽商事の前の社長の山形のお婆さんは、・・・・勝代さんだ」
「うん。じゃあこれを見て」
と、琴代が出したのは、例の事件の記事のコピーだった。
「行方不明になった海女さんの名前を見て」
琴代の言葉を聞いで、その記事を読んだ清美の体に悪寒が走った。
行方不明になった海女は、中村かつ代(20)、中村さち代(18)、斉藤よね子(18)、大神みつ子(18)の四名だった。
「こ・こんなことが・・・」
「亡くなった私のお婆ちゃんは、勝代お婆さんの妹の幸代よ」