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故郷

作者: 千道 満月

初投稿。

東京発博多行き新幹線「のぞみ」。

僕は2列シートの窓側の席に深く身を委ね、

2泊分の荷物が入ったリュックを足元に置き、

この2日間の張り裂けそうな緊張を解き放ち、

ただただ安堵感に浸り出発を待っていた。

ホームの売店で買った弁当は多摩川を越えて蓋を開け、

その後の小倉までの有り余る時間は、

寝るか本でも読みながら時間を潰そうと考えていた。

東京の美大の受験。

1日目の筆記試験、そして2日目の実技、面接試験を終え、

精神的にも体力的にも、疲労困憊だった。


プラットホームに出発のベルが響き、

新幹線の車内にも出発のアナウンスが流れた。

そして車両の扉が閉まろうかという時、

後方のデッキからどたばたと大きな音が聞こえた。

何事かと思い振り返ってみると、

閉まりかかった扉の間をすり抜けるように飛び込んで来たのか、

スーツ姿の男性がちらりと見えた。

デッキの方からは先ほどの男性が

「間に合った」「良かった」など独り言を発しているのが聞こえた。

乱れた呼吸の激しさから、階段あるいはエスカーレータを全力で走り、

急いで来たことが想像できた。

いい大人にもなって駆け込み乗車をするくらいなら、

もっと早く家を出ればいいのに・・・。

18歳の私ですら、自由席の窓側の席を確保するため、

2月の寒風の中、出発時刻の30分も前からホームに立って待っていたのに。

その時はそう思った。

そして車両は何事も無かったかのように動き始め、

車窓を流れる煌びやかな東京の街を見送っていた。


初めて見た東京。

ビルの高さ、賑やかな人混み。

東京に住んでいる人々からしてみると、

ごくごく日常の風景だろうが、

田舎で育った僕からみると、

やはり東京は「大都会」という言葉に相応しいと心から思った。

そして試験の結果次第で、2ヶ月後の4月から、

この東京は僕が住み始めるかも知れない街だ。


東京駅を出発したと思った新幹線の車内には、

一息する間も無く品川に到着するアナウンスが流れた。

ぼんやりと外の景色を眺めていると、

少しぶっきらぼうな物言いで声を掛けられた。

「ここ、空いてますか」先ほどの駆け込み乗車の男性だ。

小さく頷き「どうぞ」と言い終わらぬうちに、

その男性は自分のボストンバッグとスーツを入れるガーメントを網棚に置き、

どかりと僕の隣の座席に腰を落とした。

年齢は50代半ばだろうか。

中肉中背、黒縁眼鏡、乱れた七三分けの髪、

ポマードと汗の混じった匂いが少し感じられた。

漫画やアニメで描かれる、典型的な日本のサラリーマンの風貌だった。

品川の次は新横浜。

多摩川を越え、ひとまずペットボトルのお茶を一口飲み、

予定通り駅弁の蓋をあけた。

売店に置いていた弁当の中で、最もお財布に優しい焼売の弁当を食べながら、

隣に座った駆け込み乗車のおっさんは一体どこまで行くのだろうかと考えた。

僕はとにかく疲れていたし、他人を意識したくなかった。

隣の席に座った人が誰であれ、早く下車して欲しいとさえ思っていた。

そんなことを考えながら弁当を食べ終えると少しだけ体力が回復した気がした。

疲労感と空腹感の、空腹感の方は解消された。


新横浜を過ぎてしばらくすると、車掌が検札に来た。

僕の検札を終え、隣のおっさんが車掌に渡した切符を盗み見すると、

「小倉」という文字がはっきりと見えた。

同じだ、同じ駅で降りる。

僕も小倉で降りる。

その小倉までの間、少し汗臭いおっさんと隣り合わせだと考えると気が滅入った。

しかしお互い黙って座っているだけ。

無関心と無干渉の時間が過ぎていけば何も問題はない。

ほんの少しの我慢だ。

自分自身に言い聞かせるように気持ちを切り替え、

すっかり陽が落ちた何も見えない車窓をぼんやりと眺めていた。


そして車内販売のスタッフがワゴンを押しながら僕たちの車両に入って来た。

隣のおっさんはそれを待っていたのか、

僕たちの席の4、5列も前にいる販売員に対し、

通路に身を出し左腕を大きく挙げ、

早く来いといわんばかりに購入の意思を見せつけた。

おっさんの席の隣にワゴンが止まると、

おっさんは少し早い口調で欲しいものを伝えた。

ビールの銘柄、おつまみ、弁当。

選ぼうと思えばいくつかの選択肢があるにも関わらず、

もうとっくに決めていましたよ、というような頼み方のだった。

隣のおっさんは支払いをカードで済ませると同時に、

一本目の缶ビールを一気に飲み干し、

すぐに二本目の缶の蓋を開け、つまみのピーナッツ袋を開け、

口に入れたかと思うと、続けて弁当の蓋を開けた。

何の躊躇も無いような飲み食いの一連の動作に私は呆気にとられた。

蓋を開けた弁当をちらりと横目で見てみると、

仕切りがたくさんある彩り豊かなとても豪華で美味しそうな弁当だった。


新横浜から次の名古屋まではおよそ1時間20分。

身体を出来るだけ窓側に寄せ、

特に何も見えない車窓を見ながら隣のおっさんの境遇を考えた。

50代半ばでスーツを着て、新幹線への駆け込み乗車。

毎朝の通勤でも駆け込み乗車は日常茶飯事なのだろうか。

車内販売の商品の買い方を見る限り、

よく飲みよく食べ欲しい物を買える人。

身に付けているスーツ、ネクタイ、革靴、腕時計は、

どこからともなく上品さを醸し出している。

気になり始めるとどこまでも想像してしまうものだが、

最も気になったのは、

このおっさんは何の目的で小倉に向かっているのだろうかということだった。

出張だろうか。

だったら新幹線ではなく、飛行機だろう。

急な出張だとしても、新幹線で東京駅から小倉駅まで行くよりも、

飛行機で羽田から北九州空港に行く方が早いだろう。

僕の場合は学割で乗車券が買えるので少しでも安い鉄道を選んだのだが、

このおっさんは飛行機が苦手なのだろうか。

一人旅というような服装ではない。

そもそも小倉に行っているのか、帰っているのか。


我ながら変なことを考え始め、

隣のおっさんを意識すればするほど、

意識していることを気付かれてはいないだろうかと意識してしまう、

そんな悪循環に陥りそうだった。

自分の顔にそのような表情を出さ無いように努めようとしていたが、

そんな僕の気持ちをよそに、

隣のおっさんは携帯電話が着信したかと思えばデッキで通話を終わらせ、

座席に帰って来たかと思うとしばらく何かを考え込み、

またデッキへ向かい電話をかけてと、発信と着信を絶え間なく繰り返していた。

隣のおっさんの落ち着きの無さが気になり始めたが、

いつの間にか疲労感と満腹感が混じった睡魔に襲われはじめ、

おっさんが立ち上がるたび座るたびに、

僕は寝たり起きたりを繰り返していたのだが、

いつの間にか深い眠りに落ちてしまった。


左脚に何かが当たった気がして目が覚めた。

思わず「ん?」と声を出した。

隣のおっさんが空になった弁当箱やビールの空き缶を片付けていた。

おっさんは目を覚ました私に気付いたのか、すぐに、

「あ、申し訳ない。起しちゃいましたね」と本当に申し訳なさそうな表情で

謝罪の言葉を述べた。

「いいえ」とだけ言葉を返すと、私の目の前にもある空の弁当箱を指差しながら

「それも一緒に捨てて来ましょうか?」と言った。

「はい」も「いいえ」も応える間も無く、

おっさんは自身のゴミと僕のゴミを手に取り立ち上がり、

ゴミ箱がある車両のデッキへと向かった。

どれくらい眠ったのかはわからないが、

疲れがすっかり取れたほど良く眠れたことは間違いない。

時計を見ると小倉まで、まだあと2時間以上。

もうすぐ京都か新大阪くらいかと思っていると、

もうすぐ新大阪に到着するという車内アナウンスが流れた。

と同時に、ゴミを捨てに行ってくれた隣のおっさんが帰って来た。

「ゴミ。捨てて来てくれてありがとうございました」と、お礼を言うと、

おっさんは「いえいえ」と小さく微笑んだ。

新大阪では多くの人が下車した。

自由席の車内も随分と空席が目立つようになり、

どこかひっそりとした空気に変わっていた。


新大阪を出発し、小倉まであと約2時間、

本でも読もうと足元のリュックに手を伸ばした瞬間だった。

「どちらまで行かれるのですか」隣のおっさんが僕に話しかけてきた。

少し驚いておっさんの方を向き、

「小倉までです」と一瞬の間を置き答えた。

「ほう。私と同じですね」おっさんは何故か表情が緩くなった。

その緩くなった表情を見て、何故か私も気持ちが緩んだ。

「帰省ですか」と、おっさんは何かを確かめるような口調で聞いてきた。

お互いに、東京から隣同士でここの座席に座っていることは知っている。

僕の方はこのおっさんが小倉まで行くことを既に知っているが、

このおっさんもまた、私がどこに向かっているのか気になっていたのだろうか。

「いえ、あの、帰省というか、帰宅です」

「ほう、帰宅ですか?東京から」

「はい、東京で用事というか、試験を受けに。その帰りです」

「試験、何の試験ですか?」

「大学の。東京の大学」

「ああ、大学入試ですか。そりゃ、お疲れ様でした。

受験シーズンか。と言うことは高校生?」

「はい、そうです。この3月に卒業です」

「そうか、高校生か。まだまだ若くて、

夢や希望に向かって力がみなぎっている年頃かな」と、

おっさんは満面の笑みで言った。

それにつられて、私も頬が緩んだ。

「ということは、4月から東京で一人暮らしを始めるわけだ」

「ええ、結果が良ければ、ですが」

「そりゃ、そうだね。でもきっと大丈夫ですよ」

何を根拠に大丈夫なのかはよく分からなかったが、

大丈夫だと言われると気持ちが軽くなったのは事実だ。

「大学は、どこの大学?何を勉強するつもりですか?」と隣のおっさんは

畳み掛けるように尋ねてきた。

初対面のこの僕に、何故そこまで聞いてくるのか警戒心が湧き出たが、

このおっさんの笑顔と口調を信じてみることにして、

「芸術学部というか、美大で油絵の勉強を」と答えた。

「ほほう。美大で油絵の」

おっさんは少し驚いた様子だった。

美大で油絵の勉強したいと思う高校生は絶対にそう多くはない。

高校のクラス担任に美大に行きたいと言ったときの、

珍しい物を見たような表情と大きな違いはなかった。

そして続けて皆、同じことを言う。

入るのは決して簡単ではないが入学出来るのか?

学費はとても高いが経済的に大丈夫なのか?

そして美大の卒業後はどうするのか?

しかし、隣のおっさんは

「それは素晴らしい!自分の夢を追って、

それで生きて行こうとする姿勢は本当に素晴らしいですね」と、

少し興奮気味に声をあげた。

この車両に座っている乗客の数人が、振り返ってこちらを見た。

隣のおっさんは自分の声の大きさに気づいたのか、

周りの乗客に小さく頭を下げた。

「そうか、無事に入学して卒業して、

とにかく自分の夢のために全力を尽くしてくださいね」

そして

「そうか、4月から東京の大学。一人暮らしか」と、

おっさんは独り言のように呟いた。


そうだ。

合格したら4月から東京で一人暮らしだ。初めての一人暮らし。

家賃はいくら位で、どのような場所で、どのような部屋に住もうか。

炊事、洗濯、掃除も自分でやらなければいけない。

食べ物からトイレットペーパーまで、自分で買ってこなければいけない。

家賃や光熱費、一ヶ月の生活費はどれくらいかかるのだろうか。

仕送りや奨学金、アルバイトで何とかなるのだろうか。

いや何とかするしかない。

初めての一人暮らしは、期待と不安が入り混じって、分からないことだらけだ。


そんなことをぼんやりと考えているうちに、新幹線は広島駅を出発した。

小倉まであと1時間弱。小倉駅から在来線に乗り換えて、

家の最寄り駅まで約40分。

長かった新幹線での受験旅行も終わりに近づいてきた。


「4月から東京で一人暮らしなんですね」

しばらく黙っていた隣のおっさんが再び話しかけてきた。

今まで黙っていたのに、再び話しかけてきたおっさんに少し驚いた。

「ええ、はい」私は視線を窓からおっさんの方へ向け答えた。

そしておっさんは私の顔を真っ直ぐ見て、私に諭すような口調で言った。

「故郷を大切にしなさい」


一瞬、意味が分からなかった。急に何を言い出したのか。

「故郷ですか?」確かめるように、僕は聞き返した。

「故郷を大切にしなさい」

隣のおっさんは、そう同じ言葉を繰り返した。

「いや、ちょっとね」

隣のおっさんの表情が一瞬、緩んだかと思ったがすぐに笑みは消えた。

そして隣のおっさんは、遠くにある何かを見ているような表情で、

ぽつりぽつりと話し始めた。


「いや、まあ、叔母の葬式で里に帰るんだけどね、

最後の叔母なんだよ。最後の、って言っても分からないよね。

私の生まれは田川市で、高校まで田川でね、

高校を卒業して博多の会社に就職して、

そこから私も一人暮らしを始めてね、

と言っても会社の独身寮だけど、

ええっと、大阪、名古屋、東京、札幌と、転勤を繰り返して、

最終的に、今は千葉県の柏に住んでて、

東京駅近くの本社に勤めているんだけどね、

その間に、私は結婚して、子どもが生まれて、

一人息子なんだけど、もうその私の息子も結婚して、

柏に家を建てて市役所で働いているんだけどね、

まあそんなことはどうでもいいか、

それで今、田川まで、駅で言うと田川後藤寺まで帰るんだけどね、

私の両親もかれこれ父が13年前、母が10年ほど前に亡くなって、

二人とも病気で、田川に帰るのはそれ以来、10年ぶりかな」

田川後藤寺ならば小倉からだと日田彦山線に乗り換えだ。

僕は小倉から日豊本線に乗り換える。

「最後の叔母って言うのはね、まあ私も自分の子どもが小さい頃までは、

盆正月には自分の親に孫を見せに妻と一緒に帰っていたんだけど、

妻は横浜の生まれなんだけど、まあそれはどうでもいいか、

息子が小学校中学校に入ると、勉強やら習い事やらで、

だんだんと田川の実家へ行く足が遠のいてね、

両親とは電話だけ、親戚とも誰かの結婚式や葬式の時くらいしか合わなくなって、

私一人で日帰りだったり、とりあえず実家に1泊して東京に戻ったりね、

私の家族3人で帰るとなると、交通費もまあ結構かかるし、

まあ、ゆっくり田川で過ごすこともなくなったんだけどね、

それでそうそう、最後の叔母って言うのは、

私の両親は既に亡くなっているんだけどね、

親族親戚の中で田川に住んでたのは、

今日亡くなった叔母だけでね、一人で住んでてね、

今日の昼過ぎ、会社でちょっとしたトラブルがあって、

昼食も食べる暇が無くて、そんな時、その今日亡くなった叔母の息子、

福岡市に住んでる従兄弟から連絡があってね、

『亡くなった』と。

叔母が健康だったのか病気だったのかすら知らなかったけど、

まあ、その叔母の友達が家を訪ねた時はもう亡くなってたみたいで、

警察呼んだり救急車呼んで病院に行ったり大変だったみたいだけど、

その知らせを受けて、丸の内の会社から一旦、柏の家に荷物を取りに帰って、

午後のトラブルが解決したことを確認するために、

ちょっとだけまた会社に顔を出して、

丸の内から田川だと、新幹線で小倉まで行って在来線に乗る方が早いしね、

それでこの新幹線に飛び乗ったんだけどね、で、最後の叔母と言うのは・・・」

隣のおっさんは、一瞬、間を置いた。

「最後の叔母って言うのは、私は中学高校の友達とも疎遠になっているし、

同窓会にも顔を出していないし」

隣のおっさんは、もう一度ここで、間を置いた。

「両親も亡くなって、田川に住んでいる親族はもう誰もいない。

今回の葬式で最後の田川、田川の土を踏むことは、もう二度とないだろうな」

その言葉に僕は絶句した。

生まれ育った土地に帰る機会がなくなるということ。

そんなことは考えたことがなかった。

僕も田舎から上京して進学、就職、結婚をし、

子どもが生まれ、子どもが東京の小学校に通い始める頃には、

僕の生活基盤は完全に東京になっているだろう。

そうなると、いつか必ず来る両親の死後、兄弟もいない僕は、

東京から生まれ育った場所に帰る機会はあるのだろうか。


新幹線が関門トンネルを抜け、本州から九州に入った時、

「だから」

黙っていた隣のおっさんが再び口を開き、静かに続けた。

「故郷を大切にしなさい」

その諭すような言葉の本質を理解しつつあった僕は小さく

「はい」と頷いて答えた。

そして新幹線の車内に、もうすぐ小倉に到着するアナウンスが流れた。

隣のおっさんは網棚の上から

ボストンバッグとスーツの入ったガーメントを下ろし、

僕の方に小さく会釈をし、ゆっくりとデッキへ向かった。

僕も足元のリュックサックを背負い、おっさんの後に続いた。

デッキでおっさんと二人、

新幹線のスピードが落ちてゆくのを感じながら、

無言で小倉駅の到着を待った。


小倉駅に到着し、新幹線の扉が開いた。

おっさんに続き、僕もホームに降りた。

数歩、歩いたところで、

僕たちの後から降りてくる人たちの

邪魔にならないように気にしながら、

おっさんはホームに立ち止まって言った。

「では、ここで。私は田川後藤寺線なので。

受験の結果が良い結果であることを祈ってますよ。

ここからは何線ですか」

「ありがとうございます。僕は日豊本線です」

そう応えるとおっさんは静かな笑顔で右手を僕の前に伸ばした。

僕も右手を伸ばし、しっかりと握手を交わした。

50を過ぎたおっさんと20前の若造が新幹線のホームで握手をしている姿は、

改札口へ向かう人々から見ると少し滑稽に見えたかもしれない。

僕自身ですら数時間前に初めて会って、

名も知らぬ人と握手をしていることが奇妙だと思った。

しかし、おっさんの過去から現在までと、

僕の現在から未来までが、これで繋がった気分になった。

「じゃ、頑張って」そう言って、おっさんは僕の手を放し、

くるりと背を向け足早に去って行った。

僕はおっさんの背中に、

「お元気で」と言葉をかけて、その後ろ姿を見送った。


「故郷を大切にしなさい」という言葉が、

僕の頭の中でぐるぐると回り続けていた。



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