閑話 レン
とある一軒家。そのキッチンで、二人の男女が料理をしていた。
男は覚束ない手つきで包丁を握っており、女がそれを見守る形だ。
「兄さん、まだ掛かりそう?」
「おう、もう少し待ってくれ。今精神を集中させてるところだから。花蓮はテレビでも見ててくれてもいいんだぞ」
「そんなこと言って、僕が見てない内にチャレンジするつもりでしょ? 眼を離した隙に指でも切られたら困るんだよ」
「だって、見られてると緊張するじゃないか」
「ならなんで教えて欲しいなんて言ったの……」
花蓮と呼ばれたのは、背が高く、まるでイケメン俳優と見間違える程に容姿端麗な、女性だった。
兄と呼ばれた男と比べてみても、女性にモテるのは間違いなく花蓮の方だった。
花蓮はこの日、兄に付き合わされて朝も早くから釣りへと出掛けた。
そして今は釣った魚を調理している真っ最中である。
釣りの相手と、釣った魚の調理法の指導。
これは、釣りが趣味だが付き合ってくれる友達もおらず、魚の調理を習得することで異性にモテるのではと企んだ兄からの依頼だった。
兄の尋常ならざる努力の結果、どうしても欲しかったゲームを入手出来たことを思うと、花蓮は断ることが出来なかった。
今日一日の辛抱だ。
そう思う事で、なんとか堪えてきた。
勿論、兄のことが嫌いなわけではない。
嫌いではないのだが、今はひたすらにゲームにのめり込みたい時なのである。
何故なら、ゲームが届いたのはまだ昨日のことだからだ。
▽
「あー……、やっと終わったよ」
花蓮は、自室のベッドに倒れ込んだ。
普段の何倍もの時間を掛けて魚の調理を教えた後、家族と共に食事。
お風呂にゆっくりと浸かって出てきたところで押し付けられたのは、大量の洗い物。
それらを片づけた時には、既に深夜の二時を回っていた。
「疲れたなぁ。CPOもやりたいけど、今無理するよりはとりあえず寝ちゃった方が良さそうだなぁ」
疲れ果てている状態ではモチベーションも上がらないし、何よりも楽しくない。
身体を動かすかの如くキャラクターを操作するVRMMOでは尚更だ。
ゲームに詳しくない花蓮でもそのことを理解している為、これからゲームを起動する気にはならなかった。
花蓮が≪カスタムポジビリティオンライン≫のことを知ったのは、一か月前の事だった。
数年前のとある事件以降も、VRMMOというものはぽつりぽつりと開発されていた。
しかし、かつてあった大作とは比べるべくもない、チャチなものばかりだった。
そんな時にβテスターの募集と共に公開されたのが、≪CPO≫だ。
瞬く間に話題をさらい、βテストを終えて大規模に宣伝を打つ頃には、凄まじい程の期待を集めていた。
花蓮が知ったのも、その辺りだ。
新しい可能性を知り、新しい自分になれる世界。
その言葉が、花蓮の心を捕まえた。
花蓮は、女として生を受けた。
しかし、その容姿と、三人の兄に囲まれて育ったことで、とてもボーイッシュな美人が誕生した。
女の子として扱われたことは、全くなかった。
昔はそれほど気にしてなかったが、高校を卒業する頃には、女性らしさというものに憧れた。
しかし、今更どうしてよいかも分からず、王子様然とした自分は変えられなかった。
そんな時にこのゲームのことを知り、花蓮は思った。
女の子らしくなれるのでは、と。
こうして花蓮は、ゲーマーである兄に必死に頼み、なんとか≪CPO≫を入手した。
こういう事情なのだから、一日兄に付き合うくらいは仕方ないと納得出来た。
とはいえ、憧れて始めたゲームでも、憧れる女の子に近づくことは出来なかった。
ふわっとしたファンタジー知識でエルフと魔法使いを選択したら、男の子になったのだ。
がっかりはしたが、それでも楽しもうと奮闘していた時、彼女に出会った。
「あれこそ、お姫様だよなぁ」
低い背。艶やかな黒髪。
鋭さを感じさせるが、綺麗で大きな瞳。
ピンク色の、可愛いワンピース。
職業を表す≪クラス≫までもが≪プリンセス≫だというのだから、完璧なお姫様だ。
和と洋が一緒くたになっている気がしないでもないが、それでも花蓮的には完璧なお姫様だった。
「姫ちゃんともっと仲良くなって、女の子らしさをもっと学ぶんだ……」
優しげに微笑む姫のことを思い浮かべていた花蓮の瞼が、段々と閉じていく。
やがて、静かな寝息を立て始めた。
姫との出会いは花蓮に、初心者魔術師レンに何をもたらすのか。
それはまだ、誰も知らない。
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