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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

窓ぎわの東戸さん~プール開きの東戸さん~

作者: 車男

 「おはよう、東戸さん!今日は早いんだね」

6月末のとある月曜日、いつもと同じ時間に教室へ行くと、いつもは私と同じか、少し遅めに来る東戸さんが、席に座ってばっちり準備をしていた。

「あー。ほら、今日って、プール開きじゃない?それが楽しみで」

「東戸さん、プールすきなんだ!」

中学生になると、女の子の中にはプールが嫌いっていう子も増えてくるころだけれど、東戸さんはそうではないらしい。

「小さい頃から水泳は習っててね、泳ぐの、すきなんだ」

いつにもましてわくわくしている東戸さん。その様子が全身から受け取れる。そのせいか、冷房の程よく効いた教室の中でも、汗をかいているのがわかる。走ってきたのかな?

「そうなんだ、それにしても、汗すごくない?」

「うん、下にこれ着てきたんだけど、プールに入ってないときはすごく暑いね・・・」

そう言って、半そでのセーラー服をまくってしまった。そこからのぞくのは、、、

「あ、水着着てきたんだ!」

「うん、でもちょっと失敗したかも・・・」

プールの授業は3時間目と4時間目。着替える時間もあるのに、家から着てくるなんてよっぽど楽しみだったんだな。

「大丈夫?あんまり暑いなら、着替えてきた方が・・・」

「ううん、いち早くプールに入りたいもん。がまんがまん・・・。」

決心は堅いらしい。一応東戸さんには注意しておこう。そう思いながら自分の席に着いて彼女の方を見ると、なんと靴下を履いていないではないか。先週まではかろうじて靴下を履いていたが、今日は上履きを乱雑に椅子の下で脱ぎ、素足を机の棒において足指をくねくね・・・。いつか見た光景だ。下敷きをうちわ代わりにして、風を起こしている。髪がふわっとなって、シャンプーのいい香りがこちらに漂ってきた。そんなギャップにキュンキュンしながら、

「東戸さん、また靴下脱いじゃったの??」

4月のこともあったので聞いてみると、

「え、靴下?もともと履いてきてないよー。今日プールだし」

「あ、そういうこと・・・」

どうやら東戸さんの中では、プールのある日は靴下は履かないらしい。これはプールのある日が別の意味で私も楽しみになってきた。

 授業が始まったが、1,2時間目と一度もきちんと上履きを履きなおすことはなく、起立、礼、の時は素足を床につけて立ち上がっていた。そして3時間目、プールの時間。東戸さんは2時間目が終わった途端、プールの道具が入ったバッグを手に、足早に教室を出ようとした。

「ちょちょちょ、東戸さんまって」

そんな彼女を引き留める私。

「なになに??」

キラキラした顔を向ける東戸さん。そんな彼女の足元は、裸足だった。

「上履き履いていこうよ、あるんだから・・・」

「えー、めんどくさいじゃん、暑いし・・・」

「裸足で行くのはあぶないよ」

「むー・・・」

むすっとした顔をしながらも、素直に席に戻ると、ひっくり返っていた上履きを足でもどして、かかとを踏んずけて素足をそれに通した。とりあえず足裏は守れるかな。裸足で行かせるのも私的にはOKだったんだけど、友達に怪しまれるのも面倒だったので・・・。

 パタパタと音をさせながらプールを目指す私と東戸さん。いつにもまして歩くのが早い。プールは体育館の隣にあり、更衣室はプールの入り口近くにあった。みんなゆっくり来ているせいか、私たちが一番乗りだった。

「じゃあ、先に行くね!」

「ウソ、早?!」

さて、なにからとりかかろうかと考えていると、セーラー服とスカートをポイポイと脱いでしまった東戸さんは、ゴーグルとキャップをもって、すでに準備万端だった。そんなに早くいっても中に入れないんじゃないかと思ったが、いそいそと出ていく東戸さんを止めることはできなかった。

 水泳の授業が終わり、着替えて教室に戻る。始まる前はあんなに元気だった東戸さんだったが、今は普段通りの落ち着いた感じに戻っている。

「じゃあもどろっか、東戸さん」

更衣室から出ると、なおも名残惜しそうにプールの方を眺めている東戸さん。相変わらず、素足に、上履きのかかとは踏んだままだ。

「・・・うん、いく」

「また明後日にも水泳あるんだから、大丈夫だよ!」

あまりにシュンとしていたので元気づけようと声をかけると、

「うん。・・・西野さんも、素足なんだね」

「あ、こ、これ?うん、暑いし、また後で履こうかなって。ははは」

東戸さんの様子を見ていると、今日くらいは靴下を履かずに過ごしてみようと思うようになって、靴下はバッグに入れたまま、素足に上履きを履いて更衣室を出た。まさか東戸さんに指摘されるとは思わなくて、直接言われるとなんだか恥ずかしい。小学校の時もプールの授業はあったけど、クラスのみんなの目が気になって、終わったらすぐに靴下を履いていた。素足のまま過ごす子もいなかった。しかし今は隣に東戸さんがいるから、幾分か心強かった。初めて素足で履いた中学校の上履きは、縫い目や中敷きの感触を直接感じて、何とも言えない気持ちよさがあった。ちょっと癖になるかも・・・?

「あれ?コマちゃん素足じゃん!」

「ほんとだー、東戸さんとおそろい?」

先に教室に帰っていた友達にもさっそく言われて、やっぱり恥ずかしい。

「う、うん、ちょっと急いでて・・・」

そう理由を付け、自分の席につく。東戸さんも席に着こうとしていたが、やけにスカートを気にしていたけれど何だろう??やがてお昼を食べて、昼休み。さすがにこの先ずっと素足っていうのは勇気がなくて、靴下を取り出し、履くことにした。ずっと素足のままできちんと履いていた上履きを椅子の下でかぽっと脱ぐ。途端に、教室のひんやりとした空気が素足に触れて、とても気持ちいい。イスの上に両足を上げて、体操座りの姿勢になる。このまま靴下を履くのも惜しいなあと思いながら、でも素足でこのまま過ごすのも恥ずかしいなあと思いながら、両方を天秤にかけて、結局靴下は履くことにした。この気持ちよさは、また今度に取っておこう。靴下を履き、上履きを履きなおして東戸さんの方を見ると、むずむずと不思議な動きをしている。トイレでも我慢しているのだろうか?

 やがて掃除の時間が終わり、5時間目が始まる。東戸さんはというと、上履きを再び脱いで、素足を棒の上に置き、ぼうっと窓の外を眺めている。春は桜がきれいに見えていたが、今は緑に包まれている。

「・・・じゃあここを、東戸さん、よんで」

「・・・・・」

「東戸さん?」

当てられた東戸さんだが、ぼうっと窓の外を見ていて気付かない。慌てて腕をつんつんすると、びっくりした表情でこちらに目を向ける。その表情がなんともかわいらしい。

「ここ、当たってる・・・!」

「あっありがとうっ」

わたわたしながら立ち上がって音読する東戸さん。急にあてられたのに、すらすらと読んでいる。先生からは見えないかもしれないけれど、慌てて立ち上がったため、上履きは床に転がったままだ。なんとか音読を終えて席に着く東戸さん。

「西野さん、さっきはありがとう!」

「もう、授業中は気を付けないと!」

「そうするよ・・・」

相変わらずいつもよりぼうっとしている東戸さん。プールで疲れたのだろうか?しかし、そのなぞは帰りのHR後に判明する。

「東戸さん、途中まで帰ろう!」

「あー。西野さん・・・。う、うん、帰ろうかな」

「・・・東戸さん、今日、いつもより元気ないけど、何かあった?」

あまりに気になって、聞いてみる。

「うーん・・・。ちょっと一緒に来て・・・」

「うん?」

そう言われて、東戸さんについていく。最後だからか、上履きはしっかりかかとまで履いていた。素足なのは変わらないけれど・・・。

「そういえば、西野さん、靴下履いちゃったんだね・・・」

廊下を歩いていると、不意にそうつぶやく東戸さん。ドキッとして、

「う、うん、暑いの収まったし、履こうかなあって思って・・・」

「そっかー。かわいかったのに・・・」

残念そうな東戸さん。こんな反応は想像していなかったけれど、なんか申し訳ないことしたな。やがてたどり着いたのは、恒例の図書館。今日は放課後もあいている日らしい。

「こっち、きて・・・」

上履きを脱ぎ、私は靴下、東戸さんは素足のまま中へ入る。中には図書委員以外に誰もいなかった。

「テスト期間じゃないときは、誰もいないんだって、図書館」

そして入り口からは見えない所へ来ると、東戸さんは顔を真っ赤にして、

「あのね、今日私、水着着てたでしょ?さいしょ」

「う、うん」

「それで、下着、忘れちゃって・・・」

「う、うそ・・・」

「ほんと、なんだ・・・」

「じゃあ、いまは・・・」

「うん、なにも、つけてないの・・・」

そう言って目線を逸らす東戸さん。私はそんな状況にある彼女を見てドキドキしてしまった。ということは、今日はプールのあと、ずっと・・・?

「と、とりあえず、保健室、いかない?貸してくれるかも・・・」

「そ、それは嫌だ・・・。だれにも、知られたく、ないの・・・」

なるほど。確かに、下着忘れました、なんて中学生の私たちにとって死にたくなるほど恥ずかしい。かといって、私の持ち物に貸せるようなものはないし・・・。

「じゃあ、どうする・・・?」

「お願い、一緒に、家まで、帰ってほしい・・・」

なおも顔を真っ赤にして、小声でそう懇願する東戸さん。ここに人がいなくて、ほんとによかった。

「わ、わかった。気を付けて帰ろうね・・・!」

これはなかなかスリリングな下校になるだろう。無事につくといいけれど・・・。

 念のため、人がいなくなった頃を見計らって靴箱へ向かう。素足で一日過ごした東戸さんは、慎重に上履きを脱ぐと、靴箱からスニーカーを取り出した。そのまま素足をスニーカーへ通す。

「東戸さん、素足で靴を履いてきたの??」

「そうだよー。サンダルで来たかったんだけど、さすがにそれは怒られるかなって思って・・・」

靴下を履いてこないのもギリギリな気がするが、それでもやっぱり素足が好きなんだな。

「サンダルも開放的でいいんだけど、靴も蒸れ蒸れになるのが結構好きなんだー」

そう言って楽しそうに足を前に伸ばす。そういった言動は恥ずかしそうにしないのが、やっぱり不思議だ。

「そうなんだ・・・」

でもそんな東戸さんを見て、私もその感覚を味わいたいと思ってしまった。

「西野さん・・・?」

幸い、あたりには誰もいない。私は靴箱に手をついて、左足、そして右足と、靴下を脱いでいった。

「えへへ、私も今日は、素足でかえろっかなーなんて・・・」

「西野さん・・・!」

途端に笑顔になる東戸さん。そのうれしそうな表情を見て、私もうれしくなった。そのまま素足を運動靴に通す。素足で靴を履くなんて、記憶の中では初めてだ(小さい頃はよくあったかもしれないけれど)。上履き以上に、包まれる感触がすごい。靴底にたまった砂がざらざらする。靴下を履いてから履くのとは全く違う感触に、ドキドキする。こうして、東戸さんと二人、素足のまま帰ることになった。

 学校からの帰り道、基本的に危険な場面はなかったが、歩道橋を渡るときはさすがにローアングルの視線が気になった。いつも途中で分かれる橋の交差点を、同じ方向へ進む。こっちまで来るのは、初めてのことだった。

「東戸さんの家って、ここからまだ歩くの?」

「ううん、あそこに見える、マンションだよ」

そう言って指さしたのは、私の住む町からはだいたいどこからでも見える高層マンション。お金持ちだったんだ・・・!

途中、信号待ちで靴を脱いで素足をさらす東戸さんにドキドキしつつ、自分もちょっと脱いでみると、上履きを脱いだ時以上の涼しさに感動さえ覚えてしまった。他愛もない話をしながら、そのマンションのエントランス前までくると、東戸さんはくるっと振り返って、

「ありがとう、西野さん。本当に助かった・・・」

「いえいえ~。これに懲りて、今度から下着は持ってくるんだよっ」

「うん、気を付け、ます・・・」

また顔を真っ赤にしてうつむく東戸さん。

「それじゃ、また明日ね!」

そう言って手を振ると、

「うん、また、明日・・・!」

東戸さんもにこっとして、帰っていった。

「さー、ちょっと遠回りしたけど、帰ろっ」

夏が近づき、日は長くなってきたとはいえ、まだまだあたりは明るかった。汗がじんわりと首筋を伝う。運動靴の中は熱がこもって、蒸れもすごかった。汗をかいているのが足裏越しに伝わる。早く帰って、この足を開放したい。そしてまた明日、感想を言い合おう。自然と、私は駆け足になって、自宅への道を進んでいった。


つづく


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