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初投稿です。よろしくお願いします。
パチパチと、野営地の端に設えられた竈から、小気味の良い音が聞こえる。
大樹海に夜の帳が下りて来るまでには多少の余裕が有るだろうが、森は高い木々が生い茂っている。真っ暗になるのは随分早く、今夜の準備を急がなければならない。
そう考え、慌ただしく荷解きを行っているのは10代半ばあたりの良く日に焼けた少年だった。
「ピピ、肉だ」
「うわぁっ?!」
少年が掛けられた声に驚き振り向いた先に、無表情な男が一抱えもありそうな動物の肉を片手で持ち、音もなく間近まで近づいて来ていた。
「レオ?!早すぎませんか?さっき出たばかりじゃないですか!…重たっ!?なんでこんな大物を抱えて音もなく戻ってこれるんですかっ?!」
「こんなものだろう?」
きれいに処理された獲物を受け取りながら答えたピピは、その重量に少しよろめき、先ほど野営地に戻って装備を外し、愛剣とナイフだけ持って狩りに出かけたレオが、ものの数分で解体した獲物を持って帰ってくるとは思いもせず、その能力にただただ驚嘆したが、当の本人は平然としていた。
「気にするな。水を汲んでこよう」
「…水汲みも俺の仕事ですから、レオさんは休んでてくださいよ」
《《野営での雑事を請け負う事》》
これは、冒険者となって日が浅いピピが、今回請け負った依頼内容の一つだ。
戦闘能力があまり高くなく、経験が少ないにも関わらず、組合から斡旋された割の良い仕事。
期間も長く、依頼料も普段受けていた仕事に比して素晴らしい。
採用理由は、辺境大樹海にほど近い村出身であり、比較的大樹海に対応できる事。気性が荒くないため、上位冒険者との諍いが少ないであろうと判断された事などが伝えられた。
不思議な依頼であったし、当然怪しいとも思ったが、年若いピピは金の魅力に抗えなかった。もちろん、出来る限り依頼を真面目に達成するつもりであった。
「分担すれば早く肉が食べられる。今日は肉の気分だ」
「…分かりましたよ。食事の準備をしておきます」
「肉は俺が焼く」
そう言い残して、レオは水瓶を持ち水場に向かって行ってしまった。
「不思議な人だぁ…」
ピピとレオはまだ出会って2日しか経っていない。
しかし、ピピはレオの事を知っていた。
ひよっこ冒険者の自分の事をレオは当然知らなかっただろうが、「風剣リオネル」の威名は冒険者だけではなく、自分が生まれ育った農村にすら鳴り響いていた。
超が付く有名冒険者とたった二人での依頼。
「リオネルだ。レオと呼べ」
と言われて前夜に野営地に現れたレオと握手を交わし、対面した時には緊張で震える程であったが、今日一日を共に過ごし、無口ではあるが必要な事は必ず教えてくれる事や、気が付いた事は自ら進んで行ってくれる事、ピピ自身の物怖じしない性格等が相まって会話に困る事は無くなった。
《《大樹海に突如出現した壁の観察及び周辺調査》》
二人が受けている依頼の基本は同じである。
1年程前に、大樹海で採取依頼をこなしていた冒険者集団の報告により、大樹海にその前日まで確かに無かったであろう長大な壁が発見された。城壁よりもなお高く、幅もそれに匹敵する壁。便宜上、前面と呼称される面には荘厳な彫刻が施され、後面は磨かれた鏡面の様になっている白い壁は、出現後一年が経過しても汚れ一つ付いていなかった。
突然に巨大な壁が出現したとの報告に、王城は調査団を派遣。王都より馬車で20日の辺境都市から、さらに馬車で10日かかる大樹海の入り口。そこから徒歩でさらに10日の中心地である。30日にわたる調査の結果は謎であった。傷が付かない。よって材質が不明。地下を掘れるだけ掘っても壁は続き、周辺の生態にも変化が無かった。
最終的に王国は調査団の撤収を決定するも、謎の壁に対する警戒のため、軍を駐屯させていたがこれもつい先日撤退を決定。経過観察が組合に依頼として入ったのである。初期の依頼では30人の冒険者が投入され1月、第二陣は18人、壁自体には現在危険が無いと考えられた末に2人への依頼となった。
「戻ったぞ」
ツラツラと依頼の事を考えながら寝床を整えていた間に水汲みから戻ったレオが声をかけた。
「ありがとうございます」
「驚かせないように声を掛けた」
「ハハハ。ありがとうございます」
水を渡しながらの言葉に笑いながら答えるピピにレオが答えた。
「肉を焼くぞ」
「俺、料理しますよ?」
「肉を焼くのは年長の男の仕事だ」
「ソウデスカ」
日が暮れて、暗くなった野営地に涼やかな風が吹き、鳥の声や虫の音が響くのであった。