突き進め!炎と水の凸凹コンビ!
【1】
エボルブテラーから遥か彼方の森林地帯に聳える屋敷。
大富豪が住んでいそうなこの屋敷こそ、ブルローズのアジトだった。
純金製の門の前には2人の見張りが立って入り口を守っている。
「屋敷に入るにはあの門を潜るしかないんだ。やっぱり正面突破しかないな。」
「そうか、で、どうするんだ?」
ケビンとジャッキーは入り口近くの茂みに隠れて門の様子を見ている。
門番をどうにかしないと中に入れないのは誰が見ても明らかだ。
「任せときな旦那。奴らの扱いには慣れてるからさ。」
ジャッキーは宣言すると茂みから出て大胆にも門番の前に現れる。
「なっ、ウェルパ貴様!」
「何しにきやがった!この裏切り者め!」
姿を見せるといきなり銃口が向けられてきた。
だが当の裏切り者は動じずに掌にスライムみたいな物質を産み出して地面に放つ。
するとスライムは蛞蝓みたいにズルズル動いて門番の足元に接近した。
「のわぁぁ!」
次の瞬間、スライムは底無し沼のように広がって門番の下半身が地面に沈んでいく。
なんとか這いつくばって脱出を図るも足が動かせないので腕をバタバタさせるしか抵抗出来なかった。
「うわぁ!た、助けてくれ!」
「断る。」
ジャッキーは冷たく言うと見張りをスルーして門を開けた。
鍵穴があるが鍵は掛かっていないのですんなりと侵入が可能だった。
「OK旦那、お邪魔しようぜ。」
ケビンもそうだなとばかりにトラップに嵌まった門番を残して屋敷に入る。
金の取っ手が付いた焦げ茶色の扉を開けるとその内部は予想以上に豪華だ。
床には赤絨毯が隙間なく敷かれ、角に置かれたローテーブルの上には真っ赤な薔薇が挿された派手な装飾の花瓶が乗せられ、中世の騎士を模した銅像まである。
惜しみ無く金が使われており、家主の趣味が一目で伺える内装だ。
このロビーに人の気配は無い。
しかし各所にある扉からはただならぬ空気を感じた。
『やはり来たか…我らの面汚しめ。』
探索しようとしたら突然声がした。
振り向くと正面の階段の踊り場に飾られた絵画がゴゴゴと上がってモニターが現れた。
画面にはノイズが走るだけで人の姿は写されていない。
でもジャッキーは声の主が誰なのか既に気付いて仁王立ちする。
「何が面汚しだよ。いつもいつも隠れて指示出してるテメーの方が面汚しじゃねえか。たまには顔出したらどうなんだ?」
『愚か者…貴様のような金に困った若造を救った縁を忘れたのか?…まぁいい。最早こうなった以上はお前も始末される命運なんだからな。』
ケビンも砂嵐状態のモニターを凝視する。
その先に見てるのは映像を目視する親玉に向けてだ。
「アンタが親玉か。マナは無事なんだろうな?」
映像を公開するモニター室の男はニヤリと笑う。
『心配するな。別室で大人しくしてもらっている。今の所はな…。』
クククという笑い声に2人は眉間に皺を寄せる。
何かは知らないが嫌な予感がするからだ。
「おいツルッパゲ、一体何企んでるんだ?」
『なぁに。折角だから貴様らと勝負しようと思ってな。命を賭けた…かくれんぼをだ。』
部屋の男は椅子に座り直して自慢げに説明する。
『よく聞け。ガキはこの屋敷の何処かに監禁している。俺はその部屋に時限爆弾を仕掛けておいた。』
「何っ!?」
『制限時間は30分だ。もし間に合わなければ爆弾もろとも道連れになるだろう。どうだ?スリリングで面白いギャンブルだろう?』
「テメー…!」
ケビンは炎を帯びた右手を握り締める。
あまりにも卑劣な手段に頭に血が登りそうになるがそこは必死に堪える。
『おっと、俺を倒した所でガキの命が助かる見込みは無いぜ。つまり勝てるかどうかはお前らの運次第って訳だ。お前らがこの部屋から出たら爆弾のタイマーを起動させる。そこからゲームを始めよう。ま、精々頑張るんだな。』
ブツッと通信が切れる音が空しく響く。
真っ黒な画面を見限るようにケビンはこの場から去ろうとした。
この先の扉を潜った先から…勝負が始まる。
30分でこの広い屋敷を散策するなど通常では無理な要求だ。
―でも、やるしかない。
そうしないと自分が自分で居られなくなる。
そう奮い立たせながらケビンは胸に手を当てた。
「旦那…聞いてくれ。」
ジャッキーの手が静かに震える背中を擦る。
「姫は俺様が探す、旦那は先にボスの部屋に行ってくれ。」
「ジャッキー…お前。」
「内部構造に詳しい人間が探す方が効率良いだろ?心配しなくても必ず起爆前に助けて見せる。それで2人で親玉ぶっ倒そうぜ。」
男の眼差しは真剣だ。
ケビンもそれを信じて深く頷く。
「分かった。絶対生きて帰ってこいよ。」
「勿論。旦那も用心しろよ。俺様に見届けられないで死ぬなんて真似しないでな。」
ジャッキーは自慢気に右手を出し、ケビンも同じ右手を振りかざして握った。
指を絡めるとジワジワと熱が帯びてきてジャッキーは空いた左手でそれを覆う。
「…普通はグローブ外して握手するけど旦那は気になるんだよな。」
「あぁ、悪いな。」
グローブをしたままの握手はマナーが悪いと注意するのが基本だ。
しかしケビンは普通の人間よりも体温が高いので下手に誰かに触ると火傷させるのを恐れていた。
ジャッキーがそれを理解してくれてるのを悟ってケビンはそっぽを向くように呟く。
「それとさジャッキー…もう1つ頼みがあるんだが…。」
「おう、何でも言ってくれ。」
少し間を置いてケビンは深呼吸する。
「マナ助け出したら…背骨が折れる位抱き締めてあげてくれないか?あの子寂しがりだから…抱いてあげないと多分泣き止まないからさ。」
初めて会った瞬間もそうだった。
マナは一度泣くと抱っこしない限り落ち着かない面がある。
でも今のジャッキーなら抱かれても平気でいられると読んでいた。
「あぁ任せときな。間違っても本気で背骨折ったりとかはしないからな。」
ジャッキーも分かっているのか、ウインクして答える笑顔には一片の曇りも無い。
―必ず成し遂げる。
その一言が露になっていた。
そう誓って二人は各々のターゲットを探し始めた。
【2】
同じ頃、侵入者をモニターで見ていた男は部屋を後にして別室に向かっていた。
そこは家具が一切ない殺風景で寂しい部屋。
その中央に木彫りの椅子が置かれ、1人の少女が座っていた。
いや、座らせられていた。
両手は椅子の背もたれに回され、両足は足首を揃えてそれぞれ荒縄でガッチリ縛られている。
おまけに黒い手拭いで目隠しされて周囲の様子は伺えない。
少女は俯きになり口を閉じて静かにしていた。
ガチャンと音が聞こえた。
重い靴の音がして煙みたいな匂いもする。
「全くどいつもこいつも馬鹿だな。こんなチンケなガキの為に死にに来るとは。」
モニタールームにいた男が葉巻を吹かしながらマナを見下ろす。
「だが好都合だ。お前には素敵な見せ物になってもらうぞ。」
男は葉巻を床に落とし、足で踏み潰して火を消す。
それから片方の手に持っていた物を少女の首に巻き付ける。
細長いプラスチック製の黒い電子時計みたいな物体。
表面を見れば既にタイマーがセットされ、赤い電子文字は30分丁度を表示している。
「最後に遺言はねぇか?今なら許してやるぜ。」
武骨な手が目隠しを取り外す。
飛び込んできた簡素な明かりにマナは一瞬目眩いを訴えた。
でも直ぐに瞼を瞑って口を真一文字に結ぶ。
「許さなくてもいい…。」
「あぁ!?」
「貴方なんか怖くないよ。ケビンの方が怒るとずっとずっと怖いから。」
括り付けられた不自由な姿勢ながらマナはゆっくりと目を開けて男を睨み付けた。
口元は怯えているが瞳は凛として輝いている。
「このガキ…。」
「マナは信じるよ…ケビンとジャックは絶対に来るって。だから怖くなんかないよ。」
そう、マナはまだ希望を捨てていなかった。
ケビンは約束を破る男では無い。
ジャッキーも出会ったばかりだが悪い男では無いのは確信出来ていた。
だから何があっても2人は必ず来ると信じていたのだ。
でも男はその勇気を踏み躙るようにフン、と鼻を鳴らす。
「こんな状況でもまだ希望を持つとは…その油断が仇となるのによ。」
男は握り締めた手拭い片手にマナの視界全面に立つ。
光が遮断され、大きな影が自分が見下ろしてきて胸が高ぶってくる。
「な…に…?」
「死にたくなければ言う通りにしな。そのまま口を開けろ。」
男は空いた手で懐から太いナイフを取り出した。
丁寧に磨かれ鋭くなった切っ先が柔らかな首筋に触れるか触れないかの距離で迫り、緊張で汗の雫が流れていく。
「…やっ…あ…。」
抵抗しようとしたが妙な真似をすれば首をかっ切れそうな予感がしてマナは口元を緩ませた。
その隙を逃さず、ゴワゴワした布が口に押し込められた。
「噛め、それもしっかりとな。」
低い声で威圧され、マナは歯で布を噛み締めた。
それを合図に男は手拭いを引っ張ると耳の下から首の後ろへ回して両端を結んだ。
男の指が離れると手拭いはずり落ちる事は無く、頬を引っ張るようにして固定された。
「後悔するんだな…自分がどんなに愚かな事を言っていたかをよ!」
太い指でマナの額をピンッと小突くと男は部屋を後にする。
時間稼ぎの目的で扉の鍵を閉めるとゴソゴソとズボンのポケットを漁ってリモコンを取り出した。
大きな赤いボタンを押すとマナの首に付けられた爆弾のカウントが29分59秒からカウントを開始した。
小さな電子音が秒刻みで聞こえて爆弾の数字が減り始め、マナは爆弾を見つめながら目を潤ませた。
《ケビン…ジャック…。》
さっきまでの意地が氷みたいにホロホロ崩れていって心臓がドキドキした。
爆弾を固定する紐が肌に食い込んで痛みが走ってくる。
《恐いよ…助けて…。》
拘束された手足を紛らわすように動かすがそれでも気休め程度だ。
死の恐怖がジワジワ迫り…マナは絶望の渦に浸食されそうになっていった。
マナがその小さな体で耐え忍んでいる頃、屋敷の内部ではブルローズの下っ端が2人の侵入者を妨害していた。
あちらこちらで物が壊れる音や断末魔が飛び交う。
「テメーら!生きて帰れると思うなよ!」
黒スーツの男が服装とは分不相応な青竜刀を構えて束になって走ってくる。
「オラァ!」
5人がかりで走ってきたチームにジャッキーは水流攻撃で応戦する。
下っ端達は波に押し倒され、後方に将棋倒しになる。
彼のスキルはケビンと違って殺傷向きではなく、どちらかといえば足止め向きの技ともいえる。
それでも時間稼ぎには都合良かった。
「逃がさねぇぞウェルパ!」
「観念しろ!」
しかし倒しても倒しても砂糖に群がる蟻みたいに次々と敵が溢れてくる。
「しょうがねぇ…悪気はないが勘忍してくれよ。」
ジャッキーは大きく両腕を一回転させ、胸の前で手を合わせる。
すると背後から水で形成されたドラゴンが現れる。
ドラゴンは咆哮を上げ、瞳をギラつかせている。
「喰らいな!」
(ハイドラゴクラッシュ!)
右手を付き出すと水のドラゴンが吼えながら放たれる。
「あれぇぇぇぇ!?」
ドラゴンはそのまま目の前の敵を飲み込んで奥へと突き進んでいった。
バッシャ~ンと水飛沫を上げた先には同じ服装の人間が塊になって倒れた。
「…うっし。行くか。」
大掃除気分で敵を蹴散らしながらジャッキーは長い廊下を走る。
一方で別行動をしていたケビンも大勢の下っ端を迎え討つ。
「次はこれだ。」
(ヒートブレッド!)
小さな炎の火球を生み出して投げる。
球はすぐさま破裂して爆発を起こした。
廊下や天井にも火が燃え移って辺りに広がっていく。
「おい!誰か火を消せ!」
消火を行う人間も出ていた。
「させるか!」
(レッドナックル!)
ケビンはしかし容赦せずに炎を纏った拳で地面を叩く。
螺旋状の火の帯が数人に伸びて燃え移る。
「あづづづづづぁぁぁ!」
火だるまになって床に転がる人間を乗り越えてケビンは先に進む。
目的は彼らのような雑魚ではなく親玉だからだ。
でもどこにいるかは分からないので手探りで捜索するしかなかった。
炎のトンネルになった廊下をケビンは全力で走る。
ここまで着たのに長い廊下が続くだけで扉らしい扉が1つも存在しないのが不安を煽らせていた。
《コソコソ隠れやがって…コッチには時間がねぇんだよ!》
マナの事はジャッキーに託したがそれでも不安だった。
万が一…2人共爆発に巻き込まれるかと思うと虫唾が走る。
おまけに時計がないので時間経過が読めないのが最大の難点だ。
《クソッ…このままじゃ…!》
半分諦め掛けたその時、ケビンはある物を目撃した。
「…んっ?あれは…」
【3】
炎に飲み込まれていない廊下の先。
ズルズルと床を這いずって移動する黒い物体が見えた。
頭の中に一筋の希望が浮かぶ。
―あれはボスへ通じる目印じゃないかと。
敵が仕掛けた罠だという実感も承知しながらそれを追い掛けていく。
やがて黒い物体は階段を最後まで登り、分厚い扉の隙間から中に入っていった。
「上等だ…直ぐに黒焦げにしてやるよ…!」
大勝負が待ち構えているのを予知してケビンはシャツ越しからロケットと指輪を握る。
かつて、目の前で奪われた自分の大切な人の形見。
今ではそれが大仕事前の自分を奮い立たせる支えとなっていた。
必ず生きて戻ると言い聞かせ、ケビンは勢い良く扉を開けた。
「フン、やはり来たか小僧。待ち侘びたぞ。」
その部屋は不思議な空間だ。
家具は置かれておらず、上下左右真っ白な壁紙で埋め尽くされた部屋。
そのの中央には渋いスーツを着こなしたスキンヘッドの男が立っていた。
初めて見る顔だがケビンはロビーのモニターから話していた人間だと声で悟る。
「テメーが親玉か…。」
「そうさ。ブルローズがボス、ワンダとはこの俺様だ。」
ワンダと名乗る男は笑いながらケビンを出迎える。
「本当ならウェルパ諸共今直ぐに始末したいが…貴様を返り討って首を奴に見せるのも余興だろう。」
真っ白い部屋の角や天井の隅から先程目撃した黒い物体がゾワゾワ湧いてくる。
物体はワンダの足元に集中して集まる。
ケビンはそれが何かやっと分かった。
「成る程…さっき案内役をしたのはお前の影か。」
「その通り。俺は影を操るスキルを使えるのさ。それはあらゆる壁を擦り抜け…闇から肉体を切り裂くまさに最強の暗殺術だ。」
ワンダの背後で集まった影が巨大な人影を作る。
頭部が天井スレスレで闇の巨人といった存在に近い。
「人の屋敷を土足で踏み荒らした報いを受けるんだな、行くぞ!」
(ブラックウイップ!)
影の右手が鞭のようにしなって振り下ろされる。
ケビンは背中からアクロバットで回避してやり過ごす。
「シュッ!」
すかさず指の間から小さな火の玉の弾丸を作って発射する。
弾丸は鞭を切り裂くも直ぐに影が集まって再生した。
《自己再生、それと結合による強化型向きか…厄介だな。》
ケビンはたった1回の攻撃で敵の力を分析する。
伊達に世界を回って修行して来た訳ではない。
「おっと、油断禁物だぜ?」
(ナイトランス!)
今度は触手の先端が鋭く尖って降りかかる。
間一髪で回避すると影が大理石の床を貫いていた。
「そらぁ!」
更に影の槍は貫いた床の部分を馬鹿力でくり抜いて持ち上げた。
大理石の大きな破片をケビンに投げる。
「チッ!」
流石に燃やせないと判断して横に逸れて回避する。
ドガァーンと破片は壁にぶつかって粉々に砕けた。
その時、ワンダ自身が無防備の状態だと悟る。
(スナップブラスト!)
右手の親指を差し出して鳴らし、火の衝撃波を飛ばす。
(ブラックカーテン!)
だがワンダはニヤけながら笑うのと同時に足元から大量の影が伸びて黒い球体を作り出す。
球体はケビンの技を簡単に防いだ。
「何っ!?」
自分の攻撃が通用しない事に焦りが出てくる。
しかもそれに気を取られて自分に影の触手が伸びていると悟るのが遅れた。
触手は足に巻き付いて壁に叩き付ける。
「グハァ!」
壁は蜘蛛の巣状にひび割れてケビンはその場に倒れる。
もろに激突されて背中に激痛が走る。
「どうした?それが貴様の全力か?」
影の球体が沈んでワンダが現れる。
「貴様の噂は知っている。世界を回って我々の仲間を倒してるとな。それならもう少し手応えがあっても可笑しくない筈だ。」
そう、ケビンの存在はミステシアにほぼ気付かれていた。
警察でさえ戦力にならない程の脅威を持つ自分達に唯一対抗する孤高の男。
それだけなんとしてでも末梢すべき存在としても知られていた。
「まだだ…まだ終わってねぇ…!」
痛みを堪えてケビンはその場に立ち上がる。
「俺はこんな所で死ぬ訳にはいかねぇんだ…!」
「まだ強がりを見せるとは…大した男だな。」
(ブラックナックル!)
黒い巨人の拳が目掛けて落ちる。
(フレイムウォール!)
ケビンもそれを炎の壁を展開させて防ぐ。
しかし背中の痛みが圧迫されて技への集中力が注がれる。
ジリジリと黒い拳は顔面に迫る。
《ヤベぇ…このままじゃ弾かれちまう…!》
なんとか足を踏ん張るも拳への圧力は益々掛かり、遂に灼熱の炎の間を擦り抜けた。
ほんの一瞬、視界が遮られて衝撃が走った…。
【4】
その頃。
ジャッキーは屋敷中を走り回ってマナを探していた。
まさに今、目の前に20人程の下っ端が立ち塞がるも数秒で瞬殺していた。
「どこまでも懲りない連中だな。」
「クソ、おのれ…!」
ジャッキーは先頭の男の首を掴むとギリギリと締め上げる。
「死にたくないなら5秒以内で答えな。姫は何処だ?何処に隠した?」
「知らねぇ…そんな奴ぁがぁ!」
答える間もなく床に後頭部を叩き付けられて男は撃沈する。
しかしジャッキーの気持ちは逆に晴れないままだ。
あれから何分経過したかは分からないがタイムリミットが目前なのは予知出来る。
でも諦める訳にはいかなかった。
彼女の身に何かあればケビンに会わせる顔が無いのだから。
《姫…一体何処に…》
…ッ。
何か聞こえたような気がした。
ジャッキーは目を閉じて意識を耳に集中させる。
―ピッ、ピッ、ピッ…。
カチカチというアナログ時計の針の音ではない。
デジタル時計特有の電子音、カウントを計る際の独特なあの音。
『ガキはこの屋敷の何処かに監禁している。俺はその部屋に時限爆弾を仕掛けておいた。』
確かワンダはそう言っていた。
ならこの音は…。
ジャッキーは聴力をフル稼働して電子音が音漏れしている場所へ向かう。
今いた廊下を走り、階段を下りて更にその奥へと進む。
カウントがどんどん大きく聞こえて心臓がバクバクしてくる。
《頼む…間に合ってくれ…!》
そして、その部屋の前に辿り着いた。
扉に耳を当てると確かに電子音はここから漏れている。
だが簡単に突破出来ないように扉には鍵が掛けられている。
するとジャッキーは一度扉の前から離れて距離を置き、真後ろの壁に背中を付ける。
そこから助走を付けて凄まじい飛び蹴りをお見舞いした。
衝撃で鍵が壊れて扉はいとも容易くブチ破られた。
「姫ッ!」
「んふーっ!」
予知通りにマナはここにいた。
椅子に縛り付けられ、肝心の爆弾は首に固定されていた。
「姫動くな!じっとしてろ!」
ジャッキーは少女の真ん前に立って爆弾を取り外す。
この時点でカウントは10秒を切っていた。
部屋には窓が無く、捨てられる場所といえば廊下しかない。
だがどれ程の威力か分からない以上、無暗に捨てるのは危険だった。
もし辿り着く前に爆発でもしたら…。
《クソッ…どうしたら…!》
ふと、頭の中で電球がピカーンと灯る。
《いや、まてよ…?》
逃げ場の無い爆弾、そして自分の能力。
《そうか…そうすれば…!》
ジャッキーは爆弾を右手に持ち、左手を添える。
すると左の掌から透明な泡を作り出して爆弾を丸ごと包み込んだ。
そして直ぐに廊下へ向かって爆弾を投げると身動きできないマナを椅子ごと抱き締める。
―ドガァァァーン
部屋から飛び出たまさにその瞬間、カウントはゼロになった。
小さな機械とは思えない大きな爆発でその場の壁や天井がひび割れ、崩れていく。
だがここでジャッキーの策が功を奏した。
泡に包まれた状態で起爆したので爆風は部屋まで広がらず、衝撃も廊下の一部を破壊するだけで最低限に留まった。
コートの背中がヒリヒリと熱くなるも服に燃え移る感覚は無い。
やがて粉塵や熱波が治まり、ジャッキーはフーッと安堵の溜め息を吐く。
「はぁヤッベー…寿命が3年は縮まったなこりゃあ。」
やっと安心出来たと浸っていたら鼻先が妙にムズムズした。
目を凝らすとシャンプーして綺麗にブラッシングされた真っ黒い髪の毛に鼻先が埋まっていた。
ムズムズの正体は艶のある毛髪が本人の体の震えで小刻みに振動しているからであった。
「姫…遅くなって悪かったな。」
シャンプーの香りに浸りながらジャッキーは優しくマナに語る。
今の姿勢の状態でマナの顔は自分の胸元に埋まり、目を開けた先には真っ黒い髪の毛がある。
鼻からシャンプーと汗の混じった匂いが突き抜けてジャッキーは暫し安らぎの時を得ていた。
目の前から消えそうになった命が…この手の中にしっかり握られている。
それだけでもう涙が湧いてきそうになっていた。
《良かった…姫…ちゃんと心臓動いてて…ちゃんと息してて…生きてるよ。》
心の中でテンカウントして呼吸を整えるとマナの背後を包む手で背中を撫でた。
「姫…顔見て良い?」
汗の匂いが少し強くなった感じがする。
マナは爆発が収まってからも過呼吸に近い声しか出せずに顔を上げられずにいた。
ジャッキーはマナが怯えないようにゆっくりと彼女の体から離れ、正面から向き合う形でマナの顔を見つめた。
大きな目は潤んで怯え、頬には涙の流れた痕が薄く残っている。
親指を目の下に添えると透明な雫が指を濡らし、手拭いの隙間から流れる唾液と混じって床に落ちていく。
「んん…。」
「分かった分かった。今外してやるって。」
濡れた指が首の後ろに回され、手拭いの結び目が緩んだ。
「姫、ア~ンして。」
【5】
素直に口を開けると歯形の付いた黒い手拭いが口腔から抜き取られた。
ジャッキーは流れてきた唾液を袖口で拭い、椅子の背もたれに両手を伸ばした。
「チッ…あの野郎変な結び方してるな。」
手首を縛る縄の結び目は固く、仕方無しに馬鹿力で引き千切った。
「いっ…!」
「悪りぃ、痛かったか?」
弁明しながら足首の縄の結び目も強引にひき千切る。
「ジャック…。」
ようやく自由になったマナをジャッキーは椅子から持ち上げるように抱き締めた。
自分より何回りも小さくて軽い体。
ちょっと力を入れたら砂糖菓子みたいに崩れそうな柔らかい少女を優しく包む。
《旦那、アンタとの約束…キッチリ果たしたからな。安心してくれ。》
抱かれた途端にマナは両手をジャッキーの首に回してグスングスンと泣き出していた。
死の恐怖に耐えていたのもそうだが同時に自分を包んでくれる存在に安堵して緊張の糸が切れたのだろう。
「ジャック…離れちゃ駄目…1人にしないで…。」
涙ぐんだ声で叫びながら震えるマナの後頭部に大きくて温かい手が添えられる。
「勿論だぜ姫。だから好きなだけ泣け、とにかく一杯泣いてスッキリしな。」
落ち着かせようと頭の後ろをポスポス叩くとマナの泣き声が一回り高く聞こえた。
それだけでどんなに怖がっていたのかが伝わってきてジャッキーは胸が苦しくなった。
「あと済まなかったな…こんな目に合わせて。」
ずっと胸に秘めてきた謝罪の言葉をジャッキーは自然と漏らした。
何の関係もない子供まで巻き込んでしまうとは思ってなかったので余程の重圧に苦しめられていたと。
しかしマナはその謝罪の声を聞いてううんと首を振る。
「…ジャック良いよ。だってマナ信じてたんだから…ケビンとジャックは…絶対…助けに…来てくれるって…。」
「姫…。」
途切れ途切れに漏れる嗚咽。
それはマナの本音だった。
―何があっても絶対にここへ来てくれると。
2人の存在感がある意味で彼女の死の恐怖を和らげていたのだ。
ジャッキーはマナの嗚咽が聞こえなくなったのを見計らい、一旦椅子に座らせて彼女の目を見る。
大きな真珠の瞳は涙が沢山溜まって潤んでいる。
でも逆にいえば天井の明りが反射してキラキラしていた。
どこまでも目の前の人間を見通して信じる純粋無垢な瞳だと。
《そうか…だから旦那はこの子を…。》
あの男が幼い彼女を連れ歩く意味がやっと理解出来た。
面倒を見ようとしているだけでは無い。
その瞳が決して曇らないように…自分を信じる分だけ…どんな時でも希望を与えてやろうとしていると。
《チッ…1人で目立とうとすんじゃねぇよ。》
ケビンがたった1人で踏ん張ろうとする姿を脳内で浮かべ、ジャッキーは手間が掛かるなと言いそうな顔になる。
同時に早く彼と合流してやろうと考え、マナを再度抱き締めた。
「ジャック…ケビンは?一緒じゃないの?」
「旦那なら親玉と交戦中だ。姫助けたら直ぐに向かうって約束してるからな。」
今頃無茶振りしてるだろうと想像してジャッキーは立ち上がった。
「おっと、こんな所で油売ってる暇じゃ無かったな。早く助太刀しに行かねぇと。」
コートの襟を直しながら振り返ったジャッキーは違和感を覚えて背後を見返す。
「…姫?」
マナが椅子から降りないで体育座りしている姿を見てジャッキーは胸の奥が痛むのを感じた。
何か変な事でも吹き込まれたかと思い、そっと近寄って頭に手を添える。
「姫大丈夫?どこか怪我してるのか?」
落ち着いた声で囁くとグスングスンと啜り泣く声が返ってきた。
「ジャック…ゴメンね。」
「ゴメン?なんで姫が謝るの?俺様に酷い事したのか?」
その返答に耳がピクリと反応し、膝を抱える手に皺が寄せられた。
「マナね…本当は凄い怖かったの。でも泣いてたらケビンもジャックも不安になるからって…だから嘘付いちゃったの。」
肩が小刻みに震え、痛々しい嗚咽が聞こえた。
「だから…今怖いの思い出しちゃって…ジャックにも怒られちゃうって…。」
自分の意思とは関係無しに足先から冷たいモノが走ってくる。
お仕置きで冷蔵庫に閉じ込められたかのように全身が凍えて震えてきて…瞼が熱くなってくる。
マナは姿勢を崩して手で顔を隠すように泣きじゃくっていた。
自分でもどうしたらいいか分からずに困惑していたら頭に柔らかい感触が当たった。
「姫、ありがとな。俺凄い嬉しいよ。」
突然の答えにマナは泣くのを止めてジャッキーを見上げた。
「姫が俺の事思って嘘付いてくれるなんて悪い事じゃねぇよ。だから自分ばっかり責めるのは止めろ。そうしたって何も得しないだろ?」
見つめるジャッキーの顔はどこか寂しそうで…それでも笑っていた。
自分を叱る風には全然見えていない。
「それにさ、約束したろ?姫の事は何があっても守ってやるって。だから姫が泣こうが嘘付こうが俺様が姫を切り捨てる訳無いだろ。寧ろ姫はもっと甘えなきゃ駄目なんだよ。」
涙で濡れた頬に手を添え、ジャッキーはマナと自分の額を接触させた。
「俺はな、姫が自分に嘘付いて苦しむ顔見るのが一番嫌なんだよ。風船に空気パンパンに詰めたら破裂するだろ?それと同じだ。自分が悪いって詰め込んでたらいつか必ず破裂しちまうんだ。それで脱け殻みたいになる姫の姿を俺は見たくないんだ。そんなの姫だって嫌だろ?」
マナの濡れた瞳は霞ながらも目の前の青い瞳をしっかりと見つめていた。
爽やかな海の色の瞳を見てマナは無言で頷く。
ジャッキーもその頷きに口角を少し上げた。
「よ~し約束したからな姫。次同じ真似したらもう姫の事助けないって誓ってやる。ま、姫が俺様を裏切る事自体絶対に無いけどな。」
嘘なのか本当なのか認識する前にジャッキーはマナを抱え上げて部屋を後にする。
扉は爆風で吹き飛び、廊下も天井もボロボロになっている。
足場が脆くなった箇所をジャッキーは慎重に抜けていく。
やがて壊れていない場所まで辿り着くとマナの背中をギュッと強く抱き締める。
「姫、走るから振り落とされるなよ。」
そっと呟いて2人は別行動をしている男の元へ急いだ。
【6】
マナが心配していたそのもう1人の男は危機的状況に陥っていた。
部屋の片隅で一か所だけ大きくへこんだ床の上に倒れ、辺りには血液が広がっている。
「全く期待外れだな、ここまで弱いとは。」
ワンダは靴底でケビンの頭を踏み付ける。
「だがもうお終いだな。さっきの音…ちょうど爆弾が起爆した時間帯だからな。」
「…。」
「ウェルパの奴、今頃亡骸見て嘆いているだろうぜ。ガキの1人も守れねぇ男とはな…。」
ハハハと笑うワンダにケビンは拳を握り締める。
男の発する言葉に自分の中で我慢仕切れなくなっていた。
「ゴチャゴチャウルセーよハゲ…!」
「あぁ!?」
「お前にアイツの何が分かるんだ…!ジャッキーは天に見放されるような男じゃねぇ…いつだって自分の運を信じて…自分の居場所を守ってるんだ…!」
「…。」
ジャッキーがあの店にどれ程の愛着を持っているのかをケビンは知っている。
店を守ろうとするなら自分はどんな真似だってする男だというのも。
守ろうと決めた物は…守り抜いてみせると自分に誓ってくれた事を。
「アイツは俺に約束したんだ…。必ずマナを助けてやるって。だから俺も…アイツを裏切る訳にはいかねぇんだよ…!」
ケビンは靴底を振り払ってヨロヨロと立ち上がる。
威圧するように左手を突き出すが痛みが全身を疼いて意識が朦朧とする。
「成る程。なら望み通り…貴様から片付けてやろう。」
ズシンズシンと影の巨人がケビンの目前に立ちはだかる。
真っ赤な半月の目と口が不気味で気持ち悪く見える。
「これで終わりだぁ!死ねぇぇぇ!」
真っ黒くで太い腕が真っ直ぐ自分目掛けて落ちてくる。
ケビンは死を覚悟して目を瞑った。
《ゴメンなジャッキー…約束…守れなくて…。》
ブォォォォと風を切る音が轟音と化してワンダはニヤリと死を見届けようとした。
勝利が確定すると明らかになったその時だ。
(ハイドロスラッシュ!)
突然、大きな水の刃が横から飛んできて巨人の腕を寸断した。
刃は壁に当たるとバシャァァと弾けて辺りに水滴が飛ぶ。
その内の何滴がケビンの顔にピチャピチャと当たった。
「なっ…!なんだと…!?」
ワンダは咄嗟にその方角を見る。
ケビンも冷たい水の刺激で意識を呼び起こされていた。
《あれ…この技って…?》
―まさか。
一抹の希望を持ってその一点を見る。
「旦那ぁぁぁ!俺様のいない所で死ぬなって約束しただろぉぉ!」
部屋一杯に広がる声。
鼓膜がキーンと鳴って意識がハッキリ戻ってくる。
「ジャッキー…!?」
「野郎…死にぞこないがぁぁ!」
ワンダは大量の影の触手をその男に向かって放つ。
「無駄だぜ!」
(ブルーオロチ!)
水の龍が無数に出現して触手を食い千切り、術者に連続で体当たりしてくる。
その隙にマナを抱いてケビンの元に走った。
「旦那!大丈夫か!」
「あぁ…なんとか…な…。」
痛みに耐えきれずにしゃがんでいたら誰かが飛び付いて来た。
「ケビン…!」
柔らかいシャンプーの匂いが鼻を擽る。
「マナ…!?」
「ケビン…やだよ…死んじゃやだ…!」
無意識に受け止めたのは自分が守ると誓った存在。
小さくて柔らかくて…とても温かい少女がそこにいた。
「安心しな。俺様も姫も幽霊じゃねぇよ。」
「ジャッキー…良かった間に合ったんだな。」
嗅ぎ慣れた匂いと温もりに自然と涙腺が緩んでくる。
また自分の所へ戻ってきてくれた。
その思いのみが浮かんでいた。
「嫌だぁ…ケビン…しっかりしてよ…。」
ボロ雑巾みたいなケビンの姿にマナは我慢出来なかった。
自分を守る為にこんな姿になっていたとはと。
そうして泣きじゃくるマナの頭に暖かい手が乗せられる。
「マナ…顔上げろ。」
言われた通りにやるとケビンは胸元に当てられた小さな両手を握り混む。
白い手首には細い紐状の痕がクッキリと残っている。
その痕跡がマナに埋め込まれた恐怖を表現していた。
「ケビン…?」
「俺はまだ死なねぇよ。俺がいなくなったら…お前との約束も無駄になるからな。」
―彼は笑っていた。
何よりも大事な存在が無事な事に…心が安堵したからだろうか。
「マナ…怖い目に合わせてゴメンな。俺はもう負けねぇよ。だから泣くな。」
さっきまでの痛みが嘘のように消えて両足に力が戻ってくる。
ジャッキーは念の為にと肩を貸してくれた。
「ジャッキー手貸せ。俺1人じゃ奴は倒せねぇから。」
「合点だぜ旦那。寧ろその言葉を待ってたからな。」
「えっ?」
「旦那は何もかも背負い過ぎなんだよ。無理しないで誰かに頼むのも大事な事なんだぜ。」
痛みが多少残る背中に手が乗る。
「俺様も覚悟決めたぜ。アンタみたいな男は何度死に損ないに遭うのか目に見えるからさ。だからいつでも手を貸せる人間に…相棒になってやるってな。」
“相棒”。
その単語にケビンは驚いてジャッキーを見る。
ジャッキーは自分に振り向かずに前を見てるが…眼差しと真一文字に結んだ口元からそれが本気だと悟れた。
「…そうかよ。それなら足引っ張らないでくれよな。」
改めて覚悟を決めたと実感していたらビシャビシャと水を払う音が2人の耳に響く。
全身ずぶ濡れのスキンヘッドが黒い影を纏って立ち上がっていた。
「ウェルパ…何故だ?何故貴様は生きているんだ!?」
「確認もしないで死人扱いするな。諦めない心があれば…幸運の女神は何度だって振り向いてくれるもんさ。」
【7】
己の持論を振りまきながらジャッキーは自分に指示してきた男を睨む。
勝負師一筋で生きてきた彼の人生を表現するような口振り。
だがそれもワンダは一蹴するかのように怒鳴る。
「黙れ!貴様一体何を仕掛けた!?仮にガキから引き離してもあの爆弾は想定以上の威力が高い物の筈…なのに何故生きているんだ!?」
ジャッキーはヤレヤレと頭を抱えて口を開く。
「確かに…俺様が部屋に入った時点で爆弾のカウントは残り10秒になっていた。あそこには窓もねぇし…仮に廊下に放り投げてもどれ程の威力があるのか予測出来ないから…迂闊に処分するのは困難だった。」
迷路のようなこの屋敷を攻略するなど素人には到底無理な話だ。
その無理難題を彼は切り抜けて来たのだ。
「なんだと…貴様どうやってあの部屋を見つけた!?」
「大体爪が甘いんだよテメーは。爆弾の電子音が微かだが…部屋から音漏れしていたんだ。あとは耳の穴こじ開ければ何処から聞こえるのか位直ぐに探せるしな。」
自信満々に告げるジャッキーの表情はどこか吹っ切れて笑っている。
子供を餌にした事への怒りか、それとも自分の運を玩具のように試された事への憤りか。
どっちなのかは分からない。
だがケビンは何も口出しせずに相棒の横顔を見つめる。
「それと爆弾だが…解体も処分も出来ない以上、やれる手段は1つだけあった。その場で起爆させる事だ。それで閃いたのさ。何かで包めば起爆しても被害を最小限に抑えられるってな。」
「包む…。」
そこでケビンはあっ、と何かに気付く。
確かジャッキーのスキルは自分の能力と対を成す水の力。
つまり、何かを包んだり覆ったりするにはピッタリの能力だと。
「けど流石に危なかった。あと数秒見つけるのが遅れてたら…俺は自分から命絶ってかもしれないからな。旦那の大事な物守れなくて…ゴメンってな。」
笑うように語る背中。
それにケビンは驚く。
まだ見知ったばかりなのに自分に手を伸ばし、自分の大事な人間を守ってくれた男に。
「ジャッキー…。」
「俺様さ…正直言って最初は旦那がただの命知らずにしか見えてなかったんだ。でも今は違う。大事な人間守って…会ったばかりの人様の命も全部自分1人で背負っちまう…馬鹿正直な大馬鹿者だって見えてるんだ。」
そこまで告げると帽子とコートを取り払って床に投げた。
「旦那の大事な物は俺様の大事な物でもある。それを奪うってなら…誰だろうが容赦はしねぇ。俺様は今この場で足洗って…旦那と一緒に旅に出るんだ。世界を守るっていう一世一代の大勝負に勝つ為になぁ!」
左腕をガバッと振るうと足元から水流が突き出した。
溢れた水は一ヶ所に集まって巨大なドラゴンに姿を変える。
「生意気な事言いやがってクソガキがぁ…!血祭りにしたらぁぁぁ!」
影の巨人の足が床を踏み鳴らし、辺りが大きく揺れる。
「血祭りになるのはテメーだろうがぁぁこのハゲェェェェ!」
水のドラゴンが雄叫びと同時に巨人に向かって飛ぶ。
「ウラァァァ!」
巨人の太い腕から繰り出されるパンチがドラゴンの顔面を直撃する。
そこから胴体が真っ二つに割れて地面に飛散した。
しかし飛び散った水流は猛スピードで集結してまたドラゴンへと変わる。
「何度やっても無駄だぜ。水は形の無い物…あらゆる手法を受け流すのさ。」
蒼い龍が三度巨人へと向かう。
「無駄だァァァ!」
ワンダは触手を伸ばしてきた。
触手はドラゴンを払い除けてただの水の塊にする。
しかし砕かれる寸前、その体の下腹部から一回り小さなドラゴンが分裂された。
「何っ!?」
2体目のドラゴンがワンダの体に噛み付き、そのスピードのまま壁へと突っ込んだ。
土煙と水滴とが混ざり合ってポタポタと落ちる。
ジャッキーは左腕をグルグルと回しながら威張るように告げる。
「ざまぁねぇな。」
「フン、ソイツは…どうだァァ!」
だが直後に自分の背後に大きな気配を感じてジャッキーは振り向く。
そこにはあの巨人が消えずに残っていた。
「まさかコイツ…消えないのか!?」
「無駄なのはテメーだなウェルパ。ソイツは俺の影から産み出されている存在…俺が倒れない限り消滅する事は無い。」
大きな平手が地面を押し潰してくる。
なんとか回避しようとするもいつの間にか足首を掴まれて身動きが取れなくなっていた。
【8】
抵抗も空しく、ジャッキーの真上から黒い手が迫ってくる。
「ジャッキー!」
ケビンは黙ってるのが限界と生じてマナを床に下ろす。
ところが音も無く忍び寄った影の触手が手足に絡まって動けなくなった。
「コイツは余興だなぁ、邪魔者を一度に始末出来るからよぉぉ!」
マナは2人の男のピンチにパニックになってきた。
同時にこの場にいながら何も出来ない自分の無力さも込み上げてくる。
《マナも…マナにも力があればいいのに…!》
親も知らずにひとりぼっちだった自分。
そんな自分にケビンとジャッキーは手を伸ばしてくれた。
2人が目の前で死ぬのなんて見たくなかった。
マナは泣くのを忘れてしゃがみ、頭を抱えてしまう。
《いやだ…もう…1人でなんか…なりたくないんだ…!!》
その間にも不気味な触手が2人に襲いかかろうとしていた。
途端に腹の奥から逆流しそうな何かが溢れてくる。
それをマナは思わず叫んだ。
「ケビンとジャックを…もう傷付けないでぇぇぇ!」
―それはまさに突然だった。
心臓がバクバク鼓動して不思議な力がみなぎってくる感覚が走る。
するとマナの一帯から凄まじいオーラが溢れて触手の動きが止まる。
「な、なんだ!?」
ワンダが目を見張ると自分の触手に何かが巻き付いていた。
―小さくて細い木の根。
それはこの場の人間達が披露してない力だ。
「なんだコレは…まさかあのガキがやったのか!?」
ワンダは新たな力が邪魔だと触手を操ろうとする。
だがピクリとも動かない。
細い木の根でもそれが1本より2本、2本より4本、沢山巻き付けばより強度は増えて簡単には払えなくなってしまう。
「ええいクソ!どうなってるんだ!?」
この隙にケビンは力の弱まった黒い腕を自力で振り払い、ジャッキーの真上に火球を飛ばす。
黒い腕はたちまちの内に消し炭になった。
ジャッキーも足元の影を振り払って脱出する。
「旦那…一体何が!?」
「俺でも分からねぇ。あんな力…誰が…」
そこでケビンはようやく諭す。
この見知らぬ能力…そして先程の凄まじいオーラ。
「マナ…?」
矛先である少女は床に座り込んで震えていた。
その目線は自分の両手に向けられている。
「今の…お前がやったのか?」
ケビンは声を掛けるがマナはパニックになって返事が返ってこない。
それでも小さな手の周りには可愛らしいピンク色のオーラが纏われている。
《この感覚…まさか…》
―自分も目覚めた時にはまさかと驚いた。
普通の人間の常識を超えた力を備えている自分。
そのせいで周りから異端の目で見られた悲しい過去を。
「旦那…?」
「間違いねぇ。このオーラは…スキルが目覚めた証拠だ。」
「えっ?まさか…姫が!?」
ジャッキーは信じられない表情でマナとケビンを交互に見返す。
「前に本で読んだ事あるんだ。俺みたいに先天性のスキル使いの中には自分が能力持ちなのを理解せずに成長して…ある程度大きくなった頃に自然と能力が発動する時があると。」
そこでケビンはもしやと考えを抱く。
自分とジャッキーの傷付く姿を見て自分も力になりたい。
そんなマナの強い気持ちが眠っていた力を呼び起こしたんじゃないかと。
「俺も初めて能力使った時もそうだった。頭の中真っ白になって…気が付いたら周りから白い目で見られてた。以来俺は…他人の前で能力使うのを躊躇う様になっていったんだ。」
震える小さな両手をケビンは包み込む。
「ケビン…。」
「マナ…1つ聞かせてくれ。今の自分が怖いか?」
身に覚えもない力の片鱗にマナは素直に頷く。
「やっぱりそうか。でもそれは可笑しな事じゃない。俺も使い始めの頃は怯えてばかりだったから…お前の気持ちは素直に伝わってくるよ。」
包まれた手が徐々に熱くなってくる。
「でもこれだけは言わせてくれ。俺は…お前を見捨てる事なんか出来ない。例え曰く付きでも…これ以上お前を1人にしたくないんだ。」
「ケビン…!」
【9】
自分の名前を呼ぶ声が涙ぐんでいると悟って優しく抱き締める。
「お前がスキル持ちでも構わない。俺は傍にいる。何があってもな。」
小さな背中を擦る手に別の手が乗せられる。
「旦那、俺様も忘れないでくれよ。」
「ジャッキー…。」
「言っただろ。アンタの相棒になるって。なら姫を見守るのも…俺に背負わせてくれ。」
「あぁ…そうだな。」
細くて長い指が自分の手をしっかりと絡めてくれる。
―何が起きても離さないとばかりに。
《ん…?待てよ…。》
そこでケビンの眼差しが変化した。
まるで突破口を見つけたように。
《そうか…アレを利用すれば…!》
遂に掴めた勝利の糸口。
このチャンスを無駄にする訳にはいかないとケビンはマナに囁く。
「マナ、聞いてくれ。アイツを倒すには…お前の能力が不可欠なんだ。」
「えっ?でも…」
「分かってる。まだ目覚めたばかりで役に立たないって事だろ?でもその気持ちが強いといつまで経っても成長しないんだ。」
白いワンピースの布地を破れる位握り締める。
「もっと自信持て。お前は思ってる以上にやれば出来る子なんだ。自分は一番だって、嘘でもいいから胸張れる位の気持ちを持つんだ。」
「…自分は…一番…」
迷うマナの耳にブチブチと嫌らしい音が聞こえてくる。
ワンダの触手が木の根を強引に断ち切っていた。
「どいつもこいつも舐めた真似しやがって…!纏めて始末してやるぞオラァァ!」
ビュンっと風の切る音がして大量の触手が3人目掛けて襲ってくる。
でもケビンは怪しげな笑みを浮かべてマナの背中に手を添える。
「掛かったな…頼むぜマナ!」
その一言にマナの顔から迷いが消える。
―こんなにも後押ししてくれているのだ。
自分もそれに答えるべきだと。
クルリと振り向くとそっと両手を前に出した。
すると地面が隆起して巨大な蕀が現れる。
蕀は真っ直ぐに飛んで触手に絡み付いていく。
「フン、同じ手を使う気か。そんな事は無駄…」
「ウラァ!」
骨が折れる程の強烈な指パッチンでケビンは蕀に着火した。
すると蕀から絡み付いた影に向かって一気に炎が流線を描いていく。
―そして。
「ギャァァァ!」
大きな黒い巨人が業火に包まれ、更に炎の波はワンダへと流されていった。
逃げる事も出来ず、何千度か分からない火は容赦なく肉体を焼いていく。
流石にグロ過ぎるとケビンはマナを抱いて背中を向けた。
彼女にこの光景を見せないようにと。
メラメラと燃える炎を凝視しながら相棒が茫然とばかりに尋ねる。
「旦那…こんな荒業どうやって?」
「あのデカブツは影から産み出されてるって言ってたろ。つまりは肉体の一部、消せないならその影を何かで絡めて火や電気を流せば良いだけの話だ。」
凄まじい悲鳴と焦げた臭いが辺りに充満してくる。
ジャッキーは顔を歪めながら鼻と口をハンカチで覆う。
「なぁ、後先悪いけど消火していいか?流石に気持ち悪くなってきたわ。」
「…好きにしな。」
了承を貰うと直ぐに水流の放水を男目掛けて放出する。
大量の水は数秒で炎を鎮火させた。
その場からは黒い煙を出しながら尚も仁王立ちする男が現れた。
肉体は真っ黒になって身動き一つしない。
「死んだか…?」
「さぁな。それより今の内に逃げねぇか?少し用事も思い出してさ。」
その時。
ゴゴゴゴと地割れのような音が鳴った。
ふと見ると影の巨人が不気味に笑いながら3人を見下ろしている。
「コイツ…まだいたのか!?」
「どうやら完全に暴走してるな。もう術者なんかお構いなしに暴れてるんだ。」
しょうがないとばかりにケビンは胸の前に両手を持っていく。
すると手の中で小さな火球が作られる。
「本体と切り離された今…アレは実体だけのバケモンだ。ジャッキー、能力貸してくれ。」
「あいよ。」
手から浮かび上がった火球はモゴモゴ動きながらその形を変えていく。
すると光を放ちながら球は弓へと変貌した。
握り手に不死鳥を模した金の装飾が飾られた銀色の弓をケビンは握り込む。
ジャッキーも右手を高く突き上げて背後にドラゴンを召喚する。
「用意は?」
「いつでも良いぜ。」
相棒の返事にケビンは右手の人指し指に小さな炎の矢を生み出す。
その矢を弦に掛けて引き絞った。
「ゴァアアアア!」
「喰らいな堅物野郎!」
(フェニックスアロー!)
(ドラゴインパクト!)
ケビンの矢とドラゴンが放った水の衝撃波が同時に撃たれる。
矢は不死鳥へと姿を変え、その体に水流を纏っていく。
そしてその間から右がオレンジ、左が青と体が2色に分かれた巨大な不死鳥が降臨する。
「貫け!」
(オーシャンフレイムアロー!)
甲高い鳴き声を発しながら不死鳥は巨人の胸元を貫き、そのまま天井高く飛び上がった。
そしてキュイイイと鳴きながら頭頂部に直撃し、そのまま全身を貫く。
笑っていた巨人の表情はグニャリと歪んで悲痛に変わる。
「…ジ・エンドだ。」
―パチッ。
得意の指パッチンを披露すると体内で不死鳥が大規模な爆発を引き起こした。
その光景はまさに大輪の花火とも言える。
「思ってた以上に汚い花火だな。」
「…同感だ。」
炭の塊がサラサラと落ちるのを見届けて2人の男は部屋を後にする。
その表情はとても晴れやかだったとか…。
【10】
大量の男達があちこち倒れている屋敷の内部。
その最上階には秘密の部屋があった。
部屋の面積の半分を埋め尽くす程の馬鹿デカイ金庫の扉が無理やり壊され、中に入っていた札束が外に溢れている。
「これは凄い宝だな。」
「ウチのカジノの売り上げはほんの一部だ。他にも色んなトコから金巻き上げて貯め込んでんだよ。」
2人は途中で手に入れた袋に金を入れている。
勿論、店に返す金額とそれ以外の場所に寄付する分だ。
「残ったら旦那にやるよ。長旅で大金必要なんだろ?」
「そうだな。世話掛けて悪いな。」
ケビンはグッタリと項垂れたマナを抱き締めて窓の外を眺める。
幼い少女は突然の発熱に魘されていた。
「安心しな。宿代と姫の治療費も俺様が負担してやるよ。それに金銭管理ならこれから俺様が…」
「シッ!」
ケビンは人指し指を口元に当てて外を見返す。
ジャッキーも何事かと見下ろすと外からワーワーと声がした。
「この屋敷です!」
「早くコッチに!」
数十人の男がこちらに向かっている。
服装を見るとカジノにいた常連客達だ。
その内の何人かの声にジャッキーは叫んだ。
「おうお前ら!ここだ!」
大声で手を振ると1人が気付く。
「ジャッキー!良かった、無事なんだな!」
「当たり前だろ!盗まれた金も見つけたぜ!今降ろすから受け取ってくれ!」
そう言うなやジャッキーは札束を詰め込んだ袋をシャボン玉で包んで浮かばせる。
フワフワとシャボン玉は窓を通過し、ゆっくりと地上へと降下していく。
常連客はおぉお、と驚きながら袋を見つめる。
「凄い量だなぁ…。」
「よし運ぶぞ!皆手伝え!」
運び出した合間にもジャッキーは次々と袋をシャボンで包んで降ろしてくる。
シャボン玉は頑丈に作られているので割られず、それを3人、或いは4人掛かりで運んでいく。
一方で制服の人間が屋敷へと突入していく。
「旦那、どうやら警察の捜索入るみたいだぜ。俺様達も引き上げないと。」
「そうだな。」
最後の袋を降ろすと2人はそのまま窓から飛び降りた。
そこでもジャッキーはシャボン玉をトランポリン代わりに打ち出してボヨンっと泡の上で跳ねて着地した。
「おう兄ちゃん、女の子見つかったのか?」
「あぁ、心配掛けて悪かったな。」
ケビンに抱かれているマナの姿を見た客達は良かったなぁとホッとしている。
「街に戻ったら医者を呼んでくれないか?急に熱出してグッタリしてるんだ。」
「勿論さ。ホテルも用意してやるよ。色々ありがとうな。」
客達に囲まれてケビン達は屋敷を後にしていく。
その光景を最上階の窓から怪しく見守る1人の警官がいた。
「どうした?」
先輩らしき男が声を掛ける。
「…あのツインテールの子供…どっかで見た事あるなあって思いまして。」
「なんだ?自分トコの子供に似てるとかか?」
「そんなんじゃなくて…面影が誰かに似ている気がして…。」
話している間にも噂されている少女の姿はどんどん遠ざかって見えなくなっていった。
「一応本部に報告しとくか?もしかしたらって…可能性もあるしよ。」
「そうですね…。」
―この時はただの偶然とばかり思っていた。
彼らは長い間、ある人間を探していたからだ。
その人物はもっとも地位の高いある男の血を引く人間だった。
男は任務の傍ら、その人間の居所を探してほしいと部下に指揮していた。
それも1年や2年の話ではなかった。
この出会いが後に…大きな転機を引き起こすとは…まだ誰も知る由も無かった…。