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エレメントバトリッシュ  作者: 越後雪乃
~第五幕・新たなる敵と兄弟の登場~
29/34

最悪の窮地!浮かぶ知恵と支部長の本心

【1】

青々した葉が年中生い茂るカラコロ山。

標高は2千メートルにも至らず、登山道も整備が整っているのでビギナーの登山客からも「遭難する山では無い」、「登山の練習に最適」と好評が上がっている。

でも山なのに変わりは無く、頂上付近は道が曲がりくねっていて足を踏み外し易くなっていた。


頂上までの一本道から少し逸れた場所に小さな横穴が開けられている。

大昔、源泉を堀りにきた作業員が切り開いた所等という逸話があるがハッキリ言って中に入ろうとは思わない場所だ。

その穴の頭上に黒い稲光が走り、不気味な黒い渦が唐突に現れた。

穴から1人の男が落ちてきて地面に着地し、遅れてもう1人も地面に足を付けた。

「よーし、着いたぞ。」

「いや着いたぞって…何処だよココ?」

振り向いた先には木しか無い場所でケビンは周囲を見渡す。

「勘弁しろよ。何処に降りるかは俺だって分からねぇから。」

「なんでそんな悠長に…ゴフッ!」


大丈夫なのかと続けようとしたケビンはそこで地面に叩き付けられた。

ポッカリ開けられた渦からまた一人落ちてきてケビンにダイブしてきたのだ。

《ケビン様すいません!ご無事ですか!?》

「…これがどうやったら無事に見えるんだよ?」

背中に乗っかる赤い上着のうさ耳少年に振り向くとラビは降りて目の前で土下座した。

《ケビン様…お気に召さらなければこの私、煮るなり焼くなりしてくだされ!》

「例えのスケールがデカ過ぎるだろ。第一お前なんか焼いても…グホッ!」


どうしてこうなった。

まさにその言葉が自然と零れそうな展開が巻き起こっていた。

ラビがしきりに名前を叫ぶその眼前でケビンは後ろから来た男の下敷きになってしまったのだ。

《ガデフ様~!ケ、ケビン様が…あぁ!骨がメリメリって音が耳にぃぃぃ!》

「落ち着けやこのアホ!」

キドマルの真似で耳を引っ張るとラビは止めてだの千切れるだと暴れ出し、ガデフはその場から腰を浮かせる。

「…誰かソイツ埋めてくれねぇか?」

「アカンで。コイツは埋めた所で肥料にすらならへんやろ。」


二度も地面に這いつくばられながらケビンはゆっくりと体を起こした。

着ているスーツは土や木の葉や木の枝まみれになって髪の毛も砂まみれだ。

「なぁ…着いたはええけどここ山やないか?遭難してもうたんかワシら?」

「大丈夫だよおっちゃん。ここはカラコロ山の山頂へ続く一本道だ。この段差越えれば直ぐに下山出来るよ。」

「でも今は下山するのは無理ね。まだ制服警官がウロウロしてるかもよ。」

山道を見下ろすと警官らしき影は無い。

だがここへ登ってくるのも有り得ない話では無いだろう。

「兎に角今は大人しくするしかねぇな。あの穴で休むしかないだろ。」


ユリウスが先導して入った横穴は読み通り薄暗い。

山の天気は変わりやすいので雨などが降るのも予測し、ここへ留まるのは正解だろう。

でも流石に明かりが無いと全員が不安がるので

焚き火は起こそうと満場一致で決めた。

穴の回りに落ちていた太い木の枝を集め、ケビンのスキル能力で火を付けると暗い横穴の壁がオレンジ色に染まった。

「ほぉ、真昼のキャンプファイヤーも悪くねぇかもな。」

「…冗談言ってる場合かよちい兄。」

「でも火があるだけでも違いますよ。皆の顔とか見えますし。」


パチパチと枝が爆ぜる音がして外に煙が漏れる。

ラビは人間体から兎に戻って火が纏って燻る枝をまじまじと見ていた。

《なんか…焚き火って綺麗なんですね。》

「あ?」

「あ、すいません。ほらラビ、あんまり近寄ると燃えちゃうよ。」

黄金色の毛に火花が引火しないようにキドマルはラビを抱いて自分の膝に座らせる。

「家にいる時…お母さんがコンロ使ってると必ず近寄るんですこの子。なんだろう…燃えている火が幻想的に見えるらしくて。」

「へぇー、そんなに人間臭いんだなコイツ。」


【2】


頬杖を付きながらラビを見つめたユリウスは胡座の姿勢で焚き火に視線を写す。

「さてと…これからどうするんだケビン?」

「え?」

「忘れたのか?お前の首には賞金が掛けられてるんだ。このまま逃亡してもいずれは見つかるだろ。」

まさに八方塞がりになってしまい、全員が俯いて明るい横穴がまた暗くなってしまった。

その時だ。

「あの…ユリウスさん。」

ペットの首を撫でていた雷の少年が遠慮がちにユリウスに口を開いた。

「なんだ?」

「僕…ずっと気になってる事があるんです。あのグスタフって人…どうしてケビンさんに賞金なんか掛けたのかなって。」


何を今更と口出ししようとしたユリウスはそこでん?と疑問詞を唱える。

「だってケビンさんの名前を知ってる警察の人は極少数なんですよね?それに有名なのは寧ろケビンさんのお父さんの方なんですよ?だから誰かが漏らしたのかなって。」

「…。」

ユリウスは直ぐに返答せず、上着からシステム手帳を取り出した。

「…俺はコーラルさんがそう簡単に口を滑らせるとは思えないんだ。だって親父からも口止めされてたんだ。自分の家族の噂は絶対に広めるなって。」

「じゃなきゃなんだ?親父さんの事を知ってる人間と裏で繋がってるとか?」


父親を知る人間は絞るとかなり限られている。

それを掘り下げるように唸っていたらユリウスは何か閃いたように待てよと呟く。

「なぁ…その線、“当たり”かもしれねぇ。」

「え?」

「実はさ、グスタフの事でコーラルさん言ってたんだ。確証が無い訳じゃねぇけど…奴は警察とは別に裏家業してると。」

裏という単語にケビンも兄に顔を向ける。

「裏ってなんだ?武器でも売ってるのか?」

「…もっとタチ悪いぜ。奴が売ってるのは…人間だ。」


横穴の入り口から強い風が吹き付け、焚き火の炎が激しく揺れる。

《人間を売る…人身売買ですか?》

「あたぼうよ。それも公にならないように拘置所や留置所にブチ込まれた囚人ばかり売ってる噂だ。だからって許される罪じゃねぇのは分かってるだろ?」

ぶっきらぼうに話ながら懐に手を入れるとセロハンの切られた煙草の箱がチラリと見えた。

箱を振って飛び出した一本を咥えるとケビンがライターよりも早く指パッチンで火を付けた。

フーッと息を吐くと焚き火の煙に混じって天井に消えた。

「それに厄介事はもう一つある。奴が売り付けてる人間の買い手だ。」

「買い手?誰なんだ一体?」


弟からの質問には直ぐに返答せず、思い更けるように瞼を閉じるユリウス。

暫し唸った末、覚悟したように目を見開いた。

「…ビルスだ。」

「えっ?」

「ウォンキッド・ビルス、裏の社会じゃ知る人ぞ知る有名人だ。お前も覚えてるだろ?」

ユリウスの握る煙草がぼやけて人の骨に見えた時、ケビンの背中に冷たい何かが走り抜けた。

―それは遠い昔、たった一度だけ聞かされた名前だった。

そこに写るのは幼い自分達兄弟、そしてベッドに横たわる父親。

部屋の外では母親とコーラルらしき男が何か話している。


会話の内容が気になって気付いたら扉越しから声を拾っていた。

他人に聞こえないような小さな声、それをポツリポツリと。

―「こちらも行方を追っているが…無事に捕獲出来るかは定かでは無い。もしかしたら一生…」

―「…良いわ。」

―「何?」

―「無理して見つけなくても良いの。あの人の傷をこれ以上抉りたく無いから。」

―「本当かテッシー?でも奴を…ビルスを野放しにしておけば…!」

―「私の事は心配しないでって言ってるの。もし会えたらその時は…私の手で葬ればそれで済む訳だしね。」

不安がるコーラルと自信に満ちた母親。

ケビンにはそれが不思議に見えていた。

さっきまで夫の容態を言われて…泣き崩れていた母親は何処にもいなかったからだ。

―「兎に角彼の事は私に任せて。あの人に前を見させるようにしないといけないから。」


それ以来、ケビンはその名前を聞いたり聞かされた事は無かった。

だから記憶の片隅に仕舞って鍵を掛けていた。

その鍵をユリウスは外したのだ。

今こそ仇討ちする時だとばかりに。

「ビルス…って何者なんだ?」

「知らねぇか?裏の世界じゃ超有名な奴隷商人だ。そして…ウチの親父が生涯で唯一仕留め損ねた人間でもあるんだ。親父はソイツに返り討ちにされて…引退を余儀無くされちまったんだよ。」

―仕留め損ねた。

その単語にユリウス、いやケビンを除く全員が戦慄した。

名前こそ初耳だが…それ以上にそれに良く似た話を彼らは聞かされていたからだ。


【3】


不快な沈黙の時間が再度流れ始めようとした時、ケビンは焚き火の枝が燃え尽きる音に反応した。

「どうした?」

「…ちい兄。今何か聞こえた?」

焚き火ではない音がしたとケビンは立ち上がって横穴の入り口に向かう。

ユリウスも不安そうに弟の横に立つと目を閉じて意識を耳に集中させる。

するとバキューンと乾いた銃声らしき音が遠くから聞こえた。

「…ケビンさん。」

「…皆はここにいろ。直ぐに戻る。」


大人数では返り討ちにされるとケビンが言うとキドマルも頷いて後ろに下がる。

そんな主を見つめていたラビはピョンと飛び跳ねてケビンによじ登った。

《私も行きます。案内役になりますので。》

「お、そりゃ頼もしいな。」

へへっと笑いながらユリウスは顔を引き締めて拳銃を構えるとケビンの後ろに続いた。

横穴を出て山道を下ろうとしたら二発の銃声が響いた。

「ちい兄、どうやらバレたみたいだぜ。」

《どうするんですか?》

「任せろ。俺が逆に痛い目見させてやるから。」


ここまできたらとことんやると言い張る兄にケビンは心配しつつも頼りにしてると言った目で返した。

ガサガサと木の葉を踏みながら道を下っていくとケビンが足を止めた。

「居たか?」

「いや、なんか…鳴き声が聞こえた気が…。」

もしやこの山は動物の住み処なのでは。

そう考えていたらまた銃声が聞こえた。

「おいケビン、もしかして奴さん…追われてるんじゃねぇのか?」

「…つまりなんだ?」

「俺らを探しに来たのは良いがヤバイ物に遭遇して逃げてる、そうは思わねぇか?」


山に住む動物で人間に危害を加える種なら思い当たるのは熊か猪か蛇か。

百歩譲って猿や雀蜂の可能性もある。

色々想像していたらグワァァァと突き上げるような雄叫びが聞こえた。

「いるぞケビン、かなりヤバイ奴だ。」

「だろうな。ラビ、分かるか?」

《この声の野太さ…差し詰め熊ですわね。相当お怒りモードのようですわ。》

ケビンの肩でラビはムクムクの毛から角を伸ばした。

その先端を左右に振りながら熊の体臭を探る。

《…誰か襲ってますね。多分人間でしょう。ここを下って左に逸れた所から反応があります。》


そこから先は素早かった。

ラビの案内で向かった先の茂み、その向こうでグルルルと唸る毛むくじゃらの動物がいた。

その動物の顔や足の近くを何発も銃弾がかすっていく。

熊に銃口を向けるのは鼠色の地味なスーツの女性だ。

追い払おうとしてるのか、何度も熊に向けて発砲するも怒り狂った熊は逃げずに接近していた。

「なんなのよ…どっか行きなさいよ!」

カチカチと軽い音がして弾切れなのが分かると女性は途端に過呼吸になって熊を見つめた。

「ねぇ…お願いだから…。」


言葉が通じないのはまさにこの事。

死を覚悟して悲鳴を上げそうになったその時。

「キュイイイ!」

「ギュアアア!」

熊では無い別の雄叫びが聞こえた。

一体何処からかと探ると熊の背後に禍々しい物体が浮かんでいた。

それは人間の目でもハッキリ見える歪な生き物だ。

一つは大きな翼を広げて鳴く真っ赤な鳥。

一つは上半身が鳥、下半身が四足歩行の動物という見た事無い生き物だ。

「グガガ…グルゥ…。」

人を脅していた熊は自分より遥かに強い殺気を感じたのか、ビクビク震えながら森の方へ逃げていった。

女性はその場から動けず、見知らぬ生き物に視線を集中させる。

「心配するなよ。ソイツらは具現化された命だ。見知らぬ他人を襲ったりなんかしねぇよ。」


ビーストの背後から現れた二人の男。

その内の一人の顔を見て女性はハッとした。

「ユリ…いえカーマイン君。」

「どっちでも構わないさ。それよりこんな所に一人でいるとは物騒じゃねぇか…支部長。」

ユリウスはテトラの前にヤンキー座りすると顎を摘まんで持ち上げた。

「…どういうつもりよ?」

「それはコッチの台詞だ。アンタこそ何してるのかって聞いてんだよ。そんなスカート&ヒールで山登りするとは自殺に行くようなもんだぜ。違うか?」


ユリウスは尋問しながらテトラの手から拳銃を押収した。

引き換えにケビンが予備動作無しに接近してテトラをお姫様抱っこで持ち上げたのだ。

「何するのよ貴方達!下ろしなさいよ!」

「無理すんなって。そんな靴で歩ける訳無いだろ。だったら隠れられてた筈だ。」

アイコンタクトを交わした兄弟はひとまず話を聞こうとさっきの横穴まで戻り始めた。

「コラ!下ろしなさいって言ったでしょ!命令が聞けないの!?」

「ハイハイ、取り調べでも尋問でも拷問でも何でもしてやるよ。」

「なんなら年中カツ丼生活にでもしろよ。」

《ケビン様、そんな炭水化物ばっかり食べたらブックブクになってエルザ様に捨てられますわよ。》

「…上等じゃねぇか。後で覚えておけよコラ。」


【4】


漫才みたいなやり取りをしながら三人と一匹は煙が漏れる横穴に到着した。

テトラはケビンに抱かれた姿勢で中にいた人間を見ると赤面した。

「いい加減にしなさい!こんなみっともない姿をお嬢様に見せたくなんか無いわ!」

「あ~あ分かったよ。今下ろすから。リュウ、ちょっとこの人の足見てくれるか?歩けないってよ。」

「…って馬鹿!何トンデモ発言してるの!怪我なんかしてないわよ!」

「了解。おっちゃん、ジャンパー貸して。」


テトラの忠告など受け流してリュウガはメディカルサックを開けた。

患者を汚れた地面に寝させるのは医者の摂理に反するのでガデフのジャンパーをシート代わりにしてテトラをその上に座らせた。

滅菌手袋を装着した手でヒールを脱がせると両足の踵の中央がパックリと割れて赤い肉がチラ見していた。

「あちゃぁ…靴ずれ起きてるね。てかこんなヒール履いて良く登ってこれたな。感心するよ。」

肉が割れた部分を消毒液を浸した綿球で触るとテトラは痛みに顔を歪ませた。

「おいおい、大人なんだからちょっとは我慢しろよ。」

「出来ないわよ!てか貴方そんな事して良い訳無いでしょ!」

「大丈夫だよ。俺は赤ん坊の時から人の体メスで切るの見て育ったんだから。」


暴れるテトラをガデフが必死に押さえながらリュウガは靴ずれの箇所に透明なテープを張り、更に包帯で固定した。

「これで良いよ。暫くは新しい靴は履かない方が良いかもね。」

自分より幾つも年下な青年に説教されてテトラはもう何も言えなくなってしまった。

それを見てユリウスは新しい煙草を咥えた。

「さてと…ゆっくり話聞かせて貰いますよ支部長。」

「…。」

「俺が憎いなら好きにしろよ。どのみち俺はもうクビにされる覚悟はあるんだから。」


ここまでくるとユリウスの目から彼女は上司では無くなっていた。

犯罪者を保護する真似をしてお咎めナシで済ませられないと分かっているからだ。

テトラは踵を負担しないように体育座りすると口を開いた。

「…信じないかもしれないけど聞いて。私は貴方達を保護しようと探しに来ただけよ。」

「保護やと?逮捕の間違いとちゃいますか?」

「そうじゃないわよ!私は…」

「アンタ自分で何しとるか分かっとるんか?今アンタの目の前にいるのは自分のボスの子供をず~っと匿っていた善良な人間なんやで。そんな奴に変な罪状と賞金掛けて今更何言い訳しとるんや?」


グサグサと心臓にナイフが突き刺さったような感覚がしてテトラは脛に添えた手を強く握った。

「…端から見ればそうかもしれないわね。でも分かって。私は貴方達を…」

「いい加減にしろや!コイツにどれだけ濡れ衣着せれば気が済むんやボケ!」

ビリビリした大声と共にドーンっと突き上げるような音が響いた。

ガデフの拳が岩壁に当たり、天井から砂と小石がパラパラ落ちてくる。

突然の行いに全員が沈黙しているとシクシクと啜り泣く声が小さく聞こえてきた。

「…ガデフさん止めろ。俺は大丈夫だから。」


紫の瞳がギロリと睨む先に目を赤く染めた男が立っていた。

その腕には泣きじゃくる我が子をしっかりと抱いている。

「アンタの気持ちは受け取ったよ。だから落ち着いてくれ。」

壁にめり込んだ拳を包まれるとヒリヒリした熱波が伝わってきた。

ガデフは狂気に満ちた顔を浮かべながらも自分の定位置に座り直した。

見届けたケビンはヤレヤレと言った感じでテトラに振り向く。

「良いよ、続けて。」

「え?えぇ…。」


推され気味になったがテトラは咳払いして再度口を開いた。

「…貴方達を保護しに来たって話は本当よ。それにこれは総司令から与えられた任務なの。」

「…マナの親父さんですね。」

ケビンは抱っこの姿勢のままテトラと対面する姿で座った。

「で?任務とは一体?」

「…総司令はグスタフの動きが怪しいと前々から把握しててね、それで貴方達がクラウンセントラルへ向かっていると突き止めたタイミングで私に言ってきたの。“何か起きるかもしれないから潜り込んでほしい”と。」

「…じゃあ連絡が途絶えたのは?」

「総司令から口止めされたの。報告云々は無闇に伝えてくるなって。そうすれば向こうもスパイがいるって感付くからって。」


ケビンの後ろでは彼の仲間が互いに見合って不安な表情になっていた。

会話の内容が出来過ぎているとも嘘とは思え無いとも思って何とも言えない雰囲気になっていた。

「…理由は分かった。じゃあちょっと話題変えるけど…なんでグスタフは俺らがここにいるって突き止められたんだ?」

「簡単な事よ。副司令の携帯のGPSの発信元を探って来たんだから。馬鹿だと思うでしょ?実際アイツは副司令にずっと因縁付けてたの。貴方の父…エドワード・ロッソ・ギルクが生きていた頃からずっと。」


チクリと心臓が鼓動してケビンは胸元を掴みながら目を閉じる。

「副司令とロッソの関係は極秘にされていた筈なの。でもグスタフはそれを何処からか掴んでね、以来ずっとネチネチ嫌味漏らしてたの。警察は上下関係が厳しいから流石に下手は打たなかったけどね…。」

テトラの言い分は確かに正しい物だ。

エドワードは悪党のみをターゲットにしていた善良な殺し屋だ。

でも悪党だけを狙っていても端から見れば極悪人に変わりは無い。

そんな人間を警察が気に入るなんて有り得ないのだ。

「アイツは何がなんでも副司令を失脚させようと画策してたの。だからこんな真似を…。」


ケビンはそこで自分の存在が利用されていると気付いた。

自分に賞金を掛けて捕まえようと仕向けていた事も。

当然ながらコーラルがこの作戦に乗じるのは考えられないのも全て見越して。

「…コーラルさんは?」

「シンメイ共々向こう側の人間に捕まったわ。後は貴方達の身柄を確保すれば全てが終わる…そう思ってるみたい。」

グシャリと紙が握り潰される音がし、見るとユリウスが吸っていた煙草をグシャグシャにしていた。

「連中は今何処にいるんだ?」

「分からないわ。でも本部に顔出そうとしてるのは明確ね。総司令の前でアレコレ演技する気でいるからきっと。」


そんな真似をしても無駄なのにとテトラは呟き、ユリウスもだなと同情する。

「自分の子供を保護していた奴を死刑にするのは警察の“け”の字も捨てると同じ…あの人ならそう言うに違いねぇな。」

焚き火の火が完全に燃え尽き、煤まみれの枝がカランと地面に落ちた。

その音が合図になり、テトラはゆっくりとその場に立ち上がった。

「何する気だ?」

「貴方達…副司令とシンメイを助けにいくつもりでしょ?なら良い方法があるの。」


【5】


真っ黒い木の枝から上る煙が鼻に付き、胸の中に溜まっていく。

今起きている事態へのモヤモヤとでも表現出来そうな気持ちの中、テトラは自分の警察手帳を見せてきた。

「連中が二人を無傷で解放させるのは考え憎いわ。だから円滑に進めるように交渉するの。」

「交渉?」

「えぇ。私を敢えて人質にさせて…取り引きするって事よ。」

―人質にする。

その言葉にリュウガはビックリ箱のように腰を起こした。

「ちょっと待てよ。そんな真似すればアンタの身が…。」


自分から死にに行くのかと出そうとしたその答えをテトラは待っていたかのように微笑む。

「上等よ。あんな下衆な男がトップになるなんて言ったら私は即抜けるわよ。私が上司だと言える人間は副司令と総司令だけだからね。」

「おいおい、本部長は良いのか?ハブいたら可哀想だろ。」

ユリウスが横でツッコむがテトラは構わずに手帳を仕舞う。

入れ換えに取り出したのはPHSだ。

細い指が無数のボタンを操作し、プルルと着信を待つ音が聞こえる。

十秒も経たない内にブツッと何か聞こえた。

『ドディだ。おいミオルフ何処だ?連中は見つかったのか?』


グスタフの声が聞こえ、テトラはPHSをユリウスに向ける。

「お願いねカーマイン。」

「…分かってる。」

やはり応じれるのは自分しかいないと覚悟していたユリウスはPHSを耳に当てた。

「よぉ聞こえるか?裏切り者。」

『貴様はシュバルツ…!?おいどうなってるんだミオルフ!応答しろ!』

「応答ならとっくにしてるよ。この空気になって分からねぇのか?支部長の身柄は今…コッチで預からせて貰ってるぜ。」

テトラが横で笑うのを見つめながらユリウスも頬を緩ませた。

『シュバルツ…お前そこまでして私に喧嘩を売るつもりか?』

「するに決まってるだろ。人の知らねぇ所で勝手に弟を犯罪者にするような奴は…上司だろうが許す訳にはいかねぇんでな。」


笑いながら話すその顔にケビンは見に覚えがあった。

子供の頃、自分を貶していたいじめっこを追い払う時に見せていた顔。

それと全く変わっていないのだ。

「なぁグスタフ…俺は今猛烈にお前をぶん殴りたい気分なんだ。支部長の命が惜しいなら俺と取り引きするんだな。」

『何だと?』

「副司令と本部長を返してくれないか?願わくば俺とお前が預かってる人質を互いに交換しようじゃねぇか。」

グスタフはその提案に無言になり、ユリウスは構わずに続ける。

「アンタがどう足掻こうがもう遅いんだ。この件は総司令にもキッチリ報告する気でいる。それで罰を背負いたくないなら生き残れる方法は一つだけ、支部長と取り巻き連れて逃亡する事だ。どうだ?中々フェアな作戦だろ?」


つまり取り引きすれば自分等は助かる。

誰にも捕らえられずに。

いつかまた反逆のチャンスを煽られるように。

『…良いだろう。ミオルフさえ戻ってくれば貴様らの首を取るのも簡単になるからな。是非取り引きしようではないか。』

「…場所は?」

『サウス海岸の沖合いだ。今日の夜10時にミオルフを連れてこい。そしたらこちらも人質を無傷で返してやろう。じゃあな。』

ここで通話が途切れ、ユリウスは端末のボタンを押した。

「なんとかこじつけられた。今日の夜にサウス海岸で交渉だと。」

「助かるわ。ありがとうねカーマイン。」


会話を聞きながらリュウガはズボンのポケットから腕時計を出した。

現在の時刻は正午を回る一歩手前。

うかうかしてる暇は無いと踏んでいた。

「今から山下りて間に合うのか?サウス海岸なんてこの山から見るとかなり遠いぞ。」

「大丈夫よ。ルートは確保してるから。」

テトラは自慢気にPHSのボタンを押して何処かに電話した。

「総司令、ミオルフです。連絡が遅れて申し訳ありません。」

『ミオルフ君無事か?先程本部長らと通信が途絶えたとあったが…一体どうなってる?』

「すいません総司令…実は少し面倒な事になってしまって…。」


包帯の巻かれた細い足がゆっくりと地面を擦り、ユリウスが横に立ってその場に留まるように指示する。

「グスタフにやられました。副司令と本部長は奴等に…。」

『そうか…。』

たったそれだけでも電話の相手は極限状態なのを知り、悔しそうに呟く。

それを見てケビンはテトラの肩を掴んだ。

「テトラさん、今話している相手…アルフレッドさんですよね?」

「そう…だけど。」

失礼と言わんばかりにケビンはPHSを取り上げた。

「もしもし?アルフレッドさんか?」

『ん?誰だねキミは?』

「話は聞いてても声聞くのは初めてかもな。俺はケビン、ケビン・スカーレット・ギルクだ。」


【6】


その名前はケビン本人でも久し振りに告げた名前だ。

父親が自分等にくれた…情熱を意味する“赤”の飾り言葉を。

『スカーレット…そうかキミが。』

「…驚かないのか?」

『今更でも無い。キミの活躍は日頃から監視しているからな。にしても…やっと会えたな。』

―やっと会えた。

ずっと探していた男にアルフレッドはもう感謝しかなかった。

話したい事が多過ぎて…表情では現せなかった。

「…俺も貴方にずっと会いたかった。でも今はそれどころじゃないんだ。」

『そうだな。私も同じ事を考えていたよ。キミとはゆっくり話したいが今は無理だろうな。』


本部の部屋、机の上の写真を見てアルフレッドは顔をしかめる。

「聞いてくれ。コーラルさんとシンメイさんが捕まった。俺とちい兄はテトラさんを人質にしてグスタフと交渉するつもりでいる。なんとかして連中を一網打尽にしたいんだ。協力してほしい。」

ケビンは細やかにテトラが本来報告する内容をアルフレッドに伝えた。

当の彼女をスパイとして送り込んだアルフレッドは通話しながら椅子から立った。

『よかろう。奴の不正の証拠さえ目撃出来れば大いに越した事は無い。それに私も…』

毎日待って待ち疲れたこの時、その願いが叶う時が来たのだ。

「…総司令、少し良いか?」


アルフレッドよりも先にケビンは何か訴えそうに目を細める。

その手は未だにマナを抱いたままで。

「マナは今…俺の傍にいる。声聞きたいなら変わってやるよ。」

喉仏が瞬時に落ちる感覚がした。

受話器を持つ手も自然に震えてきて唇がワナワナしてくる。

でも背後に不自然な影が浮かんでいて…その先が踏み出せなかった。

『…申し訳ないが遠慮させてもらう。まだ心の整理が付いていなくてね。その代わりに伝言を預かってくれないか?』

「…あぁ。」


マナが不思議そうに見つめているのを察してケビンは背中を支える指先で軽く叩く。

鼓膜の奥では少女の“もう一人の父親”からの言葉をしっかり広いながら。

「…分かった。必ず伝えるよ。取り敢えず切るからな。」

通話を終えると同時に端末を返却し、マナの耳元に囁く。

「マナ、聞いてくれ。」

「なぁに?」

「お前のお父さんから伝言頼まれたよ。“ずっと寂しい思いさせてゴメン、でもやっとマナに会いに行こうって勇気をお父さんは持てるようになった。これが最初で最後でも良い、一夜限りでも良い、その顔を見せてくれ”って。」


サラサラと甘い香りのする髪の毛が喚き、自分の服を掴む手に筋が走る。

「会いたいか?お父さんに。」

単調に聞いた。

マナはYESともNoとも答えない。

でもケビンはその心の内を読んで頭を撫でた。

「…テトラさん。」

ゆっくりと顔を上げた男の赤い瞳を彼女は捉える。

「アルフレッドさんがマナを手放した理由…コーラルさんから聞かせてもらったよ。でもまだ納得のいかない点がいくつかあるんだ。今起きてる事が全部片付いたら…改めて教えてくれるか?」


包帯がズレないようにヒールを履きながら女性は目を瞑り、感じない程度に頷いた。

「決まりだな。そうと分かれば下山するぞ。迎えのヘリが着陸出来る場所を探さないとな。」

よっこいせと再度テトラをお姫様抱っこすると予想通りに本人は赤面する。

「だからなんで運ぶのよ!?一人で歩けるって言ってるでしょ!?」

「暴れるなよ。また変なのに遭遇したらどうするんだ?」

キーキー騒ぐ上司に涼しい顔をする兄の姿は端から見ればかなりシュールだ。

そう言えば昔から親に説教されても悪びれていなかったなと懐かしみながらケビンは口を出す。

「ほどほどにしとけよちい兄。あんまり手出すと逆に嫌われるぞ。」

「おいおい、いつも自分の女には容赦ない癖に…ゴホッ!」


余計なお世話とばかりにジャッキーは腹を殴られて悶絶した。

それがダサいと見えてリュウガが必死に笑いを堪えている。

「なんだよ?お前も痛い目見たいのかリュウ?」

「いや誤解だって兄貴…プ、プヒャヒャヒャ。」

「アカン、完璧に壊れたでコイツも。」

変な笑いのツボを刺激されたリュウガを横目にケビンは横穴を出た。

高い山の上から見る太陽は地上よりも明るく、眩しかった。

それが宣戦布告の高笑いに思えて…マナを抱く手に圧を入れる。

《…ビルス…まさか奴が絡んでるとは。》


自分達家族にとっては決して忘れられない男。

それがこんな形で再会するとはまさに奇跡だった。

ようやくこの因縁を絶ち切られる…そうとも考えられたからだ。

《…待ってろよ。お前の首は俺が貰うからな。》

太陽の光に照らされた瞳が…鮮やかな赤色に染まるのを感じながら不死鳥はその翼を広げた…。

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