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エレメントバトリッシュ  作者: 越後雪乃
~第四幕・微かな絆に集いし七人の戦士~
23/34

荒ぶる紅蓮の力!誕生!聖騎士ホウオウ!

【1】

ミステシア研究開発班の総力が集まった秘密研究所は組織に反抗する1人の男によって潰されてしまった。

これでもうキラービーストの製造は一旦停止し、組織にとっても痛手になるとラビは確信していた。

あとは自分を創造した男を始末すれば全てが終わる、その可能性を胸に秘めてラビは瓦礫の近くまで寄った。

その山の頂点がベコッと崩れ、迷彩柄のパイプらしき物が破片をばらまきながら姿を見せる。


やがて大量の瓦礫から鳥の雛でも孵化するような勢いであちこちに飛びながら武骨な機体が現れる。

「よくも大暴れしてくれましたね。予想外でしたよ。」

背中と踵のブースターから煙を吹き出し、片腕が半分欠損したロボットが出現する。

コックピットのハッチが開いてフェイクはレーザーの照準をラビに向けた。

「PX…貴様は後々後悔しますよ。私に手を出した罪がどんなに重いか…その重圧で。」

『私は貴様に手を出してはおらん。私は貴様を見限っただけだ。』


コートの裾が風でなびいてリュウガとお揃いの金髪も揺れる。

『お前だけは私の手で始末する。そうしなければ…私が生きている理由も無くなるのでな。』

木々から飛んできた蝶が手の甲に停まり、羽が開いたり閉じたりする。

自分はこの蝶のようにもうすぐ羽が開きそうだと願いながら。

「…そうか、生きる、か…。」

急に標準を消してフェイクは眼鏡のフレームを調整する。

『…何が可笑しい?』

「口では軽く言っても生きる事程難しい事はありませんよ。今まで知らなかった事実を色々学ばないといけませんからね。」


タイミングを見計らってかのように男は笑った。

「PX…折角なので貴方に教えてあげますよ。この世には私達以上に人間の敵となり得る存在がある事を。」

欠損した腕の先端から火花が漏れ、パチパチと弾ける。

その先はラビ、いやラビの隣に立つ男に向けられようとしていた。

「…私の捨て駒達を仕留めたあの技術…残忍ながらも美しさを見せ付けるあの手法…お前は気になりませんでしたか?あれはただの演技ではありません。正真正銘の闇の技術なんですよ。」

『…闇。』


―ほんの一瞬、自我を失った不死鳥が急に自分に見せた姿。

本人とは思えないあの素顔。

一体何の事だとラビは手を振り払って蝶をその場から逃がした。

「裏社会では伝説的な人物とその一族しか使う事の出来ない暗技…噂では20年も前に途絶えたと聞いてましたが…まさか生きていたとは。」

左腕の肘が垂直に曲げられ、指の形をしたアームがウニュウニュして胸の辺りを触る。

「“その技…儚くも赤き鮮血となり得…誠の命を咲かせて散りぜむ”。狙った命は一片たりとも逃がさずに葬り、その体に紅い花を残してきた美しき暗技をこの目で拝めるとは…光栄ですよ。」


眼鏡のレンズが光って見えなくなった目の奥でフェイクは笑う。

自分も噂混じりにしか聞いた事の無い美しい技術を見せられ、魅了された。

それが彼の中で興奮として高まっていた。

「でも貴方はその美しい技を持ちながらこの私に傷を付けていないではありませんか。これは期待外れですね。」

そこで言い終わるとコックピットのハッチが閉じられた。

一つ目をイメージさせるハッチのレンズが半分回転して標的を狙う。

「ならばその期待外れには…今この場で死んで貰いましょう。」


レーザーを撃つと予見したラビがそうはさせないと駆け出し、兎ならではの高いジャンプでコックピットの斜め上まで飛び上がった。

ハッチは無理でもあのレンズだけは破壊出来る…そう信じて掲げた拳に銀のオーラを纏った。

「…無謀な。」

レバーを傾け、欠損した腕から紫色のワイヤーが何本も出てラビを絡め取った。

それも高速で出てきたのでラビは逃げるタイミングを失い、ワイヤーにグルグル巻きにされた。

『クッ…!卑怯だぞフェイク!』

「結構ですよ…私は卑怯を超えた外道ですからね。」


レバーの隣のボタンを押すとワイヤーから高圧電流が流され、ラビに電気ショックがお見舞いされる。

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!』

「ラビ!待ってろ!」

(イエロースピア!)

このピンチにキドマルは右手から薙刀のような雷の刃を生み出し、それをワイヤー目掛けて投げた。

ワイヤーは薙刀に切断され、ラビは体にワイヤーが巻き付いた状態で落下する。

「キュイイイイ!」

だが間一髪、フェニクロウが背中で受け止めて地上に降り立った。

「ラビ!大丈夫か!?」


キドマルがフェニクロウの背中まで来るとラビは動物体に戻っていた。

ワイヤーを解いて抱くとピリピリと全身が痺れて痙攣している。

『マ、スター…わ、たしは…。』

自分の不甲斐なさと主人への謝罪が入り混じった声にキドマルはいいんだと首を振る。

「お前は休んでろラビ、お前の分まで僕がケリ付けてくる。」

不意にグルルルと悲鳴が聞こえて顔を上げるとトラピカが心配そうに見つめてきた。

「…お願いねトラピカ、一緒にいてあげて。」

「ガオォォ。」

ヒョイと首根っこを持たれたラビを見つめてキドマルはさっきの場所まで戻る。

だがその一歩手前でケビンの腕が斜めから降りてきた。

「…手出すな。俺がやる。」

「ケビンさん1人じゃ危ないですよ。それにラビがあんな目に会って…僕が黙ってるなんて真っ平御免です。」


今回は譲れないとその手を握ったらケビンは緋色の目で見つめてきた。

自我を失った時と…同じ瞳だ。

その瞳を見て少年の目が黄色く染まる。

「ラビは僕が守る…これだけは譲る訳にはいかないんです。」

嘘も曇りも無いその小さな瞳を見て…ケビンが溜め息を付く声が聞こえた。

自分の馬鹿さ加減に呆れて言葉も出ないと言われる様にも聞こえた。

「…死ぬなよ。」

「それはお互い様ですよ。」

コツンッと一度離した手の甲をぶつけたらケビンは片方の手を襟足に回した。

「…いつまで触ってんだ?そろそろ止めないとグーパンすっぞ。」


襟足から伸びた指が自分の指を握る。

「…期待外れの癖して格好付けるなよ馬鹿。」

「…テメーが言えた義理かよドアホ。」

なんか悪口合戦みたいな雰囲気にリュウガは少し戸惑った。

ジャッキーの言っていた言葉もそうだが…どうも余所余所しいと感じていた。

《叔父貴…まさか全部気付いててあんな事言ってたのか?旦那が…自分の本領を出していないって見せ付けるように…?》

心の淵では信じたくない。

ケビンが…実は恐ろしい人間だと言うのが。

それを口に出来ない自分がもどかしかった。


だが今は考えている場合じゃ無いとリュウガは弟の横に立つ。

「…リュウ兄。」

「1人でおいしい所持って行くなよ。俺も手合わせするぜ。」

ウンと頷くの見ながらジャッキーはケビンの指から自分の手を離した。

「…話は後にしようぜ旦那。」

「…あぁ。」

リュウガの向かい側に不死鳥、その横にドラゴンを宿す男が並ぶ。

「いいでしょう。私をここまで絶望させた報いを味合わせてあげますよ…!」



【2】

フェイクは笑いながら両手を左右のレバーに構え、それぞれを前後に引く。

踵のブースターが発火してエンド・バイパーが発進した。

「リュウ…止められるか?」

「…長くても3分が限界だ。」

それで構わないとケビンが了承するとリュウガはスケートの容量で接近しながらエンド・バイパーの足元に冷気を放った。

その場の草から草地を踏む無機質なロボットの足が凍っていく。

フェイクは足止めされながらも冷静にブースターの火力で氷を溶かしつつ、ハッチのレンズをケビンに向けた。

「させるか!」


キドマルが先程も使用した雷の刃をレンズ目掛けて投げる。

そのタイミングでケビンも矢を引き絞った。

「フフ、同じ技は二度も通用しませんよ。」

レンズの奥が白く光り、一筋のレーザーが発射された。

高圧のレーザーは槍のように投げられた刃を掻き消す。

だがその残骸を掻き分けながら一羽の鳥が飛んできた。

「何!?」

もう一度レーザーを放とうとした寸前にレンズが爆発し、装置が破壊される。

連携による不意打ちは流石の彼でも予測は出来なかった。

コックピットの画面にはエンド・バイパーのグラフィックが表示され、レンズの部分に赤いバツ印が付けられている。

「少し見くびりましたね、なら本気を見せてあげましょう。」


ブースターの火力が最大まで上げられ、足元の氷にヒビが入る。

同じタイミングで欠損した腕から違う材料の腕が生えて先が人の手の形になる。

《出力最大、加速シマス。》

音声ナビゲーターの指令でバリーンッと氷が砕かれ、エンド・バイパーのボディが飛んだ。

踵と背中のブースターから炎を吹きながら真っ直ぐにケビン達に突っ込んでくる。

リュウガは舌打ちしながら足元に両手を当てた。

(グレイシャウォール!)

地面から氷山のような氷の壁が現れ、エンド・バイパーの拳を止めた。

そこから拳の部分だけがドリルみたいに回って壁を傷付けていく。

「無駄なあがきを…喰らえ!」


氷の防壁は無慈悲にも破られ、鋼鉄の拳が直撃した。

ビッグベアとペガクロスはその振動から主達を守る盾になって前に立つ。

振動が治まり、拳が離れるとそこにケビン達はいない。

今度は何処へ逃げたとカメラを操作したら足元がぐらついた。

エンド・バイパーの両足に氷柱が刺さり、バランスを崩したのだ。

「兄貴達今だ!」

リュウガの号令でフェニクロウに乗って回避していた残りの3人が空から落ちてくる。

(フェニックスショット!)

(スプライトニングウェーブ!)


ケビンは矢を放ち、ジャッキーとキドマルは互いに右手と左手を繋いで前に出す。

矢は不死鳥に変わり、後から放たれた水と雷撃の波動を身に纏って美しい姿へと変わる。

(三位一体!シグナルフェニックスインパクト!)

炎・水・雷の力を宿した不死鳥はコックピットに命中した。

猛烈な爆音に3人は巻き込まれるが直ぐにフェニクロウに回収されて着地する。

灰色の煙が消え去り、ドーム型のハッチを見てケビンは弓を手離そうとして手を止めた。

露になったハッチはへこんではいたが壊れてはいない。

「マジかよ…どんだけ固いんだアレ?」

「下手に壊そうとしても無駄ですね。やっぱり動力源その物を止めないと無理みたいです。」


氷柱が刺さったままの足が軋む音を聞いて離脱していたラビが目を覚ました。

『…マスター…。』

伏せた姿勢のトラピカの足から抜け出して歩くラビにマナが不安になって止める。

「ラビちゃん動いちゃ駄目だよ!」

『私なら…平気です。アイツには何度も拷問され…ましたから…。』

だがそうは告げても後ろ足が未だに痙攣しているのを見てマナは自分の手を足に当てた。

自分の能力で痺れを和らげようと考えたのだ。

マナの後ろからはトラピカが寄ってきてラビの顔を舐める。


立場は違ってもラビはキドマルのもう一匹のバディビーストみたいな存在だ。

それをトラピカは誰よりも知っている。

『フェイクは…人間と言えども侮れません。私ですら…奴の実力の全貌を把握出来ないのですから…。』

痺れが取れて楽になったのか、ラビは少し安堵した顔でマナの胸を前足で掻く。

「ラビちゃん…。」

マナは後ろ足に当てていた手を前足へ移す。

「ラビちゃん大丈夫だよ。パパなら…必ず何とかしてくれるから。」

『お嬢様…。』


力を失った耳が寂しげに風に揺れながらラビは赤い目を潤ませる。

『どうして貴方は…彼の事を?』

「だってパパ…マナとの約束破った事ないもん。いつもマナの事守ってくれて…いつもマナの隣に居てくれるから。」

一日天日干ししたようにフカフカな体毛に顔を埋めながらマナは今までの思い出に浸っていた。

―ケビンと初めて出会ったあの日を。

―毎夜眠れない時に手を摩って抱いてくれた時を。

―隙あらば標的にされて怯える自分を包んで慰めてくれる至福の時を。


色々な思いが交差し、今の自分がいる。

そんな事を話したらラビはただ驚いていた。

『なんだか…私とマスターの関係みたいですね。羨ましいです。』

嬉しくなってマナを舐めようとしたら誰かに呼ばれた気がして耳を逆立てた。

『…お嬢様!』

エンド・バイパーの腕から小型のミサイルがこちらに向けて発射され、すかさずエルザが前に出る。

「来な!トラピカ!」

「ガゥオオオ!」

出番を回されたとトラピカは喜びながらエルザ目掛けて雷撃を放つ。


それを愛用の鉄扇で受け止めると雷をフル充電させた。

(風雷カマイタチ!)

雷を纏った風の刃がミサイルを真っ二つに切り裂き、自分の立ち位置の左右で爆発する。

「アイツ…内野も外野もお構いなしかいな!?」

「…どうやらそうみたいね。」

じゃなきゃ蚊帳の外である自分らを攻撃しないと明言してエルザは扇を突き出す。

「ペガ、出番だよ。」

「プフゥゥ!」


蹄で地面の砂を蹴りながらペガクロスが翼を上下に動かす。

ガデフをそれを見て伏せたビッグベアの頭を撫でた。

「やっぱりこの展開になるんやな…。」

「グゥウウ。」

そりゃそうだよと同情するビーストに慰められてガデフはしゃあないと首を鳴らす。

マナはラビを抱いて母親の隣に寄り添い、トラピカが少女の匂いを嗅ぐ。

『申し訳ありませんエルザ様、こんな事態になってしまって…。』

「気にしないで。こういう展開は私らにとっちゃあるあるだからさ。」

扇をペン回しのように扱いながらエルザはケビンにそっくりな笑みを浮かべる。

「覚悟する事ね。ウチの旦那に手出した事がどんなに恐ろしいか教えてあげるわ…!」



【3】

腕や足の関節から煙を出しながらエンド・バイパーが仁王立ちになる。

フェイクはハッチを開かずにスピーカーの音量を上げる。

「おやおや、どうやら全員纏めて道連れにして貰いたいそうですね。」

突き上げた左腕のレーザー砲がエネルギーを溜める。

「なら後悔するが良いですよ。この世には所詮人間の力では太刀打ち出来ない脅威も存在すると教えてあげますからね。」

グラフィックがカメラの映像に切り替わり、自分を囲むように勢揃いした男達を見てフェイクは笑いが止まらなかった。

―自分はなんて恵まれていると。


これだけの戦果を出せば次期総帥の席は確実に手に入ると浮かれながら。

「…ですがここで巡り会えたのも何かの縁、最後に遺言を残す時間をくれてやりましょう。良い機会ですから思う存分告白して構いませんよ。」

サービスとばかりにレーザーの出力を停止させてフェイクは腕を下ろした。

ケビンは他愛無いと一歩前に出る。

「…聞こえてるか下衆眼鏡。お前自分は必ず勝つって浮かれてるだろ?」

予想だにしていなかった質問に怯みながらも男は冷静に答える。

「そうですとも。私はミステシアの頭脳、不可能な事はありませんからね。」


ケビンはやはりと思うように舌打ちする。

「…やっぱりテメーは話が通じない野郎みてぇだな。だから下の人間に憎まれるんだよ。」

「……。」

「立場は違えども…暗殺部隊の連中は本気でお前を守ろうとしてた。でもお前はそれに一片も感謝してねぇだろ?あのバーナクルって男が何考えてるのかは知らねぇが…少なくてもアンタに愛想尽かしてるのは明らかなんだよ。」

そうでなければ奴もこの場で仕留めようとした。

だがバーナクルは現れなかった。

その時点でフェイクに見切りを付けたとケビンは判断していた。

「これだけはハッキリ言わせて貰うぜ。テメーがいくら優秀な頭脳を持った科学者だろうが…どんなにずる賢い手段を使おうが…お山の大将にはなれねぇよ。もしなれたらその時は…組織全体が崩壊するだけだ。」


弓を刀のように地面に刺し、ケビンは顔の前に左手を出した。

手の甲を相手に向け、手首を右手で握るとグローブ越しに不死鳥の紋様と赤のオーラが滲み出す。

「だが好都合だな。お前みたいな下衆程…殺しがいのある人間は居ねぇからよ。」

主人から殺気を感じたのか、フェニクロウが興奮して上空を飛び回る。

その異常さに他のビーストも驚いていた。

「…何が言いたいのですか?ギルク。」

「…軽々しく人の名を呼ぶんじゃねぇよアホ。」

瞼を半分開けて睨みながらケビンは紋様の浮かんだ左手を首の後ろに回した。


まだ相棒にしか見せた事の無い刺青に手が触れて熱が上昇していく。

「確かに俺は期待外れな男だ。でもな…。」

この時点でラビは何かを感じていた。

証拠に額の角が伸びて先端がヒリヒリする。

「俺を期待外れと断言する事は…あの人も期待外れだって事を意味するんだ。悪いがそれ聞かれてこちとら黙ってる訳にはいかねぇんでな。」

刺青がひっそりと輝き、フェニクロウの瞳にその光が吸い込まれる。

不死鳥は雄叫びを上げ、鳥がその場から去っていく。

「だから見せてやるよ。あの人から…俺が世界で一番愛していた人から託された物を…。」


―カチッ、と胸の奥で何かのスイッチが入る音がした。

人間には誰しもが体内にリミッターを備え付けている。

負けられない勝負や何があっても譲れない展開になる時、人はリミッターを解除して普段より何倍も優れた力を発揮するのだ。

ケビンは今、自分の中でリミッターを外していた。

それは隠していたもう1人の自分を仲間に見せる意味でもあった。

しかしケビンは迷わない。

ここで引き下がれば…一番大切な人に泥を塗ってしまうのだから。

《…ゴメン、俺決めたよ。俺はこの技で今の家族を守っていく。だから許してくれ…父さん。》


幼き日の記憶、あらゆる物を灰にしていく業火の中へ消えたその人。

自分にとっては師であり、血を分けた親であるその人。

彼の意思を…果たせなかった思念を自分が受け継いで守っていくと。

「行くぜ!フェニクロウ!」

「キュアアアアア!」

赤い羽根を粉雪の様に撒き散らして不死鳥が踊る。

(命よ滾れ、そして我に授けよ…!)

ケビンは刺青に添えていた左手を前に出し、右手で1人ハイタッチを交わす。

左手から舞う炎が交差した腕から全身を包み、足元に巨大な羅針盤を描いた。

(秘技・我流覚醒!)


掛け声と共に左手から産み出した光球を空に放ち、フェニクロウがそれを飲み込んでケビンの元へ急降下してきた。

ケビンは両手を斜め下に広げ、フェニクロウは時計回りに一周すると吸い込まれるようにケビンの体内に入った。

緋色の炎が全身を包んで周りの人間は唖然としていた。

目に写る炎の揺らめきはなんとも激しく…なんとも美しい。

やがて炎の隙間から左手が見え、払い除けるように炎を掻き消した。

『…貴方は…。』


ラビが赤い炎の下から目撃したのは黒だ。

エルザの髪の毛と同じ銀色の羽が射されたジョーカーを彷彿とさせる羽根付き帽子。

首元とグローブには金の枠縁が填められた黒い宝玉。

宝玉には刺青と同じ不死鳥の模様が白抜きで彫られ、太陽の光に照らされている。

帽子の羽に導かれるように揺れる同色のマント。

帽子のつばを引き上げて見せたのは…翼を組み合わせたような形の銀色のマスク。

ジョーカーの仮面と比べると美しさは伊達ではなく、マスクの奥の瞳は何処までも優しいままだ。

誰であるのかはもう丸分かりだ。

更にバサッと音がしてマントの下から翼が生えた。

フェニクロウそっくりの赤い翼だ。


突然見せられた驚異の変身にフェイクは驚き、そして何が起こったのかと戸惑う。

「ギルク…貴様その力は…!一体貴様…何をしたのだ!?」

ズシンズシンとエンド・バイパーは足を踏み鳴らして脅してくる。

男は微笑みながら帽子を深く被る仕草を見せた。

「…気安くその名前で呼ぶなって言ったろ鬼畜眼鏡。」

翼が大きく羽ばたき、小さな羽が雪のように散っていく。

「我が名は聖騎士ホウオウ…業火の名に掛けて全ての悪を焼き払う者…!」

左手を掲げ、体を折り曲げるポーズを見せて男は自分の名前を名乗った。

ホウオウ…不死鳥のもう一つの名前とも言うべき存在の化身だと。

「ス、スゲー…!」

「なんじゃいアレは…!ホンマにケビンなんかお前?」

『わ、私…惚れてしまいますぅぅぅ!』


仲間達は信じられなかった。

ケビンがこんな人間離れした技を使うのは始めてだと。

「…ケビン。」

マスクと同じ色のポニーテールを揺らして踊り子が男の左腕に掴まる。

「…俺が恐いか?」

「…ううん。とっても素敵…。」

伸ばした白い手をケビンは当然と言わんばかりに繋ぐ。

その姿は囚われの姫君を助けに来た王子、勇者と言った所だろう。

「なんなら地の果てまで飛び去っても構わないぜ。お前を連れてな。」

「オーマイゴッドォォォォォ!」

「喧しいわドアホ!いちいちリアクションしなきゃ黙ってられんのかおどれはぁ!」


相棒の豹変振りに騒ぐジャッキーを沈黙させた一方ではリュウガとキドマル、何故かラビも混じって若手3人が絶望していた。

「そんなバナ、じゃなかったそんな馬鹿な…!」

「もう我慢出来ない…爆発しろこのリア充主人公めぇ…!」

『理解不能…!リカイフノウデスワ…!』

「お前らも何やっとるんじゃ!あとリュウちゃんドサクサに紛れて駄洒落とか言わんでエエわ!」

1人でゼーゼーと疲れるガデフを横目にマナはちゃっかりエルザの横に立って頭を撫でられていた。

《もうなんやねんコイツら…まともなのは結局ワシだけやんか!?》

理由は分からないが大きな絶望感を味わうガデフなのであった。



【4】

そんな賑やかなワイワイムードを無機質な機械の起動音が掻き消す。

エネルギーを装填したレーザー砲をフェイクは容赦なく向けてきた。

「お遊びは終わりですよ。消えなさい!」

ボタンを押すと噴射口が青白く光り球状の塊が発射された。

豪速で飛んできたレーザーは直ぐ様大爆発を引き起こす。

フェイクは勝利したと確信し、ある装置に指を掛ける。

《生命反応ヲ確認致シマス。》

生き物の匂いや体温を観測して生死の有無を図る装置だ。

コンピューターが分析を始め、グラフィックに結果が表示される。

《生命反応確認、生存確率100%。》

「…何?」


ここでフェイクは眉間に皺を寄せた。

あの馬鹿騒ぎの中、逃げられる隙など無かった筈…?

「馬鹿な…そんな事は…!?」

焦りを隠しながらカメラに切り替えると既に煙は晴れ、薄らと赤色が見えた。

シールドの類いかと画像を拡大すると予想外の物が見えた。

巨人の手と見違えそうな程立派な翼が折り畳んであるのだ。

ゆっくりとその翼が展開していき、中から銀色のマスクが見えた。

「何故だ…?エンド・バイパーのレーザー装置の威力は隕石を砕けるのだぞ!?一体何故…!?」

「…簡単さ。」

翼が背中までのサイズまで戻って伏せていた仲間達が起き上がる。

レーザーが迫っているのを直感で悟ったホウオウが自分の足元に集め、そこから翼で防御していたのだ。

「羽の熱さで焼いた、それだけだ。」

「…おのれ…!ふざけた真似を…!」


足がドタドタと地面を踏み鳴らし、大地が揺れる。

ホウオウは地面に刺したままの弓を手にした。

一回転させて受け止めると弓の模様が黒く浮かび、握り手からは黒いリボンが伸びてきた。

右手で弓を華麗に構え、左手をクイクイと突き出す。

「オラどうした?さっさと来いよ鬼畜眼鏡。」

ならばとブースターの火力が上昇し、エンド・バイパーは炎を吹きながら突進してくる。

『奴め…本格的に始末する気ですよ!』

「そんなのはお見通しだ。じゃなかったらあんな究極最終兵器なんか持ち出さないしな。」

ホウオウはエンド・バイパーを見守る視線を自分の足元に向ける。

腰回りには未だにマナが自分に抱き付いた状態だ。

「お前はママを守れ、良いな?」

「…パパは?」

「必ず戻る。約束出来るか?」


頭をポスポス叩くとマナは泣き出しそうになり、ホウオウはかがんで空いた左腕全体でマナを抱き寄せた。

後ろから見るとその姿は聖騎士ではなく、いつもの父親振る舞いを見せるケビンそのままだ。

「大丈夫だ。お前は誇り高き…不死鳥と天馬の子供だからな。」

振動で押される中でそっとマナの唇にリップ音を当ててホウオウは戦士の顔に戻る。

「ラビネス、行けるか?」

『…えぇ。お嬢様のお陰で楽になりましたから。』

後ろ足で地面を叩いてラビはホウオウを見上げる。

『ですが今回は貴方に譲ります。』

「…まぁ良いぜ。お前のその健気な所が俺は好きだ。」


ブースターの風圧が急激に上がり、マントがたなびく。

「ならこれはどうです!?」

左腕の先端が後退し、ミサイルが乱射された。

ラビは人間体に変化してホウオウと対になるように走り出した。

ミサイルはその2人の後ろを追尾してくる。

ホウオウは翼での飛行、ラビは兎ならではの脚力でミサイルを振り切りながらエンド・バイパーの背後まで迫った。

ミサイルの大群はエンド・バイパーのハッチを通過し、そのままアクロバット飛行を見せて二人の真上に落ちてくる。

「来るぞ。」

『お任せを…。』


ラビは両手を握り、手の甲が前になるように互いの指の背を胸の前で当てた。

すると手の甲に一枚ずつ蝶の羽の模様が浮かび、一匹の蝶その物になる。

「舞え…。」

今度は手首を付けて花が開くような形にし、蝶の形をした不思議なオーラが現れる。

ミサイルがオーラを突き破るのを感じ、ラビは右手でオーラを握る。

(胡蝶遊撃・爆の型!)

さっきまで自分を狙っていたミサイルが蝶のオーラに吸い寄せられ、コーティングされていく。

巨大な爆発物になったそれをラビは落とすように投げた。


ミサイルの塊は自分達を見つけて振り向いたエンド・バイパーの胸部に命中し、爆発した。

衝撃でコックピット内も大きく揺れる。

《衝撃確認。機体損壊20%。》

アナウンスに続いてグラフィックが赤くなり、フェイクは舌打ちしながらレバーを握る。

「やってくれましたね…!なら私も容赦しませんよ…!」

次に動かしたのはグレイシャウォールを破った右腕だ。

突き出した右拳がロケットパンチになって発射される。

それをラビは自ら迎え撃ち、飛んできたパンチを受け止めた。

ズザザザと地面の草を引き千切りながら足を踏ん張るも体は勝手に背後の大樹へと迫る。

このままでは金属と木に挟まれて圧死する危険があった。


でもラビはそれすらも覚悟してホウオウの指示を待った。

「…やれ!ラビネス!」

再度背後を取ったホウオウが矢を引き絞り、ラビも馬鹿力でロケットパンチの向きを変える。

(フェニックス・キャノンアロー!)

「ウラァ!」

放たれた巨大な不死鳥を見てラビはロケットパンチのブースター部分に光の拳を打ち込む。

その反動でロケットパンチをカウンター発射させた。

両サイドからの衝撃でエンド・バイパーの胸部は大きくへこみ、背中のブースターは破壊されて火力が止まった。

同時に腕の関節から火花が飛ぶ。

それをラビは見逃さなかった。

『ケビン様、あのロボの動力源が分かりましたわ!』


遂に見つけた弱点を見逃すまいとラビは走った。

『奴の心臓というべき部分は胸のハッチの中です!それさえ壊せばただの鉄屑になります!』

胸部の外観の紙料が剥がれ、無機質に出てきたハッチの蓋。

でも見つけても簡単に破壊出来ないのが現実だ。

「させませんよ…!」

発射のタイミングを見切ったレーザー砲を向けられ、ラビはそこからジャンプする。

『同じ手は無用だフェイク…。』

両手を斜めに広げ、自分の体を蝶のオーラで包む。

「ハァッ!」

オーラを全面的に押し出してエンド・バイパーのレーザーと直撃する。

「クソッ…たかが人間もどきの化け物が…ぁ!?」


レーザーの煙の向こうで見えた赤い光。

一瞬天使と見間違えたその人影は笑って…矢を放った。

ラビはそこへ自分のオーラを注ぎ、矢は銀色の不死鳥になってレーザー砲の中へ進入した。

対処するよりも早く噴射口内は爆発し、レーザー砲は使い物にならなくなった。

《レーザー発射装置破損確認。自動修理プログラム起動。》

ホワーンとプログラムが作業を始める音を聞いてフェイクは脇のボタンを数個押した。

「ええいレーザーなどもういらん!背面ブースターを自己修復しろ!」

プログラムを慌てて書き換えるとピーピーと警報が鳴った。

《自動修理プログラムノ修復箇所変更。背面ブースター再起動準備。》


ブースターはさっきの攻撃で二つの噴射口の片側が完全に破損しており、この状態で起動させたら熱暴走を起こす危険がある。

だがフェイクは背に腹は代えられないとプログラムを改変した。

またもやビービーと警報が鳴る。

《異常事態発生。背面ブースターノオーバーロードヲ確認致シマシタ。自動修理プログラム停止。》

遂にコンピューターにまで匙を投げられ、フェイクは操縦レバーの一本を接合部分からへし折った。

「クソ共が…!猿以下の脳味噌の人間如きにこの私がぁ…!」

不可能など無いと勝ち誇っていたプライドが音を立てて崩れていき、フェイクは人生で初めてと言える絶望を体感していた。

「クソガァァァァ!この私をコケにしよってェェェェェ!」


フェイクは自暴自棄になり、クリアカバーで密閉された赤いボタンを押した。

それもカバーの上から拳でだ。

カバーは粉々に砕け、グラフィックにはノイズが走る。

《自動…ザザザ…修…リ…異…常…ザザザ…。》

音声ナビゲーターも段々可笑しくなり、音飛びするラジカセみたいになっていく。

《ハイ…面…ター…ザザザザ…カ…確認…ザザザ…。》

ハァハァと息切れしながらフェイクはカバーの破片が突き刺さって血まみれになった指で違うボタンを押す。

するとコックピットの足元から天井に向かって白い光の粒が昇り始めた。

「いいでしょう…!お前のようなポンコツコンピューターでも美味しい餌になりますからね…!」

粒は集まって白い線となり、フェイクの座る座席だけが異様に浮かぶ。

「私に良い報告を言える結果を残しなさい…!」



【5】

ギュンギュンと異質な音を放って光の帯がフェイクを包む。

音や光が消えると操縦者は姿を消していた。

すると無人のコックピットのレバーや計器類が勝手に動き始めたでは無いか。

《プ…ザザザザザ…ラム…キ……ザザザザ…。》

ナビゲーターは何かの配線が切られたのか、バグって呂律が回らなくなっていた。

《プ…ぷぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ…ぎゃはほほほほほほ…!》

無意識にコックピットのハッチが開かれ、ラビが異常に気付く。

『フェイクがいない…!?それにこの声は…!?』


グラフィック画像には記号や顔文字が次々に表示されては消えていく。

《ザザザザャャャャャ…バロロロロロ…!》

人間ですら滅多に言わない奇声の数々にその場の全員が凍り付いた。

「ウッ…なんか気持ち悪くなってきだんだけど…!」

「ぼ、僕もム…ムカムガして…!」

リュウガとキドマルが嘔吐しそうな顔面蒼白状態になり、ジャッキーが二人の背後から肩を支える。

「お前ら耳塞げ…!あれは電源入れっぱなしでコンセントを抜かれたコンピューターの成れの果てだ…!」

「…例えが難し過ぎるやろアホ。」

ガデフはいい加減にしろと言いたいがこの状況を乗り切ろうとするジャッキーらしい気遣いだと知ってそれ以上は踏み込まなかった。

「なんなのアレ…!?一体どうなってるの…!?」

「分からん。せやけど一つだけ言える事はある。」


マナを抱き締めるエルザに振り向きつつ、ガデフは哀れな姿のロボットを睨んだ。

「機械は意思を持たない存在…人間の手で敵にも味方にもなる万能薬みたいな物や。人に手放されたら最後、何を引き起こすかは見当が付かん…ある意味では恐竜以上の化け物なんや…!」

操縦者に切り離されたエンド・バイパーは自我も意思も持たず、己のデータを少しずつ消しながらバグを進行させている。

確かにその姿は不気味であると同時に悲しかった。

自分が誰かも分からない異常者と同じになっているのだから。

「酷い…!これじゃあキラービーストと同じじゃないの!?」

「…かもな。」


ウィーンガシャン、ウィーンガシャンと崩壊したケミカラボトリーに向かって歩き出すエンド・バイパー。

それを見送るように赤い翼の男が地面に降りた。

「コンピューターはいまや人間の一部と言っても良い存在…それ故に扱うにはそれ相応の敬意を表す必要があるんだ。それを怠って反乱するのは当然の報いだ。」

廃墟となったラボトリーでは瓦礫の下から何体かのキラービーストが這い上がっていた。

研究者や暗殺部隊の姿は無い。

人間なら生き埋めになってまず助からない状況でも強化改造された彼らにとっては遊びに過ぎないのだろう。

《モ、モクヒョヒョヒョヒョ…カクニニニニニニ。》


鋼鉄の鈍器を振り回して暴れ出すエンド・バイパー。

その一撃を喰らったキラービーストが騒いだ。

ある物は襲うも返り討ちにされ、ある物は自我を取り戻したのかその場から逃げようとする。

するとエンド・バイパーの肩の部分から細いワイヤーが何本も出てきてキラービーストをグルグル巻きにして捕縛した。

「ゲギャギャギャ…!」

「ギジャァァァ…!」

「ビジャアアアアア…!」

逃げようとしてもワイヤーに絡められて脱出出来ず、ギリギリとワイヤーが締まっていく。

やがてブツンッ、ブシャアアアアアと音がした。

ワイヤーが巻き付いたビーストの首や腕や足が引き千切れ、赤黒い血が噴き出す。

勢いも噴水のようにエンド・バイパーのコックピットを濡らしていく。

《イ…イブツツツツツ…カ…カグニニニニニニニニニ…。》


異物を確認したと言いたいのか。

最早バグに意識を全て支配され、コンピューターではなくコンピューターウイルスみたいな機械になったエンド・バイパー。

血で半分に染まったコックピットの画像は赤くなり、ドクロマークが大量に流れている。

ビーストの体の一部や肉片や血液がその周囲を地獄に変えていき、辺り一面に死臭が広がる。

臭いは風に乗って森まで流れ、木の枝は萎れ、葉っぱは茶色くなって落ちていく。

『ウゥ…鼻がもげそう…ですわ…。』

鼻を塞いでも自然と入ってくる異臭は人間はそうだが動物人間であるラビの鼻にはもっと強烈に響いていた。

ペガクロスとビッグベア、トラピカも怯えて後ろに後退している。

《シ…思考制御不能…プ、プログラララララ…!》


キラービーストの死骸をオモチャのようにして雑に扱う無人機。

その仕草はとてもじゃないが普通のロボットとは思えない。

操縦者がいないのにここまで人間臭い仕草が何故出来るのか?

それも含めて動力源を破壊して調べる必要があった。

グチャグチャと屍を扱う音が艶めかしく、雑音だ。

「………。」

ホウオウは無言であるビーストの腕を拾い上げた。

関節からは血がダラダラ流れて甘ったるい鉄錆の臭いが鼻に付く。

―『いいか…お前も殺し屋の卵ならこれだけは覚えろ。』


幼い日の記憶、ある人からの教えが蘇ってくる。

―『いくら殺し屋でも罪の無い人間や動物を殺すのは道を踏み外す事と同じだ。その日を生きとし生ける物の命程美しい物は存在しない。その美しい物を守り、非道な悪を裁くのが本来の私達の宿命なのだ。』

―『やがて人間はコンピューターに先を越される時代が必ず到来する。だがコンピューターも人間の指先一つで善にも悪にも変わる。コンピューターは将来、私達の新たな敵ともなり得るのだ。』

―コンピューターですら人間の敵になる時代が来る。

それがまさに現実になろうとしていた。

人間の先祖、猿やゴリラは頭の賢い動物と良く言われる。


でも百匹存在する猿やゴリラが百匹全部マトモだとは言い切れない。

必ず落ちこぼれや道を外す個体は出てくるのだ。

その個体が人間の害悪となり…悪事を働くのなら話は簡単だ。

―猿の脳味噌以下にまで腐った機械ほど外道な存在は無いのだから。

「あ~あ、こりゃあそろそろ撤退した方が良いね。」

戦士達の遙か遠くにそびえる大きな木の上、そこに簡素な双眼鏡のレンズが光っていた。

仮面を外した素顔の貴公子が幹に寄り掛かってライバルの様子を確認している。


木の下ではその付き人がオドオドしながら唾を飲み込んでいた。

「ジョーカー様…こんな横暴が許されて良いのですか?いくらなんでも酷いですよ…!」

「文句ならリーダーに直接抗議しな。ま、話が通じるとは思えないけどね。」

二人は一連の流れをこの場所から観察していた。

ケビン達にコロシアムの居所を教えて直ぐにジョーカーはラボトリーを出てボルバと合流、それで尚ケビンを心配してここに残っていたのだ。

「でもこれ以上ギルクを怒らせたら大変だよ。この森が焼け落ちるからね。」

「なら…その前に撤退する考えでございますか?」


分かってるじゃんと部下を褒めながらジョーカーは仮面を付けて木から下りた。

「行くよボルバ。リーダーがどんな動きするか予測出来ないから早く戻らないと。」

「ハイハイ。」

急いでその場を撤退しながらジョーカーはライバルを見返した。

《バーナクルが何も仕掛けて無いのは引っ掛かるな。まさかこうなる事を予測して手を打ってあるのか?それでリーダーはアレを引っ張り出して頃合いを見て逃げたと…。》

もし本当ならこの先にとんでもない報復が待ち受けてると感じてジョーカーは仮面を直した。

「…用心しなギルク。間違っても…自分を捨てるような真似はしないでくれ。」

自分をガッカリさせないでくれと念を押し、貴公子はその場を去った。



【6】

猛獣の血で真っ赤に染まった無人のロボットは機械としての存在を失っていた。

どういうつもりなのか、欠損した右腕の肘から上をもぎ取ってブンブン振り回している。

回りに遊び道具が無くなったからか?

どっちみち気味の悪さは変わらない仕草に全員ドン引きしていた。

《ギャハハキャハハ…ブヒャヒャヒャ…ポヒャフヒャャ…!》

狂ったように笑うロボットは足を小刻みに動かしてもぎ取った腕を武器の様に持つ。

「…へぇ、俺と遊びたいのか?」

《プグヘヘヘヘ…パハガガガガ…!》


人間のように狂った受け答えのロボットにマスクの奥が怪しくなった。

「いいぜ…ネジ1本すら残らなくなるまでスクラップにしてやるよ…!」

摺り足のつもりなのか、ガシャガシャと接近する怪物にホウオウは背中の翼を広げる。

《ビヒャラペヒャラァ!》

手にした腕の部品を地面に叩き付けるエンド・バイパー。

ホウオウはさも得意気に避けて弓のリボンを左腕に巻き付けた。

ただのリボンと思ったら大間違い、フェニクロウの暗示で造られたのでかなり強固だ。

「オラァ!」

そこからホウオウは弓を振り回し、エンド・バイパーの巨体が宙に浮く。

仲間達は影を確認して離れ、落下地点を作った。


予想通りにエンド・バイパーはその場所に叩き付けられた。

この程度で壊れないのはもう学習済み、そう読んでリボンを回収すると持ち替えて矢を引き絞る。

エンド・バイパーは起き上がろうとして背面ブースターを起動させた。

片側が壊れたブースターは自己修復もされておらず、パチッパチッと弾けながら火を吹いた。

火炎放射器になったブースターでエンド・バイパーは空を飛ぶ。

倒れて場所の草地にはブースターの炎が引火して小さな焚き火になっていた。

「ジャッキー消しといてくれ!」

「わ、分かった!」

消火活動を相棒に任せるとホウオウは翼を広げて飛び立つ。

《ペギョヨヨヨヨ!》


こっちだよとエンド・バイパーは飛び立ち、ホウオウはその後を追い掛ける。

飛びながら火を吹くエンド・バイパーはエンジンの壊れた旅客機。

このままでは街の方へ向かったら大惨事になってしまう。

それを阻止しようとホウオウはスピードを速めようとするがやはり相手が高性能な事と初めての変身で体が追い付いていないのでコントロール出来なかった。

するとバサバサッと違う羽ばたきの音が聞こえてペガクロスが横に並ぶ。

「…そうか!頼むぞペガ!」

「プフフッ!」

ペガクロスは鼻息を荒くしながらホウオウの背後に回り、大きく翼を羽ばたかせた。


猛烈な風の渦が背中を押して一気にエンド・バイパーと間合いを詰める。

前に突き出す姿勢になりながら一本の矢に狙いを定め、放った。

不死鳥の矢はブースターごと背中全体を直撃し、黒い煙を吐きながらエンド・バイパーは墜落する。

墜落地点はラボトリーへの道のりとして歩いていた所だ。

幸い周りに木が無いのでブースターの炎は引火せずに終わっていた。

黒煙で場所を確認して聖騎士はその場に下りた。

《プガガガ…ピガガ…。》


壊れたオモチャのようにギシギシ蠢くロボットを見てホウオウは哀れな瞳を覗かせていた。

立ち上がろうにも片腕ではバランスが取れず、踵のブースターのみでは上手く立てない。

でもホウオウはトドメを射さずに何故か相手が立ち上がるのを待っていた。

「何してるんだ?さっさと起きて掛かってこいよ。」

わざと挑発するとそれに便乗したのか、エンド・バイパーは急にバランス感覚を取り戻して立った。

丸腰になった胸のハッチを見てホウオウは新しい矢を準備する。

《…やはりな、奴の動力源はアレか。》

何かを分析していたらエンド・バイパーは左手の噴射口からナイフのような刃を出した。

踵のブースターも点火させて切り付けてくる。

「おっと。」


寸でで回避するとナイフの斬撃は木の枝を切り倒した。

「オイオイ?遂にとち狂って環境破壊か?落ちぶれたな。」

変な感想を申しながら振り下ろされたナイフを弓で受け止める。

左腕に圧力を掛けてきてホウオウの足元が地面に沈んだ。

「だが所詮二足歩行、全体重は足に集中されるモンだ…!」

空いた手でフィンガースナップを鳴らすと膝の関節が爆発した。

そこから体がよろめいてエンド・バイパーはバランスを崩す。


そこからのホウオウは早い、胸元に隠していた矢を取り出した。

「高熱の雨に注意だな…!」

(フェニックスアロー・乱れ吹雪!)

放たれた矢が何千羽という不死鳥に変わり、胸のハッチ目掛けて次々に突撃していく。

《ペギャァァァァァァァ!》

怪獣みたいな悲鳴を上げて爆発に飲まれていくエンド・バイパー。

ホウオウはそれを見守りながら背後を振り返った。

『ケビン様!ご無事で!』

ラビを先頭に仲間が合流してきた。

ペガクロスも主を見つけて駆け付ける。

爆音が落ち着くと煙の中に相手は倒れていた。

「倒したの兄貴?」

「…まだだ。どうやら外郭はかなり頑丈みたいでな、ラビの言う通りに中身を壊すしか方法は無いらしい。」


動かないのを見てホウオウは近寄り、胸部に手を伸ばした。

弓の先端を歪んだハッチの隙間に入れ、釘抜きの容量で隙間を広げると今度は指を入れてハッチを開けた。

「…見てくれ。」

その一言に全員が胸部を覗き込む。

中には意外な物が詰められていたのだ。

「ウッ…悪夢が…。」

フェイクの研究室でソレを見たリュウガはトラウマを思い出し、キドマルも思わず泣きそうになった。

緑色の培養液に浮かんでいたのと同じ形の…メロンパンもどき。

それもスッポリ入りそうなクリアケースに入れられている。

ケースの所々には穴が開けられ、赤や白や黄色のコードがメロンパンに繋がれ各部に張り巡らされている。

「なんやコレ…?人間の脳か?」

「…違うな。コイツは…AIの類いだ。」


―AI、高い処理能力を持った人工知能。

これがエンド・バイパーに無駄な動きを指示していた司令塔であり、動力源だったのだ。

「でもこのAIは完全にバグってるな。フェイクがデータを無理矢理消したんだろう。それで暴走したんだ。」

近年、人間よりも高い計算や処理能力を評価されて社会にも利用されているAI。

将来は事務系の仕事は全部AIに奪われると言われる程に人間を脅かしている世界最高のコンピューター。

そんなAIもまた、人間の使い道で善悪を決められてしまう悲しい犠牲者なのだ。

銀のマスクの奥の瞳が真一文字に閉じられ、業火に消える男を浮かべてホウオウは決めた。

「旦那…コイツはもう処分しないと無理だと俺思うぜ。こんなのが警察に見つかったらヤバい事態になるよ。」

「俺もだ兄貴…ウップ。」

『坊ちゃんこんな所で吐かないでください。後始末が大変ですわ。』


どこからかビニール袋を取り出してリュウガに渡しながらラビはホウオウの手を握る。

『ケビン様。』

手を握ったままラビは膝立ちのポーズを決める。

『この者の弔い…私達にも背負わさせてください。』

静かな風が金髪と長い耳を揺らす。

『この者もフェイクという外道によって歪められた犠牲者の一人、ならば同じ被害の元にあった私にもその罪を背負う義務があります。あのキラービーストと同じ大地に…眠らせてあげてください。』



【7】

自分と同じ緋色の瞳を見せるラビにホウオウはマスクの奥で目を開いた。

「…分かった、好きにしろ。」

『YES。』

感謝の念を述べるとホウオウはラビを下がらせ、マナを横に立たせた。

何も言わなくてもマナは頷き、エンド・バイパーに左手を翳す。

すると四方から木の根が伸びてきて制御を失った機体に絡み付き、是が是非でも立たせる姿勢にさせる。

左腕と両足、腕を失った右肩、この二箇所を支えられて胸のハッチが無防備になる。

「…聞け、エンド・バイパー。」


帽子のつばを握り、目深に被ってホウオウは唱えた。

「最高の技術で造られ…この世で最も不幸な末路を辿られたお前をスクラップにするのは惜しみない。だがこれからの世界を支えるべき大切な技術を悪用されたお前は迷い無き被害者だ。だから俺達の手で楽にさせてやるよ。プレス機で押し潰されるよりも100倍マシな方法でな。」

帽子のつばから手が離れ、ホウオウは一度その場から距離を置いた。

導かれるように他の7人も円陣を組むように並ぶ。

自分の両側に相棒と片腕を確認して8人は各々の左手を前に出した。


左手の甲にオーラとバディビーストの紋様が浮かび、足を数センチ開く。

「…READY…。」

胸の奥が、心臓がバクバクして体温が上昇してくる。

帽子の羽根飾りを揺らす風がピタリと止んで…ホウオウは右手でマントを掴んだ。

マントを翻すように回転し、それに続いて仲間も同じように回転する。

打ち合わせ、弔いの方法なんか一片も聞かされてない。

それなのに息も一切乱さずに見せた見事の連携だ。

いや、例え言葉にしなくても全員分かっていた。

ホウオウの思考…彼の心情を。


全員が一回転し、左手を出すと8色のオーラが空中に集まって虹色の球体になっていく。

ホウオウがその球体に指先を触れるとそれは虹色の光を帯びた矢に変わった。

真正面にいたガデフとリュウガが道を空け、ホウオウは矢を構えて前に出る。

ギリギリと弓の弦が限界まで引き絞られ鏃がAIチップに向けられる。

脳裏に沢山のバディビーストを思い浮かべ…銀のマスクの下から血の涙が一筋流れた。

ミステシアの犠牲にされてきた多くの命、それら全ての思いをこの矢に込めているのだ。


赤い涙が頬をなぞり、顎の下から落ちて地面にピチョンと弾けたその時。

弦を握る指が緩んだ。

(その命を天へ還せ!フェニックス・レインボーパニッシュ!)

ビィィィンと弦を振動させて放った矢が虹色の不死鳥になった。

赤・青・緑・紫・オレンジ・黄色・ピンク・そして銀色。

鮮やかな虹色の鳥は雄叫びを上げてエンド・バイパーの胸部に命中した。

嘴がクリアケースを難無く突き破り、中に入っているチップを貫通させた。

衝撃でチップに繋がれていたコードが切断され、残っていた全ての機能が停止した。


木の根に支えられたエンド・バイパーはもう動かない。

完全に糸の切れた操り人形になっていた。

ハッチから漏れたオイルが真下に広がり、赤茶色の水面を作っていく。

ふと木漏れ日の隙間から太陽の光が射してオイルの産みを照らした。

オイルの所々が光に当たってキラキラ輝く。

まるで人間の涙のようだとラビはそれを見て本気で感じていた。

AIを搭載されたロボットは長い年月で人間と同じ思考を手に入れる確率がある。

研究所にあったフェイクの資料からそれを読み取っていたので余計に同感していた。

《フェイク…。》


自分に不可能は無いと誇らしげに笑う眼鏡の男を思い浮かべ、ラビは拳を握った。

《覚えておけ。貴様の首は…必ずや私の手でへし折ってやるからな。》

何れ決着は付けると改めて誓っていたらドサッと何かが倒れる音がした。

「旦那!?」

「兄貴!?」

見るとホウオウが前のめりに倒れ、全身を包む赤いオーラが弾けて消えた。

オーラが消えると見慣れたスーツの若者が動けなくなっていた。

リュウガとジャッキーは慌ててケビンを揺する。


リュウガが心臓の音を確認しようと仰向けにさせ、耳を当てたらスースーと寝息がした。

「あ、あれ?兄貴?」

もう一度耳を澄ませると口からはフーフースースーと息をする声が聞こえ、腹部が上下に動いている。

「おい、コイツ寝とるで。」

ガデフが呆れながら言うとジャッキーはヘニャヘニャと座り込んだ。

「もうなんだよぉ~、心配掛けさせやがって。」

でも良かったと呟くジャッキーの膝にラビが動物体の姿で乗る。

『少し休ませてあげましょう。これ以上無理すると何が起きるか分かりませんから。』

「そうだね。僕もうヘトヘトだよぉ。」


キドマルも尻餅を付き、空を見上げる。

青緑に変色していた髪の毛も元の黒に戻っていた。

「とにかく戻りましょう。先生達心配してるわ。」

「それにワシらも休まないとアカンしな。」

なら急いだ方が良いとガデフはケビンをおんぶし、キドマルはなんとか腰を上げてラビを抱っこした。

早く離れないと下手したらマスコミや警察に囲まれる危険があったからだ。

「僕らが先頭になります。着いてきてください。」

キドマルが手を振りながら歩き始め、ジャッキーらもそれに続く。

彼らの背後には木の根に捕らわれたロボットの残骸、もっと奥には秘密研究所の瓦礫だけが残されていた。

特に瓦礫の場所は悲惨でキラービーストの肉片や体の一部、血液で見るに耐えられない光景を作っていた。


―ミステシアのエリートととも言える暗殺部隊の実質的壊滅。

この知らせは組織を震え上がらせ、更なる脅威を産み出そうとしていた。

フェイクやバーナクルは辛うじて生還したので特に2人に誰しもが注目していた。

それは勿論、ジョーカーも知る事になった。

それでもジョーカーは邪魔させないと密かに動きを見せるのであった…。

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