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エレメントバトリッシュ  作者: 越後雪乃
~第四幕・微かな絆に集いし七人の戦士~
22/34

飛び立て閃光の蝶!コロシアムでカーニバル!

【1】

立て続けに及ぶ爆発はクラウンセントラルの広範囲に轟音を響かせていた。

空港の管制塔では街の外れにある森の奥から振動と爆音、それに煙も確認出来たので全部の飛行機に落ち着くまでは離着陸しないよう伝えていた。

直ぐ上空にはテレビ局のヘリも飛んできてカメラの中継映像は数秒でテレビに飛ばされていた。

立ち上る黒い煙が火事の恐れもあるので消防局も出動準備を整える方針だと報道する様子を見てファマドは深刻な顔になっていた。

炎こそ確認出来ないが…何かが可笑しいと思ったのだ。

「これは火事じゃねぇな。」

「だとしたら…。」

「アイツらだろうな、確実に。」


長椅子にどっかり座り、冷めたコーヒーを喉に流して彼はぼやいた。

「派手に喚き散らしてるなアイツら…全く。」

「でもその割には嬉しそうね先生。」

おかわりのコーヒーを注ぎながら笑うヨシノにファマドはよせよと手振りで答える。

「お陰で俺達もある意味有名人になるだろ。んな事したら今度こそ廃業だぞ。」

けどヨシノは理解していた。

それは理由を知っているからこそ生まれる余裕だと

自分達に絡んでいない住人達は知らないだろう。

この森の奥にミステシアのアジトか何かの関連施設がある事に。

そしてその建物を…自分の悩みの種になっている男が破壊している事も。

「あの馬鹿…無茶しやがって。」


暴言混じりながらも若干心配な夫の言葉に妻はクスリと笑う。

―自分達が厄介なお払い者と関係を築いてしまった事に感謝しながら。

《リュウ…貴方の判断は間違ってないわ。だから思う存分暴れてきなさい。貴方は私達の愛を譲りし…誇り高い狼なのだから。》

一方、マスコミに晒されてるのも知らない研究所ではある一室で起きた爆発の対応に殆どの職員が駆り出されていた。

公務で席を外していたフェイクは自分の留守の間に好き勝手されて苛立ちながらも何があったのかと状況整理に急いでいた。

「チーフ!どうやら爆発の地点はチーフの研究室の模様です!」

「何ですって?それは本当ですか?」

「はい!メインコンピューターの機能がダウンしてるので間違い無いかと…。」


バタバタと騒ぐ足音を聞きながらフェイクは歯軋りして眼鏡を引き上げる。

「誰の仕業ですか?」

「例の侵入者でしょう。ですが姿が見えなくて…。」

「探しなさい。彼らは尻尾を巻いて逃げるような真似はしません。床下や天井裏も徹底的に探すのですよ。」

分かりましたと走る部下を見送り、フェイクは直ぐ横の壁に違和感を感じた。

何の変哲も無いただの壁だが…ある一部分だけボンヤリと浮かんでいる様な気がしたのだ。

「…随分とご乱心なこったね、軍師。」

「…バーナクルですか、もう出てきて大丈夫ですよ。」


ズズズズと背景に溶け込んでいたカメレオンのように現れたのは暗殺部隊を指揮する凄腕の殺し屋だ。

侍のように腰に刀を下げ、左目を塞ぐ一文字傷が刃のように鋭く目立つ。

「良く平気でいられるなぁ、自分の仕事場滅茶苦茶にされて血眼になるかと思ってたから以外だよ。」

「…クイーンの蘇生プログラムを始め、重要なデータは本部のコンピューターに転送しておきましたからね。だからここが潰されても問題は無いのですよ。」

フェイクが留守にしていた理由を語るとその殺し屋の男はケケケッと笑う。

「だが最後の見せしめとやらをしたいんだろ?いや、正確には処刑か。」


フッ、と依頼主がと笑うのを目撃してバーナクルは刀の柄を握る。

「わざわざ化け物共を呼び寄せずとも…我々が切り捨てる方が手っ取り早いのでは?」

「…彼らがここを火の海にするからですよ。使い物にならないビーストの死骸を無闇に捨てると怪しまれますからね。業火で骨も灰も残らない程にまで焼けば手間も省けますから。」

先の展開を全て見通しながらフェイクは自分に酔っていた。

自分の計画に一変の狂いは無い。

全ては時間通りに事が進むと。

「それに例の物の最終調整も完了してますからね…いつでもやれる準備は整ってる訳です。」


楽しい祭りが始まると不気味に微笑むフェイクにバーナクルは血の気が引くのを感じた。

曲者揃いの四幹部の中では一番穏やかかつ冷静とも言われるフェイクの裏の顔を目撃したからだ。

「アンタは狂い過ぎてるな…ぶっちゃけた事言うとアンタみたいな人間、仮面の坊ちゃんが一番嫌いなタイプなんだよなぁ。」

ピクリと眉が動いて眼鏡が光る。

「あのお方は優し過ぎるのですよ。優しさや穏やかさは…我々のような悪の組織には不要な感情ですからね。」

「おいおい、そんなメタ発言して良いのか?誰かさんに怒られるぞ?」

その誰かさんが何者なんだとこの場に第三者がいたらそうツッコミそうな空気を振り切るようにフェイクは三つ編みを揺らして階段の踊り場へと向かう。

「それはそうとバーナクル総長、そちらの準備は?」

「いつでも受け入れOKだ。数はざっと見て…五百だな。」


本当は応援を掛ければもっと集められると付け加えるとフェイクはそれで充分だと返した。

「あとは私が手配した物で賄いますからね。これで奴らも終わりですよ。」

そう、フェイクにはキラービースト以外の切り札も用意していたのだ。

卓越された自分の頭脳で発案・開発をした秘密兵器が。

その記念すべき立ち上げのゲストにケビン達を選んだのだ。

もうすぐ全てが終わるのだ。

自分の描いたシナリオ通りに。

階段を登るその背中を見てバーナクルは刀の柄から手を離そうとしなかった。

この男は裏が読めない人物故に油断出来ないからだ。

「貴方達には感謝してますよ総長、私の為に足を運んでくれたのですからね。」

「…何故今礼を述べる?余興はこれからだろう。」

「勘違いしないで下さい。私の祭りの引き立て役に抜擢された事への感謝ですよ。」

左目の傷が触れてもいないのに疼いた。

「優秀な頭脳だけでは敵は倒せない。では足りない物は何か?それはズバリ、力です。より強大な力を持つ相手と手を組む事以上に恐ろしい戦力は得られませんからね。」


まるで自分を、自分が手塩に掛けて育てた部隊が自分の駒に成り上がるような台詞にバーナクルは刀を抜こうとして…止めた。

こんな男でもミステシア随一の頭脳を持つ男、何かあれば組織のバランスが大きく崩れるのだ。

だから無闇に手を出すと自分が切り捨てられる恐れを感じ、踏み止まったのだ。

「まぁ安心しなさい。最悪な結果になったらなったで私の直属として拾ってあげますよ。」

「…我輩の部下はそれほど貧弱では無い。」

「これは失礼、そうでしたね。」

油断ならないと軽く謝罪しながら二人は研究所の最上階へと向かった。



【2】

ケミカラボトリーの目玉の部屋であり、最も危険な部屋でもある最上階のコロシアム。

ロックを解除して扉を開いた先にはゴツい檻が変わらずに設置されている。

「やぁやぁ、待たせましたね。」

檻の中で手錠の鎖が揺れるジャラジャラという無機質な音がする。

「待ちくたびれたわ。お詫びとして私に風呂とシャワーを恵みなさい。」

「いやなんちゅう事言ってるんやお前!?状況考えとんのか?」

こんな時にふざけるなと怒鳴るガデフにエルザはシッと黙るように命ずる。

「安心しなさい。直ぐに風呂にでも浸かるような気分にさせてあげますからね。」


フェイクはニヤニヤしながら白衣のポケットから黒いリモコン型の機械を取り出し、ボタンを押した。

すると檻を中心に四方のゲートがゴゴゴと開き始めたのだ。

母親の膝を枕にして横になっていたマナは轟音で目を覚まし、即座に身震いした。

「ママ恐い…それになんか来るよ…。」

「お、親分…お、俺…まだ心の整理が…!」

「ガタガタ騒ぐなや馬鹿、腹括っとれ。」

ポッカリ開いたゲートの向こう、真っ黒な部屋から鋭い視線が光った。

そしてドシンドシンと大きな足音もした。

明らかに…何か大きな生き物が近付いていると姿が見えなくても分かった。

「やっぱりアンタ…これが本音だったのね。」

「そうですとも。あの子達はロクに給餌をしてないのでね、貴方達には餌になって貰いますよ。」


グルルルと不気味な声が聞こえ、エルザは風に乗って漂う獣臭に緊張が走った。

やがて檻を見下ろすように大きな影が現れ、顔を上げた先には何頭もの猛獣がいた。

それもただの猛獣では無い。

牛や山羊など一般的な動物が大半だがどの個体もサイズが大きく、爪や牙や角が異様に発達している。

それよりも大きなワニもいればユニコーンの角とペガサスの翼を生やしてた馬のような生き物もいる。

その全てがフェイクが産み出した産物…キラービーストだ。

「ね、姐さん!この展開はマジでヤバイって!今度こそ終わりだって俺達!」

情けなく泣き叫ぶジャッキーに黙れと怒鳴りながらエルザはフェイクを睨む。

「これは何の真似かしら?」

「貴方達に罪は無いですがご勘弁を。私の大切な研究室を破壊された報いですよ。」


―研究室を破壊された報い。

エルザはまさかとガデフに振り返る。

「あの男は残念な事をしましたね。PXを買い取っただけでは無く私の部屋まで壊したのですから。だからこちらも手を打ったのですよ。貴方の屍を土産に取り引きをするとね。」

獣の悲鳴とフェイクの自慢話にエルザは血の気が引いた。

この男は人間では無い、この男こそキラービーストその物だと。

だがまだ諦める訳にはいかないと唇を噛んだ。

「…こんな動物で私らを殺せると思ってるの?」

「えぇ。その手錠がある限り…何も出来ないのは現実ですからね。」

最後の望みすら容易に切り捨てるフェイクの後ろでバーナクルは何故か後方を向いていた。

僅かに別の声を聞いた気がしたのだ。

キラービーストとは違う、別の獣の雄叫びが。

「どうです?折角だから遺言でも残して行きなさい。心配せずとも私からあの男に伝えますからね。」

「……。」


マナが怯えて自分を見上げるのを感じながらエルザは奥歯を噛むしかなかった。

ここまで強気に振る舞ってはきたが…内心では自分も恐いのだ。

それでもケビンの代わりに自分が励まさないといけないと無理矢理演技をしていたのだ。

でもその演技も限界に近付き、本当に心が折れようとしていた。

「ヘッ、お前みたいな鬼畜眼鏡に残す言葉なんかあらへんで。」

半ばお葬式ムードに入ろうとしていた3人は突然の怒声で振り向く。

「親分…。」

「確かに状況から見ればお前の勝利は確実や。けどな、人生ってのはギャンブルと同じで計画通りにはいかないんやで。死ぬのも生きるのも神様が決めるんやない、全て運次第なんやで。」


なんかジャッキーが言うと格好良く思える台詞に当人は自分の見せ場を盗まれて落ち込んでいた。

「コイツらが計画通りにワシらを腹の中に納めると思ってるのか?思ってるならそれは大きな間違いやで。そんなんで簡単に人が死ぬなら…今頃この世界から全ての人間が消えている筈や。そうやろ?」

そこまで告げてガデフは自分を励ましていた踊り子に振り向く。

エルザは驚きながらもガデフの瞳が死んでいないと感じた。

「まだ諦めるのは早いで、奴はもう近くにおる。」

「…ケビンが?」

「あぁ、間違い無い。」


悟られないように小声でやり取りし、その声を拾ったジャッキーもガデフを見て涙を堪えていた。

自分はリーダー格の相棒、こんな所で泣き顔は見せられないと革靴の底で床を引き摺った。

「…そうだよな。だって俺達旦那に言ったんだよな。もしもの事があっても…アンタは必ず来るからって、待ってるからって。」

今この場でギャンギャン騒いでいたら大人げない、そう思ったら足先から力が巡ってきた。

ケビンは病み上がりなのを無視してここまで来たのだ。

彼の思いを打ち砕く訳にはいかなかった。

「親分の言う通りだよ姐さん、ここで死んだら旦那との約束を破る事になるんだぞ。」

さっきとは人が豹変したジャッキーにエルザは呆れながらも頷く。

「アンタに言われなくても分かってるわ。そうじゃなかったらもうとっくに死んでたもの。」


外で喧しく叫ぶキラービーストは興奮して檻に狙いを定める。

度重なる改造で自我すらも失った彼らは自分で自分を止める事が困難になっていた。

「どうやら死ぬ準備は整ったようですね。では始めましょう。」

フェイクは静まったのを見て不気味かつ薄く笑いながらリモコンの先端を向けて煽ってきた。

しかしボタンに添えた指がそこで止まる。

「…貴様?笑ってるのか?」

静かになった筈の檻からクククと笑い声がするのを聞き取ってフェイクは近付く。

一番手前にいる銀髪の女が項垂れた姿勢でブツブツ言ってる風にも伝わる。

「何の真似ですか?今更敗北を認めても手遅れなんですよ。」


フェイクの眼鏡が光を反射してレンズを遮断する。

見上げれば表情が読めない顔になったのをエルザは待ってたのか、目と口を同時に吊り下げた顔で返す。

「…馬鹿ね。誰がアンタみたいなゴミ野郎に服従すると思ってるの?それと手遅れなのはウチのダーリン怒らしたソッチなのに死ぬ準備が必要だって自覚してないとかダッサー!頭可笑しくてマジウケるし!ヤッバ!」

言葉を失うフェイクの眼鏡には往生際の悪いイジメっ子みたいに馬鹿笑いする女が写る。

「折角だから教えてあげる。私はね、アンタみたいな下衆で自己中で女に手上げる男が世界で一番大嫌いなんだよ!バーカ!」

アッハハハと頭のコードが切れたように笑うエルザの声が部屋中に響いた。

死にたくないと悪足掻きしてるのか、それにしては余裕のある笑顔をしている。

「ほらどうしたの?殴りたいならさっさと殴りなさいよ!この臆病者のチンパンジー以下のメガネザル風情がぁ…!」


そこでバキャッという鈍い音がエルザの下品な笑い声を掻き消した。

間髪入れずにジャッキーとガデフとマナの目の前で銀のポニーテールが崩れ落ちる。

「姐さん!」

「…言ってくれますね。雌豚が。」

フェイクの右手が赤く染まり、足元にポタポタと血が垂れている。

エルザの頬は片方が歪んで痣が浮かび、唇の端から出血していた。

「良いでしょう。なら貴方から先に腹の中に収めてあげますよ。」

手に付いた血を白衣で拭うとポケットから鍵を取り出した。

檻の鍵穴に細い鍵が挿入され、入り口が開く。

するとフェイクはエルザのポニーテールの根元を強引に掴んで外に引っ張り出した。

「止めて!ママを放して!」

「ええい邪魔だ!クソガキめ!」


マナはエルザを助けようとフェイクに飛び掛かる。

しかし両手が使えないので直ぐに引き剥がされて押し倒された。

「さぁお前達、とびきりのご馳走ですよ。」

フェイクはポニーテールを振り払う形でエルザの体を投げ飛ばす。

同時に左手に持ったままのリモコンのボタンを押した。

するとビビビッと電気が走ったようにビーストは一旦静まり、程なくしてまたギャアギャアと騒ぎ始めた。

「なんやコイツら…どうなってるんや?」

「彼らの脳内に遠隔チップを埋め込んだだけです。こうすれば前頭葉を摘出しても私の思い通りになりますからね。」

リモコンをヒラヒラと見せながら笑うフェイクは最早人間の域を超えている。

仲間であるバーナクルも足を一歩引いていた。

「こんのクソ眼鏡野郎がぁ!姐さん逃げろ!」


ジャッキーはありったけの大声でエルザを呼ぶも彼女は倒れたままで起きない。

フェイクに殴られたショックで気を失っていたからだ。

「全く喧しいですね。それなら全員纏めて食べられさせてあげますよ。」

リモコンのボタンをピッピッと操作するとキラービーストは身構える姿勢で半数がエルザを、半数が檻を囲んで逃げ道を遮断してきた。

一番檻に近い位置にいる二足歩行の牛のようなビーストが大口を開けて檻に噛み付いた。

扉は開け放たれた状態で野犬や山羊の姿のビーストが涎を垂らしながら迫ってくる。


ビーストの群れの隙間は塞がれ、向こう側は見えなくなってしまう。

荒い声だけ聞こえてエルザがどうなってるのかも把握出来ず仕舞いだ。

本当にこれで終わりなのか?

自然とそう考えるしか無かった。

「…旦那。」

ジャッキーは手錠の鎖を食い込ませて…奥歯を軋ませた。

「何やってんだよ…こんな時に…!」

そんな彼らをフェイクは満足気に見て怪しく笑っていた。

いよいよ最高のショーが見られる。

そのまま捕食しろとリモコンを掲げたその時だ。

「…ォォォォォン。」


リモコンのボタンを押そうとした親指がギリギリの地点で止まった。

バーナクルも耳を澄まして背後を見る。

「…ワォォォォオオン。」

2回目の声は間違い無く全員に聞こえた。

後方になるに連れてやけにトーンが下がる独特な雄叫び。

キラービーストの群れもその遠吠えに固まるばかりだ。

「馬鹿な…こんな辺境の地に…狼がいるのか?」

狼の一言に檻の中の3人はハッとする。

自分達の知っている限りで…しかもこんな場所に忍び込める狼など限られている。

「ねぇ…あの声まさか…!」

「ワシにも聞こえたで、あの声は…!」

「間違いねぇよ。あの声の狼は…!」



【3】

―奴らが来た。

そう発声する前に大量のビーストの視線はこの場の動物では無い臭いと気配を感じてある場所を見つめた。

それはコロシアムの天井に近い、大きな窓辺の縁だ。

窓辺から数センチの範囲で造られた即席の氷の足場に器用に立つのは1匹の狼。

銀色と白が混ざった体毛が針のように逆立ってビーストを上から目線で睨む。

「クソッ!いつの間にこの部屋に入ったのだ!?予定変更だ!あの動物を噛み殺せ!」

遠隔チップに信号を送り、数匹のビーストが檻から離れて狼を捕らえようとした。


しかし狼は逃げも隠れもしないでその場から大ジャンプをした。

その反動で氷の足場が崩れ、自分の元へ走ってきた獣達が巻き添えを喰らった。

「ウォオオオオオオン…!」

クルクルと綺麗な回転をしながら狼は捕虜を守るように着地し、吠えた。

狼と言えば夜空に浮かぶ満月を背景に雄叫びを上げるイメージだが…これもこれでかなり見栄えが良い。

キラービーストはその雄叫びに怯み、足がすくんで動けなくなった。

だらしないと鼻をスンスン鳴らして狼は自分の間近で倒れている女性にすり寄った。

エルザはヴォルフの気配にも身動き出来ず、仕方無く襟首を咥えられてズルズルと引き摺られた。


ヴォルフは迷わずに敵陣の向こうにある檻を目指してゆっくりと歩く。

ビーストは皆ヴォルフの存在に怯えて手を出す者はいない。

冷たい金属の檻の前でヴォルフは仕留めた獲物を貢献するように襟首から口を離した。

そして檻に侵入すると蜂蜜のような甘い匂いを纏った少女に甘え出した。

正確にはその少女の中の山猫が目当てだが…宿主の匂いも好きな狼は安心したように頬をペロペロ舐めた。

「ヴォルヴォル…!」

「ワフゥゥ…。」

助けに来てくれた喜びと撫でてあげられない事への苛立ちが涙となって流れ、ヴォルフは優しくその涙を舐める。

「ギギギギギ…。」


しかし安心も束の間、威嚇を解かれたキラービーストが牙を向く音にマナはハッとして凝視する。

「ヴォルヴォル後ろ!」

「グフウッ!?」

一足遅く、間に合わないと思った瞬間、突然上空から何かが降り注いだ。

地面に轟くのは…凄まじい威力を誇る雷の雨。

ヴォルフが驚くと檻の真上から唸り声がした。

「ガルルルル…。」

「ワオォォォ~ン…。」

こっちもいつの間にか檻の上に見慣れぬ猛獣がいた。

ドスンッと降りてきたのは黒いラインを体に走らせる立派な体格の虎だ。

虎はヴォルフの横を陣取ってマナの顔をペロペロ舐める。

「うわぁぁぁん…トッティ…!」

「グルルゥゥ…。」


ヴォルフの真似をしてマナの匂いを嗅いで頬を舐めていたら耳の付け根をくすぐられた。

見るとヴォルフがハッハッと舌を出して威圧している。

言葉は分からないが退いてくれと訴えているようだ。

「ガルアァ!」

「ワオォォ!」

当然ながらトラピカはこれを拒否し、そのタイミングで堪忍袋の緒が切れたヴォルフとの取っ組み合いが始まった。

「おいぃぃ!!なんでその展開になるんだ!」

感動シーンを台無しにされてジャッキーがズッコケ同然で悲鳴を上げた。

助けに来たのか喧嘩しにきたのかどっちかにしろと怒鳴ろうとしたらキラービーストが騒ぎながら頭上に迫っていた。

「「グウゥゥゥゥゥ…!」」


だが…いくら改造に改造を重ねた生物とてこの2頭の敵では無い。

何より自分が惚れた相手とその宿主に手を出してしまった罪は大きいのだ。

ビーストの中でも比較的大柄な個体が押し潰そうとするもヴォルフとトラピカは同じタイミングで飛び上がった。

すると翼を生やしたビーストが空では太刀打ち出来ないと動く。

だがこれが仇となった。

「「ガオゴルァ!!」」

2つの雄叫びが重なり、ヴォルフが上、トラピカが下と離れながら8本の足が絡まれるように繋がれた。

そこからなんと高速回転し、周りに群がる獣を一蹴した。

アクション映画ではよく仲間に両手を繋がれて回転しながら周りの敵を足蹴りで攻撃するシーンがあるが、2頭の技はまさにそれを彷彿とさせた。


急所を当てられたビーストは壁や床に激突し、息絶える。

餌を貰えていないのでスタミナが充分に付けられず、いつ死んでも可笑しく無い状態になっているのだ。

「ウォオオオオオオン!」

「ガォオオオオオ!」

屍をボトボト落としながら再度着地した2体は勝利の雄叫びを上げる。

互いの宿主同様にコンビネーションも見事だ。

「おのれ…!余興は終わりだ!」

甘く見ていたとフェイクはリモコンを操作し、残されたビーストの目が真っ赤に染まった。

檻を食い破ろうとした牛が虫を潰すように前に出た。

その右腕には蟹やサソリを連想させるハサミが移植されている。

「ンモォォォォ!」

牛の鳴き声を上げながらハサミが振り下ろされ、床に亀裂が生じる。

そこからヴォルフは口から冷気を吐いてハサミを凍結させた。

氷はヒビ割れた床まで行き渡って完全に動きを封じたかに見えた。

「モォォォォゥ!」


だが牛のビーストは馬鹿力を出し、ハサミの氷が砕かれた。

本気を出した時には絶対零度の強度を持つヴォルフの氷は簡単に砕かれる代物では無い。

やはり改造の積み重ねが恐るべき力を与えているのだろう。

「グフゥウゥ…!」

「モォアアアア!」

油断したと牛はハサミをヴォルフに向けた。

そこからなんとハサミの部分だけがロケットパンチみたいに切り離されて発射された。

「ひぇええええ!何だよあれぇぇぇ!」

「おいおい、ロボットのデータまで入れとるんかアイツは!?」

ハサミのロケットは檻に向かって飛んでいき、ヴォルフはマズイと立ち塞がる。

だが自分の手前に更なる影が舞い降り、ハサミはその影の生き物を捕らえた。

「トッティ!」


影の正体はトラピカだ。

ハサミは意思が宿っているように自分から垂直にトラピカを挟んで上に上がっていく。

その真上には研究所の天井がある。

頭から突き破るのか、外に放り投げるか、それともあの位置から叩き落とすか。

どれも最悪なシナリオしか思い浮かばない。

「言い様ですよ!そのままミンチにしなさい!」

しかしこの時点でもフェイクは油断していた。

研究所に侵入したのはこの2体だけでは無い。

その答えは…誰も見えない天井の外側…遙か上空から降りてくる影が教えていた。

ドゴォォンと天井を突き破って赤い羽根が舞う。

次に姿を見せたのは大きな赤い鳥だ。

落ちてきた鳥の嘴がハサミの外殻に当たり、粉々に砕かれる。

バランスを失ったトラピカは現れた鳥の足に捕獲され、ヴォルフの所まで運ばれた。


その姿を現した赤い鳥は透き通った透明な瞳を捕虜に見せる。

曇りの無い…純真に満ちた瞳を。

「キュルル…。」

鳥は嘴の先を床に広がる銀の髪の毛に埋めた。

チリチリと毛先が熱を帯び、プルプルと振動する。

「……ん?」

全身から力が抜け、左頬がズキズキ痛む。

口の中は血と唾液が溜まって鉄錆を噛み砕いたような匂いに溢れてる。

「…ママ?」

母親の目が半分開きそうなのを見てマナが顔の上から叫ぶ。

「ママ起きて!死んじゃうなんて嫌だよ!」

フェニクロウも再度揺すろうとしたがそこで怪しげな気配を察して止まる。

大量の目線と獣臭を感じて翼を広げる姿勢に入ろうとする。


大群の一番後ろでフェイクはリモコンを顔の前に掲げる。

その顔は余興を邪魔されて苛立っていた。

「おのれ…遊びは終わりだ!くたばれ!」

ボタンを操作し、ビーストに信号を送ると邪悪な肉の壁が檻目掛けて雪崩れ込む。

フェニクロウ達は檻を守ろうと前線に立ち、身構える姿になった。

その時だ。

『…させぬぞフェイク。お前の計画は私が潰してやる!』

背後から聞き覚えのある声を察し、振り向いたフェイクの顔が歪んだ。

床に倒れた衝撃でリモコンが宙を舞い、パシッと何者かにキャッチされる。

「貴様は…!?」

『最早手遅れだ。私はどう足掻こうが…もうお前の元へは帰らないと誓った身だ!』



【4】

床に落とされてバウンドするリモコンがバキバキと足で踏み砕かれた。

電波が途切れ、ビーストの進行もピタリと止む。

それと同時に群れの隙間から雷と冷気が巻き起こって猛獣の壁がバタバタと崩れた。

煙が止むと捕虜の檻とビーストの間には3人の人間が立っていた。

フェイクは中央にいるスーツの男に注目する。

「ギルク…!」

「よぉ鬼畜眼鏡、随分えげつない事やってくれたな。」

それを合図にリモコンの残骸を覆う影が消え、ケビンの正面に見知らぬ人間が着地する。

「早くしろよ、ラビネス。」


去り際にハイタッチを交わして檻に近付くのは金髪の少年。

髪は金色だが頭からはウサ耳のカチューシャと思わしき耳が生え、手には茶色の革のグローブ、身に纏うのは白いシャツと思わしき肌着、丈の長い赤のコート、グレーのズボン。

見知らぬ風貌ながら…何故か見覚えのある少年にマナはそっと近寄る。

「ラビちゃん…なの?」

少年はマナを暫く見つめ、それからエルザの元にすり寄る。

青紫に腫れた頬を擦り、それからマナに振り向く。

「…なに?」

『…As It Is、My Lord。』

「あ、あす…?…キャッ!」


不馴れな英文を理解出来ずに混乱するマナに少年が抱き着いてきた。

「待てクソガキ!姫の唇奪うなんざ100年早い…!」

『黙れ!』

マナを抱き締める少年は体格とは真逆な大声を出してジャッキーに怒鳴った。

『容赦なく乙女の入浴を覗く不届き者が気安く指図するでない!』

「な、なんで知ってんだよ!てかお前…。」

過去の過ちを告げ口する少年の容姿にジャッキーはようやく誰なのかを悟る。

「お前…まさかウサ吉か?なんだよおい!どうしたんだよその姿!」

『…後で詳しく教えますわよ。それよりもこれを。』


ラビと思わしき少年はマナを抱えるのと反対の手でコートのポケットを漁り、針金のように細い鍵を取り出した。

「それは?」

『手錠の鍵です。急いでください。』

檻の手前でマナを下ろすと直ぐに引き返してエルザを抱え、また檻の前まで運んできた。

愛しそうに頬を撫でて険しい顔になるとふと唇を重ねた。

『貴方の心は私の物、願わくは…その命も私がお守り致します。』

暗示を掛けるような言葉を残して少年は立ち上がり、ケビンの元へ走った。

隣に立つ小さな肩に手を置いて不死鳥の男は勝ち誇った様子の笑みを浮かべる。

「観念しな眼鏡野郎、この研究所は俺達が掌握したからな。」


フェイクは眉間に皺を寄せて眼鏡を掛け直す仕草を見せた。

「成程、その様子では私の部屋も含め…全てを破壊したそうですね。」

「あぁ、少し骨が折れる仕事だったけど楽しかったぜ。」

焦げ臭いと感じてバーナクルが見ると床の四隅から煙が昇っている。

この部屋が火の海になるのも時間の問題だろう。

「良いでしょう。私も研究者であり1人の人間、貴方のその覚悟と勇気に敬意を評しましょう。」

襟足の三つ編みを揺らして足を一歩前に進めた。

「貴方は何をお望みですか?要求次第では私も手を引こうと思っていますよ。」


ケビンは上着のポケットに手を入れて中の紙を握り潰す。

紙の正体はフェイクが忍ばせていた果たし状だ。

この男が自分の要求を飲む訳無いのは既に知っている。

だから自分もそれに相応する答えを出すつもりでいた。

「…だったら言ってやるよ。俺の望みは2つだ。まずは俺の仲間を解放させる、それでアンタらにはここから立ち去って貰おう。」

フェイクはまるでそう言うと予言してたようにニヤリと笑った。

「…断ると申したら?」

「…お前の首をコイツにへし折らせる。」


首の後ろをポンポン叩かれてラビはケビンを見上げて頷く。

「PX…貴方にはガッカリしましたよ。てっきり心を入れ換えて私の所へ帰ってくるつもりが…とんだ期待外れでしたね。」

『期待外れだと?お前の口からそんな言葉が出るとは珍しいな。』

ケビンの元を離れ、ラビはフェイクと数センチの感覚を開けて立つ。

『フェイク…貴様が全うに取り引き等しない事は最初から分かってたぞ。』

「…。」

『取り引きを持ち掛けるなら互いに交換する物は人であろうが品物だろうが丁重に扱うのが基本だ。だが貴様は私達が来るのを待たずにその者達に手を出した。その時点で取り引きが不成立になるのは当たり前だ。』


主人の言葉を代弁しながらラビは自分を保護し、造った男と対面する。

こうして真正面から向き合うのも2年振りだ。

「PX-07…貴様は私に拾われた恩を忘れたのですか?あの日あの場所で罠に掛かったお前は私が指示しなければ死んでいたのですよ?」

『恩だと?そんなのは端から受けてはおらん。私がお前から貰ったのは…苦痛と嘆きのみだ。』

人間は出会いと別れを繰り返して成長するんだと発言するようにラビは組んだ両手を胸の前に翳す。

『ここに来る前に…私はお前の部屋で日記を見つけた。私を産み出す過程が記された日記だ。身に覚えがあるだろう?』


予想していた通りだと笑うフェイクに殺意を覚えながらラビは日記の内容を告白した。

『私は吐き気も恐怖も通り越した感情を覚えた。お前は私の体のみならず…血液や細胞までもを人間の物とすり替えていたのだ。そうだろう?』

心の奥でドロドロした唸りを堪えてラビは必死に踏ん張る。

『私の体は…もう人間でも動物でも無い。人間も動物も超越した文字通りの化け物だ。私はそんな自分をずっと憎んでいた。2年前の…あの日まで…。』

ラビの脳内では脱走した日の記憶が鮮明に残っている。

警報が鳴る研究所、自分を捕まえようとする大勢の人間の手を振り払い、必死に外で逃げた自分。

その背後には檻や培養プラントの中で騒ぐ多くの動物達が嘆いていた。


その声が自分を長年苦しめていた。

自分等を置いて逃げた裏切り者だと聞こえてたからだ。

どんなに時間が過ぎてもそれはラビの心から消す事の出来ない大きなトラウマになっていた。

『そんな時…あるお方が私に教えてくれた。人間も動物もこの世に産まれて何も役割を与えられずに死ぬ事は絶対に無い、産まれたら必ず何かを背負って生きる宿命があると。それを聞いて私は見つけた。自分が産まれた理由を…これからを生きる自分の役割をだ。』

拘束され、注射をされる自分。

全身麻酔をされ、血液と細胞を抜き取られる自分。

培養液に浮かびながら見世物にされる自分。

様々な自分を浮かんでは消して…辿り着いた先には1人の人間がいた。


リュウガよりも明るい金髪、キドマルの瞳の色と同じ髪色の少年がいる。

ラビはその少年へ必死に手を伸ばした。

―何があっても…この手は離さないと。

『私はキラービーストの看板…貴様に命を弄ばれた全ての生物の命だと。そしてフェイク…!貴様という吐き気を催す悪を潰す事が私の使命だと分かったのだ!貴様だけは生かしてはおけぬ!貴様だけは…何があっても私が仕留めてやる!』

コロシアムの窓ガラスがバリンバリンとヒビ割れ、透明な破片が部屋に降り注ぐ。

すると割れた窓から何かが入ってきた。

それは青紫の美しい羽を生やした野生の蝶だ。


培養液の中にいる時も実験生物として蝶は見てきた。

ラビは蝶が好きなのだ。

誰にも縛られず、自由に空を飛ぶ蝶のようになるのがずっと夢だった。

その夢を今、キドマルやケビンと出会ってラビは思い出していた。

蝶のように舞い、蜂のように悪を突き刺す男の影を。

「…フン。」

バーナクルが刀を握って刃を少し覗かせる。

すると見えない斬撃が走り、蝶は頭から真っ二つになった。

2枚ある羽の片方はフェイクの足元に落ち、もう1枚の羽はラビの元へ降る。

その羽を優しく、雪のように受け止めた手があった。

「…どうやら早く殺されたいようだな、PX。」

『…その名前で呼ぶなと言った筈だフェイク。PX-07とやらは…もう死んだ。』


握った蝶の羽を宙に舞わせ、フィギュアスケートのような優雅な回転を決めてポーズを決める。

彫刻のように左手を胸の前で折り曲げ、右手で肘を掴み、左手は顔の右半分を隠している。

『我が名はラビ、ラビネス・ザ・チェリーマウンド!我が主、キドマル・サクラヅカ様のご命令により、貴様という悪を打ち砕く男だ!』

バーンッと背後に漫画の擬音が出てきそうな立ち振る舞いにケビンとリュウガは拍手し、キドマルは歓喜で目を潤ませた。

『貴様らに最早生きる道など有らず、我が怒りの制裁を受けるが良い!』



【5】

ラビの宣言と思える声がビリビリと部屋の空気を振動させる。

フェイクは自分に牙を向けた“作品”を冷たい眼差しで見下すだけだ。

「…分かりましたよ。なら私も気持ちが晴れるまで遊んであげましょう。」

白衣のポケットから新しいリモコンを取り出し、スイッチを起動させる。

するとキラービーストが出てきたゲートから追加のビーストとケビンと同じスーツの人間が続々と湧いてきた。

「後は頼みましたよ。私はアレを準備しますので。」

リモコンを仕舞いながらフェイクは召集された暗殺舞台に一命してその場から立ち去る。

フェイクを誘導させてバーナクルもゲートの奥に姿を消した。


後に残されたスーツの軍勢は互いに武器を持ち合わせてこちらを迎え撃つ体制になっている。

数も尋常では無く、ビーストも怒り剥き出しで睨んでくる。

それは到底4人では相手に出来ない大軍勢だ。

「おいおい、キラービーストに暗殺部隊のフルコースとは豪勢だな。」

「どうする兄貴?どっちから片付けるんだ?」

2人の少年を挟むように炎と氷のスキル使いが並ぶ。

「…ビーストはお前とキドで相手してやれ。暗殺部隊は俺とラビネスが引き受ける。手が空いたらコッチ手伝えよ。」

そう言って上着のボタンを緩めようとしたら背後から肘を掴まれた。

「ちょい待ち旦那。俺様達を忘れて貰っちゃあ困るな。」

「…ジャッキー。」

「お前に借り作るのは好かんからのぉ。悪いが手柄は山分けさせて貰うで。」


右側にジャッキー、左側にガデフが並んで頭と背中をポスポスされるケビン。

2人の手首に痛々しい手錠の痕が残ってるのを見て不安だけが込み上げてくる。

「無理すんじゃねぇよ。俺なら大丈夫…」

「…って言って俺らが大人しく待ってると思ってるのか?旦那ばっか目立つと俺様嫉妬しちゃうけどなぁ。」

なぁ?なぁ?と煽られてケビンは観念したのか、分かったよと溜め息混じりに答えた。

「でも少し待ってくれ。まだ用が残ってるから。」

「別にエエで。でも早く終わらせてくれや。」


そう言って手にしていた弓を床に突き刺すとその場から後方に下がった。

檻の手前にはフェニクロウがいてマナとエルザに守るように寄り添っている。

「…遅くなったな。」

ケビンが声を掛けるとエルザは何も言わずに抱き付いてきた。

ケビンもその心情を感じて彼女の銀髪に鼻先を埋める。

「…俺の事見損なったか?それなら一発殴っても良いぜ。」

ピクリとポニーテールのヘアゴムが揺れてケビンの頬に両手が添えられた。

「…本気?」

「マジに決まってるだろ。お前の事は何もかもお見通しだからな。」

エルザはケビンの頬から手を離し、右手を拳に変える。

「…後で後悔しない?」

「する訳ないだろ。それなら好きになったりしねぇしよ。」


良いから早く殴れと続けようとしたらボゴッと鈍い音がした。

間を置かずにケビンは立っていた場所から綺麗に横倒しになる。

「…イッテテ。」

赤く腫れた右頬がズキズキ痛む。

刺された時の記憶が鮮明に蘇ると思っていたら今度は肩を持たれて大の字の姿勢になった。

顔を上げるとそこには水で濡れたように光るエメラルドの瞳があった。

「…馬鹿。」

自分にだけ聞こえるように小さく呟くと唇が重なった。

自分より小さくて…熱くて…柔らかな唇がムニュムニュ動いて何とも言えない気分になる。

それでもケビンには全て伝わっていた。

この檻の中でエルザが必死に自分を信じて…皆を励ましていたと。

自分だって恐いのに…それを口にしなかった事を。

閉じた瞼から流れる涙で…全部分かっていた。


潮みたいな味覚を感じていたらエルザが唇を離して今度は彼女に引っ張られる。

そこで顔が一瞬歪むのをエルザは見逃さなかった。

「ケビン大丈夫?傷開いた?」

「…それだったら今頃生きてねぇよ。それに俺は…まだ死ぬには早いって説教されたからな。」

ワインレッドのシャツから盛り上がった部分に手を当てる。

「俺、夢の中でマリアと会えたんだ。それで彼女がこう言ったんだ。俺にはまだやり残した事が沢山ある、だからまだ死ぬな、大切な人達と一緒に…自分の分まで生きてくれって。」

エルザの背後にマリアの面影を重ね、もう一度彼女を自分の中に納める。

「俺…やっと自分のやりたい事が見つかったんだ。お前らと一緒に世界の果てまで行きたいって。それで世界が平和になったらマリア達に紹介してあげたいって。俺に新しい家族が出来たって…。」


暗い夢の中でマリアに導かれ、そこからやっと掴んだ自分の夢。

やっと手に入れた光。

それはケビンに新しい力を…新しい勇気を与えてくれていた。

やっと手に入れた光を…夢を…家族を…。

もう失いたくない、手放したく無い。

彼の中にもう迷いは無かった。

前を向いて生きて、前を向いて戦うと決めたのだ。

「約束してくれ。お前らは何があっても俺が守るって。だから少しでも良いから…俺の事信じてくれ。」

エルザを抱く手が無意識に震え、それでもその震えを止めようと力を込めたら柔らかい物が触れるのが伝わってきた。


思わず正面を見るとマナの小さな手が自分の手を包んでいた。

目と目が会うとマナはニッコリと笑って自分を見上げる。

「パパ大丈夫だよ。パパは嘘付く人じゃないってママ言ってたからね。」

さっきまで監禁されてたとは思えない笑顔だがそこでケビンはある事に気付く。

マナは笑ってこそいるが足元がほんの僅かに震えているのを。

そして自分に触れる手も本当に僅かながら振動していると。

「ママね、パパは絶対助けに来るってマナに言ってたの。だからマナも泣かないで待ってたよ。」

「そうか…お前…良い子だな。」


恐怖を打ち消すように気丈に振る舞う姿にケビンは瞼が熱くなり、未だにミミズ腫れの残るマナの手首を引っ張った。

そしてエルザの隣に座らせると2人ごと覆うように抱き付いてきた。

「ゴメンな…お前にも怖い思いさせて。でもパパの事待っててくれてありがとうな。」

本当はこんな場面で泣くのは非常識だがマナの優し過ぎる励ましに涙を止める事が出来なかった。

嗚咽を漏らしそうにいたら自分の頭がふと重くなる。

『ケビン様、貴方のやっている事は間違いではありません。貴方のその心構えは…皆様方も分かっていらっしゃいますから。』


自分の頭が撫でられる感覚を覚えながらケビンはあぁと答える。

自分はこんな所で泣いている暇は無い。

いや、もう泣くのも止めなければならないのだ。

何度か深呼吸して2人から離れるとエルザに手を差し伸べた。

「…やれるか?」

「上等よ。あんな下衆野郎に殴られんじゃ恥だからね。」

忘れていた頬の痛みが振り返すがもう血が溢れる感覚は無いと感じてエルザは床に赤い唾を吐いた。

「私なら大丈夫よ。だからケビンも前だけ向いて。」

「分かってるさ。お前に心配される程ヤワじゃねぇから。」


愛する女性と手を取り合うのを兎少年は静かに見守り、2人の手に自分の手を重ねる。

「ラビ…行けるか?」

『…仰せのままに。』

執事のポーズで挨拶するとケビンは上等と呟いてジャケットを脱いだ。

黒い上着の下から現れたのは…リュウガとキドマルが自分に買ってくれたワインレッドのシャツだ。

ジャケットを丸めて放り投げるとリュウガが後ろを向いて口笛を吹く。

「お?なんか家で見た時より決まってるよ兄貴。」

「やっぱりケビンさんそれ着て弓持ってると格好いいですね。」



【6】

余計なお世話だと弓を引きながら呟き、ケビンは仲間達の列の中央に立った。

前方には隙間無い数の人間と化け物がお出迎えしており、背中がゾクゾクしてくる。

「ねぇ旦那、なんか初めてじゃね?こんな全員で派手にやるってのさ。」

「そう?いつも全員で派手に喧嘩してると思うけど。」

初っ端から物騒な会話が飛び交い、ラビは何を感じたのか大きなくしゃみをした。

『貴方達どういう生活してきたんですか…?』

「まぁ多目に見てやれよ。お前も直ぐに思い知るんだから。」


緊迫した雰囲気の中で飄々とコミカルな会話等出来る筈も無い。

そんな非常識さえもケビンらにとっては当たり前の事なのだ。

「じゃあ…いっちょド派手なパーティーといくか!リュウ!ファーストヒッター頼むぜ!」

「OK兄貴!」

イヤッホ~!とリュウガは指名された喜びの流れで氷の水路を作り、その上を優雅に滑る。

その水路を噛み砕こうとしたビーストが口を開けた瞬間にその体内に冷気を流し込んだ。

氷のオブジェとなったビーストの上に乗り、リュウガは手を合わせる。

「医者にとっちゃ動物だって大事な患者だが…恨まないでくれよ。」


悲しげな笑顔を見せて手に氷塊を生み出し、自分に迫る獣へと投げ付けた。

口に含むのを見届けてフィンガースナップを鳴らすと氷塊が爆発した。

「グボォォ!」

次の手が伸びているのを感じてリュウガは地上に降り、着地と同時に掌を床に付けた。

(硬めろ!アイス・オン・ザ・ステージ!)

自分の足元からコロシアムの床一面がスケートリンクのように凍っていき、足元を取られたビーストが転倒する。

「うわぁ!床が凍って…ワァ!」

転び始めたのは猛獣だけでは無い。

暗殺部隊の面々も靴底が滑って転倒する者が続出した。

「おい卑怯だぞアイツら!」

「足を取られてる場合か!掛かれ!」


指揮を握る指令役の言葉に男達が走る。

「おいキド!こっちも面白い物見せるチャンスだぜ!」

「チ、チャンスってリュウ兄!どうやるのさ!」

意気込んだは良いが何をしたらいいのか慌てるキドマルに兄は笑ってアドバイスする。

「言っただろ?お前は強い男だ。自分の優しさが枷となって力を出すのを恐れてるだけなんだ。」

「強い…。」

「その枷を外すんだ。自分は強いって念じるんだ。やるんだキド!お前なら出来るんだ!」

―自分は強い。

―自分は…強い。

―自分…ハ…

―強き心優しき雷虎だ。


唯一無防備な少年を囲んだ男達の頭上に雷が落とされ、黒焦げの屍が生まれる。

「ギャッッ!?」

バチバチと火花を弾けさせる少年に首長のビーストが怯えながら迫る。

だがキドマルはその細い腕を口に突っ込み、唱えた。

「…消えろウジ虫が。」

瞬間、凄まじい電撃を喰らってビーストが悶絶。

遠方の殺し屋が指差す。

「あの小僧…髪の毛が変色したぞ!」

「おいおい…スーパー地球人じゃないだろうな?」

「止めろって!どっかのお偉いさんに怒られるぞ!」

だからどこのお偉いさんだよとツッコミたくなる会話をしていた彼らも雷の餌食を喰らった。


でも本性は正しく、キドマルの髪の毛は黒から閃光を連想させる薄い青緑に変色していた。

本人も自覚しているのか、ニヤリと笑って大勢の獣を見つめる。

「さ~て、殺っちゃおうかなぁ~。」

悪魔の微笑みを見せられた暗殺部隊は腰を抜かし、これがチャンスだとキドマルが走った。

「こっちに来るぞ!」

「構わん!撃て!」

5~6人が横一列に並んでマシンガンを乱射した。

しかし駆け寄る少年のオーラに触れた銃弾はただの炭になるばかりだ。

銃弾を前に飛び上がったキドマルは手に黄色のオーラを集中させる。

(ショックレスサンダー!)


拳大の電撃の塊が当たり、マシンガンを伝って銃撃役の隊員が感電していく。

黒焦げになる男達を見ながらキドマルはニコニコと黒い笑顔を振り撒いた。

「クソー!笑ってるんじゃねぇぞチビがぁ!」

「くたばれクソガキ!」

銃が効かないなら物理で攻めると判断したのか、刃渡りの大きなナイフを構えて一斉に突撃してくる。

誰もが絶体絶命だと思える状況だがキドマルは笑顔を崩さずに水平に曲げた左腕に電撃をチャージする。

「ジャッキーさん!少し手貸して貰えますか?」

「やる気かプリンス?お前そんなキャラじゃねぇが…王子様の頼みなら喜んで引き受けるぜ!」


キドマルの真の力が頼もしいと実感したジャッキーは同じく黒い笑顔を張り付けて龍の紋章を浮かばせた右手を出す。

(ドラゴウェーブ!)

龍の形をした水流が放たれ、キドマルはそこに自分の電撃を乗せた。

一群の中央に落ちた龍は爆発して辺り一面に電撃が溢れる。

「海水は電気を流し易い…まさかその通りになるなんてな。」

テレビで見ただけの知識が以外に役立ってキドマルは自分の力に頼もしさを感じる。

「畜生…化け物共め!」

別の場所では男がナイフを構えてラビに突進してくる。

ラビは刺される寸前で回避し、みぞおちに拳を命中させた。

『黙れ、我が主とその家族に対する侮辱と見たぞ…!』


倒れた男を見届けていたら背後から斧か棒の類いが降り下ろされる影を確認し、振り向かずに片手で受け止める。

『生温いな…貴様らそれでもプロの殺し屋か?』

間を置かずにカウンターの回し蹴りを見舞いし、手に入れた斧を水平に投げた。

ブーメランとなった斧は隊員を切り裂き、キラービーストをも傷付けていく。

でも減らしても減らしてもゲートから出てくるので正直キリが無い。

《フェイクめ…私の代わりを大量にストックさせておいたのか?小賢しい真似を…!》

産みの親の腹黒さは知り尽くしているがこれ程までとは苛立ちを覚える。



【7】

流石に疲れが表に出てきて息苦しくなった時だ。

足元が小さく揺れ、段々と酷くなっていく。

「グォオオオオオオオ!」

爆発の轟音にも負けない不気味な雄叫びがコロシアムを轟かせた。

1人が何だと振り向き、白目を向いた。

そこにはキラービーストとは程遠い、巨大な羆が音も無く出現していたのだ。

「ギャアアアアア!」

逃げる暇も無く鋭い爪が落とされ、床に切り傷状のクレバスを作る。

「なんだコイツ!?いつの間に!?」

「ええい怯むな!殺れ!」


自我を失ったキラービーストも一斉に走るが羆はその場で止まり、代わりに毛むくじゃらの背中から何かが飛んだ。

「ニャ~オ!」

飛び掛かったのは二本の尻尾を持つ猫だ。

覆い被さった獲物に強烈な猫パンチの雨を降らせ、トドメにと眼球に爪を突き立てた。

その猫を狙って他のビーストは助太刀にした虎と狼のコンビに返り討ちにされる。

どうやら今は喧嘩している暇では無いとやっと判断し、そこからリンクスに加勢する。

「クソ!だったら空から仕留めろ!」


上が駄目なら下から行く的理論で壁まで走った隊員がロケットランチャーの銃口を斜めに上げて発射した。

これなら気付かない…その作戦もまた覆された。

「プゥアアアア!」

なんと発射された銃弾がいきなり真上から吹いた風の風圧に耐えられず、見事に不時着してきた。

風を引き起こしていたのはキラービーストにも紛れていた天馬だ。

「駄目だ逃げろ!」

まさかと疑う戦術に遠方部隊は撤退、しかし風の速さは尋常では無いので巻き添えを喰らった。

天馬は飛びながら大型のビーストを薙ぎ払い、下の人間がその下敷きになっていく。

ここに来てまさかの形勢逆転に暗殺部隊はとうとう青ざめてきた。

「駄目だ!コイツら本物の化け物だ!」

「助けてくれ!」


命乞いする悲鳴まで上げながら暗殺部隊はゲートへと走り出した。

だがゲートからはそれを待っていたようにドドドドと何かが流れてきた。

氾濫した川かと見違える位の大量の水だ。

水は集まって大波となり、逃げる殺し屋を飲み込んでいく。

「ゴボボボ…!」

「ア、アガッ…グガボガ…!」

ゲートから滑る様に青いドラゴンが現れ、天に向かって吠えた。

その号令に波が水の妖怪のように一箇所に集まり、閉じ込められた殺し屋にトラピカが笑う。

ドラゴンの背中に乗ったトラピカは走って電撃のレーザーを見舞った。

球体は発電機と化して幽閉された人間は感電してその閃光で中の様子は見えなくなった。


光が落ち着いた先には中が黒くなった球体があり、それは床に落ちると破裂した。

黒焦げになった屍を見てトラピカはドラグーンと共に勝利の雄叫びを上げた。

ラビは自分等にも頼もしい怪物がいたとその様子を見守り、そこから自分の背後に怪しい影を察知して瞬時に横に避ける。

ドサッと倒れてきたのは殴られて顔が大きく歪んだ隊員と仁王立ちするガデフがいた。

「何ボ~ッとしとるんや。怖じ気付いたんか?」

『す、すいません。あまりにも盛大な場面を見てしまったのでつい…。』

片膝を付いて謝るとガデフの手がラビの金髪を覆う。

「ま、謝るなら後で好きなだけ謝るとよろし。今はそれ所じゃあらへんやろ?」


手首の骨をポキポキ鳴らしながらラビはガデフの視線の先にまだ大人数がいると直ぐに立ち上がった。

「全くコイツら何人おるんや?」

『私にも把握出来ませんが…奴等は個別部隊の人数に関しては組織随一なので…。』

つまりまだ頭数がいると解釈してガデフは舌打ちしながら足を踏み出す。

「でもワシにとっちゃそんなの関係あらへん。数が多いなら…減らせば良い話じゃけんな。」

フンと右拳に力を集中させ、床に叩き付けると巨大なひび割れが一直線に向かって伸びた。

割れ目は隊員の足元まで来るとそこから大量の土が溢れてその群を放り投げる。

『ここは私が行きます。ガデフ様は私にパワーを…!』

「上等や。受け取れ!」


ラビは兎特有の高いジャンプで敵目掛けて飛び上がった。

ガデフは約束通りに紫のエネルギー弾を放ち、ラビはそれを全身に包んでスピードを上げた。

目当てのポイントに到着するとここで人型から元の動物型に姿を変え、全身を丸めて縦横無尽に飛び跳ね始めた。

残像すら見えないスピードで飛び回ったラビが姿を見せた瞬間、飛ばされた隊員達は一斉に落下してきた。

全員全身がボコボコに腫れてかなり痛々しい。

一部始終を見ていたガデフはパチパチと思わず拍手する。

「お前さんやるのぉ。その無駄の無い動き…プロのファイターに弟子入りでもしてたんか?」


ハムスターみたいに前足で顔を掻きながらラビはガデフの足元に戻り、なんと二本足で立つ。

『気付いてるかも知れませんが…私の体の構造はほぼ人間に近い状態に改造されているんです。それも何度も繰り返されて…だから…』

「だから変身したり喋れたり出来るって訳か?それがお前さんの秘密なんやな。」

コクリと頷くといきなりラビの体が持ち上げられた。

『恐れないんですか…私を?』

「まぁ最初は驚いたけどな。でもこの世の中は不思議で溢れとる。動物が喋ったり二足歩行するなどなんも可笑しゅう無いやろ?」

太い親指が胸の毛を優しく撫でてラビは口をモゴモゴさせた。

「それにチビ助もお前さんも…そしてリュウちゃんもワシらの仲間じゃけん。仲間を怖がるのは一番アカン事やからな。」


―仲間。

そのワードを聞いてラビの目が一段と光る。

自分の知っている“家族”に近い存在、それか同じかそれ以上の物だと。

『私が…貴方の仲間…?』

「自覚してないんか?少なくともケビンはお前さんをペットだとは見てへん。チビ助を大事にするお前さんを1人の男だって見とるんや。なら仲間って言っても強ち間違いじゃ無い、そやろ?」

自分に話し掛けるガデフの顔は何時しか笑顔になり、強面ながら不器用に笑う。

「お前さんの覚悟、ワシはしっかり受け止めたからな。ならワシもお前さんの為に命張っちゃる。だからお前さんもワシらを頼ってくれ。男は約束の1つや2つ背負う方が格好いいって見られるさかいな。」



【7】

ガデフの言葉に感銘したラビはペロペロと舌を出して返事し、その大きな手からスルッとすり抜けた。

自分もその期待に答えようと走ろうとしたら背後から誰かに捕まる。

「ラビちゃん怪我してない?大丈夫?」

『お嬢様、私はまだ平気でございます。ですからお離しください。』

ジタバタ暴れる兎を解放させるとガデフはマナの頭にそっと手を置く。

「そういう嬢ちゃんこそ怖く無いんか?」

「うん。」

「そうか、やっぱり嬢ちゃんにはパパとママと同じ血が流れてるかもしれんな。偉いで。」


どう褒められてるか分からないマナは首を傾げて大きな目を更に丸くする。

ガデフもその仕草に微笑んでいたらマナの背後から身の毛の弥立つ雰囲気を察して咄嗟に彼女を引き寄せた。

直後にキューンと擦れる音がしてガデフの左腕から鮮血が飛ぶ。

『ガデフ様!』

「おじさん!」

ラビは直ぐに角を伸ばして撃った犯人を探し、その場からダッシュした。

火薬の臭いがあちこちからして誰が撃ったのかは分からないが…ラビの目にはハッキリ見えていた。

刃物みたく鋭く光る銃口を。


2発目の銃弾をジャンプで回避し、ショットガンを構えた男の腕を着地と同時に掴んだ。

「離せこのクソガキ!」

『貴様…お嬢様を狙って生きてられると思うな!』

膝蹴りでショットガンを叩き落とすと少年とは思えない馬鹿力でラビは男を掴み、自分が走ってきた方角へとぶん投げた。

回りを巻き込みながら投げられた先で更に男は踵落としの追い討ちを喰らった。

パンプスの底が喉元を潰してグリグリ擦ってくる。

「や、やべで、くれ…!」


流石に恐怖したのか、自分を蹴る細い足に手を掛けると容赦なく振り払われて追加の蹴りを見舞う。

グシャグシャと骨をアルミ缶みたいに押し潰す音が生々しくて戻ってきたラビは暫く呆然としていた。

「…満足した?」

『私には充分過ぎます。後はせめてお嬢様の見ていない所でやってください。』

ラビの説得にエルザは分かったとぼやいてガデフの所に向かう。

男は撃たれた左腕を押さえて鼻を鳴らした。

「お前…女の割に容赦しないんやな。」

「当たり前よ。それよりアンタは?」

「平気じゃき。ワシにとっちゃこんなん掠り傷や。後で嬢ちゃんに手当てして貰うからの。」


言い様からそんなに深手じゃないと判断したエルザはガデフのコートの裾を握る少女を見つめて腰を屈めた。

「ママ…。」

「なぁに?」

「ママ怒ってる?」

どうやら怪我の要因が自分だと思ってるらしく、マナは少し萎縮していた。

だがエルザはガデフの言葉とマナの表情から非が無いのは明らかだと見て安心させるように微笑む。

「あら?ママが怖い顔してるって見えちゃった?」

「うん。」

「ゴメンねマナ。ママはマナに何かあったらってピリピリしてただけよ。マナの事嫌いになった訳じゃ無いからね。」


さっきまで男の喉を蹴り潰していたとは思えない笑顔を見せる母親にマナも折れたのか、そっと駆け寄って抱き着く。

鼻から優しい匂いが流れてエルザは小さな背中を撫で、離れないように抱き締めた。

「…エルザ。」

「ん?」

「こう見てると…やっぱり嬢ちゃんにはエラい優しゅうなるなお前。ただの子供好きとも考えられん。なんでそこまで気遣うんや?」

マナの服を握る指に血管が浮かび、震える腕をエルザは何とかして押さえ付ける。

「…スマン。お前さんにとったら野暮な質問やったみたいやな。ならワシも口出しはせぇへん。その代わりじゃなんなら…絶対に嬢ちゃんから手離したらアカンからの。」

「…分かってる。」


潔く身を引いてくれたガデフに感謝してエルザはスクッと立ち上がった。

すると足元に水が流れてきて振り向くとジャッキーが小走りにこちらに走ってくる。

「姐さんどうした?」

「ううん、大丈夫。」

「そう?俺様てっきり親分にナンパされてると思ってさ。」

何故そうなるとガデフはぼやいたがジャッキーは咎めずにエルザを反射的に抱く。

「お前も諦めの悪い男やな。」

「当たり前じゃん。俺様も姐さんの事愛してるもん。」

「…なんかややこしい関係作っとるみたいやな。大体ケビンはお前に何も言わへんのか?」


その質問にジャッキーは舌を鳴らしながらエルザを抱いてるのとは反対の手で帽子を深く被る。

「旦那は頭の良い人でさ、薄々は分かってるよ。」

「…分かってて口出し無用なんか?」

「その通りさ。だって俺と旦那は親友でコンビだよ?だからお互いが何考えてるのかも…敢えて反論しないのも分かってるんだ。」

2人の間にある絶対的な絆を感じてガデフは少し羨ましくなり、フーッと息を吐く。

「してやられるのぉ、お前らには。」

「上等だし。俺だって惚れた女の為なら命投げ捨てる位の覚悟持たないと駄目だしな。」


なぁ姐さん?と下手なアプローチをかます男にガデフは降参したらしく、そこで部屋の中央を見据える。

いつの間にかあの大所帯は一気に頭数が減ってそこら辺に屍が倒れていた。

「よっしゃ、この分やともう少しで落とせそうやな。」

「マジ?じゃあもう少しだけ仕事するとしますか。」

エルザから離れたジャッキーは部屋の様子を伺って帽子の鍔を両の指で持ち上げる。

「行けそうか?」

「ご承知の上さ。早いとこ片付けてこんな腐臭まみれの場所とはバイバイしようぜ。」



【8】

頭数を減らされ、一連の攻防から逃げ延びた隊員とビーストは壁の奥に一箇所に集まって怯え出した。

彼らはやっと理解したのだ。

一番相手にしてはならない人間に手を出してしまったと。

今がチャンスだとケビン達は再度集結するがここで状況を覆す出来事が起きた。

いち早く察したのはラビだ。

『ケビン様!下から何か来ます!ここから離れましょう!』

それを証明するように床からピシッと小さな音が聞こえてケビンも眉を吊り上げる。

「まだ援軍を呼ぶ気かアイツら?」

『いえ、この気配は彼らではありません。それにこの殺気は…まさか…!』


とにかく離れろと叫ぶラビに案内されてケビン達はその場から遠ざかった。

そのまま入り口の方まで逃げるとズズーンッと突き上げる音がした。

さっきまで立っていた場所の破片が小さく飛び、ドゴォォォンと床が突き破られた。

ジャッキーらが監禁されていた鋼鉄の檻も飛ばされて地面に落ちてバラバラになり、背後の暗殺部隊も呆然とする。

破られた床からは細長い迷彩柄の機材らしき物が見えた。

そこから床を登るようにそれは姿を見せる。


全身が迷彩柄で腕はレーザー砲を思わせる真四角、胴体も戦車みたいに四角で踵の部分には短いブースターが備わっている。

顔に該当する部分には黒い球体が取り付けられ、上部の目玉らしき部分から回りが開かれて操縦者が顔を出した。

「あれは…フェイク!?」

「それよりも何だよコレ!?ロボットまで用意してたのかアイツ!?」

『これは…もしや…。』

丸出しに近い状態のコックピットから顔を出したのは三編みの眼鏡男。

眼鏡のレンズが光を反射して瞳は見えないが笑っているのは確認出来る。

「まさか貴方如きにこれを使うとは想定外ですよギルク。」


スピーカーで声を拡大させながら足を一歩出す。

「これぞ私の最高傑作、ミステシアの科学の結晶である大量破壊兵器…エンド・バイパーです。これ一台あれば一夜にして10の首都を地図から消せますからね。」

ガゴォォと軋む音を立てて長方形の腕が上がる。

中は空洞だがチラチラと光が漏れていた。

「今後の研究に必要なデータは全て本部に転送しましたからね。ここはもう破壊して構いません。貴方達はその記念すべき解体式のゲストになって貰いますよ。」


フェイクは操縦レバーを引いて右腕をケビンらに向ける。

その背後では暗殺部隊が歓声を上げていた。

「流石ですフェイク様!そのまま倒してください!」

「やったぞ!俺達の勝ちだ!」

するとフェイクは笑いながら別のレバーを引いてロボットの腰を回転させた。

踵のブースターで微調整しながら暗殺部隊に振り返る姿勢になる。

「…フェイク様?」

何故自分達をと1人の隊員が首を傾げた時、血飛沫が垂直に舞った。

腕の上部に取り付けられた小型のライフルらしき武器から白い煙が上がる。

「フ、フェイク様!?何を!?」

「貴方達は引っ込んでなさい。束になっても侵入者を倒せないなんて殺し屋として恥ずかしいですよ。」


フェイクは更に2人、3人とライフルで狙撃した。

その行動にケビン達と暗殺部隊、フェイクを除くその場の全員が青ざめた。

「止めてくださいフェイク様!私達は貴方の仲間なんですよ!」

「仲間?捨て駒の間違いではないでしょうか?」

その冷たい一言に怒りに燃えた隊員が武器を掲げた。

「この野郎!裏切りやがって!」

フェイクは顔色を変えずにボタンを押す。

腕の空洞の奥が光り、放たれたレーザーがその隊員に命中した。

「ギャアアアア!」


極太のレーザー砲が細くなり、完全に消えると隊員はいなくなっていた。

彼がいた場所には炭の山が出来、側にはナイフが落ちている。

「うわああああ!」

「逃げろぉぉぉぉ!」

彼らはやっと気付いた。

フェイクはこの場の人間全員を始末する気だと。

逃げずに歯向かった人間もいるがその人間は全員レーザー砲で焼かれて炭にされていく。

その光景にリュウガは必死に吐き気を堪えていた。

「兄貴…!アイツ人間じゃねぇよ!」

「…そうだな。」

『奴の外道さと腹黒さは熟知してましたが…まさかこれ程とは…!』


ラビは自分に抱き付いたマナに向こうを見ないように囁いていた。

目の前で起きる惨劇が彼女には刺激の強い物だと感じているからだ。

「フェイク様!お願いです!命だけは…!」

「命だけは助けてください!」

逃げるのを諦めて命乞いする隊員も続出し、その人間に対してフェイクは武器の使用を止めた。

「ほう?助けてほしいとは…まだこの世界に未練があるのですか?」

「そ、そうです!こんな所で死にたくないです!」

死を恐れ、助けてほしいと懇願する隊員にフェイクは不気味に笑って操作パネルを弄る。


するとライフルから細い弾丸が飛び出して命乞いしていた隊員の額に命中した。

するとその隊員の瞳が真っ赤になり、口の両端は吊り上がり、化け物みたいな顔になる。

「ヒ、ヒィィィィィ!」

「嫌だ!俺こんなのになりたくねぇよ!」

更に逃げ出した男達も額や後頭部を狙撃され、瞬く間に化け物に変わった。

「どうです?お望み通り生かしてあげましたよ。私の駒としてね。」

額や後頭部にパイプの蓋みたいな装置が取り付けられ、男達は狂ったように叫んだ。

その行いにラビは耐えられず、コックピットへ届く勢いの大声を上げた。

『何をしているのだフェイク!?仮にも自分の命を守る人間への恩返しのつもりなのか!?』

「言いましたよね。彼らは私の仲間でも部下でもない、代わりは幾らでも補充出来る捨て駒なんですよ。」


ある程度部隊を片付けたフェイクはコックピットのゲートを完全に閉じて機体を回転させた。

その足元の間からは操られてゾンビみたいな顔の殺し屋がゆっくりと歩いてくる。

どこぞのB級ホラー映画より滅茶苦茶恐いとキドマルは怯えながらも電撃を全身に巡らせる。

「うわぁ、こっちに来ますよ…。」

「旦那、本当のパーティーはこっからみたいだぜ。どう出るんだ?」

「……。」

「旦那?どうしたの旦那?」

ケビンが急に無言になったのをジャッキーは心配して肩幅を揺する。

件の相手は片膝を付け、胸元を抑え始めた。

「もしかして怒ってるの旦那?なら一人で相手するなんて言うなよ。俺様も一緒に…うわぁ!」


ケビンは返答せずにジャッキーを押し倒した。

真横にいたガデフに受け止められて怪我はしなかったがジャッキーは驚いてケビンを見つめる。

「何するんだよ旦那!俺何も間違った事なんか…!」

ギロリと赤い瞳が鋭くジャッキーを睨む。

それを見たジャッキーは戦慄した。

目の前にいるのが…ケビンであってケビンではない人間に見えたのだ。

「旦那?どうしたのその目…。」

「ケビンさん…?どうしたんですか!?」

「おい兄貴!答えろよ!」



【11】

リュウガとキドマルも様子が可笑しいと訴えるがジャッキーと同じように睨まれて…何も言えなくなってしまった。

それだけ彼の瞳は異常だった。

ラビの瞳の色、オーラを出す時と同じ透き通った炎の色ではない。

もっと粘性のあるドロッとした血の色だ。

『ケビン様…一体これは?』

「お前…。」

ガデフはその瞳に見覚えがあった。

以前自分と決闘した際に見せたあの瞳だと。

同時に彼はこうも言っていた。

―『たまにこうして自分が自分で無くなる時があるんだよ。それは他でもねぇ…自分の大事にしてる人とか…自分の持っているプライドやらを汚された時なんだ…。』


ガデフはマズイと予感した。

ケビンの中で何かが崩れていると。

フェイクの卑劣なやり方に耐えきれず、理性が完全に暴走していると。

「アカンでケビン!ソイツ殺したらお前…元に戻れなくなるんやぞ!」

自分の方を向かせ、肩を持つと赤い瞳の向こうが微かに潤んだ。

でも直ぐに光は消えてケビンは自分を押さえ付ける太い腕を強引に引き剥がした。

「…。」

ケビンはさっきから一言も喋らない。

まるで心が別人と入れ替わった様に。

「おい、お前本当に…。」


呆然とするのも気に止めずにケビンは一人、前に進んだ。

「パパ行っちゃ駄目!」

これ以上自分等に心配掛けないでとマナが走り出そうとし、ラビが慌てて羽交い締めにする。

『止めて下さいお嬢様!今のケビン様は貴方の知っている男じゃ無いんですよ!』

でも行かせろとマナは秘めたる馬鹿力でラビを押し倒すとケビンにしがみついた。

「パパ止めて…死んじゃうよ…。」

足に纏わりつく小さな存在をケビンは汚れた瞳で見下ろしていた。

人間ではないその目を恐れたリュウガとキドマル、ジャッキーの3人が揃って叫ぶ。

「兄貴止めろ!早まるな!」

「旦那!間違ってもそっから先に行くんじゃねぇ!」

「ケビンさん止めてください!自分が自分でいられなくなっちゃいますよ!」


仲間達は恐れていた。

それはケビンが本当に誰かを殺めようとしていると。

それが敵ならまだしも…実の娘同然に愛する子供すら手に掛けようと思って止めようと必死だった。

でも不死鳥の耳にはそれが届いていないのか、マナに魔の手が忍び寄るのを見て全員が絶望した。

「ケビン待って!」

不意にその手が止まった。

それは今まで傍観していた踊り子の声だ。

「貴方…自分が何やろうとしたのか分かってるの!?見損なったわ!」


そう言ってエルザは戦闘前にケビンが投げ捨てた上着を拾って彼の元へ向かった。

「お願い…それだけは止めて…。」

上着を捨てて無理矢理頬を引き寄せ、唇を重ねる。

さっきとは違って氷みたいに冷たくなった唇にエルザは戦慄した。

《ケビン…駄目よ…戻って…。》

神にも縋る思いで唇を離そうとした時、急に二度目の接吻をお見舞いされた。

それもケビンが自分の意思からやったのだ。

どんどん息苦しくなって背中に回した手を叩くとやっと唇が離れた。

「アンタ…何して…?」

「…退け。」


乱暴に自分を引き剥がしてケビンはそのまま視線を下ろしてマナの頭頂部に触れる。

壊れ物を扱うようにフワッとした手の感触にマナは潤んだ瞳を向ける。

「パパ…?」

自分の肌に伝わってたピリピリした感覚が失せた気がして呆然としてたらケビンはしゃがんで頬にキスした。

他の仲間もえっ?と疑った。

さっきまで無言で無表示だったケビンは…どこにもいないのだ。

自分達の先にいるケビンは…愛する我が子を愛でる父親の顔になっているのだ。

「旦那…?今のって一体…?」

「な、何がどうなってるんだ?」

『…ケビン様…。』


注目されているのも気付かずにケビンは怯えていたマナの背中をよしよしと撫でている。

その瞳は真一文字に閉じられ…怒っている空気はまるで無い。

「ケビン…一体どうしたって言うのよ?」

その質問に当人は怪しげな笑みを浮かべるとマナの肩を持って立ち上がった。

「…引っ込んでな。奴は俺1人で片付けるからさ。」

そう呟いてロボットのいる方へ向かうケビンの目は…綺麗な緋色になっていた。

エルザは驚きと呆れを半々ずつ感じながら上着を投げ付け、それを振り向かずに受け取る。

何も言わなくても分かった。

目の前の彼が…いつもの男に戻ったと。

「ギャガァァァ!」


やがて彼に追い付いた男の1人が日本刀を頭上から振り下ろしてくる。

でもケビンは逃げずに刀を持った手首を受け止め、脇腹にパンチを喰らわせた。

「グボゴッ!」

反動で手放した刀を手にすると前のめりに倒れた男を避け、続け様に刀の刃を突き刺した。

刃は胸の辺りから体を突き抜け、赤い血が飛び散る。

「グギギッギ…ギ…。」

人間では無い悲鳴を上げる男を見て…ケビンは微笑んでいた。

それはいつもの彼とは全く違う悪魔のような笑みだ。


ズボッ、ブシュッ、と刀を抜くと相手はスローモーションでゆっくり倒れ、その一面は血の海になる。

「ギィエエエエエ!」

様子を見ていた他の隊員も奇声を発して突進してきた。

手に斧やナイフを持っているのも構わずにケビンは動かず、彼らが来るのを出迎える姿勢を取る。

ただ刀を持った右肘を折り曲げ、斜めに携えている。

―いつでも切れるとでもアピールするように。

そして先頭の足が自分の一歩手前を踏んだ瞬間、ケビンの姿が消えた。


テレポートでも使ったかのように気付くと列の最後尾に移動していた。

そしていつの間にと振り向いた隊員達は…綺麗に崩れ落ちた。

テレポートではない、ハイパースローカメラでも恐らく映せるのが困難な程のスピードでケビンは一刀両断していたのだ。

非情に残酷で…でも何処か美しいフォルムを保った見事な一撃だ。

普通の戦闘ではまず見せないその姿…それをロボットのコックピットから眺めるフェイクは操縦レバーを握り締めた。

《やはりあの太刀筋、そして迷いも無い一撃、あれは間違い無い…。》


自分も頭の片隅で知っていたある殺しのテクニックだと疑い、両腕と両足を開かせる。

ケビンは血に濡れた刀を持ち、真っ直ぐにコックピットを見つめる。

狙うはフェイクの首だ。

自分を最初から狙っていたと想定しながらフェイクはレバーを構える。

「良いでしょう、貴方のその美しさに敬意を評して…私も本気を出しましょう。」



【12】

腕のレーザー砲の射出口が向けられ、ボタンが押された。

青白い光が赤い瞳を目立たせ、レーザーの塊が撃たれた。

ケビンは動じず、なんとレーザーの塊を刀で真っ二つに切った。

切られた衝撃波は彼の両脇に被弾して暴発する。

「小癪な真似を…!」

立て続けにレーザーを撃つが一発たりとも命中せず、コロシアムの至る所に散って爆発する。


その衝撃で研究所自体も大きな地響きを立てて揺れた。

レーザーのエネルギーを心配したフェイクは今度はその腕を振り下ろし、地面を陥没させた。

ケビンはその腕に飛び乗り、忍者のような身軽さでコックピットまで登ると高熱を帯びた掌底を当てた。

だがコックピットのガラスは煙を上げるだけでビクともしない。

「無駄ですよ。この特殊防弾ガラスはマグマにも耐えられる代物ですからね。」

背後から腕のライフル銃を構え、仕返しと追撃する。

刀で防ごうとしたがロボットが動いた事でバランスを崩し、機体から落下した。


無防備で落ちるその真上からライフルの銃口が狙う。

「…死ね。」

背中が床に付いた瞬間でライフルが火を噴く。

…が、火を噴いて逆にライフルが爆発した。

「何ッ!?」

もう一度見るとケビンの手には弓があり、逆にさっきまで握っていた日本刀は無い。

一体何処へと上を見たると同時にロボットの右腕の肘から噴射口までの部分が切り落とされた。

腕の付け根に炎を纏った日本刀が刺さっている。

あの瞬間にケビンは日本刀を矢の代わりにして放っていたのだ。


ロボットが後ろに引くのを見てケビンは落ちた場所から動けなかった。

背中を強打し、少しでも動こうとすれば全身が痛んだ。

「おのれ…!よくも私の最高傑作を…!」

フェイクに至っては長い年月を掛けて作成した作品を傷付けられた怒りに浸透し、半分になった右腕からパンチを振り下ろした。

「キュアアアア!」

だが間一髪、フェニクロウが主を嘴で摘まんで仲間の元へと一旦戻る。

『ケビン様!ご無事で!』

ラビが不死鳥の嘴からケビンの体を受け取るようにして降ろす。

痛みを確認しようとしたら研究所が地震に遭遇したような縦揺れに見舞われた。


隅の天井の破片が落ちるのを見てリュウガがマズイとぼやく。

「兄貴、ちょっと喧嘩してる暇が無くなったみたいだよ。」

どうやらぶった切ったレーザーの塊が部屋の柱を傷付け、強度が下がったのだろう。

直ぐに脱出しないと巻き込まれる危険があった。

「とにかく脱出だ、ビースト達に道作らせろ。」

ガデフとジャッキーに抱えられてケビンはフェニクロウの背に乗る。

ズキンと背中が痛むが今は治療している暇は無い。

「ビッグ、遠慮はいらへん、思い切りぶちかましたれ!」

「グォオオオ!」


ビッグベアはその巨体をコロシアムの壁にぶつける。

体重とパワーが賭け合わさったタックルは壁に容易く蜘蛛の巣状のヒビ割れを作る。

「そ~れもう一発や!」

ドーンと行ったれとまくし立てるとビッグベアは吠えながら壁を破壊した。

だが真正面に青空が見えて我に返った。

考えてみればここは研究所の最上階、当然ながら地上は遙か真下なのだ。

ビッグベアはギリギリの地点で急ブレーキを掛ける。

「どうしたんやビッグ!?早く降りないと危ないで!」

「グ、グゥゥゥ…。」


体は大きいが心根は小さい羆は下に降りるのを躊躇って先頭で止まった。

背後ではリュウガの氷でコーティングされた足場が崩れ始めていた。

研究所の真上からリポートしていたテレビ局のヘリは異常事態だと知って退避をしている。

「はよ降りんかビッグ!腹括って飛ぶんや!」

ガデフが毛むくじゃらの背中をバシバシ叩き、ビッグベアはもう何でも来いとばかりに飛び降りた。

重力に逆らって巨体が高速で落下していく。

「ぬぉぉぉぉぉぉ!」

宿主の男は振り落とされるのも承知でビッグベアにしがみつく。

やがてドシンッと太い両手足の爪が地面に刺さる感覚がした。

「はぁぁ…どうやら一段落」

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


―した訳では無かった。

何事かと見上げれば3人の影が真上に見えたのでガデフは思わず両腕を広げて受け止める姿勢になった。

減速せずに落ちてきたのはリュウガを筆頭とした若手トリオである。

「アテテテ…ありがとなおっちゃん。」

「…降りるなら一言声掛けろや。」

とりあえず重いと告げると三人はビッグベアの背中から素直に降りる。

「何考えてんだよリュウ兄!紐無しのバンジージャンプみたいな事してさ!」

「いやスリルを味わおうと思ってな…。」

『それならこのお方はもう少しスリムになるべきですわね。』

「誰が面白い事言えと言ったんや?」

恐かったとギャン泣きするマナを宥めていたら空中型ビースト3体が姿を現した。

その背中を押すように研究所の外観が崩壊してきたのでまずはビッグベアをそこから撤退させる。


地割れのような音に驚いた鳥が一斉に羽ばたき、その音でガデフは辺りを繁々と観察した。

研究所の回りは荒野ではなく、青々とした森だ。

「リュウちゃん、ここ森の真ん中やんけ?こないな所にこんな物騒な建物があったんか。」

「驚くのは早いぜ。この森はセントラルの直ぐ外れなんだ。近くには空港もあるよ。」

「そうか…奴等もえげつない真似しよるな。ご近所さんでいつでも襲いに行きますとでも言いたそうや。」

遠くに耳を向けると確かに飛行機のエンジンらしき音は聞こえる。

まさかその近くでこんな騒ぎがあるとなると…住人はさぞかし不安になっている筈だ。

「それならこの研究所はぶっ壊しても問題あらへんな。」


放っておいたら今度は人間が捕獲されて改造されていた、それならば深刻な被害が予測されると言い切るガデフにリュウガも同調する。

真後ろの瓦礫の山から殺気を感じながらフェニクロウの背からケビンを降ろした。

「兄貴、まだ背中痛む?」

「…そうじゃねぇなら自力で降りてる。」

シャツの裾を捲り、手で背中を撫でるが奇跡的に折れていたり内出血している様子は見られない。

リュウガはデイパックから湿布薬と痛み止めを取り出した。

「一応飲んで。気休めにはなると思うから。」

ケビンが痛み止めを飲むのと同時にリュウガは背中に湿布を貼る。

ヒンヤリしたシートの冷気が肌から骨に浸透していく。

「ありがとなリュウ。さっきよりは少し楽になったから。」

「でも無理しないで。親父も言ってたけど兄貴の骨は大部分が折れやすくなっている、言い換えればだいぶ弱くなってるんだ。変な動きすると尚更かもね。」


父親に似て一言多いなと呟きながらケビンはゆっくりと腰を上げた。

刺激しないようにラビが隣に寄り添って腰回りに小さな右手が乗る。

『…奴はまだくたばってません。来ますよ。』

「上等だ。街へ向かわせると今度こそヤバいからな…ここで決着付けさせて貰うぜ。」

ケビンはこの場まで来たら逃げる訳にいかないと足の間を開く。

同時に胸を抑えながら…何かを覚悟していた。

《…本当は見せたくないんだが仕方ねぇ。》

心臓が熱くなり、マグマのように滾る血が全身に行き渡っていく。

今日まで1人になるのを恐れてずっと隠してきた力を本気で目覚めさせる時が来たと。

《お前だけは生かしちゃおけねぇ…業火の名に掛けて…俺が全て焼き尽くしてやる…!》

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