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エレメントバトリッシュ  作者: 越後雪乃
~第四幕・微かな絆に集いし七人の戦士~
18/34

煌めけ氷よ!銀狼のアスリート・リュウガ

【1】


クラウンセントラルが人気の観光地なのはビーチだけではない。

この街が大都市な故に交通網が整備されているのもプラス項目になっていた。

主要の幹線道路を始め、鉄道に航空、船舶も行き来していてあらゆる手段で街へのアクセスを可能にしている。

だがそれは…悪用すれば世界中のお尋ね者を引き入れやすい環境だと言うのを意味していた。

セントラルを巨大な蜜蜂の巣箱にするならばその整備された交通網は獲物を誘うフェロモン、そのフェロモンに引かれるように集まるお尋ね者は差し詰め雀蜂やトカゲといった感じだ。

それでも大きな事件が起きないのは街の中心街にある国際警察の支局の力によって守られているからであった。


一日の内にセントラルに訪れる人間の数は多い時で五千万人。

日々の生活でもセントラルから働きに出る会社員も少なくない。

なので駅や空港は毎日フル稼働して街を活気出させていた。

そして今日も…セントラル行きの快速鉄道が多くの乗客を乗せて走っていた。

大都市の主要線を生かして各地の駅でこの快速への乗り換えを可能にしている。

旅行や職探しに何かを得ようと考える人々が快速に乗って夢の街へと向かっているのだ。

新聞を広げるサラリーマン、ガイドブックを見てキャッキャッと騒ぐ若者達、楽しみだねぇと子供に問い掛ける若い夫婦。

様々な顔を眺めながら切符整理を行う快速の車掌の足がある座席の前で止まった。

「お客様。」

雑誌を顔に被せて眠っていたスーツの男がだるそうに起き上がる。

「お休みの所申し訳ありません。乗車券を拝見致します。」

「…頼む。」


男の横では幼い少女がもたれて眠っている。

なので彼女の分の乗車券も一緒に見せた。

「ありがとうございます。それでは…。」

「あ、ちょっと良いか?」

丁寧にお辞儀して去る車掌を男は引き留めた。

「セントラルへはあとどれ位だ?」

「そうですね。信号トラブル等がなければ十五分後に到着となります。」

「分かった、ありがとな。」

どういたしましてと今度こそ車掌を見送ると青年は肘掛けから後ろを覗き込む。

「おい、あと十五分で着くってよ。降りる準備しとけ。」

「了解。ほらジャッキー、そろそろ起きて。」

三人乗りの座席の内、通路側に座る女性は隣で座るコート男を揺さぶる。

「ん?ここは…天国?」

「寝ぼけてんじゃ無いの。ここは天国でも地獄でも無いわよ。」


しっかりしてよとバシバシ背中を叩かれてジャッキーは現実に戻された。

「痛いよ姐さぁ~ん。」

「だったらさっさと起きて。」

「大体俺様鉄道は好きじゃ無いんだよ。腰は痛くなるしつまらないしさぁ…。」

そう、現在ケビン一行はこの快速鉄道でクラウンセントラルに向かっている途中だった。

ガイズタウンからクラウンセントラルまでは車でもかなりの距離があり、だからといって下手に車やバイクで移動すると国際警察に足を付かれる。

それを危惧したガデフの策でバイクを乗り捨て、鉄道での旅に切り替えたのだ。

駅までの行程は歩く疲労を抑える為にビースト達に運んで貰い、一度鉄道に乗ればそこからは何とか自力で移動する作戦だ。

「文句言うなや。歩くの省くだけでも充分やろ。」

「そうよ。ビーストで街中暴走したらそれも危ないしね。」


両側のオッサンと美女に説教されてジャッキーは仕方無く項垂れる。

それを見守りながらケビンはマナを起こした。

「ほら起きろ、もうちょっとで降りるぞ。」

ポスポスと頭を叩くとマナはうう~んと眠そうに瞼を擦ってまた眠りに就く。

待ってても起きる気配が微塵も無いのでおんぶしてやろうと席を立とうとした時、

「…ゃ。」

途切れる位か細い声が聞こえた。

「パパぁ…ママぁ…行っちゃ駄目…。」

小さな手が迷い無く伸びて自分の服を掴む。

それを見たケビンの胸が急に熱くなった。

この手が夢の中で…必死に自分に伸ばされている手だと。

「…。」


起こさないように頭を撫でていたら車内アナウンスのイントロが流れた。

『お客様にお知らせ致します。当列車は間も無く終点・クラウンセントラルに到着となります。お忘れ物の無いようお支度願いの上、左側の出口からお降り下さい。』

他の乗客が動くのを見てケビンは優しくマナを抱っこして通路に出る。

列車のスピードが遅くなってくるのを感じて何人かは出口へ向い始めていた。

やがて車両の窓からは昔ながらのレンガ調の壁と艶々に輝く最新の車両が写り込んできた。

プシューという蒸気のようなブレーキ音が消えて乗客が降り、返しで列車に多くの人が乗り込む。

これから折り返しの列車としてまた各地にお客を運びに行くのだ。


人の波に押されながら改札を出た先には美しい噴水が目印のターミナル。

そこから先にはビルが密集する文字通り大都会の景色が広がっていた。

「うわぁ~、思ってた以上に広いわね。」

「こんな所芸能人しかこれへんと思ってたけど…これ程とはなぁ…。」

人混みを避けてターミナルの端っこに移動した一同はここでようやく落ち着きを見せていた。

「さてと、これからどうするリーダー?」

「まずは宿探しやろ。」

「でも俺様一稼ぎしたいなぁ、ホテル取れたらカジノ探して来て良い?」

でもケビンは爆睡するマナを抱っこしながら無言でヤシの木の花道を見つめる。

彼の視線の先には水面がキラキラ光るスカイブルーの海が広がっていた。

「…なぁ皆。宿取る前に海行かないか?」

「「「海?」」」

「泳ぎたいって訳じゃ無いんだ。でもどうしても話したい事があってよ…。」


【2】


いつにも増して真剣で…寂しそうなケビンの表情に三人はアイコンタクトを交わして頷く。

「良いわね、お店とかで話そうとするなら人目気にしちゃうもんね。」

「ワシも賛成やな、海なんてもう何十年も見とらんし。」

「泳がないの旦那ぁ~、折角姐さんのビキニ見れ…イヤすんません…!止めて…!」

ギャアアアアとエルザにジャイアントスイングで投げ飛ばされたジャッキーは駅の側の植え込みに綺麗にシュートされた。

「おい、ここでは程々にしとかなアカンで。」

「アラごめんなさいね…ウフフフフフ。」

相変わらず恐ろしいなとケビンも心の中で念じて一行はビーチ目指して歩き出した。

気絶したジャッキーも置いてくぞの一言で覚醒して慌てて付いてくる。

「…う~ん…ん?」

信号で止まっていたらマナがようやく夢の世界から目覚めた。

「お、やっとお目覚めか。」

「あれケビン…ここ何処?」


今まで眠りに眠っていたマナをケビンはそっと抱き直す。

「ここはもうクラウンセントラルだ。これから皆で海見に行こうな。」

「えっ?海行くの!?」

海と言うワードにマナの目がキラキラ輝く。

「あら、嬉しそうね。」

「うん!マナね、まだ一度も海行った事無いの。だから嬉しいよ!」

今まで孤児院の中でしか生活して来なかったマナにとっては新鮮かつ初めての体験だ。

それも全員一緒だなんてと…本人はとてもにこやかになる。

やがてビーチに近付き、波の音が一層大きくなる。

駅から直線距離で歩いて十分足らずでケビンらは海に到着した。

太陽光が反射して煌めく海と砂の上ではカモメの群れが優雅に飛んでいる。

「わぁ~!凄~い!」

ケビンの手で降ろされたマナは砂浜を走る。

サラサラした砂の感触と海から来る潮風を肌で感じながら両手を広げて深呼吸した。

「…マナ、ちょっと良いか?」


ケビンに呼ばれたマナはパタパタと仲間の元に戻る。

そこからケビンはしゃがんで視線を合わせながら口を開いた。

「俺さ、皆に大事な話があるんだ。だから終わるまで遊んできな。」

「うん、分かった。」

素直に頷いて走ろうとしたマナにケビンはあと一ついいか?と呟いて引き止める。

「遊んでる間さ、お前の指輪預かっててやるよ。」

「えっ?どうして?」

「ほら、遊んでる最中に砂の中に落としたら探すの大変だろ?だから預かってやるよ。」

そこで大丈夫だよと言われるかと思いきや、マナはコクンと頷いて左手の指輪を外した。

マナの瞳と同じピンクの宝石の指輪が黒いグローブの上に落とされる。

「じゃあ行ってくるね~。」

手を振りながら走り去るマナは波打ち際まで向かう。

幸い他の遊泳客はいないので思う存分遊べそうだ。

「悪い、待たせたな。」

「おう、構わへんけど…。」


マナの姿が見えなくなるとケビンは彼女が去った方角と反対に向かって歩き出した。

すると波が押し寄せて砂が削られたポイントまで近付き、マナの指輪を海水に浸す。

「それで、私達に話したい事って?」

エルザが我慢出来ないと腕を組んでケビンの真後ろに立つ。

ケビンは指輪を海から引き上げると手を大きく振って水を切った。

「…本当はもっと早く話そうと考えてたけどな。」

指輪を見つめて波の音に耳を傾ける。

「マナさ、基本風呂入る時と寝る時は必ず俺に指輪預けるんだよ。それでさ…俺も寝る前に良くこの指輪を観察するようになったんだ。ここ最近な…。」

初めて出会った時は見た事も無い指輪をしているなんて贅沢だなと思っていた。

それが最近になって…考え方が変わり始めていた。

ケビンはこの指輪に…ある巧妙な仕掛けがあるのに気付いたからだ。

「良く見てくれ…。」

種明かしをするようにケビンは濡れた指輪を太陽の光に当てる。

「…あっ!」

「ぬぉっ…!こ、これは…!」


三人の視線は指輪の宝石に釘付けになる。

なんと宝石の中央が薄くなって…模様が浮かび上がっているのだ。

「この指輪は恐らく特注品だ。宝石が特殊な作りになってて…濡らして光を当てると中の模様が浮かび上がる仕組みになってるんだ。」

「へぇ~、凄いわね。」

「でも…この模様は何なんだ?」

ジャッキーは見た事無い模様に首を傾げる。

宝石の中央には太陽と桜の花弁を掛け合わせたような模様が浮かんでいた。

「本題はここからだ。実はこの模様…国際警察の代紋なんだ。」

「な…なんやて!?本当かケビン!?」

今…自分らにとって最も厄介な相手のシンボルマークが大切な少女の指輪に刻まれている。

となれば…ケビンが言いたい事は丸分かりだった。

「まさか…姫…。」

「あぁ…定かでは無いけど…恐らくマナの親は…警察関係者だ。」


国際警察の代紋を悪用する人間などたかが知れている。

でもわざわざ代紋を指輪に表す人間もまた少なく無いのが現実。

そこから辿った末の答えであった。

「俺もやっと最近になって分かったんだ。このマークが何なのかが…。」

「姫…おい…嘘だろ…。」

衝撃的な感覚が全身を巡ってジャッキーはどうして良いか分からなくなった。

もしその話が本当なら…後々とんでもない展開が待っている事も。

「親の身元が割れたら俺達もタダでは済ませられねぇよ。何せ警察官僚の娘を誘拐したも同然で振り回して来たんだ。保護してくれたのは感謝されても…多分奪い返してくるさ。」

「…そんな。」

海風で揺れる銀髪をなびかせてエルザは胸の前で手を握る。

「まぁ…マナがどっちを選ぶかはまだ俺でも分からねぇ。でもあの子だって…本心では実の親の所に帰りたいって思ってる筈だ。その気持ちが勝るなら…幾ら俺でも無理は言えねぇよ。」


ケビンは指輪と引き合わせるように自分のペンダントを懐から取り出す。

一度子供を授かった自分には理解出来た。

親や回りの大人の都合で振り回せる子供が…どんなに苦労しているかが。

「…ケビン。」

落ち込むエルザを励ましながらガデフが前に出る。

「お前…本気で嬢ちゃんを奴らに引き渡そうと思っとるんか?この街には国際警察の支局があるらしいやないか。まさかその為に来たとかあらへんよな?」

「ガデフさん…。」

「お前の気持ちは分からなくも無い。ワシも嬢ちゃんの親御さんが見つかれば万々歳や。せやけどな…ワシらがいくら喜んだ所で…嬢ちゃんがそれを本気で嬉しがる確証はあるんかいな?」

ボスッ、と細い肩に自分より大きな手が乗せられる。

「嬢ちゃんはなぁ…お前とエルザを本気で親みたいに慕ってるんやで。ワシもまだ出会って日は浅くとも…お前らと一緒にいる時の嬢ちゃんが世界一幸せな顔しとるって分かるで。そんで今更…お前らに捨てられたらあの子がどんなに悲しむのかも目に見えてるんや。それ位お前にも分かる筈やろ?違うんか?」


その気持ちは嘘では無い。

マナは自分が父親代わりだと公言してるし、エルザに至っては初対面から「ママ」呼ばわりしている。

それはマナがずっと親の愛に飢えながら生きてきた事を…親に甘えたい時間を犠牲にしてきた年月を意味していた。

それでも…ケビンは自分を信じれなかった。

過去に愛する家族を失ったトラウマが今も消えない以上…マナを幸せにしてやれる事が出来ないと内心諦めていたのだ。

「勿論嬢ちゃんが親御さんを選ぶならワシも何も言わへん。けどそれでもあの子は…もしその時が来てもお前さん達が自分のもう一人のパパとママだって一生心の中に残していく筈や。それだけ今の嬢ちゃんの中には…お前とエルザの愛情が行き届いてるんやで。お前らがあの子を捨てるっちゅうのはな…その愛情も全部無かった事になるのと同じ事なんやぞ。」

これ程までに無い説教混じりの説得にケビンも言葉を失う。

ジャッキーもガデフの言葉に感銘しながら必死にエルザに寄り添っていた。

「奥さんと血の繋がった子供を守れなかったトラウマもあるやろうけどな…でも同じ光景は二度も見たくないばかりにお前ここまで来たやないか?過去に拘ってばかりいたら…知らない内にまた同じ過ちを犯す事も充分有り得るんやで。辛いやろうけど過去は過去、今は今なんじゃき。昔の思い出はもう胸の奥に仕舞って…前見ないと新しい家族なんて一生手に入らないとワシは思うで。」




波が返される音が鼓膜を刺激し、鼻の奥がツーンと熱くなる。

トラウマと本音を抉られる説教にケビンは自分の瞼が潤んでるのを感じた。

「本当はお前だってそないな真似したくは無いんやろ?たとえあーだこーだ言われようが…ずっと嬢ちゃんを手元に置いてエルザと二人で見守って育ててあげたいんやろ?」

誤魔化すように乱暴に涙を拭くケビンにガデフはヨレヨレのハンカチを差し出す。

ケビンも大人しく受け取って目に押し付けた。

「だったらそない馬鹿な考えとかしない事やな。いつまでも自分の気持ちに嘘付いたままでいると…いざって時に本音が言えなくなるで。」

「お、親分…!」

ジャッキーもなんだか胸が熱くなって変な泣き顔を見せてくる。

「うおぉ!?お前そない汚い顔でコッチ来るなや!」

「だ、だっで…お、親分が…ぞ、ぞんな格好良い事言うどが…お、思っで無がっだがら…!」


【3】


あぁもうしゃあないとガデフはもう一枚ハンカチを取り出してジャッキーに持たせる。

するとティッシュと思ったのか、それで強引に鼻をかんで拳骨を貰った。

見守るエルザも目を真っ赤にしてケビンの背中の隣に立つ。

「ガデフ…ゴメンね…私も何も言えなくて…。」

「ええんやで。お前もこんな事言ったら怒られると素直に思ってたんやろ?」

ウンウンと頷く踊り子の頬を太い指がなぞる。

「でもワシは分かってたで。同じ血の繋がりや遺伝子を持つ人間だけが家族になれるんやない、血も遺伝子も違う人間同士でも…家族になれる保証は充分にあるってな。」

ガデフは微笑みながらエルザとケビンを見つめる。

彼の瞳には…既にこの二人は夫婦も同然に写っていた。

この二人なら…立派な親になれる確証も高いという事も。

「ほら、コッチ来い。」


太い腕が男女の右肩と左肩を捕らえて自分側に引き寄せる。

ゴツゴツして…温かい大きな手がギュッと肩回りの生地を掴んだ。

「せやかてお前ら二人も堂々と胸張って歩けばええ。嬢ちゃん真ん中にして…三人で色んな所歩いて行けば充分や。血が繋がって無くても自分達は家族だって…世界中に自慢しに行けばええんやで。」

「ガデフ…(さん)。」

まさかの抱擁シーンにすっかり蚊帳の外になったジャッキーは邪魔しては悪いとその場を離れる。

海は変わらず穏やかで今にも泳ぎたい気分に浸っていたら遠くの方から誰か走ってきた。

それがマナだと悟ると反射的に手を振って迎え入れた。

「ジャッ~ク!」

「おうおう姫、どうした?」


炎天下では無いが照り付ける太陽の下を走ってきてマナは額や背中が汗ばんでいた。

拭いてやろうとタオルを探そうとしたらその前に何か差し出された。

うっすらと水色と桜色のストライプが光る小さな貝殻だ。

「綺麗だなコレ。旦那達にも見せてあげな。」

「ウン!」

お墨付きを貰ってマナはケビンの元に走る。

ママ~の一言にガデフはホラ行ったらええと二人の背中を押す。

二人もマナに心配掛けたくないと涙は拭いて彼女を抱き止める。

そこでマナはあの貝殻を見せてあげた。

「凄いわねマナ、よく見つけたね。」

「ウン、嬉しい?」

「勿論嬉しいに決まってるだろ、ホラ。」


ご褒美あげるよと汗ばんだ小さな体を二人は優しく抱き締める。

鼻を寄せると汗の臭いに混じって甘い花と蜂蜜の香りがしてケビンはさっきまでのモヤモヤを晴らそうとする。

「ケビン…。」

ふと泣きそうな声が聞こえてケビンはどうした?と耳を傾ける。

「マナと一緒にいるの…嫌?」

唐突な質問に胸の奥が瞬時に冷えて思わず顔を上げる。

「マナ…どうしたの急に?」

「あのね…電車乗ってる時に夢見てたの。ケビンとママが…マナの事置いてきぼりにしちゃう夢…。」

あっ、と男の表情が変わる。

あの時伸ばされた手の理由はその夢が原因だったと。

「“マナみたいな泣き虫は嫌いだ”って、“もう着いてくるな”って…怒られたの。」


二人は同じタイミングで一度マナから離れる。

彼女の顔は疲弊してグスングスンと小さくぐずっていた。

―迷惑にしかならず、加えてことある事に甘えてくる自分はいつか愛想を尽かされるんじゃないか。

そんな事を考えていたらしい。

「でもケビンもママも優しいから…マナが悲しんじゃうと悪いからって思ってて…でも本当は一緒に居たくないのかなぁって…だから…。」

太陽の光に照らされた透明な雫が一筋…頬を伝って砂地に落とされる。

その涙はまるで…マナの心を縛る鎖の破片のように見えた。

彼女が真っ直ぐにこんな事を口にするなんてのも初めてだし…それ位考えていたのだろう。

―いつかはこんな幸せな時間に必ずピリオドを打つ時が来てしまうと。

「…マナ。」


二人は呼吸を合わせて…マナを抱き締めた。

後ろ頭に温かな感触を感じてマナは充血した大きな瞳を丸くする。

「大丈夫だよ、俺もママも…お前の事嫌いになったりしないからな。」

「そうよ。だからもう泣かないで。ママ達ずっと一緒に居てあげるからね。」

「…ほ、んと…に…?」

後ろ頭を撫でられてマナは喉を振り絞りながら返事を返す。

「本当よ。だってマナみたいな優しい子を嫌いになる理由なんてどこにもないもの。だから思い詰めちゃ駄目、そうしたらママの方が泣いちゃうからね。」

子守唄みたいな優しい声にマナは瞼を熱くさせた。

そこから背中の汗が一気に引いて全身が熱くなる。

「マナ…左手出してくれ。」


なぁに?と疑問視するようにケビンを見上げると紳士のような手付きで左手を持ち上げられ、指輪が薬指にはめられる。

「…今まで隠しててゴメンな。俺、どうしてもお前に言わなきゃならない事があるんだ。」

ケビンは瞳を閉じてピンクの宝石にキスを落とす。

「初めてお前と会った時から俺決めてたんだ。もし親が見つからなかったら…俺がマナのパパになってやろうって。」

「…え?」

ザパーンっと激しい大波が岩にぶつかって水飛沫かキラキラと飛び散る。

「約束しろ。お前だけは何があっても手放さねぇから。何があっても…パパとママが守ってあげるからな。」

―パパとママが守ってあげる。

その最後の言葉にマナの瞳が潤んだ。

「本当にいいの…?ケビンとママが…マナの…パパとママになって…くれるの?」


初めて会った時から…夢物語で終わる筈と思っていた二人の気持ちに胸が一杯に熱くなってくる。

「本当だ。血が繋がって無くても…同じ遺伝子じゃなくても…マナは…パパとママの大事な宝物だからな。」

「それはママも同じね。泣き虫でも甘えん坊でも…マナの事大好きだから。」

ケビンもエルザも…もう迷わなかった。

マナの事が邪魔だなんて一片も考えていない。

それが本当なら初めて会ったあの日にとっくに手放していた筈だ。

マナは確かに甘えん坊で…泣き虫で…一人で夜中にトイレに行けなくて…一人で眠る事もまだ出来ない。

それでも彼女が愛しいと思えるのは…自分達を純粋に信じてくれているからなのだ。

縁もゆかりもない赤の他人である自分達を…親として。

「…ヒッグ…グスン…。」


喉が枯れそうに泣くマナを包みながらケビンは貝殻を静かに握る。

冷たい貝にはマナの手の温もりがまだ微かに残っている。

いつも自分と繋がれている温もりをケビンは改めて噛み締めていた。

親を探して彷徨う少女の強い気持ちを…。

《マリア…。》

潮風で揺れるペンダントが肌に触れてケビンの脳内に過去の大事な人の顔が浮かぶ。

《いつになるか分からないけど…必ずマナの顔見せてやるからな。それまでお前との思い出はお預けにしとくぜ。》

愛する妻の笑顔に微笑みながらケビンは空に浮かぶ太陽を眺めた。


【4】


日が空の中央に昇り、人の波は途絶えずにあちこちへ伸びていく。

ホテルや民宿はチェックインのラッシュを迎えてスタッフが忙しくなる時間帯となっていた。

スーツケースのキャスターの音が喧しく響くアスファルトの道を歩きながらケビンは周りを眺める。

「駄目だな、どこも満杯みたいだ。」

「マジかよ旦那、どうするんだ?」

「最悪どっかで野宿するしかなさそうね…。」

こんな大都会で野宿出来る所が果たしてあるのかと思うがそこは敢えて口出しせずに一行は歩き続ける。

「あっ…。」

何度目かの信号に引っ掛かりそうになった所でマナが何かを見つけた。

「どうしたの?」

「ママ…あそこ…。」


小走りで信号を渡った先には家と家の間の路地裏へ続く通路の手前。

そこに茶色い物体が落ちていた。

「なんだコレ…ジャガイモ?」

拾ってみると確かにそれは食べ応えありそうな大きさのジャガイモだ。

農家の人でも落としたのかと思ったが良く見ると土が付いていない。

スーパーで普通に売られていそうな品物だ。

「こんなの警察に届けても持ち主なんか見つかりっこなさそうやけど…な…?」

そこでガデフは驚く。

なんとケビンが路地裏に入ろうとしていたのだ。

「どないしたんや?」

「いや、この奥から物音が聞こえたような気がしてよ…。」

一歩踏み入れた先に広がるのはとても大都会の裏側…警察ですら容易に踏み込めない裏の世界だ。

数匹の野良猫がニャ~ニャ~騒ぐ声も響いてくる。

「おい旦那、またトラブル持ち込む気かよ?」

「しょうがねぇだろ。俺だって本当は首突っ込みたくな…」

―ドンッ!

「おわっ!」


強い衝撃が走ってケビンの体がよろけた。

「わっ!旦那!」

「いってぇ…おい誰だよ一体?」

アスファルトに腰を打ち付けながらなんとか起き上がると目の前に見知らぬ人間が尻餅を付いていた。

「イッテテテ…。」

ぶつかってきたと思わしき人間は…自分より遙かに幼い子供だった。

マナより少し年上で…黒い短髪、白い半袖シャツ、レザーの短パンといった活発そうな服装の少年だ。

「あ!ご、ごめんなさい!」

「いや、俺こそ前見て無くて悪かったな。大丈夫か?」

ケビンは直ぐに少年の手を取って立ち上がらせる。

良く見ると側には材料がギッシリ入った鞄も落ちていた。

「悪いな、卵とか入ってたら弁償するよ。」

「そ、そんな…良いんですよ…僕も走るのに夢中だったから…。」

少年は慌てながらも敬語でケビンに謝る。

その礼儀正しさがとても珍しく見えた。

「それよりお前…どうしてこんな所から…」


その後の言葉が続く前に少年の背後からまた誰か現れた。

「こぉら!もう逃げられねぇぞガキ!」

帽子を斜めに被ったヨレたシャツの男が息切れしながら少年を睨む。

言動や服装から真面目な人間では無いとケビンは即座に見抜く。

「た、助け…!」

手を伸ばしてきた少年をジャッキーとガデフが下がらせ、ケビンは男を睨む。

「なんだぁテメー!?」

「止めとけ、こんな子供にカツアゲしても金なんか貰えねぇよ。早く消えな。」

「カツアゲじゃねぇよ!ソイツが俺にぶつかってきたんだろうがぁ!」

ビシッと指を差された少年はガデフの後ろでブルブル震える。

でもケビンは少年の本心を感じて男に振り返る。

「お前…本当にぶつかったみたいだな。でもちゃんと謝ったんだろ?」

「…帰りが遅くなるからちょっと裏道入ったらいきなり…でもその人が謝れば済むと思ってるのかって…それでパニックになって…。」


怯えながら説明をする少年は半ば泣いていた。

自分が怒られるのを恐れてるのか、それともここから逃げられない事を危惧しているのか。

どのみち簡単に事が終わらないのは目に見えていた。

「…お前いい加減にしとけよ。そんなにこの子の言う事が信じられねぇのか?」

「んな事関係ねぇだろ!舐めてんのかテメーは!?」

グイッと胸倉を掴まれながらもケビンは怯まず、逃げる素振りも見せない。

女子供が絡んだトラブルは放っておけないのが自分のプライドである。

「舐めてなんかいねぇよ、ただな…。」

ケビンは静かに息を吐きながら左手を握り締めた。

グローブ越しの手の甲が熱くなる。

「俺はテメーみてぇにちゃっちい理由で子供を虐める奴が…一番大嫌いなんだよ!」

心の本音を吐き出して男の胸の中央にパンチを決めた。

スキル使いの拳に生身の人間が耐えられる筈も無く、後方に数センチ飛ばされた。

「ヒ、ヒィィィィィ!」

「待ちやがれこの野郎!」


化け物を見るような目で逃げ出した男をケビンは慌てて追い掛ける。

「ケビン待って!」

「お前らはそこにいろ!アイツは俺が仕留めるからよ!」

暗闇に消えた声にエルザは伸ばした腕を申し訳無く戻す。

「…ったく…あの馬鹿…!」

「ちょっと…大丈夫なんですかあの人?」

「まぁ大丈夫じゃねぇの?死んでは生き返る人だし。」

状況が読めない少年の迷いもそこそこにケビンは男を全力で追い掛けていた。

走る度にゴミバケツが倒れ、野良猫が四方八方に避難していく。

男も全力を出すが迷路のように入り組んだ狭い路地では追い詰められやすく、いきなり通路の無い行き止まりに追いやられてしまった。

「クソ…!」

上下に逃げる隙間の無い文字通りの壁に阻まれた男は背後から走ってきた人間を睨む。

「全く…逃げ足だけ…は…早い奴…だ…な…。」


全力疾走で息切れしながらもケビンはジリジリと距離を詰める。

男は全身から熱が消え、遂に怯えながら土下座してきた。

「お、お願いです…!見逃してください…!」

「…嘘付け、そんなペッラペラの土下座に俺が騙されるとでも思ってるのか?」

体力の半分を削られたのか、ケビンは立っているのさえかなり不安定になっている。

流石の自分でもこれは少しヤバイと思い、左足を下がらせる。

「まぁ本当なら顔が判別出来ない位にボコってやりてぇけどな…下手に暴れるとサツの連中に見つかっちまうし…今日はお前のその根性に応じて勘弁してやるよ。」

男の表情が変わるのを感じて不死鳥は背中をゆっくりと向ける。

「さっさと消えろ、俺の気が変わらない内にな…。」

ヨロヨロと歩き出したケビンはとにかく何処かで休みたいと強く願っていた。

その些細な願いが…彼の第六感でもある危機的関知能力を鈍らせてしまっていた。

背後で土下座する男が笑いながら…懐に手を忍ばせていると見抜けなかったのだ。

「…油断しといて馬鹿な野郎だなぁ!死ねぇぇぇぇぇ!」


懐から男が取り出した物は…掌サイズの細長い道具。

柄にあるボタンを押すとパチリと鈍い銀色の刃が飛び出した。

「うぉおおおおおおおおお!」

「…!?」

背後の大声に振り向いたまさにその瞬間だった。

ドシュッという擬音と同時に左の脇腹にヒンヤリとした金属の感触が、筋肉が貫かれる激痛が、そして血管が切れる感覚が走った。

全身から顔に汗が集中し、心臓の鼓動が一瞬だが本当に止まった。

小刻みに振動する視界の真下には…自分の腹に綺麗に柄まで刺さったナイフが見える。

「ざまぁみやがれ!あばよぉ!」

ドンッとナイフが突き刺さったままケビンは突き飛ばされ、その隙に男は一目散に逃げていった。

なんとか起きようとするが何故か足に力が入らない。

それでも何かしようと意思とは裏腹に身震いする手でナイフの柄を掴んだ。

「ハァ…ッグ…。」


ズボリと血に染まった刃を引き抜き、側へ投げると刺し傷に手を乗せた。

裂けたシャツと抉られた筋肉から粘性のある赤い液体が水みたいに滲み出ていた。

傷口は熱く、血が溢れれば溢れる程に目の前がクラクラしてくる。

《クッ…ハァッ…ウッ!》

視界がグルグルと回転してきてまるでタイムワープでもしているみたいに思考が薄れていく。

《ヤベェ…冗談じゃ…コレ…済ませら…れ…。》


【5】


今度こそ本当に走馬灯が巡ってきたとケビンは覚悟していた。

これまでにも死にそうな目には何度かあってきたがその時は根性で耐えてきた。

だが今回は違う。

心臓の鼓動が本気で縮まっていく恐怖に…背筋が凍っていく。

痺れていく右手で地面の砂利を握りながらケビンは止まらない汗と出血に苦しめられていた。

目の前も段々ボンヤリしてきて…夢の中に入りそうになるのを堪えるのが精一杯だ。

「ハァッ…ハァッ…アッ…ウッ…。」


でもこんな薄暗い所では死にたくないと気力を振り絞ってケビンは身を起こそうと奮闘した。

それでも力はもう殆ど奪われて呼吸をするのがやっとだ。

滲み出る汗で手が滑ってもがいていたらガランガランと物が倒れる音がした。

逃げた男が戻ってきたと一瞬思ったが霞む視界に深い臙脂色が写って瞼が見開かれる。

「居たわよ!あそこ!」

「旦那ぁ~!」

バタバタと自分の回りに何人かの人間が駆け付けて来た。

「お、前ら…」

「旦那!オイ!しっかりしろ!」

ジャッキーがパニックになるのを抑えながら傷口を塞ぐ相棒の左手首を握る。

「旦那!これアイツにやられたのか!?いや、やられたんだろ!そうなんだろ!?」

「バカ…声…デケぇって…」

「ドアホ!こないな状況で喋るやな!」


四人は余りにも悲惨な状況にどうしていいか分からなかった。

ケビンの戻りが遅い事を心配して探しに来たら…案の定この光景になっているからだ。

「大した事…ねぇ…こんなの…焼いて…塞」

「たわけ!こんな傷焼いても塞げるわけ無かろうが!」

バシリと引っ叩くガデフの顔もかなり引き締まっている。

マナは目の前の光景がショック過ぎて何も喋れず、見かねたエルザが抱き締めて落ち着かせていた。

「あの子は…逃がしたの…か…?アイツ…は…?」

「そんな事後回しや!それよりもお前の事が重要なんやぞ!」

ガデフの指がケビンのブレザーのボタンに掛けられ、その下のシャツのボタンも外す。

ブレザーは黒で血の色は目立たないが内側に着ているオレンジのワイシャツは左脇が真っ赤になっていた。

「アカン…どっか太い血管が切れてもうてるかもしれん。」

「そんなの一大事じゃない!早く病院連れてかないと…!」


満場一致で運ぼうとしたらケビンは血で染まった左手を伸ばしてきた。

「待ってくれ…病院には行くな…。」

「何馬鹿な事抜かしてんの!?こんな状態でふざけないで!」

エルザは罵声を浴びせつつもその左手をしっかりと握る。

「今病院行ったら…直ぐに警察沙汰になる…そしたら…顔が割れちまうだろ…。」

そう、ケビンが恐れていたのは自分が死ぬ事だけではない。

この傷は明らかに傷害事件に遭遇したのが丸分かりなので下手に警察が呼ばれるのを警戒していたのだ。

「そんな事言ってる場合じゃないわよ!放っておいたら確実に死ぬのよアンタ!」


男とは違い、変に脂肪や筋肉の付いていない白い手が真っ赤に染まっていく。

その握ったままの手をエルザは持ち上げて鼻を近付けた。

甘ったるい鉄錆と汗の臭いが混じって鼻腔が焼けるようだ。

「お願いよケビン…。貴方…本当に取り返しの付かない事になるのよ!?それでも良いの!?」

マナも母親の懇願を耳元で聞き、両親の手に自分の手を重ねる。

「パパ…嫌だぁ…死んじゃやだよぉ…!」

大きな丸い瞳を潤ませてマナは泣きながらケビンに話し掛ける。

「パパ…ずっと一緒に居てあげるって言ってたよね…。でもなんで…なんでパパだけこんな目に遭っちゃうの?なんで…なんで…!?」

ワナワナする唇を必死に噛み締めてマナは小さな両手を血に染まった脇腹に当てた。

モンヤリとしたピンクのオーラが傷口を包み込んでいく。

「分かった…!病院行かないならマナが治してあげる…!だってマナに治せない傷なんか無いんだよ…!」


マナは瞳をギュッと閉じて全神経を両手に集中させる。

すると掌の内側が鰻を触っているようにヌルヌルしてきた。

ハッとして手を離すと白い手はケビンの血で真っ赤になっている。

熱い血液は…止まる傾向を見せない。

傷の奥という奥から湧き水のように溢れてくる。

「そんな…なんで…なんで止まらないの…?」

マナは絶望していた。

自分のスキル能力でも…治せない傷の重さを。

能力を過信していた自分の愚かさを。

「姫…もう止めろ…。」

「ヤダ!なんで!?なんで治らないの!?」

父親に迫る死と自分の無力さとで押し潰れそうになるマナ。

それを見てガデフは少女の肩を掴む。

「ジャッキーの言う通りや。嬢ちゃんの力では…体の外側を治すのが精一杯なんや。体の奥は…ちゃんとした医者しか治せないんやで。」


ガデフは覚悟してマナに告げた。

花のスキルの…決定的弱点を。

自分ではケビンの苦しみを紛らわせても…傷までは治せないと。

「いや…やだ…そんなのって…!」

愕然とするマナは震える自分の体を自分で抱いて…絶望した。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

痛々しく発狂する小さな背中にエルザは目元を潤ませ、その上に覆い被さる。

―もう…為す術は何処にも無いのか?

ケビンはもう…助けられないのか?

それなら自分達は何の為に…一緒に来たのか?

少女の悲鳴に潰されて…光が失われたまさにその時だ。

「…ちょっと良いか?」


―それは夢か、それとも幻か。

言葉を正せば…救世主だろうが。

赤く染まった路地裏に突如として現れたのは…夕焼け空と同じオレンジの瞳を輝かせる金髪の青年。

切れ長の瞳と睫毛は悲しみに焦がれる旅人を…決して離さなかった。

「事情は聞いたぜ。その兄さんの命…俺に預けてくれないか?」

青年は細いジーンズのポケットから小さな箱を取り出してセロハンを剥ぎ取る。

箱から取り出したのは煙草のように白くて細長い砂糖菓子だ。

自分は大人だと見せつけるように青年は砂糖菓子を一本口に咥えた。

決まった、と自覚して彼は笑う。

地面に落ちたセロハンが風で転がり、街へと飛ばされていった…。


【6】


―ここで時間を少し巻き戻そう。

それはケビンがあの少年と出会う数十分前。

セントラルの中心地、マンションやホテルが点在する住宅街。

その住宅地で暮らしているのは大半が富裕層の住人だ。

家族連れもいれば年老いて一人で暮らしている年配者も数人いる。

だが一人暮らしの老人は体の自由が効かず、いざという時にも直ぐに病院を受診出来ずにいた。

何年も前に街の広報誌にその案件が掲載された時、一人の町医者が腰を上げた。

彼が提案したのは内服薬のデリバリー配達だ。

病院に行かなくても診断書のコピーを元に薬を決め、それを家まで届けるサービスだ。

これは忽ちヒットし、今では数十件の独居暮らしの家を訪問していた。


大通りの外れにひっそりと建てられた古き良き一軒家。

その家の玄関に一人の青年がお邪魔していた。

「これが血圧の薬、こっちが血糖値の薬、あとコレは念の為に痛風の薬と睡眠安定剤ね。」

斜め掛けのデイパックから取り出したのは数種類の薬だ。

飲み間違いが無いように袋には名札シールが貼られている。

「いつもありがとうねリュウちゃん。助かるわ。」

白髪の老婦人は玄関先で正座して微笑む。

彼女は最近足腰が弱くなり、二年前からデリバリーを申し込んでいた。

通い付けの診療所が休みの時は院長が薬を届けるが、基本はその院長の息子であるこの青年が配達を請け負っていた。

「ごめんなさいね、最近先生にお会い出来なくて。」

「良いよ。婆ちゃんみたいに足運べないの何人も居るしさ。気にしないで。」


金髪を掻き上げながら青年は笑って話す。

医者の息子が金髪なんて非常識だと思われるがこれは母親譲りの地毛なのでどうしようもない。

「そうだわ、これあげるわよ。」

老婦人はよいしょと立ち上がると下駄箱の上に置かれた小さなバスケットを下ろす。

バスケットにはカラフルな包装紙に包まれた飴や一口サイズのチョコが入っている。

その一番下から取り出したのは…タバコのようなイラストが書かれた小さな箱だ。

「リュウちゃん好きなんでしょ、シガレット。」

「え?良いの?」

「昨日孫から貰ったんだけど…アタシゃあんまり好みじゃなくてね。」


いつもお世話になってるお礼よと手渡されたシガレットの箱を青年は申し訳無く、それでいてちゃっかりポケットに捩じ込む。

「あんがとな婆ちゃん。じゃあ、おいとまさせてもらうよ。」

「えぇ。暇になったらいつでも遊びに来てね。今はリュウちゃんとお茶するのが一番の楽しみだからさ。」

優雅に手を振ると青年はウインクと投げキッスを返して家を後にした。

外の扉の前に座るとデイパックから手帳を取り出す。

「よし、今日の配達は終了だな。」

訪問先のチェックを確認すると両頬をパンッと叩いて走り出した。

時刻は昼過ぎ、家に帰ったら午後の診察の準備に駆り出されると青年は足を早める。

「お~い、リュウちゃ~ん。」


商店街に入る信号を渡ったら馴染みのケーキ屋の店主が呼び止めた。

「何?」

「これ持っていきな、午前の売れ残りだ。」

持ち帰り用の三角の取っ手の箱が差し出された。

「あれ?なんかやってたの?」

「あぁ“ワッフル三個で百円均一セール”でよ、そしたら完売の一歩手前で客足が途絶えたんだ。」

やるせないよなぁと店主は青年の手に無理矢理箱を持たせる。

「お金は要らないから持っていきな、捨てるの勿体無いし。」

「マジ?本当に良いの?」

「勿論さ。先生には前に腱鞘炎でお世話になったからな、その時のお礼だって言っといてくれ。」

青年はこれまた申し訳無さ半分、やったぜラッキー半分でニカッと笑う。

「じゃあ三時のおやつの時にでも食べる事にするよ。じゃあね。」

「あぁ。間違っても一人で全部食べるなよ。」


商店街を小走りで抜けて青年は笑いが止まらなかった。

まさか一日で二回もお恵みが貰えるなんて、明日はきっと大地震が来るなと興奮して家に帰ろうとした。

だが家への直線距離に建てられた住宅の前で…なんだか胸騒ぎがした。

恐る恐る近寄ると…路地裏へ入る入り口から不吉な空気が漂ってくる。

―誰が潜伏しているのか?

咄嗟に誰もいないのを確認するとフィンガースナップを鳴らして相棒を呼び寄せた。

「グルルル…。」

銀狼は箱から漏れる甘い香りが気になって物凄くクンクンしてくる。

「これ持って先に帰ってろよ。家に着く前に食べちゃ駄目だからな。」


捻押ししてワッフルを預けて青年は路地裏に入った。

―そして彼は…今の状況に出くわしていた。

見知らぬ五人組、その内の一人は仰向けに倒れている。

倒れた男の脇腹からは出血が確認出来る。

どう見ても一大事だ。

「…命を預けてくれって一体?」

「病院が嫌いなら…あと頼れるのは俺の家だけって意味さ。俺の親父は医者でな、性格は難だけど腕は確かなんだ。」

ピチャピチャと地面に広がる血の海を踏みながら青年はケビンの側に落ちた武器を拾う。

それは彼の肉体を突き刺したナイフだ。

「コイツは…護身用の小型ナイフか。裏の武器ショップで売られてる品物でさ、小さいけど殺傷能力は馬鹿高いタイプだ。」


ボタンを押して刃を仕舞うとそれをハンカチで包んで押収した。

「普通の人間なら大量出血に伴うショックでとっくに死んでる筈だが…。」

それを覆すのだからケビンは“普通の人間”ではないと青年は予測した。

「お前…何…す…」

「おっと、命が惜しいなら質問に答えてくれ。俺の家に行くか、それとも病院に土下座するか、もしくは何もしないでここで死ぬか…。」

選択肢は三つに一つだと告げる相手にケビンは気力が限界にきたのか、ガックリと後方に倒れた。

「旦那…?おい旦那!?」

ジャッキーが顔面蒼白で揺するがケビンはもう返事に答える力すら残っていなかった。

「あ~あ、三途の川を渡る一歩手前って感じだな。モタモタしてると心臓なんか直ぐに止まるよ。」


咥えたシガレットをポリポリ噛みながら青年は動けない怪我人を背に抱えた。

脇腹から流れる血が衣服を濡らし、地面に垂れていく。

「でもまぁ可決だろうが否決だろうが…俺の中でこの人を助けたいって気持ちに変わりはねぇよ。理由はどうあれ怪我人を見捨てる真似したら親父にぶっ殺されるからな。」

ズルズルと体重の重さに足を引き摺りながら青年は来た方向へ歩き出した。

「付いてきな。纏めて暫く面倒見てやるよ。」


【7】


路地裏へ入る入り口を左手に曲がり、そこから奥へ行くと家と家の間に白い建物が挟まれていた。

入り口前にはスロープが固められ、自動ドアの横には《COLTAS DOCK》と描かれたレンガのネームプレートが取り付けられている。

自動ドアの内側には吊り下げ式の表札が見え、《休憩中》の表示がされていた。

ケビンを背負った青年はその横を通り、家の裏側に回る。

その奥が家族や業者の出入りする玄関口になっていた。

「ちょっと待っててくれ、今親父とお袋呼んでくるから。」


一旦怪我人を下ろして扉を開けようとしたらガデフが大丈夫なのかと聞いてきた。

「今休憩しとるんやないか?」

「心配するなよ。表札無視して駆け込んでくる輩も一杯いるから。」

そんな問題かと一同が疑問に感じるのをスルーして扉を開ける。

すると扉の内側に付けられた小さなベルがチリンチリンと鳴った。

「ただいま~。」

家に帰ってきた感満載で中に入ると左にあるキッチンからコーヒーの香りがした。

「お帰り~。」

「お袋…その…ちょっといい?」


テーブルでワッフルに食らい付いているのは青年と同じ金髪の女性だ。

向かいの椅子には少し色黒の男がいてお茶会の真っ最中らしい。

「…リュウ?また怪我人拾ってきたの?」

また犬猫拾ってきたのみたいな言い方に胸がドキッとする。

「な、何でそれを…?」

「さっきヴォルフが窓から吠えてたのよ。それでこの箱持ってきたからあ~あって直ぐに分かったわよ。」

テーブルの上にはケーキ屋から貰ってきたワッフルの箱がちゃんと置かれている。

どうやら約束は守ってくれたようだ。

「…んで、奴さんは?」

「外で待たせてる、状態はナイフで脇腹をグサリだ。」


デイパックからナイフを包んだハンカチを取り出すと浅黒の男がスクッと立ち上がった。

「出血は?」

「かなり酷い、貧血ギリギリみたいでさ。」

青年は着ていたチェック柄のシャツを脱ぐ。

父親が確認すると裏側の腰の部分が赤くベッタリしている。

「カリーナ、これ一応殺菌してから洗濯しとけ。それと臨時休診の札掛けておいてくれ。」

「了解~。」

母親はユルユルな返事でテーブルの上を片付けながら投げられたシャツをキャッチする。

その間に父親は怪我人に挨拶しに行った。

「よぉ客人、待たせて悪かったな。」

医者はケビンの両脇に手を入れるとズルズルと引き摺る。

それに続いてジャッキー達も家に入った。

「早くしてくれ…!なんか見る限りもうヤバそうなんだ!」

「まぁ落ち着け、お前らが焦るとコイツも余計に不安がるだろ?」


医者は直ぐには治療せず、まずはリビングに敷かれたマットの上に患者を下ろす。

「さてと…まずは診察からだな。」

滅菌手袋をはめた手でブレザーとワイシャツのボタンを外し、真っ赤になった左の脇腹を触る。

薄緑の手袋の指先は数秒で血に染まった。

「ど、どうなんだ…旦那は?助かるのか?」

「…動脈がほんの数ミリ切れてるな。この分の出血だと今頃は助からないケースが多いんだが…コイツは運が良いな。」

「運…?」

「あぁ、自分で不足した分の血液を人工的に作って補い…そのお陰で貧血を防いで心臓を動かしていると…大体そんな感じか。」

解釈し辛い説明に仲間もどう返答していいのか分からない。

それでも…確信に触れやすいのは分かった。

「そいじゃ…まだ助かる見込みはあるっちゅう訳か?」

「あぁ、コイツの気力と体力が保てばの話だけどな。」


容態を確認すると父親は息子に先導されてケビンを診察室まで運んだ。

出血が続く脇腹には滅菌されたタオルが何十枚も当てられて必死に止血させている。

「…んで?誰に刺されたんだこの傷?」

「あっ…それが…。」

犯人の顔は当然ケビンにしか分からない。

でも当人がこの状態なのでエルザは事件のキッカケの一部始終を説明した。

「成程…その男は何処に?」

「それが分からないの。私達もすれ違って無いし…来てみたらもう…。」

医者は眉を顰めながらそれ以上は追求せずに治療機材を揃える。

「まぁソイツは一旦後回しだ。コイツが生き延びねぇと元も子も無いんだろ?」

椅子の背もたれに引っ掛けていた白衣を羽織って医者は引き締まった顔付きになる。

「とにかくここは俺に任せてくれ。あとこの部屋狭いからお仲間さんは別の部屋で待っててくれないか?」

「えぇ…どうかお願いします…!」

エルザは泣くのを堪えて頭を下げる。

ジャッキーとガデフもお願いしますと必死に頭を下げた。

「頼む…!俺様の小遣い全部くれてやるからさ!だから旦那を助けてくれ!」

「コイツが居なくなったらワシら…誰を基準に前に進んだらええか分からなくなるんや!一生の願いや!だから頼んます…!」


診察室の前で揃って土下座する大人達を案内してくれた青年は不思議そうに見つめる。

そして直ぐに…その大人達の後ろで小さくなっている子供に気が付いた。

大人ばかりの集団にどう見てもそぐわない小さな小さな存在。

家族でもなさそうな所を見ると…ただの旅人で無いのが実感出来る。

「…だったら頭下げてる間にも生き返る方に賭けるんだな。分かったら一度出てくれ、ジロジロ見られると治療に集中出来なくなるからな。」

乱暴そうに、それでいて気遣いを含んだ言葉にエルザは信用出来ると信じて廊下に出た。

すると廊下の奥から金髪の女性が現れる。

「皆さんどうぞ、良かったらお茶でも入れますから。」

さぁさと手招きされて誘いに乗ろうとしたらエルザは自分の手が引っ張られるのを感じた。

「…マナ?どうしたの?」

視線を下ろすとマナはエルザの左手を握ってその場に立ち止まっていた。

「やだ…パパと一緒にいたいよ…。」

離れたくないと母親にしがみつき、そのままグスングスンとぐずり出した。

「マナ…。」


マナの涙が何を意味しているかは分かった。

―回復技に特化した自分の能力を無謀と告げられた悔しさ。

―その能力を無我夢中に過信していた己の心の内の悪に気付け無かった愚かさ。

―板挟みにされ…それでも尚自分を信じようとする勇気を。

エルザはそんな我が子がとても誇らしく見え、同時に悲しくもなった。

「マナ…パパならきっと大丈夫よ。だから待ってようね。」

医者の言葉を無視する訳にはいかないと説得するがマナは断固として首を縦に振らない。

すると青年が…音も無くマナの背後に立った。

「キミ…マナって言うのか。可愛い名前だな。」

涙で潤んだ大きな瞳が青年の金髪とオレンジの瞳を写す。

「あのお兄さんは…マナちゃんのパパなんだな?そうなんだな?」


【8】


マナは本当の事を言おうかどうか迷ってしまった。

―自分とケビンは親子では無い。

―ケビンは自分の親の「代わり」をしているだけだと。

でも唇が震えて…喉もカラカラになって何も言えなくなってしまった。

「じゃあこのべっぴんさんはママなのか?ん?どうなんだ?」

マナはそれについても直ぐには答えられなかった。

本来、自分のような子供がこんな過酷な旅に出ている事自体が問題な事も。

旅の仲間を好き勝手に親呼ばわりする自分の愚かな一面を見せる事も。

「そうか…パパとママは…この二人は本当の親じゃ無いんだな。」

「…ぇ?」


青年は全てを見通して…何もかも理解しているようだった。

自分もそんな環境に置かれて来たと…そんな風にも聞こえた。

「それでも…実の家族以上の強くて堅い繋がりが見えるよ…キミの瞳には。」

チュッと色白の額に唇が当てられる。

その唇が…氷みたいに冷たいとマナは感じて何かを思い当たっていた。

目の前の青年が…普通の人間で無いと。

「約束するよ、キミのパパの命は…何が何でも繋ぎ止めて見せるって。だから待っててくれる?」


華麗なるイケメンウインクを決めて青年は診察室の扉を閉めた。

呆然とするマナの肩にエルザとジャッキーの手が乗せられる。

「なんなんだアイツ…?」

「さぁね、でもアンタ以上の女たらしなのは理解出来そうね。」

ここでそんな事言うか、と心の内で念じてジャッキーは奥歯を噛み締める。

「とにかく待ちましょう。今はあの人を信じるしか無いから。」

「せやな。あの坊ちゃんもチャラそうに見えて意外とシッカリしとるしな。」


マナの手を引いて大人群は診察室を終始見つめて廊下を歩いて行く。

その室内でケビンは上半身裸になってベッドに乗せられていた。

サイドの洗面器には血で真っ赤になった白いタオルが何枚も入っている。

「リュウ、麻酔の準備しろ。それとタオルもあと何枚か持ってこい。」

父親の指示に青年は頷いて手早く道具を探す。

パックリと割れた脇腹の傷にはパット型の止血剤が当てられている。

医者は患者の体の至る所に古傷を見つけて溜め息を付いていた。

「にしても…こんな体で生きてるなんて奇跡だな。一体何者なんだお前は?」


ケビンは返答しようにも喉が枯れて声が出せなくなっていた。

この状態なら麻酔しなくても縫えそうだが痛みで暴れるリスクは充分あると読む。

「親父、良いよ。」

ガラガラと点滴スタンドのキャスターが床を刺激する。

おう、と返事すると右腕の関節に注射の針が当てられた。

「大丈夫親父?間に合いそう?」

「…普通の人間なら手遅れだがコイツは違う。自力で命繋いでるなら…俺もそれに答えるだけだ。」

細いチューブが関節に通され、点滴のクレンメが開けられる。

「リュウ、縫ってる間汗吹いてやってくれ。」

「了解。」


アルコールを溶かした水に新しいタオルを浸し、固絞りして汗を拭う。

拭く度にシュウウウと水蒸気が登る音がした。

「親父…この人かなり体温高そうだね。」

普通なら汗を拭いてもこんな音はしないと青年は患者の体を確認する。

「だな、お前とは正反対の人間か。」

タオルを握る手がピタリと止まる。

「…ねぇ親父。」

「ん?」

「“手が冷たい人は心が熱い”って良く言うよね。だったら手が熱い人は心の中が冷たい…って事なのかな?」

「…どういう意味だ?」


タオルを再度浸して絞りながら青年は寂しそうに呟いた。

「こんなに傷だらけなのに…なんで病院にも行かないで旅してるんだろうって。迷惑掛けたくないのか…それとも周りが信じられないから…なのかな?」

「…そうだな。」

裂けた皮膚と皮膚のつなぎ目を合わせて縫いながら医者は糸をキツく引っ張る。

「“自分は誰にも負けない男になる”って意地張ってるんじゃねぇのか?そういう馬鹿な奴に限って放っておいたら何仕出かすか分からねぇしな。」

麻酔で寝ているのを良い事に好き放題弄りながら医者は目の前の男に興味を抱いていた。

彼の心の内を、背負ってきた物の重さを…。


【9】


―それから時間は静かに流れていった。

窓から入る優しい風がカーテンを揺らし、室内を一掃させる。

多少の冷たさを帯びた風は眠る男の髪の毛を優しく撫でて肌を冷やす。

《…んっ…ん?》

麻酔が切れ、瞼を開けた視界がボンヤリと広がる。

口周りには軽い圧迫感があり、何故か呼吸がし辛い。

《あれ…?確か俺…路地裏で刺されて…それで…?》

頭の中で状況を整理しながら天井を見つめていたら黒い人影が自分を見下ろしてくる。

二人、いや三人か。

意識が少しずつ蘇り、段々と人影の正体が分かってきた。

《…あぁ、やっぱりお前らか…。》


血色の無くなった頬に温かい手が当てられた。

半分開きかけた瞳から一筋の雫が流れ、その手を濡らす。

「…旦那?旦那!」

何度も自分の隣でそう呼んでくれた相棒の声にケビンは声を出そうとする。

でも麻酔が完全に切れていないのと口元に当てられた酸素マスクのせいで言葉が出せなかった。

「ケビン!」

「この馬鹿…心配掛けさせおって…。」

唯一ベッドサイドの椅子に腰掛けていたエルザは脱力したケビンの手を握り、自分の頬に当てる。

「良かった…本当に…。」

手から伝わる振動が脳を刺激し、その信号が自然と視界を横に向かせる。

自分の手を包む女性は…泣くのを堪えるに必死だ。

その顔に申し訳ない事をしたなとケビンは少し後悔する。

「憎いね~お兄さん、こんな綺麗なべっぴんさん泣かせるなんてさ。」


エルザの真後ろから現れた一人の青年。

彼女の麗しい銀髪とは正反対に黄金色に輝く金髪の男。

その手を握っていた少女が自分の目を見てベッドへと走ってきた。

「パパ!」

ベッドに乗ろうとする勢いでダイブしてきた声にケビンの目が一瞬だが光った。

答えようと体を起こそうとしたら脇腹が痛んで顔が歪む。

「まだ無理するなよ。普通なら生きてるのが不思議なレベルの重傷なんだから。」

青年がヤレヤレとばかりに酸素マスクを外してくれる。

ようやく呼吸が楽になるとケビンは盛大に息を吐いた。

「…ここは?」

「俺の実家・コルタスドックの診察室だ。天国でも地獄でも無いぜ。」

青年はポケットを漁って何かを取り出した。

ケビンが大事にしているリングとペンダントのセットだ。

「…お前が…俺を…?」

「俺はお兄さんを運んだだけさ。礼なら俺の親父に言ってくれよ。」


ペンダントを返すとケビンは青年のオレンジの瞳を見て口元を緩ませた。

「そうか…借りを作ってしまったな。」

「ノーセンキュー、寧ろビックリさ。死の淵からの帰還なんて所詮はドラマの世界ばっかだと思ってたからさ、俺もう胸が張り裂けそうだぜ。」

ベッドに顔を埋めていたマナは自分の頭を撫でる青年にそっと寄り添い始めた。

青年も笑って少女を包む。

「そろそろ自己紹介しとこっか。俺はリュウガ・コルタス、リュウって呼んでくれ。」

「俺は…」

「ケビン・ギルクさんだろ?眠っている間にお仲間さんから話は聞かせて貰ったよ。ミステシアを倒す旅をしているんだって?凄いじゃん。」

リュウガと名乗った青年は子供みたいなキラキラした瞳でケビンの顔を横から覗く。

「それに今は国際警察も敵に回してるとはね…どこまで命狙われれば気が済むんだって位だよ。でもあの連中弱いのに口ばっかでさ、実際の所はミステシアに黒星ばかり上げてるみたいでさ。人の事言えねぇだろって本気で殴りたい気分だよ。」


―開いた口が塞がらないとはまさにこの事か。

子供っぽく純粋に笑う青年はペラペラと自分の本音を語っていく。

「まぁ弱いって言ってもある程度の備えはシッカリしてるのがまた現実だな。じゃなきゃこの街もとっくに火の海になってるしよ。」

褒めるべき箇所を褒めながらポケットから新しいシガレットの箱を取り出し、セロハンを切ると一本をケビンに渡した。

「いる?モノホンじゃなくてお菓子だけど。」

「…旨いのかそれ?」

「ストレス溜まった時に食べると胸がス~ッとするんだ。試しにやってみなよ。」

じゃあ遠慮無くとケビンはシガレットを半分噛み砕いた。

「煙草は吸う派?」

「いや、元から喫煙してる。お前は?」

「よしてくれよ。俺は酒が飲めるまであと一年待たないと駄目なんだ。それに親父からも言われてんだよ、“飲むのは構わないけど吸うのは止めとけ”って。」


自分もシガレットをポリポリ噛んでいたらワシャッと髪の毛が後ろから掴まれた。

「あ、何?」

目だけ後ろに向けるとジャッキーとガデフが不思議そうに自分の髪の毛を弄っている。

「なぁお前…ひょっとして十九か今?」

「そうだけど…?」

「いんや、医者の跡取り息子たる人間が就職も進学も髪も染めないでこないフラフラしてて良いのかって思ってなぁ…。」

てっきり背も高いから成人かと思っていたとガデフは感心していた。

するとリュウガはシガレットを全部放り込んで喉に押し込む。

「言っとくけどこの髪の毛は地毛だ。それに一回黒染めすると色落ちする度に手直しするから敢えてこのままにしてんだ。」

「そういえばお母さんの髪も金色だったわね。ならそこから遺伝した訳か。」

確かにまじまじと見るとリュウガの顔はケビンやジャッキーと近い分類に当たる位目鼻立ちがスッキリしている。

でも話し方や性格から計算すると外見は母親、中身は父親に似ているようだ。


そんなんで談笑していたら診察室の扉がノックされて開いた。

「よぉ、目覚めたか?」

黒髪に浅黒の肌の男とリュウガと同じ金髪の女性が部屋に入る。

「貴方は…?」

「ファマド・コルタスだ。んでコッチは俺の嫁さんのカリーナ。」

「始めまして。」

豪胆な男と反対に女性は丁寧に頭を下げる。

「全くテメーには驚かされたよ。常人ならとっくに死んでも良い方なのにまさか生き返るとはな。」

ケビンはベッドの頭の部分に背中を付けて椅子に座るような姿勢を取る。

動く度に脇腹が痛むが傷口が緩んでいるのは感じられない。

「すいませんでした…迷惑掛けて。」

「気にするなよ。せがれが道端で怪我人見つけて連れてくるのはしょちゅうなんだ。それに最近は…ミステシアに襲われたって名無しの観光客の駆け込み寺にもなってるからな。」


ファマドは自分用の椅子に腰掛け、白衣は丸めて診察室の机の上に置く。

「悪いが当分は大人しくしてろよ。一応ギッチリ縫ったが…下手に無茶すると簡単に開くって可能性もゼロじゃねぇんだ。」

机の上に山積みにされた書類を整理する背中にケビンは病衣の上から傷口を触る。

「先生…。」

「ん?」

「大人しくしてろって…具体的にはどの位だ?」

そうだなぁと呟く声に手に脂汗が滲んだ。

「俺的には傷口の抜糸まで済ませたいから…早くても二週間ちょいか。」

「そんなに…?」

「まぁお前だったらもっと早めて一週間だな。それでも安静にはして貰うぞ。」

紙の山がカサカサと積まれる音が風に乗って流れる。

「それとも何だ?金が掛かるから退院をもっと早めろって言いたいのか?」

確証を突かれてケビンは黙る。

二週間も入院となるとそれなりに金額は嵩増しになる。

ジャッキーの持ち金で払えたとはしても…それ以降の旅の費用がギリギリになる恐れがあったからだ。


【10】


ファマドは様子を伺うが突然ガッハッハッと笑い出した。

「そんな事気にするなよ。ウチは治療費をツケにしてる患者がわんさかいるんだ。通りすがりの旅人からそんな高額せびる程…俺も外道じゃねぇよ。」

診療所の一番の問題を笑って済ませて良いのかとエルザ達は首を傾げる。

リュウガもそんな父親の様子に耐えられないのか、突然部屋を後にした。

「あっ、リュウ兄ちゃん…。」

マナが不安そうに両親を見つめてリュウガの後を追い掛ける。

「でもまぁそのお陰でウチは万年赤字でよ…それでリュウも大学に行きそびれたんだ。その事だけは…後悔しても仕切れようが無くてな。」

椅子をクルリと回転させてファマドは立ち上がると机の横に飾られた二枚の写真の前に立つ。

写真は色褪せ具合から見るとかなり古く、貫禄ある二人の男が写されていた。

一人は顎髭を蓄えた老人、もう一人は眼鏡を掛けた研究者っぽい男だ。

「その人達は…?」

「俺の親父と祖父さん…リュウの祖父ちゃんと曾祖父ちゃんに当たる人だ。」


見比べてみるとファマドの顔立ちは二人に似ている。

リュウガが遺伝してないのもやはり母親の血を濃く受け継いでいるからだろう。

「この診療所は…祖父さんの代から始まったんだ。祖父さんは元々MSFで働いていて…ある事件で団体に見切りを付けてここを建設したのさ。」

「MSF…国境なき医師団か。」

「おう、良く知ってるな。」

ケビンは姿勢を崩そうとベッドの上で腰を動かし、エルザが寄り添って体を前に引く。

なんとか回転させてケビンはベッドに腰掛ける姿勢になった。

「見切りを付けたのは配属から八年が経った時、とあるスラム区外で伝染病が広がって…その治療の為に祖父さんはスラムに向かったんだ。そしたらそこで紛争に巻き込まれてな…一緒に派遣された同僚が祖父さんを残して全滅したんだ。」

銃声と爆音が飛び交う紛争地帯、その音に怯えて暮らす貧しいスラムの住人。

勿論MSFとてそれなりの覚悟を持って行かなければならない場所なのはケビンにも分かった。

「祖父さんは悔やみに悔やんで…それを機にMSFを抜けたんだ。そんでコッチに帰ってきてこの家を建てたのさ。」

「へぇ~、随分詳しいのね?」

「小さい頃に親父が教えてくれたんだ。それで今、俺もリュウに良く聞かせてるんだ。」


偉大なる祖父の武勇伝は幼きファマドの心に強い刺激と影響を与えていた。

本来なら親の敷いたレールは歩きたくないと反発するのが強いイメージな中、ファマドは祖父と、同じく祖父の影響で医者の道に進んだ父親の背中を追って…この世界に進んだのだ。

「リュウちゃんは…お祖父ちゃんの事分かるんか?」

「いや…うろ覚えだよ。親父はリュウがまだ一歳にも満たない時に死んで…祖父さんに至っては俺が産まれる前に過労で早死にしたんだ。俺と嫁さんは結婚前は同じ病院で働いていて…いざ式を上げるってなった時に親父がもう長くないって宣告されたんだ。だから俺ら二人寿退職して…この家を継いだのさ。」

―ファマドは今でも忘れられない光景がある。

それはリュウガが産まれた時の事だ。

ファマドの父はカリーナの妊娠が発覚した段階で既に意識は混濁し、担当医からは「お孫さんの顔は見れないかも」とまで言われていた。

それでも初孫を見せたい二人の気持ちを神様が後押ししてくれたのか、祖父が亡くなる前にリュウガはこの世に生を受けたのだ。

そして孫が産まれた報告をしに行った時…半昏睡状態だった祖父は真っ直ぐに自分達を見つめて笑ってくれたのだ。

亡くなったのは…それから半年後だった。

「あの時の親父の笑顔は本当に嬉しそうだったよ。葬儀の時もリュウは親父の写真を見てずっと笑っててさ、それで思ったんだ。コイツは親父の生まれ変わり…俺が進む道を照らす光だって。」


夫の真横に立つカリーナも懐かしい光景を思い出したのか、啜り泣きながら夫に寄り添う。

義父がリュウガと対面した時はもう声も出せない程に衰弱しきっていた。

そんな中で彼は笑いながらこう言ってくれたに違いない。

―孫を産んでくれてありがとう、と。

その笑顔を無駄にしないようにここまで彼女はリュウガを育ててきたのだ。

「リュウは物心付いた頃から俺の仕事ぶりを見て育ってよ、それで本人も医者になりたいって早くに決めたんだ。本来なら医大に行かせてやるのが鉄則なんだが…さっきも話した通りウチは経営難で進学は諦めたんだ。その代わりに今は…俺の助手になって一緒に働いてる訳だ。」

ファマドはまた椅子に座ると首にぶら下げていた聴診器を手に取る。

「アイツの夢を打ち砕いたのは俺の責任だ。俺の人の良さが災いして…一向にツケを払わない連中が増え過ぎたんだ。加えて近頃はミステシアの被害にあった人間も突然来て…治療するだけしても金も払わずにおさらばしてるからな…。」

―本当なら今頃…リュウガは大学に進んで勉学やら友人付き合いやら恋愛やらに没頭していただろうに。

その夢を叶えてあげられなかった自分をファマドはずっと責めていたのだ。

「アイツは親思いだから大学に行けないって話した時も別に反論はしなかった。それでも…心のどっかで俺達を憎んでいるのは目に見えているんだ。もしくは医者の息子になんか産まれたくなかったって自分自身を責めてると思うと…どうにもならなくてな。」


親の期待を、先祖の名に泥を塗らないように必死でレールの上を歩いてきたリュウガ。

でも何かキッカケがあれば…慎重に進んでいてもそのレールを自分から下りる時は必ず巡ってくる。

その機会がもし実現したら…どんな言葉を掛けたらいいのか。

それが今の若夫婦の心配であり、一番の悩みになっていた。

「だからあの子はお前らをあんなキラキラした目で見てたんだ。誰にも縛られず…誰のレールの上も歩かずに自由に生きるお前らが…あの子にとっては憎らしい程羨ましいんだよ。」

この小さな診療所に半ば軟禁され…親の期待で自由を奪われてきた息子に詫びたい。

そんな父親の本意をケビンは読んでいた。

「おっと、くだらない話ばっかして悪かったな。俺はちょっと席を外すから後は楽にしてろ。宿が取れてないならここに泊まって構わねぇから。」


それじゃあなと手を振ってファマドは診察室を離れ、カリーナもお辞儀して夫に続く。

パタンッと扉の閉まる音がしてジャッキーは溜め息を付いた。

「なんか…やっと解放された感じだな。」

「えぇ…そうね。」

窓を見つめれば太陽は空の真上から少し西に傾いている。

もう夕方になるのも近い。

今から宿を探してもとっくに埋まってるだろう。

「とにかくケビンが動けない以上はここに留まるしかないわね。」

「でも一週間だろ?俺様退屈で死にそうだぜ。」

「我慢するしかあらへんやろ。それにここなら警察の目もなんとか誤魔化せるやろうし…。」


と、ここに来てガデフは大事な事に察した。

「そういえば…嬢ちゃんは?」

あっ、としていつの間にかマナの事をすっかり忘れていたと気付く。

「どうする?連れ戻すか?」

「いや、そのままにしとけ。」

ケビンはチューブが繋がれた右腕で点滴スタンドを掴み、立ち上がる。

「それにアイツ…どうにも気になってよ。多分マナもそれを知って追い掛けていった筈だ。今はそっとしとけ。」

「…そうね。あの子面倒見も良さそうだし。」

エルザもケビンの意見に乗って足を踏み出そうとした彼の肩を支える。

「大丈夫?まだ痛む?」

「下手に力入れるとまだな…。」

「とにかくケビンも安静にしないと。今までずっと無茶してきたら…神様のバチが当たったのよきっと。」


摺り足で進むだけで酷く息が荒くなり、額に汗が滲んでくる。

脳からの信号が少し麻痺してるなと感じながら足とスタンドを同時に前に進めた。

「悪いな。俺のせいでこんな事になって…。」

「何言ってるの旦那?そんなの今更気にするなよ。」

「そうやで。ここに来るまで色々あったんやし、少し位休養してもええで。」

ガデフもジャッキーも自分を責めずに労いの言葉を掛けてくる。

それがケビンには有り難かった。

「ケビン…。」

エルザが自分の真正面に立って頬に手を当てる。

「私…貴方には死んでほしくないの。だから二度とこんな真似しないでって…約束してくれる?」

「…当たり前だろ。」


自分も今回は反省すべきだとケビンは左腕を細い背中に回して引き寄せた。

「俺も…お前を抱けなくなるのは御免だからな。」

なんだか目に見えない甘いモヤモヤが漂ってガデフはそっぽを向いた。

―お前らそれは外でやれと言いたい程に。

「うっわ~…これがホントのロリコンリア充…」

最後にボソッと爆発しろと呟いたジャッキーは診察室前の廊下の壁にめり込んだとかめり込んでいないとか…。


【11】


平屋建ての診療所の離れ。

浴室とキッチンの間の廊下を進んだ先は夫婦の寝室と子供の部屋が設けられている。

本や書類が乱雑する机に向かった金髪の青年は使い古してボロボロになったノートを読み返していた。

どのページにも人体の構造や体内の臓器のイラストが描かれ、ボールペンで文字がビッシリ記入されている。

「…。」

青年はノートを閉じると椅子を反転させて扉を見つめた。

「良いよ、入りな。」


ギイィィと扉が開いて自分より頭一つ分小さな子供が恐る恐る部屋に入った。

リュウガの自室は小物が少なく、シンプルに纏められて小綺麗な部屋だ。

「何してたの?」

「ほんの少し復習してただけさ。見てみる?」

リュウガはマナの両脇に腕を入れて抱っこするとその体勢で椅子に座る。

真那は所謂膝抱っこの姿勢でリュウガのノートをまじまじと見つめた。

「わぁ凄いねぇ。」

「これはほんの一部だ。この棚に並べた物は…全部親父の仕事を見て書き留めた物なんだ。」


書いてある内容はいまいち分からなくてもマナには何かしら感じられる部分があった。

リュウガは一つの物事を絞って…懸命に打ち込んでいる。

特に理由もなしにフラフラしている自分とは大違いだ。

「…リュウ兄ちゃん。」

「何?」

「コレ…。」

マナは抱えられたまま、左手の指輪を外してノートの上に置いた。

「おいおい、それはマナの大事な指輪だろ?それをどうするんだ?」

「…先生がお金は払わなくても良いって言ってたよね。でもやっぱり…払わないとリュウ兄ちゃん困るんだよね?」

真下から自分を見上げてマナは瞳を潤ませていた。

「マナ…お小遣い全然無いの。だからこれリュウ兄ちゃんにあげる。」


―要するにこの指輪を売った金を治療費に当てて欲しいという事か。

マナがケビンに同行している理由は既に聞かされている。

この指輪に金以上の価値があるのもリュウガは知っていた。

それでもマナはやはり社会のルールとして…無償で治療はさせたくないと言いたいのだろう。

なんて賢い子なんだと感心しながらリュウガはマナの髪の毛に鼻先を埋めた。

「…分かった。でも受け取るのはマナのその優しさだけだ。こんな大切な物を売り払った金で病気を治すなんざ…医者は元より人間として恥ずかしいからな。」


女性のように細長くて白い指でツンツンと頬を突くとマナは良いの?と訴えるように目を見開く。

「だってリュウ兄ちゃん…お金無いから大学行けないって先生言ってたじゃん。悔しくないの?」

「そりゃあ腹は立ったさ。でも今は行かなくて良かったって思ってるんだ。給料は貰えなくても…大学じゃ学べない事を沢山学べているからな。」

微笑みながら覗くリュウガの笑顔にマナは何処が嬉しいのか首を傾げるばかりだ。

「本当の事言うと…俺は跡継ぎになるのが最初嫌だったんだ。かといって何になりたいのかも決められなくて…結局は親のレールを歩く道しか残されていなかったんだ。俺は…親父に負けたんだよ。“なりたい自分を見つけられない”ただそれだけの理由でな…。」


無左座に置かれた指輪をマナに返してリュウガはノートの脇に置いたシガレットの箱に手を伸ばす。

一本取り出して煙草みたいに煙を吐く仕草をしながらマナの頭を撫でた。

「マナ。」

「なぁに?」

「マナは…夢とか目標は持ってるのか?こんな自分になりたいとか、こんな仕事をやってみたいとかって。」

ウ~ンと悩みながらマナはお腹に添えられたリュウガの手に自分の手を重ねる。

「分からないなぁ…。マナ…お父さんもお母さんもいないから。」

一番最初の目標たる両親が居ない、それがマナの将来を悩ませていた。

「じゃあパパとママは?あの二人みたいな大人になりたいとは思わないのか?」


はめた指輪を擦ってマナはそれもどうかと悩んだ。

―父親と母親、パパとママ。

同じ意味の呼び方なのに…口にすると重みが全く違う。

父親と母親は産みの親、そしてパパとママは代わりの親。

なんだか差別してるみたいでマナは自分が情けなくなった。

「リュウ兄ちゃん…。」

「ん?」

「お父さんとお母さんが居ないと…不幸なのかな?」

水晶の瞳が半分閉じられ、不安げな表情になるマナ。

リュウガも気になってマナを抱き抱えると椅子からベッドに移動する。

「マナはパパとママとずっと一緒に居たいの。でもずっと一緒に居たら…本当のお父さんやお母さんと会えた時にどうすれば良いのか分からないの。」


【12】


ベッドに腰掛けた青年の膝の上でマナは口を詰むんだ。

―血を分けた本当の親は裏切りたくない。

―でも実の親の元に帰ったらケビンとの約束を裏切る事になる。

マナは恐れていた。

ケビンとエルザを裏切ってしまう自分を。

「なんとなく分かるな…その気持ち。」

小さな頭に顎を乗せてお腹が絞められる。

「自分を守って愛する人間を親と呼ぶのは変な事じゃ無い。俺にもケビンさんと似た立場の弟がいるから…マナの言ってる事は理解出来るよ。」

「…弟?」

初めて聞く単語にマナの耳が反応する。

「…実の弟じゃないけどな。正確には親父の馴染みの患者の子供だ。赤ん坊の時に知り合って…今も面倒見てるんだ。」


窓から射す日光が机の上の写真立てを照らす。

自分達家族と…その“弟”の親子と一緒に写した写真。

血の繋がりを越えて…一つになっている家族の証を写した大事な一枚だ。

「言葉的には幼馴染って言うのが正常だけど…俺も弟も互いに一人っ子でさ、あの子は俺の事を自然と兄ちゃんって呼んでくれるから…俺もあの子を弟同然に慕ってるんだ。」

頭の中に弟の笑顔を浮かべてリュウガは笑う。

マナもそれを聞いて羨ましい気持ちを感じていた。

「弟は俺の親父やお袋をもう一人の親だって信じてる、それはマナがケビンさんとエルザさんを親だと感じるのと同じ気持ちなんだ。親として自然と二人を愛しているなら…甘えればいい。泣いてすがればいいんだ。そこに恥ずかしい事や情けない事なんて…何一つ存在しないからな。」


兄のように優しく語るリュウガの顔にマナは潤んだ瞳を丸くさせた。

―同じを血を引く人間が親とは限らない。

―心を通わせたその瞬間…人は自然と家族になれる。

リュウガの言葉の意味がマナにはようやく理解出来ていた。

彼の人柄は弟と共に育ってきた人生の中で積み重ねられ…今の自分が存在しているとも。

「夢が無いなら今の家族と過ごして作れば良い、見つければいいさ。俺も…そうやっていつか自分の進む道を見つけるから…さ…?」

静か過ぎる部屋にスースーと寝息が聞こえてリュウガは真下を見る。

いつの間にか…マナは膝の上で眠っていた。

「おいおい…アイツにソックリだなお前。」


しょうがないなとベッドに横にさせるとマナは寝転んでシーツを握り締めた。

優しい柔軟剤の香りがほのかにするシーツを母親の匂いと間違えているのだろう。

布団を掛けながらリュウガは暫し寝顔を観察していた。

「不思議な奴…けどアイツとは良い友達になれそうだな。」

日光で目を覚まさないようにカーテンを閉めたら扉に気配を感じた。

「コソコソしてても分かるよ、おっちゃん。」

なるべく声を潜めて話し掛けると扉の向こうから大柄な男が顔を出す。

「スマンなリュウちゃん、その子優しい人間の側にいると直ぐに寝落ちしてしまうさかいな。」

「気にしないで。俺の弟も難しい話聞かせると直ぐに寝落ちする癖があるから。」


マナと弟を重ねてオレンジの瞳が細められる。

ガデフもまるで実の兄のようにマナを見守るリュウガの背中に感服していた。

「リュウちゃん、失礼ながらお前と嬢ちゃんの話聞かせてもらったで。是非ワシらにも紹介してくれへんか?お前の言う“自慢の弟”たる人間を。」

青年は直ぐには答えずに壁のカレンダーを眺めた。

明日の日付には赤のマジックで花丸が描かれている。

「明日…会わせてやるよ。」

「明日やと?」

「その子お母さんと二人暮らしでさ、お母さんの診察の日は必ず二人で来るって決めてるんだ。だから明日紹介してあげる。」

「そうか、それは楽しみやな。」


ガデフはいつもの大声を抑えて静かに笑う。

リュウガのような超が付くお人好しに育てられた弟ならきっと礼儀正しい男に違いない。

自分はそう思っていた。

「リュウちゃん…。」

マナの寝顔を見守るリュウガの肩にガデフの手が乗る。

「親の期待に答えるのは良いけど…無理したらアカンで。嫌だと思ったら逃げるんや。」

「…おっちゃん。」

「お前みたいな若造は親の家業を継ぐより…社会に出てこの広い世界を見回す方が本当は性に合う筈や。捨てられたくないばかりに親のレールにしがみついてばかりだと…いざって時に脱線出来なくなるで。」


言いたい事はそれだけだとガデフは部屋を後にした。

リュウガは背中を見送ると窓に近付いてカーテンの外側に入る。

窓の外には一匹の獣がいて鼻先を窓ガラスに付けていた。

「ク~ンク~ン。」

子犬みたいに甘えた声で鳴く相棒にリュウガは微笑み、窓を開けて毛並みを撫でる。

そして人差し指を唇に当てると人が寝ていると察した銀浪はその場でチョコンとお座りした。

「いい子だなヴォルフ、大人しくしてろよ。」

家の垣根を超えた夕日が相棒の体毛を染めるのを見届け、青年は再度カーテンを閉める。

銀浪は夕日に眩しさを覚えながら夜の訪れを告げる雄叫びを…その場で高々と上げた。


【13】


太陽が沈み、夕日が照らし、満月が昇る夜の街。

人波は消えてもビルの明かりはポツポツと灯され、車のクラクショクンが喧しく聞こえる。

ケビンはそんな街の様子を窓から眺めつつ、ベッドに腰を沈めていた。

明日から通常の診療体制に戻ると聞き、彼は診察室から病室に部屋を移していた。

コルタスドックの病室は四人部屋が二つ備えられているが入院は滅多にないのでベッドは常にガラガラ状態になっていた。

それを見かねたファマドが寝室として部屋を貸してくれていたのだ。


そしてケビンは今、上半身裸でベッドに腰掛けていた。

点滴や酸素マスクが外された体をリュウガがタオルで拭いている。

本当ならシャワーを浴びたいが今日は治療したばかりで傷に響くとファマドに止められてしまい、お湯で浸したタオルで拭かれる程度になっていた。

「熱くない?大丈夫?」

「あぁ、もっと熱いお湯でも良いかもしれねぇな。」

普通なら熱すぎる湯で拭かれると逆に皮膚が爛れるが…常人より体温の高いケビンにしてみればぬるいと感じるのが通例なのだ。

「明日はもうシャワーになれるか?」

「まぁこの調子なら大丈夫そうだね。本当の入浴は当分無理だけど。」


腹部の全体には白い包帯が巻かれて傷を隠している。

包帯が取れたらここも綺麗にしないとだなとリュウガは考えながらタオルを背中に回す。

「うわぁ、背中も古傷の嵐だねこれ。」

「…誉めてるのか?それとも貶したいのか?」

「まぁ誉めても良いかもね。こんなんでよく生活出来てたなぁって。」

水分の引いたタオルを浸していたら部屋の扉が開いた。

「入るでリュウちゃん。」

ガデフが半裸で首にタオルを掛けながら部屋に入る。

「お風呂ありがとな、お陰でサッパリしたで。」

「そりゃあ良かった。ウチの風呂狭いからおっちゃんみたいな大柄な大人だと足伸ばせないかなぁって心配してたんだ。」

風呂の湯気の臭いにケビンは羨ましいと横を向きそうになる。

自分も早く元の生活に戻りたいとも。


そんな事を考えていたら大方吹き終わったとリュウガが道具を片付け始めた。

「リュウちゃんも風呂入りな。エルザと嬢ちゃん一緒やから長風呂せんし。」

「分かったよ。てかあの二人混浴してるの?」

なんか色々誤解しそうな言い方にガデフはちょっと興奮しながら自分を抑える。

「仕方あるまいやろ。嬢ちゃんあの性格やから…どうにも…。」

「まぁあの年頃ってまだ甘えん坊なイメージ強いからね。気持ちは分かるよ。」

弟も似たような奴だからと密かに付け加えてタオルを畳んでいたらただいまぁ~と呑気に帰宅してきた男がいた。

赤いコートと帽子の女たらしである。

「あ、ジャッキーさんお帰り。」

「よぉ相棒、ご機嫌だな。」

「いやぁ大量だよ旦那、見てコレ。」


両手に提げたアタッシュケースを見せびらかすとガデフがヤレヤレと口出しする。

「全く…ケビンがこないな状態でよおギャンブルなぞ行けれるなぁお前。」

「だって俺らが落ち込んでると旦那も元気無くなるだろ。だからこうして話題を盛り上げないと。」

空いたベッドの上にケースを置くと札束を一つリュウガに見せる。

「ヤング、これ旦那の入院費と俺らの宿泊費に当ててくれ。足りないようならまた払うからよ。」

「おいおい、金の問題は俺の親父に頼んで…え?」

札束をグイと押し返してリュウガは二度瞬きした。

「今、俺の事なんて…?」

「だ~か~ら、お前のあだ名だ。若造とか若だと堅苦しいけどヤングなら呼びやすいだろ?」

なんか…ヤンキーみたいな呼び方をされて戸惑うリュウガの様子にガデフがよせと口を出す。

「ジャッキー、会った人間にいちいちあだ名付けるの止めたれ。」

「しょうがないじゃん。俺名前で呼んで堅苦しくなるの嫌いなの。それに姫と姐さんは全然不満言わないしさぁ~。」


返却された金をケースに仕舞ってジャッキーはそういえばと呟く。

「姫達ってまだ入浴中か?」

「あぁ…そうやけど。」

その瞬間、ドピュゥッと漫画の擬音みたいな音が響いて扉が突き破られた。

風が落ち着くといつの間にかジャッキーは姿を消し、コートと帽子が床に落ちている。

「あれ?ジャッキーさん…?」

「あっ?何処行ったんやアイツ?」

「おい…この展開ってまさか…。」

―そう、そのまさかである。

直後に「キャアアア!」という可愛い悲鳴と「ゴルァアア!」という女神の怒声、プラスお湯の掛けられる音が盛大に廊下の奥から聞こえた。

「うわぁ…えげつねぇ…ブフッ。」

心配しながらも何が起きているのか想像してリュウガは思わず噴き出しそうになった。

「リュウちゃん、心の声がダダ漏れやで。」

「だ、だってさ、ジャッキーさんってマゾだったのって…思わず…ブハハハハハッ。」

「駄目だガデフさん、コイツもまともじゃねぇよ。」


医者の息子がこんなんで大丈夫なのかとケビンは腕組みして枕に頭を沈めた。

「ええんかケビン?助けに行かないで?」

「放っとけよ、いつもの事なんだから。とにかく俺はもう休むぜ。」

付き合うのも疲れると文句を吐きながらケビンは床頭台の上に置いたペンダントを握る。

するとふと懐かしい気持ちを覚えた。

昔…今日みたいに風邪を引いたり怪我で動けなくなった時にマリアは付きっきりで自分を看病していたなと。

エルザ程ではないが早く治せだなと家にいると面倒だのと文句を垂れながらも側に居てくれたなと。

まさか…似た光景を目の当たりにするなんて想像していなかったと驚いていた。

もしマリアがこの場にいたら…よしなさいと笑っていたかなと考えながらも。

それを思うと…胸の奥底が温かくなってきた。

《マリア…何だろうなこの気持ちは?俺は…こんなに様変わりした男だったかな?》


少し前の自分は…過去の思い出に振り返ると泣いてばかりいた。

でも今は…振り返ってなんだか嬉しがっている。

自分の昔はこうだったよと…自慢出来る程に。

《俺は…知らない間にここまで人が変わってたか?お前はどう思ってるんだ…マリア。》

ペンダントを見つめる視界が睡魔でぼやけて来たのでケビンは台に戻すと掛け布団を頭までスッポリと被った。

―とにかく今日は休もう。

―色々悩んだ物は明日解決すれば良いだけの話だ。

そう自分に言い聞かせてケビンは目を閉じた。


【14】


満月が空に昇り、梟の鳴き声と虫の合唱が静かに囁かれる深夜。

診察室は夜が深まっても電気が付いてファマドは何かを読み漁っていた。

《やっぱり…俺の思った通りだ。》

彼が今呼んでいるのは古書だ。

それも世界を震撼させた凶悪犯や有名な殺し屋の資料が掲載された本。

自分の勘を信じて本を手にしたファマドはやはりと確信を突いていた。

《もしあの男がそうだとしたら…いや…けどな…。》


彼の脳内には息子が連れてきた一人の患者の背中が浮かんでいる。

その名前を聞かされた時、ファマドは何かに思い当たっていた。

過去に一度だけ…亡き父親から聞かされた伝説的な人物と同じ名前の男を。

《でもアイツの瞳は…完全に墜ちてはいない。ならば…もう…。》

額に手を当ててページを捲っていたら背後に気配を感じた。

「ダーリン?まだ起きてるの?」

長い金髪をアップに纏めた女性が寝間着姿で部屋に入る。

「そろそろ寝ないと駄目よ。今日休診にした分、明日大変だから。」

「あぁ、分かってるよ。」

悟られないように本を閉じるとファマドは机の電気スタンドを消そうとしてその手を止めた。

「カリーナ…。」

「なぁに?」

「どう思うんだ?リュウがあのギルクって男に懐いてるのを?」


カリーナは突然の質問にそうねと戸惑いながらも口元を緩める。

「あの子が一人の患者にあんなに執着するの初めてだもんね。その点では驚いたな。」

「だろうな。俺も同じ意見だ。」

ゴソゴソと本を机の引き出しに仕舞うとファマドはネクタイを緩める。

「俺…久し振りに見たよ。リュウのあのキラキラした目。あれは…完全にあの男に固執した証拠だ。」

息子がその人柄で住人からアイドル扱いされているのは両親も熟知している。

でもリュウガは回遊魚みたく…自由奔放な面が強い。

なのでお世話になった人々にはあくまで平等に接する機会が多く、一人の人間に拘るなんて今まで無かったのだ。

「だから俺思ったんだ。ギルクが完全に治癒して…この街を離れるってなったら…リュウがどんなに寂しがるのかって。」

「ダーリン…貴方。」

「俺は…アイツを半ば縛り付けて育ててきたんだ。だから…もうそろそろ潮時かもしれねぇんだよ。アイツを…リュウをこの家から出させて自由にしてやりたいって。」


ファマドは診察室の窓から月を眺めた。

周りに浮かぶ雲を物ともせずに一箇所に留まって輝く月。

その月の自由っぽさが…あの男みたいだと呟いて妻と面向かい合う。

「お前はどうする?もしその時が来たら。」

「…そうね。」

カリーナも夫と同様に月を眺めてウンと頷く。

「私も賛成よ。居なくなると確かに寂しいけど…あの子が楽しくやって行ければ充分だから。」

「…成程、決まりだな。」

何が決まりなんだとカリーナが首を傾げるとファマドは診察室の扉の横…薬品棚の一番下の引き出しを開けた。

タンスの引き出し並みに横に幅広い檜の入れ物には…これまた分厚い箱が入っている。

「ダーリン…まさか。」

「リュウの未来は俺達が勝手に決めちゃならねぇ…アイツ自身が…どんな手使っても良いから自分で見つけなきゃいけねぇんだ。それをあの男が叶えてくれるなら…俺はソイツに賭けるとするよ。」


靴を入れそうな頑丈な箱を両手で抱えて床に下ろすと蓋を慎重に開ける。

その中身を見てカリーナはまぁと手で口を押さえた。

「俺はリュウが大学行きそびれて挫折した時に誓ったんだ。これ以上あの子から夢を奪っちゃならねぇ、もしあの子が夢を探しに行く決意を固めたら…これを渡そうとな。」

「ダーリン…貴方本当に優しい人ね、見直したわ。」

夫が密かに準備していた代物を見て妻は思わず泣きそうになった。

ファマドは妻に微笑みながら箱の蓋を閉じる。

「それによ、リュウが行くってならあの子も黙ってないだろ?だから明日…彼女にも伝えようと思うんだ。」

「良いわね。だったら私も反対はしないわ。あの子達強いから…きっと大丈夫だしね。」

若い夫婦は箱を両手で持つとそれを診察室のベッドの下に隠した。

「さぁ、俺達もそろそろ寝るか。」

「そうね。」


二人は手を繋いで部屋を後にする。

先にカリーナが廊下に出てファマドは診察室の電気を消した。

真っ暗い廊下をゆっくり歩きながら二人は寝室へと向かう。

無人となった診察室には月光が入ってベッドの下の箱を照らしていた。

外ではその輝く満月を敬うように…煌めく毛並みの銀浪が静かに遠吠えを上げていた…。

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